人工少年は幸福の夢を見る。
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アーマーが取り払われ、素体を晒したまま横たわっている彼女は、人形のようだった。メンテナンスベッドに寝かされ、体のあちこちに繋がったコードが周辺の様々な機器に伸びている。離れたところで、メンテナンスルームのスタッフ達がモニタリングをしている。
僕はその場で立ち尽くしたまま、眼の前で眠るように目蓋を閉じるナオトを眺める。頬を撫でてみても、暖かな温度は感じられなかった。意識のない、中身のない、動かない体……そんなふうに思え、過去の厭な記憶が連想させられる。胸の内がぎちぎちと軋みを上げる。
―――これはボディ調整のためのシャットダウンであって、致命的な状態に陥っているわけではない。大丈夫、ちゃんと生きている。過去の傷はもう無くなっている。
「……はあっ……」
(エックス?そこに居るの?)
重苦しい溜息を吐いた時、通信回線から、遠慮がちな声が聞こえてきた。古い記憶に馴染む懐かしい声音は、眼の前のナオトから届いていた。
(あ、……起きていたのか。僕だよ)
(う、うん。エックスだよね、あぁ良かった)
(すまない……意識が無いものだと思ってた)
(うぅん、きみならいいんだよ。周り、何もかも知らないものばかりだからちょっと緊張しちゃってて)
(……そう、だろうね)
体を動かすことはできないが、その記憶と人格プログラムはしっかりと僕を認識し、きちんと動いているようだった。
ナオトに施されていた、長年の休眠状態がようやく解除されたのが半日前。今は再起動後の最終確認と、メインシステムを現代のものへアップグレードさせる処置が進められているところだった。
(えーっと、……懐かしいと思う?わたしを見て)
(うん、物凄く)
(そんなに昔の話なのかあ……。というか、任務で大怪我したのも体感的には数日前くらいなんだけどなぁ)
(はは、それはそうだろうね。実際、君はそのまま眠ってしまって、百年以上経っているわけだけど)
(んー、あまりにも信じられない……)
悩むような声に、苦笑を漏らす。
同じようにメンテナンスに付き添っていたのは、昔のおれも今の僕も変わっていない。
昔はもっと不安だった。彼女の体はよく解らない部分が多くて、造られた技術の出処も定かではなかった。
それは僕や親友である彼も似たようなものではあったのだが、僕達よりも事情はやや異なっていた。
普通とは明らかに異なるパーツが収まっているからだ。一般的なレプリロイドとほぼ同じ規格と性能でありながら、絶対に有り得ない物が組み込まれている。不自然な状態だった。
結局、彼女に関する仔細な情報はほとんど出てこないまま、時代だけが過ぎ去ってしまった。度重なる戦争で、彼女に関連する技術は途絶えてしまったのだろう。権力が関わる研究機関だったのか、どこかの企業が秘密裏に開発していたのか、はたまた個人や小さな研究所だったのか。今となっては知りようもない。
過去の大戦の戦犯が記憶のデータ化を施され、死ぬことのない機械の体へ押し込められたことを思い返すが、あれとは異なるものだと思う。彼女のそれは、罰の為に人を生き永らえさせる技術ではなく、人と機械が上手く混ざりあった技術のように感じられる。
そうやって人と機械のあわいを漂う彼女の体は、数あるロストテクノロジーの一つとして今後も解析が続けられる予定になっている。
(でも、きみの識別信号と今のこの回線が違ってたらまだ信じられなかったかも……)
(全部残しておいたんだ。必要になるタイミングがあるだろうと思ってね。昔の装備も全て保管しているから、君が知ってるイレギュラーハンターの
博士がくれたたくさんの装備はだいぶ使い潰してしまったけれど、僕が最初から持っていた青いアーマーはそのまま残してある。現在の細身の形とは違う、懐かしく大切なものだ。
(そっかあ……やっぱり、そうなんだね)
(それに、せっかく君が目覚めても、認識してくれなかったら寂しいじゃないか)
(うう、それは確かに……)
あれから時代を経て、レプリロイドに関する技術も、ありとあらゆる部分で目覚ましい進化が見られた。同時に、昔はブラックボックスと言われた僕のボディの解析も進み、派生した技術が今ではあちこちに使われている。
苛烈な戦闘行動に耐えうる強化繊維、軽量化と高性能化された各パーツにより、レプリロイドが纏う装甲は無駄のないシンプルな形状へ。余計な部分が削ぎ落とされ洗練され、さらに人に近い見た目となった。
人と機械の境界が薄まっていく。技術が進めば、もっともっと境界は曖昧になっていくだろう。
何から話せば良いだろうかと考える。見えてはいないと解っていても、ナオトの方へ笑みを向けてしまう。他愛無い会話がとても心地良かった。気持ちの奥底の、柔らかい部分が暖められていくようだった。たくさん言葉を交わして、できることならそばに居て欲しい。けれども、今はまだそれが可能な段階ではない。
(あ、そうだ。さっきから呼んでみてもゼロから返事が来なくて。どうしてる?やっぱり見た目、変わってるんだよね。ハンターベースのみんなは……)
(……ゼロは、)
言葉を切った。それを今言う事は躊躇われた。暖かな気持ちがすっと現実に戻る。
眠っている間に起こってしまったありとあらゆる全ての惨事を知ってしまったら、ナオトはどう思うのだろう。複雑で陰鬱で混沌としていて、すぐに口に出せるような話題ではなかった。
押し黙ってしまった僕の様子を察知して、控えめな声が届く。
(ご、ごめん。わたしがこんなだから今は無理だよね。……もう少しまともに動けるようになったら、みんなに会いたいなあ)
(……ああ。今までに起きたことと、僕の立場のことも……話すよ)
(エックス様って呼ばれていたよね。わたしも様を付けないと怒られちゃうかな)
(……君にだけは、そう呼んでほしくないな)
(え?ダメ?)
(絶対に嫌だ)
(はぁーい。了解です、エックス隊長)
隊長と呼ばれたのも随分と久しぶりだった。僕の口元にもまた自然と笑みが浮かんでくる。
楽しそうに笑うナオトの声を聞きながら、懐かしさと嬉しさに満たされる。
声だけだとは言え、古い記憶の中と何ら変わらない調子は、かつて致命的な損傷を受けたことそのものが嘘のようだった。
ふと思い出す。あの時の
見えているもの両方が、不思議とふわふわ淡く光っていたように感じられた。でもそれは混乱していた最中の見間違いと思い込みだったのかもしれない。ただ呆然と、レプリロイドの中に本当に誰かが『いる』のだと思い知らされた気がした。解っていたはずだったのに。
結果的には、その時彼女は死ななかった。それが、ようやく今に繋がった。
焼き切れそうな記憶が連鎖的に蘇って、また胸の内が軋んで、それを無理やり押し止める。頭を振って思考を切り替える。
ふと、現在の時刻を確認する。次の予定に支障が出ないうちに、ここを離れなければいけない頃合いだった。僕はまた言葉をかける。
(そろそろ僕も仕事に戻らないと)
(ご、ごめんね、話し込んじゃって。……忙しいの?)
(ここのところはいつもこんな感じかな)
正しくは、ネオアルカディアが設立されてから、と言うべきか。そこまでの説明も、まだまだだった。
(身動き取れないのがもどかしいなあ……。もっと顔を見て話したいのに)
(この調整が終わればすぐだ。焦らなくても大丈夫だよ)
なだめる言葉とは裏腹に、心の底から名残惜しい気分になる。どちらかと言えば、焦っているのは僕の方なのかもしれない。彼女に触れようかと思い、しかし伸ばした手を引っ込めた。
(気を付けて、行ってらっしゃい)
(ああ。行ってくる。……また後で)
もう少し、もう少し、と思ってしまう一方で、これからはいつでも顔を合わせることができるのだからと気持ちを落ち着かせる。何が何でも、好きな時に会えるようにしておきたい。
今度こそ、踵を返してベッドから離れた。作業を続けるスタッフ達と一言二言会話を交わす。全ての工程が滞りなく進んでいることを確認し、ようやっとメンテナンスルームを後にした。
部屋を出た直後、またナオトからの通信が届いた。回線を開いて、問い掛ける前に声が飛び込んでくる。
(い、言い忘れたんだけどね。わたしが、……その、目を覚ましてから、最初に見えたのが……エックスで良かった。……あ、ありがとね。そっ、それだけ!)
僕が返事を発する前に、すぐに回線が閉じられた。囁くような小声と、喜色交じりの口調だった。自分の動力炉の奥から、何かを自覚させるようにとくんと高い音が伝わってくる。
「……っい、今の、は……」
今の言葉の真意は何だったんだろう。僅かに浮ついていて、嬉しそうな、照れているような。好意的な感情が現れた声色。
―――僕にとってとても都合の良い解釈をしてしまっても良いのだろうか。それなりの期待をしても、嫌がられはしないだろうか。
ぐるぐると余計なことを考え出してしまう思考を自覚して、僕は片手で顔を覆ってしまった。
「みっ、みみみ見ました?さっきのエックス様の表情!」
「まぁ……見えちゃったね…」
「え、ええ、自分も……」
「ナオトさんってつまりはその、……そういうことッスかね……!?」
「いやいや、ステイ。これ以上は我々メンテスタッフの領分を超えてるでしょ。想像の域だよ」
「でもなんか、あの話しかけちゃいけないみたいな空気は……いろいろ察しちゃいます」
「ほらほらエックス様って、いっつもアルカイックスマイルでビシバシと部下に指示出してるじゃないッスか。あのスマイルとは違ってたっすよね!?」
「た、確かにそうではある。がしかし本当にまだ想像の域なんだから、これ以上我々が変な目で見ちゃ駄目だと思うよ。とにかく今は、自分達の作業を優先させないと」
「そうですね、仕事ですよ仕事!他のスタッフに遅れないように、こちらも抜かりなく進めましょう」
「了解ッス!いやー、あの人と話するのちょっと楽しみになってきてますわー」
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