人工少年は幸福の夢を見る。
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奇妙な空間だった。
元はたくさんの機器類が壁際に密集し、部屋の中央には壊れたコンソールの一部が転がる。照明はおろかインジケーターのランプ一つ点灯していないその部屋。強化ガラスがはめ込まれていたのだろう側壁はほとんどが砕け、そこからは無数の星々を一望できる広大な宇宙空間が広がっていた。
衛星砲台ラグナロク。
ここはそう呼ばれている。地上を壊滅させるほどの威力を持ったこの衛星砲台……そのコアが安置されているはずだった部屋だ。
薄暗く、しかし星明かりが届くその場所に、ゼロとナオトは静かに佇んでいた。
どちらも連戦後の酷い損傷を隠しもせず、どこか遠くから響いてくる低い轟音を聞きながら、最期の瞬間を静かに待っていた。
ゼロは壁に背を預けながら大穴の開いた頭上を見上げ、ナオトは罅の少ないガラスに額を当てて目下の風景をじっと眺めていた。
暗い視界を明るく埋め尽くすように、だんだんと大きくなり近づいてくる地球の青。
「綺麗だね」
そこら中に積み重なる瓦礫、あちらこちらに見える爆風の痕、赤い飛沫が飛び散っている凄惨なその場所で、ナオトは場違いに穏やかな笑みをゼロに向かって投げかけた。ゼロは目線だけを彼女に向け、相づちをうつ。
「……ああ、そうだな」
その空間は、たった数分前まで激戦が繰り広げられていたなどとは想像もつかないほどに、静けさか漂う。それは逃げられない穏やかな死の気配を含んでいた。
もう間もなくこの衛星は地球の大気圏へ突入し、破片を散らしながら崩壊するのだろう。自分たちとともに。
「そろそろ、か?」
ゼロは動くのも億劫なままに口を開いた。システムダウンこそ免れたものの、両足の駆動系回路の異常、左のアイカメラと左手の破損、通信機能の不具合。体のあちこちがシステム・エラーを訴えていた。
冗談抜きで重傷だったが、それでも五体がくっついたままなのが不思議だった。
「……ん、ラグナロクの砲口が水飴みたいにぐにゃぐにゃになって燃えてる」
返事をしたナオトは普段と変わらずに話をしているものの、先ほどから身動きひとつとらずに座り込んでいた。彼女の足元に赤い滴が広がっているところを見ると、自分の体と対して変わらない損傷具合なのだろう。表情には出さないが。
「わたしたち、もう死ぬんだ」
ぽつりと呟かれ、ゼロは初めて彼女の方へ向く。表情の薄い彼の顔に、僅かながらの驚きが含まれていた。ナオトは眩しそうに地球の青を眺め─────彼女の暗い瞳に、地球の色が反射して静かな青色を湛えていた。何を、思うのか。
「約束、破っちゃったなぁ」
「…?」
「……エックスとの」
ゼロはじっとナオトを見つめた。その声は微かに震えていた。
「最後に約束したの。ちゃんとみんなが幸せになれるようにするって……わたしにできたのは、戦うことだけだったし」
ややあって、躊躇いがちにゼロは彼女の名を呼ぶ。
「……ナオト」
「本当に、これで良かったのかな。……地上はこれで平和になるはず。破壊する者も、独裁する者も、弾圧する者ももう居ない。わたしたちも、…居ない」
彼女の瞳から、同じように澄んだ雫がこぼれて床に散る。堰を切ったように流れ始めたナオトの涙は止まらない。
「ごめん……みんな」
「……」
「ごめんなさい…」
小さな呟きは虚空へ霧散した。
生きていたくとも、現実がそれを許さない。生を諦めた時点で皆に合わせる顔などない。それに、もう自分たちのように戦うことしかできない存在は、新しい生活にはいらないだろう。それまで考えて、ゼロは小さく息を吐き出した。身体機能のエラーと警告がまたひとつ増える。
「死にたくない、なぁ…」
ナオトがぽつりと言った。か細い声音だった。その言葉とは裏腹に、心中を埋め尽くすのは酷く鈍重な諦観だというのに。
「……生きたいと思うのは、」
唐突に口を開けば、ナオトは首だけで振り向いてゼロの顔を見た。どこかしら、怯えたような表情だった。
「……誰だって同じだろう?状況の良し悪しはあるにしても、だ。だが俺たちは……長く生きすぎたからな。…もう休んでもいいんじゃないか?」
珍しく饒舌なゼロの言葉に、彼女はふっと表情を緩めて答えた。
「………死んだら、どこに行くんだろう」
「さぁな」
「またみんなに、逢える、かな」
「かもな」
ナオトは薄い笑みを浮かべ、眼を瞑った。ゼロも、痛覚を誤魔化すように深く息を吐き出し、口を閉ざした。
誰も何も言わないままに、静かに急速に、崩壊が始まっていく。大気圏突入の際の高温の摩擦熱によって、すべては燃え尽き無に還ることだろう。
二人の意識が飛ぶ直前に見たものは懐かしい……青い少年の、柔らかな笑顔だった。
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