人工少年は幸福の夢を見る。
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負けた。
これ以上はないと言うほど、きれいに負けた。
彼女の狂いの無い一閃は冷たく彼に突き刺さった。わざと致命的な部位を避けた攻撃だったのだとハルピュイアは気づいていた。
俯き膝を付いたまま、彼は苦渋のまなざしを眼前に立つナオトへと向けた。彼女との戦いは二回目だった。そしてここでの戦いは彼の中で大きな意味を持つ。
ここはレジスタンスどものアジトがある砂漠地帯の辺境区画ではない。ネオアルカディアの中枢機関、この先はエリアΧへと続く唯一の通路がある。テロリストをここから先へ通してはならない。だから、彼が今持てる全ての力をもって退けようとした。しかし、彼女の力が彼を上回っていたのだ。……かつて、彼の主であるエックスと共に戦っていたナオトが。
「ごめんね」
唐突にナオトはささやいて、すまなそうに眉を寄せた。
何に対して発せられた言葉だろうか。ハルピュイア自身の負傷についての謝罪か、あるいは今までとこれからの所行についてだろうか。計り知れない。ノイズが走る思考を振り切りエラー表示が埋める視界を無理矢理に動かして、ナオトを睨み付けた。
「貴女に……」
ハルピュイアは背中に走る激痛を押し止めながら口を開く。思考の合間に浮かぶのは主の傍らに寄り添う彼女の姿。まぶしい光に彩られたイメージ。それを拭い去れず、かつてナオトに向けていたものと同じ口調のままで問いかけた。
「貴女に何ができるのですか」
ビビッドグリーンのアイカメラに強い意志が宿る。しかしそれ以外の─────悲しみにも寂しさにもやるせなさにも似た感情が混ざり込んでいることに彼は気付かない。
そのまま無言で一歩、ナオトが踏み出した。警戒したハルピュイアの眼差しに鋭さが蘇る。それを寂しげに見詰めてながら、彼女は静かに口を開く。
「…………たぶんね、なにもできはしないんだと思う。ネオ・アルカディアは国家で、レジスタンスは処分を免れた普通のレプリロイドが武装しただけのテロ組織。人数も違えば質も違うでしょ?」
でもね、と彼女は言葉を区切った。
「これじゃいけないと思う。それに、……彼を止めてって、エックスが言ってるから、」
「……それは、どういう意味ですか。エックス様が仰るとは」
彼女の双眸ははっきりとした確信を伴ってこちらを見つめる。そらすこともできないままハルピュイアは息をのんだ。
「きみは逢えてないの?あそこにいる彼じゃない本当のエックスに」
閉鎖的なはずの空間に、突然緩い風が吹いた気がしてハルピュイアは刮目する。ざわりとナオトの髪が揺れる。なんだ、この気配は。これは、まるで―――――
「…!」
すっと立つ彼女の真横に、薄青い光が幻のように現れた。
時折ノイズが走るそれはぼやけた輪郭をゆっくりと鮮明にさせて、ひとりの少年の像を結ぶ。分解しかけたデータの破片を振り撒いて、ちらちらと霞むそのレプリロイド。極彩色のリングが輝く青いメットの下、緑色の双眸が険しい視線を作る。じっとハルピュイアを見据えるそれの姿は、
「エッ…クス…さ、ま…?」
思考の内側に鋭い刃が差し込まれたようだった。まさか、と背筋が凍る感覚が走る。思考停止、ハルピュイアは茫然と薄青い少年を見つめた。彼の直感が告げる。あれは偽物ではない、あれはエックス様だ。
無意識に引きずられるままにふらりと立ち上がる。
「あっ?!む、無理して動いたら駄目だよ!」
損傷した機体を引き摺りかけたとき、ナオトが慌てて駆け寄ってくる。抵抗する余力もその気も起きずにされるがまま支えられながらも思考停止から抜け出せない。
半ば逃避ぎみに、どうしてこのひとは自分を助けようとするんだとだけ考えた。……今ではもう敵対関係と呼べるものに成り下がっててしまったというのに。
疑問が口から飛び出す前にナオトが寂しそうに表情を歪めた。
「もう帰ったほうが良いよ、ハルピュイア。……たぶん次に会うときは……わたしはきみを倒さなければならないかもしれないから」
「……っ」
目を眇めた。
脅しではない。彼女にならそれができてしまうだろう。淡々とした言葉が思考を鈍らせる。
そう、そうだ。
ここで頭を悩ませるより、敵に情けをかけられるより、もっとすべきことがあるだろう?
ハルピュイアは己を心配そうに覗き込むナオトをじっと見つめて、それから俯いた。転送装置を起動させる。
彼女が続けて何かを言う前に、転送の光が己を包み込んだ。一瞬の白色に塗りつぶされて、次に視界に写るのは見慣れた施設の中だ。なにも言わないまま、ハルピュイアは深々と溜め息をついた。脳裏に浮かぶのはあの青。
なんなんだ、あの姿は。エックス様が、なぜ、一体どういうことなんだ、あれはまるで、サイバーエルフの様じゃないか。
まさか、そんなことが……?
答えをくれる者はまだ居ない。
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