人工少年は幸福の夢を見る。
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
本日の議会は滞りなく終了した。
広く豪奢な誂えの会議場から、大勢の人間やレプリロイドが退出していく。召集された議員達やその護衛だ。
エックスは内心で深い溜息を付きつつ、それらの群れを眺めながら歩き出した。ちらちらとこちらの様子を伺い見てくる者達の存在に気が付いてはいるが、大きなリアクションを返すことは控える。
彼等は、自分とのコネクションを固めておきたい、もしくは自分を自陣営に取り込みたい、そういった目的で話し掛けるタイミングを狙っている。これはいつもの風景だ。眼が合えば微笑んで会釈をする程度に留めておく。
通路の窓の外から柔らかな斜陽が射し込んでいる。夕焼け空でも仰いで思い切り手足を伸ばしたい気分だったのだが、今はまだできなかった。
まだ、この場で気を抜くことはできない。権謀術数渦巻くまつりごとの中では、こんな程度の気の緩みすら晒すことができなかった。
これから執務室へ戻ってタスクをこなさなければならない。仕事がまだ残っているのだ。先程までの議会に関連するデータの詳細を閲覧しつつ、意図的にポーカーフェイスを作りながら無言で進む。
背後から、部下である緑のレプリロイド、ハルピュイアが素早く同伴してきた。
例の大規模掃討作戦以降、妙に張り付かれているような気がするのだが、気の所為だろうか。執務室の外へ出る度に、何かと付いて来られてしまう。
周囲から疑問視される程度ではないし、他の四天王達も特に何も言わない。となれば自分の考え過ぎか、少し神経質になっているのかもしれない。または……やはりナオトの言う通り、疲れ気味なのか。一旦保留としておこうと考えた。
行動の意図には何も触れること無く、ハルピュイアへ労いの言葉を掛けようとした直前、視界の端から人影が足早に歩み寄ってくることに気が付いた。かつかつ、と床を叩く音がする。
「エックス様、ハルピュイア様」
「……貴方は、」
先程の会議場に居た議員の一人だった。片手に杖を携え、護衛と思われる戦闘用レプリロイドを伴った壮年の男性。人間だ。
メモリーから瞬時に該当する個人データを引き出す。記憶していた名を呼ぶと、男はすぐに相好を崩した。
彼はレプリロイドの開発製造に関わる人脈を持つ者であり、当人も開発者として名を馳せている。研究に打ち込む若かりし頃の姿は、エックスのメモリーにも残っていた。表情や態度こそ若々しさの残るものだが、今やすっかり老人といった出で立ちだ。時の流れを感じさせる。
エックスは意識しながら、口の端を少し持ち上げた。微笑の形を作って感情が表に出ないように取り繕う。できるだけ声音はフラットに、穏やかに、相手のペースに乗せられないように。
「ご無沙汰しております。覚えていらっしゃったのですね。いやはや、議員達の中では目立たぬ身ゆえ、実に光栄なことだ」
「あれだけの功績を残されていますから、記憶に残っていて当然ですよ」
用があるのは己ではないと判断したハルピュイアが、会話を譲るように後ろへ下がり、距離を取るのが解った。
そのまま微笑を絶やさずに会話を続ける。
「それで、ご要件は?」
「要件という程ではないのですが……。先日の掃討作戦にて負傷なされたと聞きましてね。無事なご様子で安心しておりました。なにぶん、仲間内では妙な噂も飛び交っておりましたので……掃討作戦において、エックス様は罠に嵌められたのだと」
ほんの僅か、背後のハルピュイアの気配が反応した気がした。
罠。特に驚くこともなくその単語を思考の内側で反芻する。その可能性自体、想定してはいた。あれだけスムーズに追い詰められてしまっては、何も疑うなというのが無理な話だった。
ただ、現時点でその調査に関しては二の次で良いと考えていた。結果的にあのエリアは安全な場所となったのだから、とりあえず今はそれで構わない。大した問題ではない。
今後も同様のことが起こる可能性は常に意識の端に留めてはいる。こうして解りやすい目印が堂々と出歩いているのだから、何かしら画策してくるはずだ。だが特に驚くべき事ではないし、命を狙われることなんて昔から何度も起きている。それこそ、起動して日が浅い頃……イレギュラーハンターになりたての新人の頃からだ。
「作戦の目的そのものは達成されましたので、問題ありませんよ」
「いえいえ、何をおっしゃいますか。エックス様の存在あってこそ、我々の安寧と秩序が成り立っているのです。どうかお忘れ無きよう」
「……ええ、解っていますよ」
太鼓持ちをされているなぁ。とエックスは内心で苦笑する。顔面に微笑を貼り付けながら、早く帰りたいと思った。腹の探り合いと意見の押し付け合い。気疲ればかりしてしまう、中身のない空っぽな会話だ。
男の口から飛び出すおべっかの数々を適度に聞き流し、時々相槌を混ぜる。……きっと背後に控えるハルピュイアは、このやりとりに飽き飽きしているに違いない。
そんなふうに考えながら、世間話のような現状を終わらせるタイミングを図り始めたとき、そうだ、と相手が話題を切り替えてきた。
「先日、新しいロストテクノロジーが発掘されたと耳にしましてね、」
声が少しばかり潜められ、男の眼が一瞬周りを巡った。視線が警戒心と探りを入れるようなものに取って代わり、こちらへ戻ってくる。
「なんでも、人間の不死に関わる技術だとか」
「……ふし?」
完全に想定外の単語が飛び出してきて、思わずおうむ返しに口に出してしまった。
―――妖精戦争以前に開発され、継承されることなく戦火と共に消えていった技術は数多く存在する。
それが時たま、風化した瓦礫の下や緑に覆われた地中から文字通り発掘されることがある。現代の地上の者達は、それらを重宝し、崇めるようにロストテクノロジーと呼ぶ。まさに奇跡の財宝のような扱いだった。
しかしエックスの記憶の中に、人体の不死に関係するような技術は無い。把握していない。
そんなこちらの様子に気が付かず、男は興奮を抑えきれない調子で声を上げた。
「ええ、ええ。聞くところによれば、ヒトの電脳化技術とレプリロイド化技術が合わさったもので、発掘された『
「……」
己の聴覚から取り込まれた音声の意図を咀嚼しきれないまま、静かに黙り込んだ。周囲の雑音が遠ざかる。持ち上げていた口の端が、力が抜けるようにゆっくりと下がっていく。
これは、この男は、この話は。他でもないナオトのことを言っているのだと、エックスはここでようやく思い至った。
ぎらついて興奮した人間の眼差しに射抜かれ、それを真正面から見返す。この男は、ナオトのことを『サンプル』と呼んだのだ。
―――その一方で、やり取りを黙って聞いていたハルピュイアは、エックスの纏う気配に冷たいものが混ざり始めたことに気が付いてしまった。
相手は意識してもいない様子だった。相手が言うところの『サンプル』とやらはそもそも一人しか存在しないし、その者を安易に貸し出すなど有り得ない話だろう。まして、その一人を
「つきましては、ぜひとも私どもの研究所へ、その貴重な『技術サンプル』を貸し出して頂きたく、」
「それは、できかねます」
本題はこちらの方だったのか、とエックスは納得しながら返す。どうにか
「この件に関しては今、メンテナンスチームの方で解析作業が続けられています。何かを報告できるような段階ではありませんので、しばらく時間が掛かるかと」
「そ、そこを……なんとか、融通をさせて頂けないでしょうか? 私の研究チームと共同で作業を進めれば、より早く技術の普及に貢献できます。これがあれば、ヒトはよりレプリロイドに寄り添えるのですよ!」
男は慌てた様子で捲し立ててきた。取り付く島もなく断られるとは予想していなかったようで、掠れた声が僅かに震えている。
並べられるのは耳障りの良い台詞だ。ヒトがレプリロイドに寄り添うため。技術を普及させるため。嘘ではないのだろう。しかしこの男はおそらく、このテクノロジーを真っ先に自分へ使いたいのだ。だからこうして焦りを募らせて追い縋ってくる。残された時間が少ないから、早く早くと急いでいる。
逃れられない老いと迫りくる死に怯えている。その焦燥は人を変えるのだと改めて意識した。若かりし頃は穏やかな気質であったと記憶していたこの男も、寿命の影がちらつき始めるととたんに生にしがみつく。
人間が人間であり、生物であるがゆえの根源的な恐怖は耐え難いものなのだろう。人工物であるレプリロイドにとっては縁遠いものだ。
かつてのライト博士やケイン博士も、同じ恐怖を覚えていたんだろうか。……それとも。
そうではない人間もたくさん居ることを承知してはいるが、今のエックスにはこういった者ばかりが目に留まってしまう。
冷徹になっていく心境と勘繰ってしまう思考を抑え込みながら、拒否する言葉を口に出す。
「なりません」
「で、ですが!我々ならば、誰よりも迅速に全てを詳らかにしてみせますし、技術の応用の面でも―――」
そして、サンプルという言い回しを使ったということは、この男はそもそも初めからナオトのことを人間扱いしていない。本人の意思確認に関しては、一言も言及がないのがその証左だ。
―――ナオトは人間だ。だからこそ彼女は、昔から自分の体のことに悩み続けているんだ。
サンプルが貸し出されたのなら、どう扱うつもりなのだろう。頭部からナオトの本体である生体脳を取り出すか?パーツを切り開いてしまうか?人間由来の複雑な人格プログラムを隅々まで解析するか?
彼は技術を欲しがっていて、元々何が材料であるかも理解しているというのに。
こんな考えの人間が、この段階でレプリロイド化の技術を得るなど結果は知れている。
そしてこれから先。もし完全に模倣することができ、それを確立させられたと仮定する。すると次には、技術が使われた者を人と扱うかレプリロイドと扱うかで論争が起こるはずだ。分けられていた種族の定義がぶれていき、新たな諍いの種となりかねない。
考え過ぎかもしれないが、可能性として留めておくべきだ。
ナオトに使われている技術そのものを秘匿していたわけではない。しかし、このような形で噂が広まっていようとは。
やはりこれでは、彼女を簡単に外に出すわけにはいかないな。とエックスは改めて警戒する。
知らぬ間に狙われているだなんて彼女には言えない。大切なものは厳重に隠して仕舞い込んでおかなければ。今度こそ失くしてしまわないように。
気を引き締める。なおも取り縋ってくる相手に口を開きかけた時、後ろで沈黙していたハルピュイアが静かに半歩進み出た。
「……僭越ながら、議員。これ以上は時間の無駄であると理解すべきではありませんか」
「は、ハルピュイア様!し、しかし!その、」
「退き際を弁えろと言っているのです。それが解らぬ頭でもあるまい」
「っ、」
凛とした声と冷たいアイカメラが相手を見据える。睨み付けられた男は、その態度に含まれる圧に慄いたようだった。
しばらくの無言の後、男は皺の寄った額に手を当てながら深い溜め息を吐き出した。
「も、申し訳ありません、御二方。少々取り乱してしまいました。この件に関してはまた改めて」
「……解りました。その時になればお伝えできる情報もあるでしょうから。いずれ」
「ええ。どうか、どうかよろしくお願い致します」
平静さを取り戻した様子で、男は深々と礼をしてきた。どうやら頭が冷えたらしい。
その後、やや気難しげな表情を作り、杖をつきながら歩き去って行った。護衛のレプリロイドが付き従う姿を横目で見送りながら、エックスは少しだけ気を緩める。
振り返って、憮然とした顔をしているハルピュイアに苦笑を向けた。
「すまない。君に嫌な役割をさせてしまったね」
「いいえ、滅相もありません。……あの者は少々目に余るものがありましたので」
相も変わらず、遠巻きにこちらを伺う周囲の者達を睨め付けながら、緑のレプリロイドはそう言った。どことなく得意げな空気をしている。
それにまた苦笑しながら、エックスは再び通路を進み出す。考えを纏める。
人もレプリロイドも、死にたくないと考えるのは自然なことなのだろう。今までの戦いで犠牲となった者達も、そう思っていたはずなのだ。
自分は誰かの生死に慣れ過ぎてしまったと、エックスはそう思った。長く稼働しているせいなのか、他者との感覚のズレが差異を生み出している。だからナオトの技術が人間の不死に繋がるという発想に至れなかった。安易に公表するべきではなかったのだ。
生にも死にも無頓着になる。心は薄れ、何も感じなくなる。エックス自身が罠に嵌められ追い詰められたとしても、大したことではないと考えてしまう程度には。
「……どうするのが最善なんだろう」
ごく小さな声で、ぽつりと呟いた。答えはいつまでも得られない。
あぁ、博士。貴方がたのどちらかが、まだ存命であったなら良かったのに。
10/22ページ