人工少年は幸福の夢を見る。
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考えが甘かった。認識も現状把握も、何もかも足りていなかった。わたしが馬鹿みたいに悠長に眠っていた間に、現状は全く予想もしていない方向へ進んでいた。
エックスが自分に封印したダークエルフだとか、ボディを移ってまで戦った後に己を封印したゼロだとか、DNAデータを継承した四天王たち……とか。今回の騒ぎの直前、やっと彼から聞かされた話だ。
一体どこまで世の中混沌とすれば気が済むのだろう。どれだけ経過しても、時代が変わっても、世界は似たような出来事を繰り返している。人間とレプリロイド、生きているもの動いているもの全てを巻き込んで、今でも続いている戦い。
どこぞの精鋭部隊の元隊長が「可能性」を求めたことが発端として始まった、いつまでも終わりの見えない無限ループ。それの成れの果てを、改めて見せつけられた気がする。
あの時、エックスが半分寝ぼけながら話していた『イレギュラー討伐作戦』とやらに、わたしは参加することができなかった。
適当な部隊、適当な穴埋め要員にでも組み込んで貰えれば、と思っていたのだけど、却下されてしまった。
許可を出さなかったのはやはり彼本人で、「君の手を借りる規模の作戦ではない」とやんわり言われただけで終わっていた。怪訝には思ったけれど、信じて了解することにした。
現時点で部外者だから仕方が無いというのは解るが、なんなんだろう。わたしを他人の目に触れさせることは、何か不味いことでもあるのだろうか。もしかしたら本当に口を滑らせただけで、元から討伐作戦のこともわたしに言うつもりが無かったのかもしれない。……まぁ、言う義務なんてないといえばそうなんだけど、少し寂しいものがある。
そして蓋を開けてみれば、不測の事態の連続だった。
行ってきますと言われて、行ってらっしゃいと返した。無茶をしないで無事に帰ってきてね、と付け加えると、エックスは少し嬉しそうだった。わたしの感覚ではそれほど昔のことではないのだれど、彼にとっては百年前にみんなと交わした懐かしい言葉だったのだと思う。
彼の執務室に、わたしだけが残されて三時間程度経った頃だろうか。
仲良くしてもらっているメンテナンスのスタッフさんが、慌てた様子で部屋に飛び込んできたのが最初だった。曰く、「エックス様の反応が追えなくなっていて、司令部が大騒ぎになっている」「今自由に動けるのはあなたしか居ない。探しに行ってもらうことはできないか」。
増える敵性反応。分断された四天王たちとその部隊。続く混戦状態。奇襲の連続。識別信号がたどれなくなった彼。混乱する司令部。
よく考えてみれば、彼が投入される時点で簡単に済む任務ではなかったのだ。そんな簡単なものならたくさん居る部下に任せていればいいはずだったのに、そうはしなかった。彼が出るだけの理由があったというのは、つまりはそういうことだったんだろう。
ただ単に反応が追えなくなることは、わたしが経験した間でも今までよくあった。イレギュラーを主導する者が控えているところは、ほぼ通信妨害が敷かれているものだった。そういったエリアへ突入するときは、初めから外部のサポートなんて期待していなかったし、その場の独断専行で進んでいた。各個人で戦うことが前提だった。
過去の任務記録を今の司令部が把握していないとは思えないけれど、彼に対しての動きが鈍い気がした。あのスタッフさんは信頼できる人だと思ってはいるが、動ける者が他に居ないだなんておかしくはないか。何か、嫌な予感みたいなざわつきがあった。
だから、わたしもその場の状況で判断することにした。
全快した後から戦闘訓練を欠かさなかったのが幸いだった。今なら現役の時と同程度に動ける。後で誰になんと言われようと別にいいやと思った。
ここの司令部からは、わたしはノーマークなはずで、存在しない部外者とされているはずだ。だったら裏方的に、勝手に支援しに行ってしまおう。彼の戦闘パターンの癖やバスターの痕跡を探せば見つけられるだろうし、わたし個人の通信回線からなら応答があるかもしれない。こんなことで死んでいるわけがない。
エックスの位置座標を伝えて、こっそり戻ってこればいい。ちょうどこの部屋にはくぐり抜けて外へ出られる窓があるし、わたしは反重力制御ユニットで飛ぶこともできる。きちんと作動するセイバーも手元にある。行ける。
そう考えて、すっかり青褪めているスタッフさんに「解りました。出ます」「大丈夫、ちゃんと連れ戻してきますから」と返したのだった。
―――そして、今現在。
現場を慌ただしく飛び回って、どうにかエックスを無事に見つけられたのは良かったと思う。ただ、その思考や精神の部分までが無事だったとは言い難い。無秩序な乱戦の只中であっても有利に立ち回れていたであろうはずなのに、追い詰められていたのは彼のほうだった。
様子がおかしいと声をかけたその時、こちらに向けられた銃口と共にわたしを見詰め返してきたそれは真っ暗な色をしていた。
「ごめん。……ああいうところは、見せたくなかった」
執務室へ続く通路の途中、わたしの前を歩いているエックスがぽつんと言った。アーマー全解除、素体保護用のフィールドジャケットを着た細い後ろ姿は、いつもより頼りなく見えていた。
あれからオペレーターに彼の座標を送って帰投させ、すぐにメンテナンスルームへ放り込むようお願いした。物凄く不審に思われたけど、無理矢理話を通してもらった。(しつこく所属を聞かれたので答えに迷って『第17精鋭部隊』だとすっとぼけておいた。どう受け取られたかは知らない)
ボディの修復と洗浄が終わってもう大丈夫だ、とわたしに頼んできたメンテスタッフさんから連絡が来て、迎えに行った後。その帰りが今だった。
出撃した部隊やその他の方々がどうなっているのかが気掛かりだったが、スタッフさんの話によればもう撤収作業に移行しているらしいとのことだった。何とかなってよかった。
落ち込むというよりもまた更に煩雑で重い表情を作るエックスに、できるだけ何事もないかのように言葉をかける。
「あんな状況は前からよくあったでしょう。一対多数なんて珍しくなかったし」
あえて、あの時の様子には触れなかった。
「……そういう意味じゃないよ」
振り返った彼は、わたしを見ていっそう顔付きを暗くした。メットが無いので表情がよく解る。濃色の髪の下でアイカメラが揺らいでいる。
その左手が伸びてきて、わたしの頬を拭っていった。白い指先に、固まった循環液の赤がこびり付いている。ああ、落とすのを忘れていた。
「汚れてる。僕のせいだ」
「これくらい平気だよ」
どうしてこんなことを言うのだろう?よく分からなくて、少し首を傾げる。また、考えなくてもいいようなことを考えているのかな。
それとも、
「……勝手に動いたのは、やっぱり余計だったかな?」
「それは、」
「引っ込んでいた方が良かった……?」
「そんなことない。本当に助かったよ」
半ば恐る恐るの問い掛けに、彼は首を振って答えた。
視線を合わせてくれないまま何かを言いたげで、それでも迷っているようだった。理由を話して貰えたら、納得できるかは別にしても、ちゃんと言う事を聞くのに。
「あの……どうしてわたしは外に出たら駄目なの?」
「…………。駄目、とかではなくて……。以前話したことは嘘じゃないよ。調整に時間がかかっているのは本当なんだ。ただ、」
言いかけたエックスの白い頬が、微かに朱色に染まった瞬間を見てしまった。視線が合わないというよりは、視線が泳いでいる。
何かを声に出そうとして、ばつの悪そうな表情で口元に手を当てて、数回ぱくぱくさせていた。
思わず首を傾げる。な、なんだろう、この空気。本音を掴みかねて緊張していたはずの雰囲気が、何となく流れて去っていく。
「……じ、自分の部屋に戻ったとき、そこに誰かが居て、必ず『おかえり』を言われることが、その……心地良かったというか……」
声がだんだん尻すぼみになって、自信のないものに変わっていく。
「き、君に甘えていた、のかも……」
「…………………………………………………………」
思っていたよりも予想外の方向から飛んできた返答に、わたしは面食らって無言になってしまった。しばし、二人共に沈黙が流れる。思わず目線を周りに向けてしまう。
妙に殺風景な連絡路、等間隔の照明、適温に保たれた空調……他に誰も居なくて本当に良かった。
普段は真面目できっちりしているのに、今はいつもより気が抜けているように感じる。これはなかなかに見られないレアなエックス様ではなかろうか。
現実逃避気味な思考を挟んでから、ようやく言われた内容を噛み砕き始める。
それから、ああなんだそんなことだったのかと案外すんなり納得してしまった。ある種の、我儘みたいなものか。
嫌だとか拒否感だとか、マイナスの感情は不思議と浮かんでこなかった。
「う、うーん……だったら別に今のままでも良いのかなあ……」
そういうことだったらもっと早くに言ってくれても良かったのにと思ってしまったけれど、この様子だと気恥ずかしかったのかもしれない。
「…………僕に合わせるということは、自由が制限されてしまうことになるんだよ。気軽に外出する事は難しくなるし、……色んなものに縛られる事になる」
視線を伏せたエックスが、重く低く、囁くようにそう言った。
これまで散々「一緒に居たい」的なことを連呼していたくせに、どうして今ごろ躊躇っているのかな。内心だけで苦笑する。彼の今の立ち場ならそれは当然の事だろう。
それでも、マイナスにはならなかった。
「きみのそばを離れたいとかそういう気持ちが無いから、これで良いと思うよ」
「………………」
にっこりと笑ってみせる。エックスは驚いたような、惚けたような顔をして、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
……ああそうだ、良い機会だし、ずっと考えていたことを伝えてしまっても良いかもしれない。言いたいと思っていたことを言えてしまえそうな今のタイミングを逃さないように。
本当の事を話してくれたから、今度はわたしが言おう。
少し咳払いをして、居住まいを正す。少し息を吐いて、吸う。
「あ、あの、やっぱりね、……それでも、任務には出してほしいと思う」
任務、という単語を認識して、彼の表情がするりと現実へ引き戻されたように見えた。少しずつ曇っていく。
「確かに君の身体はもう修復されて、問題はないと解っているけれど。もしもまた昔のような事が起こってしまったら、僕は……」
「大丈夫、そんなことはもう絶対にならないようにするから」
明確に誰かの為に動くのなら、死ぬなんてつもりは全く無い。その逆だ。
俯く彼の右手に触れて、そっと握る。ひんやりとした感覚。
「昔に死にかけたわたしが戻ってこられたのは、きみという正義の味方のお陰だと思ってる」
いつまでも色鮮やかで格好いい、正義の味方。英雄たち。
わたしにとって追い掛けていたいと思っていた後ろ姿は、今は青いほうだけになってしまって、在り方も変わってしまったけれど、その格好いい姿は今もまだ目の前に居る。たぶんこれは、もう憧れではないのだと思う。
「……そんなふうに褒められるようなものではないよ。これまでたくさん回り道をして今を見つけたんだ。僕はみんなが思っているほどの英雄じゃない」
……そうかもしれない。でも、エックスの言う『みんな』が思う英雄とわたしが思う英雄は、きっと全く別のものなのだ。
「でもわたしは、きみのお陰でここに居るんだよ。きみが独りになっても、世界が壊れてしまわないように頑張っていてくれたから、」
だから、それに報いたいと思う。
「今度はわたしが、きみのために戦いたいなって」
彼は黙ってわたしを見詰めている。
「世界の味方とか平和の為にとか、そういう大きいものじゃなくて、きみの味方でありたい」
今の時代に目覚めてから、ずっと思っていた。
エックスは今も色んなものに翻弄されていて、引き摺り回されている。今日だってそうだ。
長い間頑張ってきた者が幸せになってないなんて納得できなかった。みんなを救った正義の味方は、一体誰がどう救うんだろう?そうしようという人は『みんな』の中には居ないのか?
頑張った者には、それ相応の見返りがあってもいいはずだ。世界を救った英雄が、大勢のひと達を助けたその本人が、報われていない、幸せになっていないなんて納得できなかった。
自分が救うだなんて自惚れたことは言い切れない。残念だけどわたしはあまり強くないし、やれることも限られている。だけどせめて、可能ならば。
「ただ一人の為の味方でありたい」
自分の気持ちに気付くのが遅過ぎてしまった。それでもまだ間に合うだろうか、間に合って欲しいと願った。
何とか言い切ったしばらくの沈黙のあと、詰めていた息をゆっくりと深く吐き出すような震えた音がした。
「……ずるい、」
「え?」
恐る恐る視線を上げると、エックスはわたしが握っていない方の左手で顔を覆っていた。指の隙間から、さっきよりもまた一段と真っ赤になった頬が見えている。というか、首筋まで赤くなっている。あ、あれ?
「……こんなの……こ、告白されてる、みたいじゃないか」
「……………………………こっ……こくはく」
上擦って驚いて照れているようなこんな彼の声は、今まで聞いた憶えがなかった。
気持ちを伝えなければといっぱいいっぱいだった頭が正気に戻っていく。釣られてわたしの顔も熱くなっていく。あれ?なんだろうこの流れ。想定とだいぶ違うぞ。
「……ちが、……いや違くない……のかな。けど今は……えっと……わたしは、」
何を長々と語ってしまったんだ。もっと簡潔した解りやすい良い言い方もあったはずなのに。精神的に成長していないのがバレバレだ。
確かに、告白みたいだった、かもしれない。訳が解らないことを言ってしまった。けれど当たり前のこととして、好きでもない者のそばに居ようなんて考えないものだと思うわけで。
「ご、ごめんね、もう少しちゃんと考えを纏めてから言うんだった」
やっぱり本音なんて言うべきでは無かった。こんなものは理由にはならないと思う。素直に、『イレギュラーハンターとして、きみの代わりに任務に出たいです』と言えばそれで終わっていただろうに、あまりにも酷く恥ずかしい。
「告白か。こっちから先に言おうと思っていたのにな」
呟く声がした。真意を問う前に、小さな苦笑がこちらを向いた。穏やかなのに泣いているような、嬉しさが滲むような、そんな顔だ。わたしは言葉を飲み込んで、ただ眩しくそれを見詰める。
二つのアイカメラが鮮やかに光っている。その内側にわだかまっていた暗く澱んだ色合いは、薄れて消えてしまったように思えた。
ごく自然に腕を引かれて、正面からそうっと抱きしめられた。特に抵抗する理由もなく、されるがままになる。苦しくはない。さっき助けに行ったあの場でそうした時、少し前にそうされた時よりも、ずっとずっと優しくて温かみのある感触だった。
「君の言葉に……救われた気がする。ありがとう」
「ちょっとでも力になれてたら良いんだけど」
「なれてる。なれてるよ」
わたしは腕を伸ばしてエックスの背に回す。その身体は冷たかったけれど、ただ冷たいだけではなかった。
「もう離したくないと思ってしまっても良いのかな」
「もちろん」
自信を持って即答する。私の台詞に、はにかんだ微笑みが返ってくる。
「こんな光景、他のみんなには見せられないな」
「別に良いんじゃないかな。ここにはわたし達だけなんだし」
「はは、そうだね。誰も居な―――、………………?」
唐突に挟まる数秒の静寂。無言が流れて行って、わたしは首を傾げた。
え?あれ?もしかして、近くに誰か居るの?
「ど、どうしたの?」
「うわっ…………………あっ、な、何でもないっ」
一応、周りをぐるりと索敵してみても、眼前の一人分の識別信号しか見当たらなかった。さっきと同じく周辺に人は居ないはず……なんだけど。
訳が分からない間にバッとエックスが離れた。慌てた表情は、再び真っ赤になっている。どちらかというと『顔から火が出る』みたいな雰囲気だった。
「……つ、続きは、また後で」
「う、うん」
視線を逸らされて、手を引かれた。続き?わたしはこの後また抱き枕役にでもされるんだろうか。
引かれるまま、二人でまた通路を歩き出す。今度はそこそこの早足だった。
誰かが来そうな気配でもあったのかもしれない。または、あのタイミングで部下から通信が入ったとか。
……そ、そうだよね、いつまでも往来が無いわけではないだろうし。また駄目なことをやらかしてしまった気がする。釣られるようにわたしの顔も熱くなっていく。冷静に考えていろいろとおかしかった。
ひとけが無いとはいえ公衆の面前で……あっでも具体的にどうってわけではなくて……ただの個人の決意表明みたいなものだし……なんか…………その。
何も浮かばずに黙り込んでいると、エックスが場の空気を誤魔化すようによし、と言った。
「じゃ、じゃあまずは君のその格好をなんとかしようか。循環液も落として。ああそうだ、反重力ユニットで飛び回ったのなら補給も必要だろう?食べ物を用意するよ」
「お、お願いします」
お礼を返しながら、でもわたしは少し苦笑してしまった。声のトーンや雰囲気が、ずいぶん軽くなったように感じる。わたしのなんちゃっての発言も役に立てたのかもしれない。
こちらへ背を向けて歩き続けていた彼が、小さく口を開いた。
「ナオト、」
「なあに?」
「おれも、君の味方だよ。何が起こっても、これは絶対だ」
「……うん。ありがとう」
こそばゆい気持ちだった。柔らかくてふわふわしている。陽だまりみたいで、優しい。
やっぱりだ。やっぱり、いつまでも追い掛けていたくて、素敵で格好良い正義の味方はしっかりと、わたしの眼の前に居るのだ。
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