人工少年は幸福の夢を見る。
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混乱する頭を抱える。
黒いざわめきが胸の内を掻き乱す。
五月蝿い。少し黙れよ、ダークエルフ。
それで何を考えていたんだったかと思考を反芻する。ログを確認するが、データは残っていない。空白。鉄屑の山。いろんな誰かの手や足や頭や中身がそこらに転がっている。金属とプラスチックと樹脂と生体パーツと人工皮膚。立ち込める濃密な匂いが臭覚を刺激する。これは僕達の血のにおいだ。僕の同族の。レプリカ。レプリロイドの、循環液の赤。僕、おれの、内に流れるそれと同じ。
物音。振り返る。ゆらりと動くレプリロイドがおれに銃口を向けている。殺すなら殺せばいい。ぼんやりと霞んだ思考回路でそれのアイカメラを見返した。ノイズが酷い。
「……、」
口を開いてみたが、声帯が上手く働かなかった。喉の奥からのひゅうひゅうとした空気の漏れる音。思考にまたノイズが走る。イレギュラー、処分。浮かぶ単語。そうだ、人間に危害を加える前に破壊しなければならない。いつものように。いつものように。いつものように。なにかが焼き切れた意識。
フットパーツの加速をマックスに。踏み出す片足。足元の部品が軋む。短くない距離を直ぐに詰める。立ち竦んだイレギュラーの懐に潜り込む。おれよりひとまわりふたまわりも大きい体格のレプリロイド。視線が合う。相手のアイカメラの奥に妙な感情。恐怖心に似ているような気がする。特に何も考えず手元のセイバーを斜め上に斬り上げる。聴覚を駆け抜ける耳障りな音声。五月蝿い。お前も五月蝿い。至近距離で赤い滴が散る。でもまだこわれていない。
「……うるさい」
自分の声とは思えないくらいの掠れ声。光を収束する右手。まだ蠢き悶えるそれの頭部に向かって光を放つ。吹き飛んだ。良かったじゃないか、痛覚が消えて。崩れ落ちるそれを見下ろす。
深く溜め息をついて辺りを見渡した。散らばる無数のスクラップと青空。無機質な青と赤。平坦な気持ち。何も感じられない。最初からこうなら楽だったかもしれない。
突然喉の奥に感じたむず痒さ。何度か咳き込む。押さえた手のひらに赤。内部機関のどこかを負傷したらしい。まぁ良いか。今更何処をおかしくしようと気にならない。
まだレプリロイドの反応が残っていることに気づく。イレギュラー。行かなければならない。また、処分??ばちり、と頭の中で響くフラッシュ。呼吸が速くなる。視界が揺れる。だからなんだ。エラー?そんなものはどうでも良い。重たい頭を抱える。だから早く立ち上がって次を壊しに、さあさあさあさあ、
「待って!」
後ろから手を掴まれて、咄嗟にバスターを向けた。持ち上がる警戒心。頭部に向かってエネルギー収束。その向こう側で驚いて目を見開く顔が見える。……僕も驚いた。
「……、………、…ナオト?」
ぽかんとして腕を下ろした。ネオアルカディアの本部で待機していたはずなのに、なぜ彼女がここにいるんだろう。首を傾ける。掴まれた手が熱い。まぁいいか。兎に角行かないと、
「やめて……!」
「――――え、?」
聞いたことがないほど悲痛な声。顔を上げる。眼にいっぱい溜まった涙がナオトの頬を滑った。訳が解らなくなる。なんで彼女は泣いているんだろう。頬に触れる。滴を拭い取る前に、ナオトの頬に赤色が着いた。…………、赤色。手元を見た。赤にまみれた。循環液。レプリロイドの血。べったりと、
「…う…あっ……!?」
ノイズが頭痛に変わる。
我に返る。
赤。赤赤アかあか。
おかしい。なんでこうなってるんだ。こんなのおかしい。おれは、僕はなんで。視界にエラー表示が出る。捩れる意識。抉れる思考。警告。胸の内に閉じ込めたあいつが五月蝿い。エックス。おれを呼ぶな。苦痛。悲哀。寂しさ。諦感。錆び付いている。生きているおれ。みんな死んだ。人間の保護。レプリロイドの処分。変わった世界。死ねない。流れる時間。なみだはながれない。こんらんはとまらない。積み重なるエラー。嫌だ。警告。厭だ。否だ。うそだ。こんなの嘘だ嘘だろ。ああああああああああ嘘だ嘘だうそだ、
「エックス、」
――――――ふわり、と暖かいものに抱き締められる。逆立った神経が過剰反応する。びくりと身体が震えた。
肩に埋められたナオトの顔。背に回された手。暖かい。
「もう大丈夫、だから…もういいんだ。きみがこれ以上戦う必要は無いの」
「……」
力が抜けた。ずるずるとへたりこむ。支えるように動いたナオトもいっしょに座り込む。瓦礫の真ん中。片手のセイバー、親友の形見が滑り落ちた。
「身体、汚れるよ…」
ようやく出てきた言葉はどこか的外れで、それでいて混乱した頭では精一杯の一言だった。いい、と彼女は短く囁く。
「きみは独りじゃない。わたしも居る。四天王のみんなだって。だから、一人で全部やろうだなんて考えないで」
「……っ、」
「頼って良いんだよ」
ぽつんと落ちる暖かな言葉。胸の内の黒いざわめきが遠ざかっていく。侵蝕が治まる。エラーが終息していく。温い息を吐き出すと、代わりに積み上がった感情が視界を埋めていく。感情がシステムに介入する。アイカメラからの映像が奇妙に歪んだかと思えば、なにがなんだか解らないうちに、頬に落ちるそれ。
「エックス…、」
「っ…ちょっ、と…疲れてしまったのかも、しれない。ごめっ…ぅっ………」
言い訳のような言葉と、久しぶりに喉から嗚咽が出てきた。ぽたりぽたりとナオトの肩を濡らす滴。もうすっかり枯れてしまって、出てこないと思っていた涙だ。自分でも訳がわからなくなって、制御が効かなくなる。
ナオトの手に力がこもる。なにも言わないまま、あやすように背を撫でられる。心地良い。まどろむ。いつの間にか忘れていた疲労感が蘇る。
「良いんだよ。きみは休んでて。あとはわたしが、」
「っ……、ひ、くっ……」
情けない嗚咽を抑えて、僕は首を縦に振る。これは幻ではない。現実だ。……ナオトはいつもおれを―――僕を助けてくれる、大切なひとだ。昔からそうだった。
感謝の言葉すらまともに伝えられないまま、存在を確かめるように彼女を強く抱き締める。
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