人工少年は幸福の夢を見る。
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エックスが『それ』を初めて見たのは、ごく最近のことだった。
考え事をしながら、ネオアルカディアの施設をふらふら歩き回るのが好きだった。
エックスの部下たち…特に賢将の方はあまり良い顔をしないが、それでもやるべきことはきっちりこなしているからか、特に何も言ってはこない。それを良いことに、わざわざトランスサーバーを使って人気の無いところまで出歩く。
ネオアルカディアの中でも最も重要であり、最も極秘に管理されているその施設。先の大戦時に猛威を奮ったダークエルフが彼のオリジナルによって封じられ、そして世界樹の名前が付けられているその場所で、エックスは『それ』を見た。
エックスは視界の内側にちらちらと写る人影に付いて、狭く薄暗い通路を進んでいた。薄い光を振り撒いているそれは朧気に霞んで見えていて、男女どころか人間かレプリロイドかの判別すらもつかない。ただのサイバーエルフにも思えたが、人の型をとっているあたり、幽霊のようにも見えた。……幽霊なんてそんなもの、居るはずがないのに。
「キミは何なんだい?」
囁くように問いかけてみても、何も答えない。揺らぐ輪郭がそっと振り返って、何か口元を動かしたように見えた。
『―――――――』
「……ちゃんと、言ってくれないと解らないよ」
少し焦れったくなって眼を細めながら軽く睨み付ける。すると光はぼんやりと手を伸ばして、エックスの頬に触れてきた。微笑んでいるように見えた。
「なっ……!?」
びくりと身を強張らせて少し後ずさる。触れられた指先が柔らかく暖かかった。驚いて振りほどこうとする前に光は手を引っ込め、前を向いて進みだした。
「な、何なんだよ。もう…」
光につられるように施設の奥へ奥へと進んでいく。何度目かの角を曲がり、隔壁を通り過ぎ……幾何学模様が這い回る壁に手をやって、ずいぶんと深い場所まで来てしまったことに気付いた。本当にオリジナルの居る場所までたどり着いてしまうかもしれないと複雑な気持ちになる。正直、オリジナルに会うのは嫌だ。相手は機能停止状態に陥っているのは知っているが、それでも面と向かうのは気が進まなかった。
「どこまで行くつもり?」
答えは無いまま、ひとり分の足音だけが静寂の間に溶け落ちる。
あまりに長い無言の間に、エックスはいよいよこの状況に堪えられなくなってきていた。奇妙なこの人影を追うのを止めてしまおうか。結局、たまたま迷い込んだそこらのサイバーエルフの類いなのだろう。ふわゆら動く光はサイバーエルフよりもさらに妖精じみた姿をしているけれど、どこか電子的な雰囲気すら併せ持っている。自分はただこの寡黙なサイバーエルフにもてあそばれているだけなのではないのだろうか。
光に付いて歩くうち、思考に没収しているうちに、エックスはとうとうその場所に辿り着いてしまった。
「…………こ、こは、」
後ずさる。光も立ち止まる。
エックスの背丈の何倍もある重厚で巨大な鉄扉が立ちはだかっていた。小振りのコンソールが脇に設置されていて、薄暗い中にぼんやりと存在を主張している。壁の赤いエネルギーラインが扉の奥へ消えていき、それに誘われるように光は扉をすり抜けて中へ入っていってしまった。
「あっ………」
…相手がサイバーエルフであるとしても、あんなに堂々と侵入されたというのに警備の姿はおろか警報すら鳴らない。さすがに奇妙に思えてエックスは首をかしげた後、コンソールに向き合った。最上位のアクセス権限を以て全てのセキュリティを一時解除、パネルの中にopenの文字が踊る。
(ここに来るつもりは無かったのに)
だが今は、不思議なことにオリジナルへの嫌悪感よりあの光に対する興味の方が勝っていた。その理由がエックス自身にもわからないまま、薄明るい照明に照らされた空間に進む。
世界樹。ユグドラシル。世界を体現し内包する、九つの世界の中心にそびえる樹。そんなものを象る封印装置など、エックスにとっては趣味が悪いとしか言えなかった。まるで世界の中心は自分という存在であると主張しているように思えてならない。
そしてその装置の前に、あの光がふわゆらと立っていた。エックスはゆっくりと歩み寄って、光の数歩手前で立ち止る。ぼんやりと霞んでいたそれが、冗談のように像を結んでいく。まるでレンズのピントがゆっくりと合わせられるように、光は二、三度不安定に揺らめいたかと思うと小柄な姿を作る。…………少女だ。
「…………!」
エックスは思わず目を見張った。すっと立つその姿は人間ではなくレプリロイドのように見える。しかしそうであるのなら、まるで幻、文字通りの幽霊のように見えるのはなぜなのだろうか。この姿はサイバーエルフには見えない。
透けた少女は俯いていて、装置の中をじっと見つめている。その視線の先…世界樹の幹の部分に半ば埋まるように、こわれた青いレプリロイドが目を閉ざしている。細い顔立ちはどこか幼さを残し、それでいてエックスと瓜二つ。そしてその身体の中心、胸の辺りに黒い輝きが渦巻いている。
(あれは…ダークエルフ、)
『今のエックス』が生まれる前にオリジナルは死んだ。
妖精戦争が終結した後にオリジナルはダークエルフの半分を喰らったという。それでもしつこく生き延びていたようだが、きっと限界がきたのだろう。あの強大で凶悪な電子妖精を、片割れとは言えその体内に封じ込めていたなんて、普通のレプリロイドならば耐えられるずもない。それを平然とやってのけたなど、正気だったとは思えない。……もしかすればその思考プロセスは多少なりとも影響を受けていたかもしれないが、今となっては確認のしようがないことだ。
「………」
思考に没頭していると、不意に少女が動いた。重力など感じさせない動きで後ずさって、ふらふらと装置の裏手に向かって進む。慌ててエックスは追いかける。
「ま、待てっ!」
少女の足が向かう先は発光する世界樹の後ろ側、その壁面。
エックスが、何を、と呟いた直後、少女の姿は先ほどと同じように壁面をすり抜けて消えてしまった。その目前で立ちつくす。
彼女はなんなんだろう。ますます解らなくなって少し苛立たしげに壁際に手を付く。
瞬間、壁が音をたててスライドした。
「う、わ!?」
驚いてよろめいて、目をしばたたかせる。継ぎ目のない滑らかな表面は目印ひとつ無かった。………これは壁と同じように擬態して作られた隠し扉だ。
いったいなんのために。世界樹が据えられたこの空間にこんな場所があったなんて、全く把握していなかった。なにか表には出せない物でも仕舞い込んでいるのだろうか。頭を軽く振ってから、隠された扉の向こうを見回す。
外と同じ、薄明るく広い空間だった。内部の壁際に沿って計器類が並び、エネルギーラインが淡く脈打つ。大小さまざまな配線が樹の根のようにのたうつ以外は何もないその先、部屋の中央にぽつんとカプセルが置かれていた。レプリロイドが収まるには少し小さく、人ひとり分ほどの大きさをしている。つるりとした表面は透過パネルで覆われていて、エックスが今立つ場所からは中が伺い知れない。
(……なんだ?)
ざわざわと胸の内が騒ぎ立てる中、ゆっくりとカプセルに近づいていく。見たいような、見たくないような。知っているような、知らないような。不安定で良く解らない気持ちが思考を埋める。これはもしかして、オリジナルの、――――――。
「!」
アイカメラが見開かれたのが自分でも分かった。埃ひとつ付いていないカプセルの中、そこには少女が居た。
「キ、ミは……さっきの……」
目を閉じたまま微動だにしない。その顔立ちは先ほどまで自分が追いかけ回していた幽霊のような少女と全く同じものだ。
恐らくはレプリロイドなのだろう。軽装備のアーマーに身を包み、傍らにセイバーとおぼしき武器が置かれている。戦闘タイプのようだった。
オリジナルの関係者だろうか。しかしなぜこんな場所に隠されるように眠っているんだろう。何か彼女についての手がかりになるものは無いのか。本部の執務室に戻れば必ず資料が見つかるだろうが、それよりも今すぐ彼女についてを知りたくなった。
カプセルのメンテナンス用コンソールから登録情報を拾い上げていくと、脇に設置された小さいモニターに使用者の名前、スリープが施された年と月日が記された。この少女が眠りについたのは、オリジナルがその身をユグドラシルにおさめるよりも以前のこと。その程度しか解らなかったが、しかし名前だけでも見つけきれたのは幸いだ。
「…ナオトっていう名前なんだね。……ボクを呼んでいたのかい?」
カプセルの縁に手を付いて覗き込む。
目を閉じて穏やかな表情をして、今にも起き上がってきそうな雰囲気。幽霊のようで、サイバーエルフのようで、人形のようなキミは、いったいどんなひとなのだろう。もし彼女を起こしたならば、ともだちになってくれるだろうか。興味か好奇心か、それらが混ざった何とも言えない気持ちになって、エックスはカプセルを撫でた。
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