人工少年は幸福の夢を見る。
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晴れた休日。広い執務室に僕達以外は誰も居ない。
開いた窓から穏やかな風が入り込む、静かな昼間。窓の外の街並みと喧騒からはほど遠い。
座り込んでぴったり身を寄せ合って、とくとくと響いてくる音にずっと意識を向けていた。心臓の鼓動に似ていて、しかし生身のものとは絶対に違う音が聴覚へ届く。それでも機械にとっては確実に生きている音だ。
「……エックス?起きてるの?」
「起きてるよ」
目と鼻の先、よりももっと至近距離から控えめなナオトの小声が聞こえてくる。僕の後ろに回された手がそっと背を撫でていく。柔らかくて暖かい温度に抱きしめられて、伝わってくる彼女の心音を聞くのが心地良い。
「寝てるかと思ってた。……これ、休めてる?」
「もちろん。僕には凄く効果があるよ」
「そ、そっかぁ」
ナオトが少し、照れくさそうに身じろぎをする。
「こ、こういうことするのって、恋人同士みたいだね」
「え……、僕はそう思っていたんだけど」
「あっあっ!?いや、あの!?……ま、間違ってない……けど……!」
「ふふ、体温上がってるよ」
「もー!そういうこと言わない!」
自分の喉から小さく苦笑が漏れ出た。少しからかってみても小気味よい反応だけが戻ってくる。何の思惑も裏もない、ごく普通の会話がただ楽しくて。
ここでは、打算無しに僕に近付いてくる『人間』はそうそう居ない。大抵は何か後ろ暗い画策を抱えていて、それを無いもののように隠している。そんな人達と否が応でも関わらなければいけないのは、考えないようにしていても心が削れていく。
明日のこともその更に先のことも、現状を取り巻く煩わしいことは何一つ考えず、気ままに怠惰に今を過ごす。周囲の者達にはらしくないと思われるかもしれないが、今はそんなことはどうでも良かった。
「どう?元気出てきた?」
「……ん、まだ。……もっと」
「はあい、好きなだけどうぞ」
何も詮索せず、頷いてくれる。彼女と過ごす時間なら有り過ぎる程あっても何も困らない。今は思うまま振る舞っても良いはずだ。
何もしなくてもいい日だから、何もしたくない。この声と体温と心音をじっと聞いて、ずっと感じ取っていたい。
「……こういうのも良いね」
小さく吐息が聞こえて、僕は首肯する。同感だった。
「ナオト」
「ん?なあに?」
「キスして」
「へぁっ!?」
引っ繰り返るような声で動きが止まる。じわりとナオトの温度が上がっていくのを感知できて、また苦笑してしまった。心音が僅かに速くなる。
「ま、また今度!ね!」
「してくれたら、もっと早く回復できる気がするんだけどな」
「え、えぇー。そ、それはその……」
彼女を横目で覗き込むと、赤く染まった顔が見えた。目が迷うように右往左往している。もうひと押し。
「う、」
「やってくれるよね?」
こういうやり取りはまだまだ慣れないらしい。その反応がいじらしくて、つい言ってしまいたくなる。これはお願いの形式を取った僕の我儘だ。
「え、え、えーーっと、あ~~……うー……め、眼閉じて」
顔を上げて素直に眼を閉じる。黒く塗り替わる視界。触覚と、聴覚のリソースを増やす。
僅かに空気が流動していくのを感じ取る。両手がこちらの肩に添えられる。
「……ん」
微かに、喉から鼻に掛かるくぐもった声がした。
柔らかく暖かいものが僕のまぶたに触れる。数秒触れて、そのあと音もなくゆっくり離れていく。
―――充足感。献身。慈しみ。安らぎ。ぬくもり。いとしさ。
たくさん混ざっているものなのに、心の内を満たしていく感情はとても気持ちが良い。
大した事ではないはすの行動が、どうしようもなく感情を揺さぶっていく。
「……こ、これでおしまい!」
「……う、ん」
眼を開く。ほんの僅かな距離で、じっとナオトの眼を見つめ続ける。きらきら、している。
「……」
「……」
「か、顔赤いよ、エックス」
「き、君こそ」
こちらが照れてしまった。
彼女の口がなにか言いたげにぱくぱくと動いた。両肩の手が離れて、今度は少し遠慮がちに背中に添えられる。速くなった心音がまた響いてくる。少し高くなった温度も。
そのまま肩に顔を埋められた。これはたぶん照れ隠しだろう。
「……も、もういいよね。これでいい?」
「……あ、ありが、とう」
言い出したのは僕なのにどきどきしてしまっている。さっきまではからかう余裕もあったのに、感情の動きが上手くコントロールしきれない。長らく無かった状況だ。……でも、これは嫌なものではないし、悪い気もしない。自分の口元が緩むのが解った。
ところで、なんだけど、とナオトがわざとらしく早口で言った。
この空気に耐えられなかったらしい。僕は小さく笑ったまま、強引に切り替えられた話題に乗ることにする。
「あ、あのね、機会があったら街の方へ行ってみたいなって思うんだけど、どうかな?」
「ああ、そうか。君は、市街地に降りたことがなかったね」
「うん。ほ、ほら……えっと、……エックスも一緒に行ってくれたら良いなーというか。で、……でーと、みたいな?」
「……デート」
デート、デートか。いいな、そういうのも。ちらりと彼女を盗み見ると、まだ頬が赤い。
「よ、余裕ある時で良いからね、お休みの時で」
「うん、良いよ。行こうか」
外出。そんな普通のことも、久しくしていなかった気がする。
僕が出掛けるとなると、護衛だの警戒体制だのと多方面が騒ぎ立てるのが現状だった。そんなものいらないのに、外出の手続き一つ済ませるのに面倒事が多過ぎる。
だから少しズルをしてしまおう。
「君が来る前は、偶に一人で抜け出したりしていたんだよ。そこの窓からね、壁蹴りで降りて行って」
「あぁ、そっか。時間は掛かっちゃうかもだけど、こっそり行けるね」
「でも明るい時間は上手くやらないと目立つから、一度見つかってしまったことがあったんだ」
あの時は、緑のアーマーの彼には苦言を呈されたし、黒いアーマーの彼は物申したそうな表情をずっとしていた。みんな、心配し過ぎだと思う。
それだったら、とナオトが言った。
「わたしが何とかするよ!人気のないところまで飛んで行けば大丈夫でしょう?帰りも、おんなじようにここの窓際まで飛んで戻ればいいし」
楽しそうな声に、思わずつられて口元が持ち上がった。二人だけの密やかな計画に、気持ちが弾む。胸が一杯になっていく。
身体に直に響いてくる声に耳を傾ける。
「護衛がいるならわたしがきみを守るから。……きみは強いから必要ない、とは思うけど」
「だったら、僕がナオトを守るよ。お互い様だ」
「うん、解った。………えへへ、ありがと」
その言葉へ答える代わりに、ナオトの背中に手を回した。きつ過ぎないように、苦しくないように少し弱く。大事なものを壊さないよう。お互いの距離が無くなって、心地良さだけが残る。また、とくとくと聞こえてくる音を意識する。
歓喜よりも優しくて、享楽よりも満たされる。幸せみたいなもの。
これでまた、頑張れる理由を見つけた。
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