人工少年は幸福の夢を見る。
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ふわりと緩やかな陽光が射し込んできて、静かな空間にペールオレンジの色彩を落とす。
寒々しい通路に少年と少女の声が反響する早朝。声音はどちらも弾んでいて、鳴り響く足音は軽い。
本来なら常時人通りが絶えないはずのその場所は、ネオアルカディア本部内でも最も重要な人物が常駐している場所だ。だが今は、人通りどころかひとっ子一人見当たらない。
時期は1月の初日。いわゆるニューイヤーである。あちこちの施設は祝日で、人間はおろかレプリロイドの姿もほとんど見られない。皆、それぞれの住処に戻って束の間の祝いの空気を楽しんでいるはずだ。
そんな中、ふたりはそっとその場所を抜け出した。
「これで良いかな。どう?ナオト」
「赤いのも意外な感じで似合ってる。誰もエックスだって気づかないよ」
何度も瞬きをするエックスに、ナオトはくすくすと笑って見せる。
ふたりともにアーマーを全解除し、衣服を着込むという完全な人装状態だった。エックスに至ってはアイカメラのテクスチャカラーを緑色から奇抜な赤色へ変更し、羽織ったコートのフードを目深にかぶるという徹底ぶりだ。普通にしていれば、年端もいかない少年。誰もこのネオアルカディアの総統・エックスであることに気づかないだろう。
「わたしはどうかな?…まぁ存在自体あまり知られてないし大丈夫だよね」
適当に合わせてきた服の裾を持ち上げて、それからその場でくるりと一回転してみせた。エックスはその姿を眩しそうに見詰めたあと、少し考え込む仕草をして細い手元を伸ばす。首の後ろ辺りに手を回して、襟元を直していく。
「うーん…いや、ちょっと歪んで…………これでよし」
「ありがとう」
「んっ、今日もかわいい」
「っ」
額にエックスの冷たいくちびるが触れてきて、かぁっと頬に熱が集まった。
見慣れない赤色の視線が降りてきて思わずどぎまぎしてしてから、実に嬉しそうに笑うエックスを軽く睨んだ。不意打ちは酷い。
「も、もういいよね!早く行こ!」
「ああ」
にこりと穏やかに笑うエックスがごく自然にナオトの手を取って、再度冷えた通路を進みだす。引っ張られるように小走りになる。
「ナオトとふたりだけで出るの久しぶりだね」
「うん、」
吐息が白く広がっていく様を眺めながら、ナオトは眼前で揺れるフードの後ろ姿を見つめる。本当に久しぶりだった。その地位ゆえ、日頃から気軽に外出することができないエックスにとって、警備が手薄であり、四天王の面々も休暇を取っている今、こっそりと本部を抜け出す絶好のチャンスだった。その為に数日前から計画を練ってきたのだから、楽しまなければ。
「ずっと前はもっと気軽に出掛けられたのになぁ。初日の出見たかった」
ぽつりと、どこか寂しげに小さく呟くエックスの声。
外に出られないがゆえに拗ねている子供のように聞こえて、ナオトは薄く微笑む。
「………チェバル二人乗りで朝日見に行ったよね、覚えてる?……ニューイヤーではなかったけれど」
ごく小さな声音で囁いた。握られた手に力が籠るのを感じる。思い出させないほうが良かったのだろうかと少し後悔しかけたが、その前にエックスが口を開いた。
「…覚えているよ。本当に大昔のことだね………最初のイレギュラー戦争の直後だ。赤いチェバルが誰にも触られないまま放置されてて、僕達はそれを横目で見ながら出掛けた」
その口から飛び出してきたのは後悔やつらい感情ではなく、昔を懐かしみ慈しむ声だった。ナオトはエックスの手をそっと握り返す。冷たい手を温めるように。
「シティの中はめちゃくちゃで、ハイウェイなんて殆ど寸断されてて走れなくて、いちいち迂回しながらだった。廃墟ばかり目立ってたけど、元の平和が戻ってきたって感じだった」
束の間の平和ではあったけどね。エックスはくすりと笑う。
「そう。それからわたしたちはずっと海沿いを目指して走って走って、」
ナオトも釣られるように笑う。ふわふわと心の中に漂う感情は、苦笑にも懐かしさにも悲しみにも寂しさにも似ている奇妙な感情。
「結局、時間がかかっちゃって、朝日が昇る時間には間に合わなくて………、」
感じている奇妙な感情が通信回線を介して伝わってしまったかのように思えて、ナオトが言葉を区切る。
「僕達が到着した頃には、もう日出時間を過ぎてしまっていた」
ふっ、とエックスが立ち止まって、振り返る。フードと前髪の下、今は赤色の瞳が穏やかで柔らかい光を灯してナオトを捉える。瞬時に絡み合った自然が、過去の一瞬を思い起こさせた。
まるで、まだあのイレギュラーハンターに所属していて、あのときと同じ様に二人だけで出かけようとしているような錯覚を生み出す。周りにはまだたくさんの見知ったレプリロイド達が居て、自分達と同じ様に活動している。シグマの反乱なんて起きてない。ゼロも居て、エイリアやシグナスも、みんな居る。みんな生きてそこに居る。
…………まさか。
「そう、そうだった。…なんか懐かしいなぁ。あのときは、まさかこんなことになるなんて」
今のこの状況か、それとも彼との間柄の話か。自分でもよく解らないまま曖昧に相槌を返す。振り返ったままのエックスが、妙に真面目くさった顔を作った。
「寂しくなったかい?」
「なんかそれ、この前のわたしの台詞みたいじゃない」
苦笑混じりに会話を反らす。上手く笑えたかどうかはわからない。
この間、同じ様にエックスを励ましたばかりだというのに、こうもセンチメンタルな気分になってしまっていてはどうしようもない。エックスは自分よりも何倍も何倍もつらい時期を過ごしてきたというのに。ホームシックってやつかなぁとなげやりに考える。もう戻る場所もないけれど。
赤色の視線からそらして視界が宙を泳いだ、直後、
「あ、」
不意にぎゅうっと包まれる感覚。
ふわりと優しい日の光の香りがする。エックスの細い両腕が背に回されていて、柔らかく受け止めれる。いつもは冷たいはずのその身体が暖かく感じられる。ぱさりとフードが外れ落ちて、目の前で短い髪が揺れた。
(大丈夫だよ。離したりするもんか)
通信回線から直接脳裏に響いた低い声。それだけは変わらない、あの頃からずっと変わらなかった声音だ。優しくて暖かい、思考を満たす幸せな心地。無音の中に広がっていく。泣きたくなるくらいの幸せに吐息を漏らした。
少し身を捩って身体を向き合わせる。
「エックス、ごめん、」
潤んだ目を隠すように、こつんと額をくっ付ける。至近距離で絡みあった赤色の目が細まる。とたんに照れ臭くなって、言葉を音にする前に同じ様に回線に乗せた。この気持ちが消えてしまう前に、無くならないように。伝わるように。
(ありがとう、………大好き)
ふたつの陰は重なったまま、寒々しいその場所に暖かな空気を振り撒いていた。
14/22ページ