人工少年は幸福の夢を見る。
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ネオアルカディア本部内。
つい先刻まで行われていた大規模イレギュラー討伐作戦は、無事に成功したとは言い難い結果だった。
都市部より遠方の荒廃したエリアで行われたこの作戦は、徘徊する無数のイレギュラーや広範囲に及ぶウイルス汚染を一掃し、新たな勢力圏を確保するためのものだった。
討伐の対象となった機械達は、人型のレプリロイドから大型メカニロイドまで多岐に渡る。過去の戦争時の敗残兵も多く含まれており、そのほとんどが更生の余地の無い者たちだった。戦争当時に負った破損と電脳の汚染、現在に至るまでの経年劣化によって、彼らのメインシステムは異常をきたしている。荒廃した大地をさまよう古き死に損ない達。あらゆるものを破壊するだけに成り下がった負の遺産。
―――ならばせめて、今を生きる自分達の手で彼らの活動を終わらせよう。その為に僕も参加する。
……と、彼の仕える主であるエックスは告げた。だというのに。
あまりにも、敵の数が多過ぎた。増加し続けるイレギュラーは、まるでどこからか供給されているようだった。入念に行われた事前調査が役に立たず、物量的に押し込まれ、混戦状態にもつれ込んだ……もつれ込まされた。天候や機器の故障とは無関係に、通信状態も徐々に悪化していった。互いに連携を取りながら動いていた自軍が分断されていき、ついにエックスの位置情報が一時的に掴めなくなった。
結果的に無事発見され、目的も達成できたとはいえ、有り得ないミスだ。最も重要であり、守るべき主君の行方が知れなくなったなど、言語道断の出来事だ。想定外だったという言い訳は許されない。二度とあってはならないことだ。
ハルピュイアは考えを纏めながら専用の通信回線を開き、前置きを述べることなくその一部を放り投げた。
(裏切り者の気配がする)
(そうね、おかしいわよねえ。この流れ)
(あぁ、妙だな。出来すぎてやがる)
(……忌々しいことだ。こちらの情報網をすり抜けるなど)
それぞれの任務にあたっている最中である同胞達―――他の四天王からの返答が戻ってくる。やはり皆、似たようなことを考えていたようだ。
(私たちが総動員してなおこの結果ってありえないでしょう)
(エックス様も居たってのにな。敵も多いだけでつまんねー雑魚ばかりだったし)
(……作戦全体が漏れていたか。裏を探る必要があるだろうな。我らが
垂れ流されてくる愚痴のようなやり取りを半分聞き流し、ハルピュイアは今後の行動を定める。現状はとにかく判断材料が足りない。
(レヴィアタンとファーブニルは引き続き現場撤収の指揮、ファントムは早急に今回の作戦に関わった者達の周辺を洗え。俺は今からエックス様へ報告に行く。……周りに気を付けろ。何か怪しい動きがあればすぐに連絡を)
(解ったわ)
(おう)
(承知した)
三者三様の返答を確認し、回線を閉じた。この回線は幾重にもプロテクトが掛けられており、秘匿性が高く他者に漏れることはない。再度、溜息を吐く。
これからが問題だ。裏切り者の気配が消えぬうちに、始末をつけなければならない。最高戦力が動員された作戦全体を混乱させ、更にはその命を狙った。混戦に陥れる罠……戦死を装った暗殺のように思えるのは、考え過ぎではないはずだ。
これほどの大立ち回りをしでかしたのだから、それ相応の報いは受けさせる。目には目を、歯には歯を。
心当たりなど大勢居る。安定した現状を享受せず問題を起こしたがる不穏分子は、人間にもレプリロイドにもいまだに存在する。権力と財力に目が眩み、ネオアルカディアの中枢へ食い込もうとしてくる不届き者。そのような連中が声を高らかにして、現在の治世に対してごたごたと干渉してくる。(エックスは度々その者達の対応に気を揉んでいるのだ。労しく、その心境は察して余りある)
そんな連中が、統治者であるエックスの暗殺計画を立てていても何ら不思議ではない。表向き素知らぬふりをしているだけで、中には過激な思考を持っている者も当然いるだろう。
メモリーに蓄積された各要人のデータを洗いざらい引っ繰り返し、少しでも疑いのある者を列挙する。己の中にある情報だけでは不足しているだろうが、少しでも目星は付けておきたい。
―――今回の作戦の全容を知り得て、裏からコントロールできる可能性。ファントムの情報網に掛からず、我々の認識の外側に居る……把握していない存在……。
ひとり、脳裏に浮かぶ姿があった。
長い眠りから覚めたあの者のことを、エックスは信用しきっているようだった。気心の知れた戦友の一人とのことで、市民権も含めて何かの役職を与えたいらしい。調整に難航していると聞いていたが、いまだに顔合わせの場を設けられていない。当然、人となりや力量を測る機会もなかった。
―――要人共の中には懐に入り込むことに長けた者も居る。かつての友と言えども、今現在も信用に値するとは限らない。裏で何をしているかも解らないのだ。惑わされているのなら、自分がエックス様に進言せねば。
そう決意を新たにして、もう一度、周辺へ視線を向ける。
思考に没頭していた故に気が付かなかったが、なぜだか奇妙なほど人通りが無い。大規模作戦の直後なのだから、事後処理に追われる大勢の人やレプリロイドが行き交っているはずなのだが。
「…………」
辺りを見回す。殺風景な連絡路のその先、曲がり角の手前で人影を見つけた。壁際に張り付き、曲がり角の奥をじっと観察している不審者が一名。思わず溜息をついた……今度の溜息は、呆れから来るものだ。
「…………おい」
「あ、はい。なんでしょうか?」
不審者……ではなく一人の少女が、振り返って怪訝な表情をした。
ハルピュイアにとって、この人物はよく見知っている。エックスや四天王のアーマー、ボディの整備管理を行う、専属のメンテナンススタッフのうちの一人だ。人間で言うところの主治医的な立場の者と言えるだろう。
年若い人間の少女でありながら、その能力はそこらの大人よりも突出している。なにせネオアルカディアのトップに名を連ねるレプリロイド達のメンテナンスを任されているのだ。黙って作業をしているだけなら、まさに才女と呼ぶに相応しい姿だろう。……黙っているのなら、だが。
「……ここで何をしている」
「何というか……ご覧の通りの出歯亀っスよ出歯亀」
才女にあるまじき酷くざっくばらんな台詞を返され、ハルピュイアは内心で面食らった。毎度のことではあるが、この馴れ馴れしさにはどうにも慣れない。動揺を表情には出さず、平静を装う。
先刻まで思考の大半を費やしていた裏切り者への対応は、少女の奇行を眼の前にして全てが吹き飛んでいった。何も無い宇宙空間でも眺めるような虚無感と脱力感が漂う。
でばがめ、とはどのような意味だったか。間の抜けた疑問が通り過ぎ、律儀にオンライン回線で意味を検索して数秒。
……。
「死語だな」
「できれば古語と言って欲しいッス!」
実に無意味なやり取りだ。これ以上は無視をすることを選択し、その横を通り過ぎようとする。直後、がっちりと肩を掴まれた。
「ちょ、これより先は何人たりとも通しませんよ!」
「はあ?何を言っている……ここを通らなければエックス様の執務室へ向かえないだろう」
「だから通行止めにしてるんスよ!いかに賢将殿であっても度し難いっス!」
「意味不明なことを言うな」
小声で叫ぶなどという器用な行動に呆れ返りながら返答をする。
だいたい、なんの権限があって通路の封鎖などしているんだ。人通りが無いのはこのせいか、と鬱陶しくも納得しかけ、『……』遠くから聞こえてくる聞き慣れた声に足を止めた。
とんとんと腕をつつかれる。隣で同じく聞き耳を立てていたはずの少女が、すぐそばの通路脇にあるドアを指差して、ハルピュイアの腕を引っ張っていた。なるほど、ここで聞かずにあの部屋へ入ってからにしろと言うのか。
「……なぜ俺がそんなことをせねばならない。隠れる理由が、」
「まぁまぁそう言わずに!」
「っ何を、!」
どちらが上官か有耶無耶になりそうな言い草に半目で睨みつける。一般人であるならば震え上がるであろう四天王の眼光にも、全く堪える様子が無い。なぜだ。
振り払うことも当たり前にできたが、相手は非力な人間の少女なのだ。怪我をさせるわけにもいかず、大層に不服な気分を抱えたまま、心底仕方なく部屋へと足を向ける。
静かな音を立てて開く扉。その中には、なんとも予想外の風景が広がっていた。
「……これは……」
「あっハルピュイア様!?」
「な、なんでここに!?」
「通行止めの先に突入していきそうだったんで、私の方で回収して連れてきちゃったんスよ!すみません!」
ここは古い資料室のうちの一つだったはずだ。記憶媒体が収められた棚が並ぶその手狭な空間に、メンテナンスルームのメンバーの数人が陣取っていた。ちらほらそれ以外の者達の顔触れもあるところを見ると、どうやらあの通路へ侵入しようとする者を、片端から捕まえてここに連れ込んでいるらしい。
「良い雰囲気なんですからちょっとお静かに!」
「賢将殿!ホラホラ見てください!これっスよ!」
小声で囃し立てられうんざりとする。もうすでにここから立ち去ってしまいたい気持ちになりながら、眼前に提示された小さなホログラムのスクリーンへ視線を向ける。
「……エックス様?」
果たして、そこに映っていたのは通路の先の光景だった。おそらくは、各通路に設置されている防犯装置からのもの。
何やら真剣な表情で二人は話し込んでいるようだった。集音装置が声を拾う。
『……そんなふうに褒められるようなものではないよ。これまでたくさん回り道をして今を見つけたんだ。僕はみんなが思っているほどの英雄じゃない』
―――エックス様は何の話をしていらっしゃるんだ?
困惑して顔を顰めた。
あの方ほど、英雄と呼ぶに相応しい者が居るものかと、脈絡もなく真っ先に思った。あの少女はおそらく、発言を否定するだろう。この世界にはあなた以外の英雄などおりませんと、自分達のように賛辞を贈るはずだ。
しかし、聞こえてきたものは全く別のものだった。
『でもわたしは、きみのお陰でここに居るんだよ』
『きみが独りになっても、世界が壊れてしまわないように頑張っていてくれたから。今度はわたしがきみのために戦いたいなって』
『世界の味方とか平和の為にとか、そういう大きいものじゃなくて、きみの味方でありたい』
何の地位も権力も無い、過去から現代に目覚めただけの、一人の少女がそう言った。手を握り締め、真摯に向き合い言葉を尽くす様子には、一片の嘘も見えなかった。眩しく真っ直ぐな心根の有りようは、イメージしていた姿と違っていた。
『……ただ一人の為の味方でありたい』
ほぉ~~んと間の抜けた感嘆とにやける声が周囲から聞こえ、半ば焦りながら我に返る。当然、表情に出すようなことはしない。
「っもういい、やめろ。これ以上は見るな」
その場に居た全員が、はっと動きを止めた。ちらちらと伺うような視線を浴び、ばつの悪い気分になる。
横にいた少女がなんとも言えない表情でハルピュイアを見詰めてきた。
「現状見るなってのが無理では?……というか何で賢将殿が顔赤くしてるんスか?」
「煩い俺は知らん見るな」
「ウイッス」
こちらの真横に居る喧しい女と、あのナオトという女が同じ『少女』という括りに入る生き物なのかと、かなり投げやりな疑問を浮かべつつ、心労の溜まった溜息を吐き出した。
「なぜこんな事態に……」
「それはあの二人がノンキに廊下でアオハル始めるからじゃないスかね……」
あっけらかんと言う声に、頭痛すら覚えてくる。
……あおはる、とはまた聞き慣れない単語だ。疑問が浮かびかけたが、馬鹿らしい気持ちになった。どうせ碌でもない意味に違いない。
どう事態を収集させるかと思考を回し始めたとき、再び隣の少女が口を開いた。今度は捲し立てるようなそれではなく、周囲に聞こえないよう配慮した密やかな声だった。
「賢将殿、大丈夫ですよ。あの子、腹芸できるような女狐タイプじゃないです。普段からわりとぽけーっとしてます」
「それは確かか?」
「ええ」
「……そうか」
これだけで全てを判断するには情報不足ではあるだろうが、一つの意見として留め置くことにする。あの者より怪しい人物などごまんと居るのだ。
「おやおや、おやおやおやおや」
「おぉっと、やりますねえ……」
「わぁーお……」
考え込む間に、再び感嘆の声が聞こえてきた。見るなと口先だけで言いつつも、周囲に釣られるようにまた画面へ視線を向けてしまう。
これは単なる状況確認であり、断じて覗き見などではない。
『もう離したくないと思ってしまっても良いのかな』
『もちろん』
『……こんな光景、他のみんなには見せられないよ』
なんということか、抱き締め合う二人が幸せそうな声音で会話を交わしている。あんなエックスの表情は、今まで見たことがない。
…………見てはいけないものを見てしまった気分と猛烈な後ろめたさに襲われ、電脳が沸騰するような錯覚を感じた。思わず顔面を片手で覆い隠す。
―――お、俺は一体何を見せられている……?
『別に良いんじゃないかな。ここにはわたし達だけなんだし』
『はは、そうだね。誰も居な、』
(エックス様……)
あまりにも……あまりにも一方的に気まずすぎる状態を我慢しきれず、ハルピュイアは通信回線からエックスへ呼び掛けた。画面の中に映る少年が、我に返ったように即座に反応する。
聞こえてきていた柔らかく甘い雰囲気が一瞬で切り替えられ、別人のような硬さを含んだ主君の声が響く。
(ハルピュイア。……すまない。現状の報告ならもう少し後で頼めるかな? 今かなり立て込んでいて、)
(大変、申し訳ありません……。本当に……何とお伝えすればよいのか……)
(? 何かあったのかい?)
険しい声音へひたすら謝罪を思い浮かべつつ、すぐに自身のアイカメラからのスクリーンショットを送信する。それは今の自分が見えている風景の一部であり、数人の者達が、固唾を呑んでエックス達の姿を見守っている様子が映り込んでいた。
(うわっ!?)
『うわっ!?』
己の通信回線と眼前の画面の両方から、同時に驚愕の声が飛び込んできた。みるみる火照っていく少年の顔と、状況が解らずに辺りを見回す少女の姿が見えた。
(ごめんまた後で連絡する!)
(は、はい。了解しました……)
それからはもう、少女の手を取ったエックスは、あっという間に通路から去って行ってしまった。二言三言、会話を交わしていたようだったが、内容までは解らないままだ。
「あーあ、行っちゃった。申し訳ないけど、なんだかこう……エックス様にもああいう部分があるんですねぇ……」
「こっちがドキドキしちゃいましたよ。なんで急に青春始めてるんだよ……」
「あれは応援するしかない……!」
「やべーっスわ……ぐへへ」
暢気過ぎる周囲の会話にまた溜息を付く。
ようやくこれで覗き見の罪悪感から解放される。ハルピュイアにとって、このたった数分間が恐ろしく密度の高いものに感じられた。
「……はあ……。全員、今回見たことの口外を一切禁止とする。漏らした者には相応の処罰が下ると思え」
「はは、もちろんですよ」
「恥ずかしくて言えないです……」
「はぁ~。了解です」
「了解ッス!」
ぱらぱらと賛同の声が上がる。その場の全員がしっかりと頷くのを見届け、また一つ溜息を吐く。
後程、エックスには改めて謝罪を伝えねばなるまい。人であったなら、胃痛で苦しんでいそうな気分だった。
「それでは各自、職務へ戻るように。まだ事後処理が残っているだろう。…………だがお前は残れ」
「ええ!?私、居残りっスか!?」
文句は言わせないとばかりに隣の少女を再度睨み付けると、周囲からの憐れむような生暖かい目線が隣へ集中していく。四天王の眼光は、どうやら今度は効果があったようだ。
ハルピュイアからの睨みを冷や汗で受け取りながら、ようやく喧しい才女は諸手を挙げて降参の意を示したのであった。
「賢将殿ぉ~、そのゴミを見る目付きはいかがなものかと……。私はともかく、他の人にやってりゃ無駄に恨まれちゃいますよ」
「お前は良いのか」
「なんと言いますか、そういうとこも賢将殿の魅力というか。ツンデレのデレが消滅している感じというか。一周回ってありがとうございます的な」
「?……解るように説明しろ」
「ここで口頭説明するには難易度高いですよぉ……せめてレポートで纏めて……。うーむ、レヴィアタン様にはわりと解って頂けたんスけど……」
「……」
主旨がずれていく上、間の抜ける受け答えとなったことに気が付かず、目を眇める。
部屋には、ハルピュイアと件の少女だけが居残っている。手近なスツールに腰掛け、脚を組んで考え込む緑のレプリロイドの目前に、なんとも気まずそうな表情をした人間の少女が床の上で正座をしていた。……特にそうしろと命じたわけではないが、なぜか自主的にそんな姿勢を取っている。
相変わらず奇行が多いやつだ。信用しているからこそ多少の問題行動も許してやっているということを、理解できているのだろうか。
「あのナオトという者は、お前達から見てどう思った?」
「それは、私達メンテナンススタッフからの意見、ということですか?」
首肯して見せると、妙な唸り声を漏らしながら首をひねる。
エックスからの指示の下にあの者の再起動処置を行い、今の時代に蘇生させたのは彼女らだ。それ以後、ボディの整備や調整、現代に合わせた機能のアップグレードを行っていると聞いた。あの者の思考の方向性や内面など、ある程度は把握できているはずだ。
先程の会話の様子ではそれなりに信用できそうではあったが、改めて質問をしておきたいと思った。
少女はしばし考えを纏めるような仕草の後、表情を引き締めてハルピュイアを見据えた。常にこのような顔をしておけば良いのだが、と内心で密かに呆れる。
「現時点で、トラブルを起こしたがる人物には見えません。おそらく他のスタッフも似たようなことを口にするでしょう。先程もお伝えしましたが、企みを隠しておけるタイプではありません。ただの世間知らずのお嬢さんというイメージです。……あの子のバックグラウンドを鑑みると、それも仕方がないとは思いますが」
何せ、前時代からずっと眠っていた身の上ですから。と付け加えられる。
「メンタル面も安定していますし、ボディの方もいずれ最適化が完了します。信用に足る人物であり、こちらの信用も得ています。戦闘訓練もこなしていますから、即戦力としても使える人材と言えるでしょう」
「……そうか」
考える仕草をしながらハルピュイアは頷いて見せる。それをちらりと確認して、少女はやや表情を崩した。
「それに、実際にもう動いてもらいましたから。エックス様を探すのに」
「……何?どういうことだ?」
「えっ?……てっきりもう聞いてるかと……」
数秒、沈黙が流れる。何の話をしている?と考えかけ、まさか、という思いが持ち上がった。
同時に、行方不明だったエックスを発見、報告した者が、奇妙なことを口にしていたと報告があったのを思い出していた。『所属は第十七精鋭部隊です』とその者は発言していたらしいが、そんな部隊は“現在は”存在しない。伝達ミスのたぐいだと気にも留めていなかった。
そして、あの者はエックスの戦友であり、旧知の仲だと聞いている。ならば、その部隊の名前が出てきたことにも頷ける。
「ほら、さっきの大規模作戦で、エックス様がどこ行ったか解らなくなったじゃないですか!捜索依頼をですね……」
「まさか、本部の外へ出したのか?」
「…………なんスかその、室内飼いのペットを外に逃がしたみたいな言い草ぁ…」
眼前の嫌そうな顔面から、うへあ、と呻き声が飛び出す。
それを無視しつつ、ハルピュイアは渋い顔を作った。エックスの許可を取るタイミングなどなかったはずだ。
「……個体識別信号の登録も、軍部への通達もまだ済んでいなかっただろう。そもそもあの者は表向き、存在していない扱いのはずだ。何か騒ぎでも起こされたら、どんな言い訳をするつもりだった?」
「そのような人物には思えませんでしたので。実際、ちゃんと無事に探し出してくれましたし」
「……それは結果論だろう」
しゃあしゃあと言ってのける様子は、逆に堂に入ってすら見えた。思わず呆れ返ってしまったのは何度目だろうか。
「フォローもきちんとしましたよ。司令部への回線と、私が知ってる限りのエリアのマップデータも教えて。軍の備品保管庫から使えそうな装備を拝借したりしてね。……なんも支援せずに戦場行ってくれなんて言えないでしょっ」
そういう問題ではないと言い掛けて、ふと口を閉ざす。
この少女が依頼し、あの者は承諾した。そして結果的とは言え、エックスは無事救助された。
これは、高確率で存在するであろう裏切り者にとっては大きな誤算であったはずだ。混戦の最中にごく自然な流れで戦死させ、残骸となった英雄が悲しみと共に帰還する。涙を誘うそのシナリオは瓦解した。ならば、裏切り者は原因を探る。
エックスが過去にイレギュラーハンターという公安組織に所属しており、その一部隊の隊長を任されていた事実は知る人ぞ知る話だ。
『第十七精鋭部隊』という過去に存在したものをキーワードに、エックスの周囲を嗅ぎ回るだろう。妙な動きがあれば、こちらの網にも掛かりやすくなる。あとは平行して他方面から裏切り者の尻尾を掴む。
―――しばらく様子を見るか。
「……あの者に関しては、今回は保留とする。お前はもう少し観察して、本当に問題がないかを見極めて報告を。エックス様の身の安全を何よりも優先させろ。いいな」
「了解です。……まぁー、あの子なら自主的にボディーガードやってくれるくらいの信頼度だと思うッスけど。ファントム様の仕事が楽になるかもしれませんよ」
「これ以上はエックス様のご判断に従うだけのことだ」
「まぁそうですよね。異議無しであります!」
ぴしりと背筋を伸ばした少女が、ニッコリと笑顔で賛同した。
ハルピュイアはそれを一瞥し、話は終わったとばかりに立ち上がる。聞きたいことは聞き出せた。ある程度は方針も固まった。もうこの場に用はない。
部屋の出入り口へ足を向けると、後ろから付いてきた少女がここぞとばかりに口を開いた。
「しっかし、四天王の皆々様方、誰かナオトさんと腕試ししてくれないスかねー?」
「……それは俺の関知するところではない」
「ですよねー。……いやね、エックス様もそうですけど、大戦前に造られたレプリロイドってなんで『あんな感じ』なのか不思議で不思議で気になってしまって。やっぱ稼働年数の差かなぁ。あー、他にも誰か発掘されないかな~。研究したいですよ~」
実によく回る舌だ。相槌すら億劫になりながら、宣う少女の言葉のほとんどを聞き流す。めげること無くなおも何かを語り続ける声を背景音にしながら、ハルピュイアはふと想いを巡らせる。脳裏に浮かび上がるのは、やはり先程の己の主の姿だった。あれは自分達に向けられるものとは違う、ただ一人の為だけの表情だ。
エックスは常に、大局を見据えている。人間とレプリロイド、双方にとってのより良い世界とその未来を作っていくために心を砕いている。
誰かの為に戦い、誰かの平穏を願うことは正しいことのはずだ。人々はそれを礼賛する。人に造られた機械として、素晴らしく模範的な存在だと褒め称えて敬う。時には崇める。
だがそれだけでは、本当にあまりにも無機質的だ。彼は機械であっても、装置ではないはずだ。人間のように笑い、悲しみ、怒りもする。ネオアルカディアという組織を円滑に運営するために組み込まれている装置ではない。他者の幸せを創る為『だけ』の機械ではない。
彼自身の意志はどこにあるのだろうかと、畏れ多くも時々考えてしまう。
その一方で、
大局の為に己を抑えつけているのは、本当に正しい姿なのだろうか。それを推し量る権限も意味も、自分にはあるはずもなく。
しかしどうやら、エックス自身の幸福を見つけてくれそうな存在は、もしかすると彼のすぐ横に居るのかもしれない。
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