人工少年は幸福の夢を見る。
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
気がついてからはあっという間だったと思う。
初まりは突然だった。
そのときはその場にわたししか居なかったから、不条理なこの空気の矛先を一身に受けることになってしまっていた。
彼が飲み込んだらしい悪意は、彼の意思を無視して自由気ままに勝手に無情に動きだした。彼がその身の内に一部を封じたというサイバーエルフは彼の人格をも侵し、あらゆるウイルスに完全な耐性を持っていた彼のメインシステムをも掌握し始めているようだった。
宵闇の薄暗い部屋。詰まらせた息が冷めた空気に融ける。
「―――――――」
咽の奥から骨格が軋む音がする。視界に浮かぶエラー表示がまた増えて、ノイズも混じってなかなか危ない状況になっている。機関を冷却するための機能のひとつである呼吸は外部からの圧迫で既に停止していた。じわりじわりと涙が滲んでいく。真っ白になっていく頭の中とは裏腹に、押さえつけられた壁の冷たさが現実に引き戻す。
「……っ、…はっ、あ、」
引き吊れて掠れた自分の声が他人事のように聴覚野を流れていく。
白い顔、深緑色のアイカメラ。青色の機体は薄暗さに色彩を奪われて、どす黒く染まっているように見えた。
その表情はすっかり抜け落ちて、人形みたいな無機質さを感じる。こちらに向かって伸ばされた両手の指先はわたしの首に絡み付いていて、動いてくれそうにもない。
「―――――――」
奇妙に澱んだ色のアイカメラが目の前に並んでいる。まばたきもせずに覗き見える瞳孔は完全に開ききっていて、その奥の暗がりでぱちりと黒い輝きが瞬いた。
今の貴女は大人しくしていたくないんだね、ダークエルフ。それは貴女自身が持つ本来の意思ではないのだろうけれど。
「……っ…」
彼の両手をどうにかほどこうと、わたしは彼の手首を掴む。ぴくりともしないけれど、その右手のバスターで頭を撃ち抜かれるよりは絞首の方がまだマシかもしれない。まだ、足掻く余地がある。死ぬつもりも殺されるつもりもない。
咽は潰されて働かない。だから全力で、感情に任せるままダークエルフの意思に埋もれた彼の、エックスの思考に向かって叫ぶ。
(このっ……エックスっ!さっさと……!!起きろッッ!!)
通信回線を通じて思いっきり叩きつけた叫び声に反応して、エックスの腕がびくりと動いた。喉の圧迫が弱まる。
ようやく本人らしいレスポンスに内心で息を吐いて、首に絡んでいる指をそっとほどいてく。ひんやりした外気が気管を通り抜けた。
エックスの表情に生気が戻って、アイカメラが焦点を結んでいく。緑色が淡く光る。まばたき。
「…………え、 …あ ?」
ゆっくりとしたまばたきを数回繰り返して、その声帯が呆けた囁きを絞り出した。
何が起きたのか理解が進まない故の混乱と、現状を理解したくない故の戸惑い。そんな表情。
「僕、……おれ、は…、ナオト、一体、何をして…」
見開かれたアイカメラがその両掌を見詰める。薄暗闇の中で緑色が明滅を繰り返す。
エックスの白い手を見つめて、わたしはその手をそっと握る。
隠しようもない現実。ダークエルフにシステムを乗っ取られたエックスが……わたしを殺そうとした、なんて、そんなこと、
「エックスの、せいじゃないよ」
その手で潰されかけた喉から掠れた声が飛び出した。エックスの肩が震える。ぎり、と噛み締める音がした。
「抑え込めていた…のに、…………どうしてなんだッ…!!」
血を吐くような言葉。ローブの胸元を引き千切らんばかりに握り締めて、それでもつらそうな姿に耐えられなくなって、わたしは俯くエックスをぎゅっと抱き締める。
かけてあげる言葉が思い付かなくて、黙ったまま首を振るばかりだった。
恐らくエックスには、もう悠長に考える時間など残されていないのだろう。
15/22ページ