人工少年は幸福の夢を見る。
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広い部屋に広い窓。外の街にはたくさんのビルが並んでいて、爽やかな青空が見えている。少し傾いた柔らかい陽光が差し込んでくる。
部屋には事務用デスクとイス。その向かいにソファが一対、小さいテーブルが一つ。壁には多種多様な資料が纏められたファイルや古い紙の本が収められたラックがずらり。反対側の壁には何も映っていない大きなモニター。
その真ん中で、ぽつんとわたしがひとり。
「広すぎる……」
やることがないので、部屋の主が不在の間に軽く整理整頓をしてしまうことにした。
「よし」
棚に並んだたくさんの記録媒体を、順番通りに並んでいるか端から確認していく。特に問題なくきちんと収まっていて、埃も無い。『フィギュア特集まとめ(知らないメーカー名)』というようなラベルがあった気がした。……そっとしておこう。
それから、デスクに積まれたペーパーの書類を簡単に整える。このご時世にわざわざ紙にプリントアウトするなんて、資源というものをどういう風に捉えているんだろうと首を傾げるけれど、そういうのがお好みの人は昔から一定数は居たなぁとだけ考えた。
書類内容は出来るだけ見ないように……機密情報がたっぷりなので記憶しないようにしつつ、崩さないように揃える。作業用端末もあるけど、こういうのは当人以外触らないほうが無難だ。
あとは適当に、消耗品をチェックして、それからゴミを片付けて……と、やっている間に、清掃用の室内向け小型メカニロイドが自動で床の掃除を済ませて行った。
「……そもそもそんなに散らかっていないんだよなぁ」
だって部屋主はちゃんと整理整頓できるタイプだし、デスクにも床にも何一つ落ちていない。過去に存在した、どこぞの精鋭部隊のオフィスとは違って。
うーん、早くもすることが無くなってしまった。部屋の真ん中で突っ立ったまま、腕を組んで唸る。
「これはよくない……」
長期……もはや時代を飛び越えた超長期メンテナンスから目覚めて以降、なせだかイレギュラー討伐の任務どころか、ネオアルカディア本部施設内からの外出許可そのものが下りない。体調はもう万全、メンテナンスのスタッフさん達からも問題はないと言われた。実際、身体の動作にも支障はなくなってきた。わたしのボディのデータ収集がまだ必要だと言われてはいるものの、謎だ。
ここのあたり曖昧な形でスルーされている気がする。わたしの現在の立ち場というか、立ち位置が全然把握できない。一般市民扱いではない、とだけは解かる。
とりあえず、なんでもいいから仕事が欲しい。できれば昔と同じくハンター関連の仕事が一番良い……となると、わたしのような変な立場だとどう扱われるんだろう。
事務用?オペレーター?……ずっとイレギュラー相手にセイバー振り回していたからなぁ。それに、わたしの頃と今現在では、色んな部分で勝手が違うこともあるだろう。いにしえの旧型と最新型の差というか……時代の差というか。
かと言って、彼の部下だとか補佐役だとかの仕事は周りの目が非常に怖い。彼の立場が、昔とはあまりにも違い過ぎて恐ろしい。もう以前のような部隊長クラスではないのだから。
……話を聞いた時から思っていたのだけど、階級も役職も飛び越えすぎてない? 何をどう頑張ったらイレギュラーハンター第17精鋭部隊隊長だった彼が、一国家のトップになっているんだ? 頑張り過ぎ、働き過ぎでは? ハンターの頃から気を張り過ぎる傾向があったから、とても心配だ。
この辺りの事情はまだ大まかにしか聞いていないから、彼の余裕がある時を見計らって、腹を割って話さなければいけない。直属の部下らしきレプリロイド達もそろそろ紹介して欲しい。……あと、ゼロが今どこでどうしているか、とか。
「もうこの際だから、我儘は言わず事務職でも誰かのSPでもハウスキーパーでも一般市民でもなんでもいいや……」
なにか再就職先を見つけたい。彼に迷惑はかけられない。仮決定のような流れで身を置かせて貰っている側としては相応の働きをしなければいけないと感じているのだけれど、現実的になかなか思うようにならないもので。
このままだと立派なヒキコモリだ。でも外に出る意志はあるから、使い方としては間違ってるかも?
こういうのなんていうんだっけ、経済的に余裕のある相手に養ってもらってて自分は何もしてない的な言い回し……。今どきはもう死語かもしれないけど、あったよね、うーん何だっけ。あれだ、あれ、
「ヒモだ……。わたし、エックスのヒモになってる……うぐ」
呟いた直後。急に背中にくっ付いてきた冷たいものが、わたしのお腹辺りに両手を回してきた。つまり、抱きつかれた。
驚いたのと締められたのとで潰れたうめき声が漏れる。
「ぐぇっ。お、おかえり」
「ご、ごめん。……ただいま」
どうやら考えに集中してしまっていたようで、部屋主もといエックスが帰ってきたことに気づけなかったみたい。気配を感知させずに背後を取るとは流石だ。これが敵だったらわたしはやられていただろうな。
「それで、……何の話だい?」
後ろ、というか耳元から声が聞こえてくる。そのまま肩口に頭が乗せられる感触。近い。
わたしが復帰してからここのところ、パーソナルスペースが吹き飛んでいて距離感もバグっている。
……今はもう、彼の周りにはかつての仲間が誰も居なくなってしまっているから、久し振り過ぎて近しい人との接し方が解らなくなっているのかもしれない。
もしかしたらそれ以外の可能性も。だけどそれは、嫌ではない。
「このままじゃ良くないって話。わたしは何もしてないから」
「……僕は、君がここに居てくれるだけで良いんだけど。駄目かな?」
……まぁ、そもそもわたしの外出許可を出さないのは彼なんだよね。宙ぶらりんのわたしに居場所を提供していただけているだけで有り難いけど、意図を測りかねている。
でもエックスのことだから、ちゃんと考えがあってのことだろう。長期メンテナンスを受けなければならないくらい死にかけた奴から『もうへーきへーき!』と言われて、ならどーぞと安易に許可を出すタイプでないことは解っている。
……だけど、しかし。
「そ、それって、『あの女なに?急に現れて気安く近づきすぎてない?付き纏ってて不敬者め!』って逆恨みされるパターンでは……?」
「はは、そんなことを心配していたのかい?大丈夫だよ、そういうのは言わせないようにするから。誰にもね」
……うーん。密着しているくせにどことなく冷えたままで、何となく足が地についていない。焦点が合っていない。
どこかへふらふら行ったまま帰ってこないなんてことになりそう。断崖絶壁の端の端ギリギリを、朦朧としたまま歩いているような、そんな様子だ。
「……ねえ、エックス」
「ん?」
冷たいような、微温いような、甘ったるく掠れた声が至近距離で揺れる。後ろからの絶妙に混ざらない視線がわたしに刺さる。締め付けてくる腕が、強い。
「ずっと思っていたけど、ちゃんと休んでる?疲れているでしょう」
「……そう見えるかな?」
「見えるよ。解るよ。…長い付き合いだから」
「……それだけ?長い付き合いだから?」
「そ、それだけ……ではない、かもしれない、けど!!と、とにかく、ちゃんと休んで」
「……うん」
って、あ、こら、擦り寄るな。くすぐったい!猫みたいなことしないでって。子供じゃないんだから。
「……大丈夫。……今充電中だから」
「きみ、今立ったまま寝そうでしょう」
「んー……」
言わんこっちゃない。応答がだんだんぼんやりしてきている。声がくぐもってきている。
……もしや、徹夜明け?何徹したの?
「ちょっと待ってちょっと待って」
「嫌だ」
「い、いやだとか言わないの」
「……あ」
隙をみて、腕の中から抜け出した。行き場をなくした両手が中途半端に宙をさまよっている。
振り返って顔を合わせると、澱んだ緑色のアイカメラにじっと見つめ返される。暗い視線に絡め取られる。そんな不安な表情をしないで欲しい。
この様子は、単純な過労ではないように感じる。色んな意味で、彼の中のなにかが重症かもしれない。もしかして本人にその自覚は無いのだろうか。
または、わたしはその事情を教えてもらえる立ち場ではないのか。
空いてしまった関係性の隙間を埋めるのにはまだ早いのかもしれない。信用と信頼が足りていない。
だったら、今はとりあえず自分のできそうなことからしよう。
わたしはすぐそこのソファに腰掛けて、膝をとんとんと叩いた。
「はい。どうぞ、良いよ。ひざ枕でも添い寝でもなんでも好きな方を」
「えっ、と」
「あ………………や、あの。ご、ごめんね、やっぱりメンテナンスルームに連絡入れた方が良い?あっちで休むほうがきちんと回復できるし……」
……考えてみたらひざ枕って休めなくない?添い寝っていやこれこそ本当に子供じゃないんだからって話のような。
やっぱりメンテナンスルームか。……大丈夫だ、わたしはエックス一人分くらいなら抱えて連れて行ける。目立ってしまうかもしれないが、そこは許して欲しい。
一人で慌てていると、眼の前の白い顔が気が抜けるように穏やかになった。ゆっくりと首を振って、ふにゃりと苦笑する。
「……ありがとう。ここでいいよ」
「あ、そ、そう……?」
よ、良かった……休まないつもりならいっそ気絶でもさせてやろうかと考えていたところだった。(でも実際にどうやって気絶させるかまでは思いつけない)
けれど案外素直にわたしの真横に歩み寄ってくる。
「わっ」
わたしを巻き添えにして、ぽすんと横になった。横に寝転んだ姿勢でまた背中から引っ付かれる。さっきの突っ立っていた体勢から、ただ寝転んだ状態に変わっただけだった。
ソファからずり落ちないように引き寄せられる。やはりパーソナルスペースは消滅してしまった。
つまりこれは、いわゆる抱き枕状態だ。……抱き枕にされているのはわたしなんだけど。向かい側の壁を見詰めながら遠い目をしてしまった。
「好きな方とは言ったけど、こうきたかぁ」
「……ナオトは……暖かいね」
こちらの混乱ぶりを聞いてるのか聞いていないのか。ふわふわと緩んだ声がまた耳元で聞こえる。さすがに少しどきどきする。……冷たい『人間』だと思われていなくて良かった、と現実逃避をしておく。
「……今、君の処遇の調整に手間取っているところなんだ。色んな面で特殊だからね、もう少し待っていてくれるかい?」
眠りそうな調子を微妙に引きずった声音が耳元から届く。ああ、冷静になろう。慌て過ぎだよ、わたし。
「そ、そうだったんだ。急かすつもりは無かったんだけど。ごめんね」
「いや、良いんだ。僕も忙しくて、あまり話せなくて……すまない」
やっぱり働き過ぎてるのではないのかと言いたくなった。口を挟めるタイミングではないから黙っておく。
「適当なところに配属してもらっていいのに」
「それは僕が嫌だよ。君にはそばに居てほしいから」
「……う、うん。わ、解った」
そこまで取り計らってもらえるのなら、と前向きに受けておこう。不意打ちで飛んでくる言葉に照れてしまう。こ、こんなに直球で言われ続けたことってあったかな。たぶん無かったはず……。顔を合わせていなくて良かった。
「あの、わたしはやっぱり問題がある?」
「君自身には無いんだけど……周辺…お偉方との話の擦り合わせがちょっと、ね」
「お、お偉いさん……?」
周辺に歓迎されていないというのは予想できても、それ以外があまりにもピンとこない。そういう人達とは関わり合いが無かったもので。……いや、そもそもその『お偉方』というのは人間側なのか、レプリロイド側なのか……そこから話をしてもらわないといけなくなる。
考えるような少しの無言。背後からの声が、なぜだかとても言いづらそうに口ごもった。
「ええと、これは何ていうか……。その手のひと達は自分の側の息がかかった者を、僕のところに置かせたがるんだよ。いざという時に自分の意見を通しやすくさせるために」
「はあ…………はぁ?」
「ナオトが僕のそばに付くと、その枠が無くなるから嫌なんだろうね。さっき君が言っていたような『不敬者』呼ばわりしてくる」
ど、どういうこと?たかが部下?補佐?になるだけでそうなの?そんな恐ろしいところなの、ここは。
他人を思い通りに動かしたいとか、無理やり自分の味方にしたいだとか、不必要なしがらみにしか感じられない。
なんのために彼はネオアルカディアの上に立って頑張っていると思っているんだ。
吐き出された息がわたしの首筋を撫でて消えていく。
「………………本当に、厭なひと達だよ」
休ませたいだけだったのに、嫌な話をさせてしまった。事の発端がわたしだなんて、本当に余計なことしかしていない。
「……ごめんなさい」
「君が悪い事なんてなにもないよ」
何も返せずに黙っていると、ゆるゆると動いた彼の手がわたしの手を握ってくる。冷たい。
「んー…………ならもう、既成事実化でもしてしまおうか」
ふっ、と低い声が喉の奥で嗤ったように聞こえた。ひやりとする。ざわざわする。一体なんだろう?
きっと、あの澱んだ眼差しをしているんじゃないだろうか。
「それは、何かわたしでも手伝えること?」
「あはは、冗談だよ。……今はこのままでいい、かな」
わざとらしく話を噛み合わせない。笑っているようで笑っていない。なんだかまた、のらりくらりと曖昧に流されたように思う。一人で抱え込んでないで、もっと言ってくれればいいのに。
何から伝えれば良いのか、どう気持ちを話せばいいのか。それを掴みかねて口籠っている間に、彼は小さく呟く。
「……やっぱり眠ろうかなぁ」
「うん、……それが良いよ」
またふわふわとした調子の声に戻る。やはりこれはどうにかして気絶させるべきだろうかと物騒な考えが再浮上する。
とりあえず、わたしの気持ちはいろいろと整理しておかなければならない。今後の為にも。
でも現時点では、それよりも。
「……もうすぐ、……次のイレギュラー討伐作戦があるから、それまでに、調子を戻しておかないと……」
コレでまだ前線に出る気なのか。強いからって、生き急いでるんだか死に急いでるんだか。誰の采配なのだろう、負担が偏ってはいないだろうか。やはり過労なのか。こんな様子を前にして、自分の再就職先が何とか言っている場合ではない。
「それ、できるならわたしも参加したい」
「……ん……」
「って……?エックス?」
「……」
無言。寝ている気がする。
「…………寝たかぁ」
ああ、駄目だこれ。もう聞いていないだろう。休めと言った手前、無理やり起こすなんてことは出来ない。
というか、そういう話はもっと早く言ってほしかった。寝そうな直前にさらっと言うなんてちょっとずるい。またしても曖昧にされてしまった気がする。……そんなに信用も信頼も失くしていたのか。
肝心なことは何も知らない。まだ教えてもらえていない。元はと言えば、わたしが死にかけてしまったことが原因なのだから、寂しい事だけど仕方ないとは思う。
後々、きっちりと話をしよう。口に出さなければきちんと伝わらないことはたくさんある。現在の自分ならそう思える。
今のこの時代に目を覚ました時から、覚悟は決めた。後戻りは無しだ。
「……大丈夫、ちゃんとここに居る。わたしはきみを信じるよ」
守られる自分ではなくて、大事なものを守れる自分になろう。物理的な意味でも、内面的な意味でも。
自分の考えは、気持ちは、想いは、もう解ってしまっている。把握している。今更と言われてしまうかもしれない。それでもあとは面と向かって伝えるだけだ。ありったけを。
「だって、たぶん……わたしは、きみが、……」
口だけを動かす。囁きにもならず、音にも出さなかった言葉が、空気に溶けていった。
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