人工少年は幸福の夢を見る。
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カーテンから夜の街明かりが透けて漏れてきても、部屋の暗さを打ち消せるほどの光量は無い。
シンプルな内装のこじんまりとした自室の中で、ナオトはベッドで微かな寝息をたてている。
そんな時、部屋のドアが静かに開かれる音がした。軽い足音と一緒に小柄な人影が入り込んでくる。暗い空間の中でアイカメラが淡く明滅する。ベッドサイドで屈み込み、人影は小さく囁きかけた。
「……ナオト?」
「……」
返事はない。人影はそのまま上掛けを捲り上げると、遠慮無くベッドの中へ潜り込む。もぞもぞと動いて移動する。
「……んん?」
揺れる感覚と、間近に感じる他者の気配を察知してナオトは目を覚ました。この妙に温度が低い体と自分の寝床へ勝手に侵入してくる相手といえば、思い当たる者は一人しか居ない。そもそも、ナオトの自室のスペアキーを持っている者が一人しか居ないのだから、相手は決まっている。
眠りから引き上げられた夢見心地のまま声を上げた。
「あ、れ?……どうしたの?エックス」
「残業も終わったから、夜這いに来た」
「よば……もー、変なこと言わないでよ」
「ふふ」
残った仕事があるからとエックスに言われ、先に自室へ戻ってから数時間。素直に寝てしまっていたのだが、どうやら全て片付けて来たようだ。さすがというかなんというか。
ナオトはベッドの中で寝転んだまま、体を端の方へ寄せる。お互いが小柄な体格であるおかげで、シングルベッドであっても充分に眠れる状態だった。
向きと視線を合わせる。暗い中でもはっきりと解ってしまう程度に、エックスの表情には疲労感が見えた。……なにかあったのだろうか。ナオトは目の前の白い頬に触れる。
「大丈夫?」
「……少し、疲れたかな。充電したい」
「じゃあもっと寄ってきて」
ごそごそと動き、互いの距離が更に近くなる。首元に顔を寄せられて、不意打ちでも食らったような気分になった。頬が熱い。部屋は暗いし顔も見詰められそうではないし、良かった……と安堵する。
以前は距離感がどうとかパーソナルスペースがどうとかを内心騒ぎ立てていたが、今となってはこの程度ならば耐えられるようになってしまった。それでもやはり、胸の内はどきどきと鳴り響いている。
冷えた体をぎゅっと引き寄せ、ゆっくりと背中を撫でる。充電と称したただのハグだが、なぜかエックスにはすこぶる好評だった。
「お疲れ様」
「ありがとう。……実はさっき、面倒な人に絡まれてしまってね」
「めんどうなひと?」
視線は逸らされたまま、重い溜め息を吐き出す音がした。心労や辟易する様子が感じ取れて、ナオトはなんと返すべきかを迷ってしまった。これは単なる仕事の愚痴として受け取ってもよいものなのだろうか。
「わ、わたしが聞いても平気な話かな?機密事項が混ざってるんじゃないの?」
「言えないことは言わないよ。それに、君に関係のある話だからね」
はて?と頭に疑問符が浮かぶ。
ナオト自身に関係あると言えば、話の種類は限られてくる。メンテ関連かあるいは自分の立ち場のことか。もしかしたら、エックス様のお側に軽々しく侍っていると外野からお怒りクレームが入ったか。などなど、後ろめたい内容が浮かんできてしまった。
ち、違うんです!侍ってるとかそういうつもりは無いんです!ちゃんとした御付き合いをさせていただいていまして……!と、実在するのかどうかも解らないクレーマー相手に心中で言い訳をする。
しかし本当に面倒そうな様子で、エックスは口を開いた。
「君に使われている技術について、色々探りを入れられた」
「……ん?んん???ぎじゅつ?」
確かにそれは予想もしていなかった話だった。
―――午後の会議が終わった後、出席していた『お偉方』の一人に声を掛けられた。世間話から始まり、先日の大規模掃討作戦の件に言及され、それからナオトの体に使われている電脳化・レプリロイド化技術についての詳細な情報を問われた。
肝心な部分ははぐらかせたし、追求は上手くかわすことができた。しかし、どうやらナオトの体の仕組みを熱心に知りたがっている者が一定数居るらしいということが判明してしまった。
「君は客観的に見ると、不老不死を獲得することに成功した人間なんだよ。だから彼らは君が欲しいんだ」
「欲しいと言われても……。そういう技術って、もうこの時代にはあるんでしょう?」
「あるにはあるけれど、ナオトのそれとは系統が違う。犯罪者に対して、罰として生き永らえさせる為に使われたんだよ。そちらの技術は彼らにとっては不名誉なもの……なのだろうね」
地位と権力のある彼らは、ことさら名誉を重んじる。大戦の戦犯を思い起こさせるものは避けたいのだ。エックスはそう続けた。ナオトはなるほどと思いつつ、しかし腑に落ちない気持ちで首を傾げる。
ナオトは、自分が人間として生きていた時期を何も覚えていない。そのせいなのか、技術を欲しがる人間の話にもあまり実感が持てなかった。自身が解らないのだから、どうしても反応に困ってしまう。自分の体の価値がどうとか不死がどうとか、そんなものは考えたこともなかったのだ。
「これを欲しがることが良いのか悪いのか解らないなあ。今までを振り返ってみても苦しい時も多かったし、……戦ってばっかりだったことを抜きに考えても、良いことだけじゃなかったよ」
「……苦しい時、か」
過去を思い返す呟きが聞こえてくる。
「そう言えば確かに、昔の君は今よりももう少し……なんとなく、おどおどしていたような気がする」
「し、してたかも。あの頃は、わたしが人間だってバレないようにすごーく気を張っていたから、態度に出ちゃってたのかもしれないね」
気を張ってもいたし、イレギュラーハンターという環境の中で、なぜだか周りに怯えていたようにも思える。周囲はほぼレプリロイドしか居なかったが、エックスやゼロを含め、皆との関係は良好だったはずだ。
冷静に思い出してみても、理由が解らないままだ。
「……今は?」
「今はそうでもないんだよね。ふしぎ。あの時よりも頭の中が落ち着いていて、もう怖がらなくてもいいんだって感じてるの」
「そうか……うん、それなら良かったよ」
ふっと緩んだ声音で、穏やかにそう言われた。もしかするとこれもエックスのお陰なのかもしれないと、ナオトは密かに考えた。きっと、こうして安心できる居場所を作ってくれたからなのだ。暖かな気持ちになってきて、ひっそりと笑顔を作る。
話を戻すけれど、とエックスは続ける。
「今後、君の技術はメンテナンスチームの解析結果を纏めて『報告書』という形で公表されることになると思う。どこの誰に使われているものなのかは上手く伏せさせる。仕様書としても出しておけば彼らも満足するだろう」
念の為、身の回りには気を付けるように。その言葉にしっかりと頷く。
「こんなことになるなら、初めから存在しないことにしたままのほうが楽だったかもしれないな」
「やっぱり、わたしがここに居るからややこしくなっているんだよね?……ごめんなさい」
「……、今更君を手放そうとは思わないよ。ナオトにはここに居てもらわないと困る」
「はあーい、解ってますよ」
咎める台詞に苦笑を返し、宥めるようにエックスの背を撫でる。
現状は言ってしまえば同棲状態のようなものなのだし、やはり離れがたく思ってしまう。……なんて、そんなことは言えないのだが。
こういう事態が起こる度に思うんだけど、とエックスは重苦しく呟いた。
「大勢の色んな意見を取り込んで、皆が納得する程よい着地点を探すというのはとても難しいね。長く生きているのに、いつまで経っても上手くできないよ」
日常的な苦労が滲む呟きに、今度は何と返していいのか解らなかった。掛けるべき正しい言葉が思い付かず、仕方なく思ったことだけを口に出す。
「上手くできなくても、できるだけそうしようと努力しているのは凄いことだと思うよ。エックスのそういうところが素敵だし、ずっと、か……っ、あ、あーーーーー、え、えらいとおもっ、おもってた!」
危なかった、とナオトは内心胸を撫で下ろす。勢い余って話してしまいそうになった。
昔からずっと、エックスのことを格好良いと思っている。憧れて、目標としていた。つまりこれは、「実はきみのことを他人とは違う目で見ていたんです」と言っているようなものではないか。そんなことを今になって本人相手に口に出せるはずもない。
まだイレギュラーハンターという組織が健在であり、ゼロも居たあの頃のこと。
エックスとゼロの格好良い後ろ姿を追い駆けて追い駆けて……置いていかれてしまわないように一生懸命に戦う
―――今考えると、あの時のわたしって他のこと見えてなさ過ぎでしょ……恥ずかしい……。もっと冷静に考えてよわたし……。
いったい何年前のことを思い出しているんだと考えつつ、しかし眠っていた自分にとってはそこまで遠い昔に感じる程でもなく。ただただ情けない過去と羞恥心だけが再生されていった。これが黒歴史というものかもしれない。
小さく息を吐いた時、もぞもぞと動いたエックスがナオトの顔を覗き込んできた。ぎしっとベッドが僅かに軋む。
「ずっと?なんだい?」
「へ!?」
あ、やばい。と、ナオトの思考を一瞬の危機感が過ぎ去っていく。
爛々と輝く視線が、こちらの視線に絡み付いてきた。どことなく嬉しそうな、何かを期待しているような表情にも見える。ほんの少し口の端が持ち上がっていて、微かに甘さを含んだ低い声が聴覚に飛び込む。
「え、えらいなあーって」
「昔から、ずっと?僕を?『か』まで聞こえた。もう一度言ってくれ」
「……あう」
「途中まで言ってしまったんだし、最後まできちんと話してくれると嬉しい」
距離が近すぎる。寒色系のアイカメラの奥で、虹彩が拡大するのが見える。
まるで尋問のようにも感じられて言葉に詰まった。陸に上げられた魚のように口をぱくぱくと動かし、どう誤魔化そうかと頭をフル回転させる。
その隙に、動いたエックスの片手がナオトの腕をしっかりと掴んだ。
「ナオト?……ずっと?なに?」
「……え、それはその」
「えらい、じゃないよね?」
「え、う」
「本当は何を言いたかったんだい?」
「……えー……え、エックスが……その、……。あー」
「僕が?」
「か、…………………………………………」
「か…………か、格好良いから!!悪いんだよ!?」
勢い良くベッドから飛び起きながら、ナオトはそう叫んでいた。
バッと跳ね除けられた上掛けがずり落ちていく。一連の動きについて行ききれなかった彼が、寝転んだ姿勢のままぽかんとした表情でこちらを見上げていた。
「……」
「あ、あ、あの頃は、格好良いって思ってて!!なんでか分からなくて!!こ、この時代に目覚めてから……自覚するきっかけはあったけど……君がとっても好きだからそう思ったんだってことに気が付いたの!!」
言ってしまった。顔どころか首までもが熱く火照っていく気がする。ああ、どうしよう、と他人事のような思考が横切り、すぐにどこかへ吹き飛んでいった。
慌てた様子でエックスが飛び起きる。視線が真正面から交わる。言葉の意味を呑み込んだ彼の表情に、明らかな照れと動揺が浮かび始めた。
「え、っと…………ナオト…………?」
「き、きみの色がとっても好き。声が好き。微笑んでる顔が好き。綺麗なアイカメラが好き!!」
「え?え? ちょ、」
「バスターを構えてる姿が好き。誰かの為に戦ってる後ろ姿があまりにも眩しい!そこに立ってるだけで格好良い!!」
「待っ、」
「わたしだって手放して欲しくないし、で、できればいつも一緒に居てほしいし、でもきみの仕事の障害にはなりたくないから今すごく困って―――わっ、」
勢い良く両肩を掴まれた。目と鼻の先に、赤くなった顔がある。強制的に黙らされてしまった。
「お、落ち着いてくれ!い、言い出したのは僕だけど……!そ、そんなことを急に……、こっちがどうにかなるだろっ!僕の身にもなって、」
「だ、だってきみが聞きたがったから!い、言わなきゃって!なんでそう思っていたかの理由も!……あ、嘘じゃないからね!」
「~~~~~っ、……っ……ご、めん」
どうしてこうなった。勢いで色々と口を滑らせてしまった。意味不明な流れだし、まさかこんなことになるとは思わなかった。
ベッドの上で座り込んだまま、二人はしばらくの間、静かに黙りこくる。エックスは片手で顔を覆い、ナオトは天井を仰ぎ見る。深夜の室内を間の抜けた空気だけが漂っていく。
エックス様とこんな頭の悪い会話をしただなんて、彼の部下に知られたら今度こそ本当に不敬罪で処されてしまうかもしれない。
「な、何言ってんだろうねわたし!も、もうおしまい!!今のは無かったことにしようね!ごめんね!」
「いや、その……あ、ありが、とう。こういうことを思われているとは、考えていなかったよ……」
どうやらエックスは、何か違うものをイメージしていたらしい。それはそれで聞きたいような、聞きたくないような。
とにかく、言ってしまったものは仕方がない。覆水盆に返らずだ。
そもそも何の話をしていたのだったかと思い返し、こんなこと話すつもりじゃなかったのに、と激しい後悔に苛まれた。
落ちていた上掛けを引っ張り戻す。照れ隠しと苦し紛れの気持ちを抱えて、彼から背を向ける。
「も、もういいよね!寝よ!寝る!」
「あ、ああ。無理に聞き出してごめん。…………でも、僕も君が好きだよ」
「~~~っ……」
柔らかで優しくて、とても嬉しそうな声色だった。嬉しくて嬉しくて、少し泣きそうな声色。こういう反応をされてしまうから、ナオトはいつも許してしまうのだ。
再びエックスが上掛けの中に入り込んでくる。背中側から、そっと抱き締められる。回ってきた片手がナオトの手を握り、ゆったりと指先が絡められた。
「はあ……。今の僕はとても幸せだ。君が起きてくれて本当に良かった。……おやすみ」
「うん。おやすみ、なさい……」
胸の中はまだ煩く響いている。でも、穏やかなエックスの声を聞くと、もしかしたら自分の黒歴史も役に立つことができたのかもしれない。それにしては代償も大きかった気がするのだが。
どうにも眠れるような気がしないまま、ナオトは無理やり両の目蓋を閉じたのだった。
(終わり)
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