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薄暗いサイバー空間の片隅にエックスは居た。
あちらこちらのカメラや警備装置からハッキングしてきたリアルタイムの映像が彼の周りを取り囲み、薄青い彼の人形めいた姿をより青白く照らしている。諦念と焦燥と無力感に彩られた緑の虹彩が、瞬きもせずにひとつの映像を見つめていた。
その映像は、彼の想い人と彼の親友、そして狂った科学者の傀儡と化した親友自身のオリジナル・ボディ──オメガが今まさに戦いを始めようとしている様が写り込んでいた。
「……ゼロ…ナオト…!」
見守るだけ、勝つことを祈るだけ…共に戦うことすらできない自分がもどかしい。身体を失い精神のみの姿───サイバーエルフとなった今の自分は非力で、現実世界で実体化してもほんの少しの手助けしかできない。何度もこちらとあちらを行き来する間に、サイバーエルフとしての力も底を尽き始めていた。もうすぐ自分は消えるだろう。
せめて身体があればと思ったが、あれはもうあの世界樹といっしょに砕けてしまった。
できることはやりつくした。ゼロや四天王達に対する助言も、ナオトに対する想いへの決別も。
もう後は現実を生きる彼らに託すしかない。自分は消えるのを待つだけなのだから。
(…………こうなることは、解っていたはずなのに、消えたくない思いが心の底に溜まっていくばかりで。もう少し、もう少し長く生きられたなら……また昔のようにナオトと過ごすことができたのだろうか)
「……」
画面に写り込む、彼と彼女のセイバーの軌跡。飛び交うバスターショットのチャージ弾。かつて、あのコロニーの奇妙な空間でナオトと共にゼロと戦った記憶を思い起こして目を細める。それは酷くつらい思い出でしかないが、それでも今のエックスを形作る記憶の一片だ。
「ん、」
唐突に近づいてくる気配を捉え、視線を上げる。
部下であるファントムだろうかと考えて、気配が少し違うことに気づく。誰だ、と振り返ろうとした途端、メット越しでもそれと解る、後頭部に押し当てられた大口径の銃口。
「こんなところに居たのか。ふふ、ずいぶんと探したよ」
くすくすと嘲笑う声。聞き覚えのあるそれに驚きながら、ゆっくりと振り返る。目の前にあったのは、エックスと同じ顔を持った鮮やかな青いレプリロイド。自分が持つそれと同じ形をしたバスターがこちらに向けられている。真っ赤な瞳が嫌悪をちらつかせながらエックスを射抜いた。
「やあ、オリジナル」
「君は…コピーの…。……サイバーエルフになっていたのか」
「そうだよ。ボクも驚いた。まぁキミにとっては煩わしいだけだろうけど」
「…………どうしてここに?Dr.バイルの差し金かい?」
これ以上ゼロ達に助力しないように、こちら側で処分してしまおうという魂胆だろうか。
生憎、今の自分は対抗策を持っていない。エックスが険しい表情で静かに問いかければ、返ってきたのは意外な言葉だった。
「ふん、あの薄汚い犯罪者がボクに施していた思考操作は全部解けたよ。『死んだ』ときにね。今じゃ、あの男を信用しきっていたあのときの自分を殺したいくらいさ」
今ここに居るのは紛れもないボク自身の意思だ、とも彼は言う。心底不愉快そうに吐き捨てて、ようやくバスターを引いた。白い右手首に戻った腕を組んで、赤く沈んだ瞳を真っ直ぐこちらに向けてくる。エックスはそれでも用心深く身構えたまま、警戒は解かない。
「それで、顔を会わせたくもないオリジナルのキミに、わざわざ探し出してまで会いに来た理由が解るかい?」
「…さあ、僕には解らないな」
エックスによく似ていて、そのくせ思考プロセスが全く異なる彼は、またくすくすと笑う。眇めた眼は相変わらず冷たいまま、表情だけは笑みを作る。
「笑いに来たんだよ。こんなサイバー空間の隅で、傍観者と化している様をね」
その静かな一言は、確かに空間を深く切り裂いた。
「っ…!?」
緑が驚きに見開かれ、そして細められていく。そのとき背後からノイズ混じりの爆音が届き、エックスは慌てて振り返った。オメガの攻撃をギリギリで避けるゼロの姿。まだ致命的な傷は無いようだ。ひやり、と背筋を過ぎる嫌な感覚。
そんなエックスの様子を愉快げに一瞥して、目の前の彼は口の端をきゅうっと持ち上げた。
「ふたりが負けるわけがないから、とでも思ってるんだろう?だからこんなところで、あちらの様子をちまちま覗き見しているんだろう?」
「い、いきなりなにを…っ!」
「自分はもうすぐ消えるから良いとでも考えていて、死ぬまでの暇潰しかい?取り繕って諦めるなんて…、滑稽だね。そんなに他者に笑われたいならボクが笑ってあげるよ。大した英雄様だ、アハハハッ」
動揺を隠せないまま茫然した表情を浮かべるエックスを実に愉しげに見ながら、英雄の複製は笑う。
何を言われているのか、エックスは理解しきれなかった。バイルに操られているわけではないと言った彼の言葉は本物に思えた。だからこそ、なぜこんな形で自分を攻撃するのか。それほどまでに、彼はコピーであることにコンプレックスを抱いているのだろうか。
……どちらにせよ、自分にできることはやったはずなのだ。あとは消えるだけ、なのになぜこんな言葉を───。
「つまりオリジナル、キミはその程度だと言うわけだ。全く、こんな役立たずからボクが作られたかと思うと反吐が出る。消えて当然だろうね。あ、むしろそれを眺めて笑えるからボクは楽しいけど」
同じ顔から滑り出てくる毒を含んだ冷たい言葉が、薄暗い空間に溶け込んでいく。くちびるを噛んで俯けば、またくすくすと笑う声が聞こえた。エックスは生気の失せた目を向けて、ようやく絞り出した思考の端を口に出す。
「…僕を貶める言葉を思う存分言いきれて、満足かい?」
「ああ、満足だよ。ボクはお前が大嫌いだからね」
「…………こんなところで君をどうにかするつもりはない。ただ喧嘩を売りに来ただけなら、早く消えてくれないかい。目の前から」
「…逃げるつもりか?オリジナル」
……眼前の彼の表情が一瞬だけ、今までの軽蔑とは違う、腹立たしげなものに変わったことにエックスは気づかない。彼の言う言葉に何も返すことが出来ないまま俯くばかりで。(だって本当に……もう何も手助けをしてあげられないんだ!)
はっきり言わないと解らないみたいだね、とエックスの複製は声を荒げる。
「力が弱まってるから、なんて無能な言い訳をするつもりなら、この世界からもさっさと消えればいいだろう!そうすればボクがオリジナルになれる。現実に戻ってゼロを処分して、ナオトをもらってあげるよ!ボクは次こそ完璧にキミを演じる!」
苛立った彼の言葉が空間に弾ける。そしてエックスは、それが聴覚野に届いた途端、思考よりも先に勝手に体が動いていた。一歩踏み出した動きは完全に戦闘用レプリロイドのそれで、瞬きのあいだに間合いを詰めながら、右手を自らと同じ顔の彼に押し付けた。捲れたローブの袖口から見える、バスターに反射する冴えた光。先ほどまで暗く沈んでいた緑色の双眸が、煮詰まった怒りに染まってギラギラと発光していた。
「っ、ふざけるなよ…ナオトは渡さない!おれだって消えたくなんかないし、こんなところに好きで居るわけじゃない!出来ることならあの場所でゼロ達の助けになりたい!!ゼロと……彼女と、生きたいんだ……!!」
口調が素に戻っていることにも気づかず感情の赴くまま言ってしまってから、エックスは急に頭の芯が冷えるのを感じた。心の奥底に必死に押し込んでいた虚しさと寂しさ、まだ生きていたいと思う気持ちが蘇って、力無く右腕を下ろす。袖に隠れた腕はもう元の色の無い指先に戻っていた。
「……なんだ、やっぱりそれが本音なんじゃないか」
「───」
生きる意志すら無くしたのかと思ってたよ。
そう言った彼の雰囲気がふと和らいだように感じて顔を上げた。かち合った赤にはもう軽蔑の色は消えていて、呆れたような眼差しだけが残る。大げさに肩を竦められて、エックスは良く解らないまま眉根を寄せた。
「さて、茶番はここまでにしておいて……。ねえオリジナル、キミにはこれが何か解るかい?」
「何…?」
彼が差し出したそのデータには、ネオ・アルカディアが管理するとある施設の名前と位置座標、それから何かのパスコードのような複雑な文字列が連ねてあった。エックスにとって見覚えのないその場所はおそらく、エックスが統治者の座を去ったあとに作られたものだろう。
「…見たことはないな。これが何か?」
警戒心が混ざったつんけんなエックスの物言いにも気にした様子は無く、彼は腕を組み直して口を開く。眼差しは真剣なものだった。
「…………ボクが作られたときに使われた研究施設のひとつなんだけどね、もう使われていない。でもここにはあるものが今でも厳重に保管されてある。もちろん機密だけど」
これ、と言いながら押し付けられたのは、一枚の画像だった。人一人分の大きさのポッドが写り込む。薄いガラスの覗き窓から見える、青いレプリロイド。赤いクリスタルが反射するメットのしたの白い顔は、エックスと同じものだった。
「スペア、だよ。シエルが作ったんだ。ボクの体が修復不可能なまでに損傷を受けたときに、中身だけをそっくりそのまま入れ換えられるように作られたってわけさ」
ゼロとの初戦ではエリアごと吹き飛ばしちゃったし、この前まではバイル製のボディだったから結果的に使うタイミングもなく終わったわけだけど。
どこか茶化したような物言いを聞き流して、エックスは何とも言えない気分になった。
「君には帰れる体があるんじゃないか。…どうして今これを、」
ぽろりと溢したその言葉に、また彼は少し苛々とした表情を作った。顔に手を当てて、はぁぁ、と溜め息をつく。
「キミは本当に……。引きこもり過ぎたんじゃないの?
良いかい?そのボディはDNAデータとパスコードで認証して起動できるんだ。パスコードは今キミに渡した。そしてボク達のDNAは同じ形をしている。……何が言いたいか解るだろう?」
「……!」
─────ようやく彼が言わんとする結論に至って、エックスは息を呑んだ。震える息を吐き出すと、今はもうないはずの動力炉がどくどくと音を立てたような気がした。……まさか、戻れる、のだろうか。視線を赤に戻せば、ぷいっ、とそらされた。
「…僕が嫌いだと言ったのに、どうしてこれを、君が渡してくれるんだい?本当は君自身が使いたいんだろう?」
自らを落ち着かせるようにそう問えば、そらされた眼がこちらを向いた。探るようなそれを真っ直ぐ見つめ返せば、観念したように呟いた。小さく肩をすくめる。
「別に………ただ、エックスともあろう者が、何もせずゼロとナオトが戦っている様を眺めているだけなのが我慢ならなかった。それと、」
彼が腕を組み替えて、顎に指を当てた。言葉を選ぶように一息区切って、赤い瞳を眇める。その睨む目に、嘘偽りの色は無い。
「このままだと、キミは絶対にナオトを悲しませるだろう?」
掠れた声が鉛のようにずしりと落ちてきた。考えないようにしていたことを指摘されるのが、これほどまでに辛い。もう見て見ぬふりをするような子供ではないはずなのに。……そうだ、全部彼の言うとおりじゃないか。
「……………そう…か…そうだね。君の言う通りだよ。実際僕は傍観者になるつもりでいた。自分のことも世界も、一番大事な守りたかったはずのものも諦めてね。無力だからと、消えていく存在だからと。…一方的に死ぬことばかりを考えていたんだ」
諦念と少しの苦笑いを混ぜてみれば、彼はまた詰まらなそうに、ほんの少し口を尖らせた。
「ふん…そう。…とにかく、それはキミが使えば良い。消えかけのキミがどこまで体を扱えるか見物だけどね」
さっさと行きなよ、と追い払う仕草まで付けて、彼は言った。エックスは逸る気持ちを押さえつけて、改めて口を開く。
「ありがとう。感謝するよ、……エックス」
ずっと不遜な雰囲気をまとわり付かせていた彼がばっと顔を上げた。目を見開いてきょとんとした表情を一瞬見つめてから、彼がまた何かを口に出す前に、エックスはもうその場から飛び出していた。サイバー空間の中でより細かいデータに分解され、転送されていく。エックスは光のように速い流れに身を任せるまま、目的の場所で自らが再構成されるのを待つ。
願わくば、どうか、また彼らのとなりに立てるよう。
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