オッズアンドエンズ
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(時に、彼女は異様なほど自分に無頓着な時がある。
例えばそう、つい先程までの戦闘。爆発に巻き込まれかけたおれを庇った矢先、彼女の片腕が吹き飛んでいくのを無意識にアイカメラが追いかけていた。
鮮烈な赤黒の色合いを振り撒く。アームパーツに被われた腕は無傷なまま、弱い生体パーツが剥き出しの部分が半ばで千切れていた。
そしてそれから、崩れ落ちた彼女の苦痛に歪む表情。重い衝撃で内部機関を損傷したのだろう、赤を吐き出すときの表情。
おれ自身の負傷もすっかり忘れてしまう程、彼女のその顔が思考から離れなかった。)
おれがこのイレギュラーハンター第十七部隊に配属されてひとつき経つ。
彼女に出会ったのはそれよりも以前、ケイン博士の研究所で助手として動いていたときだ。あの時はハンター採用試験の結果を届けてくれたのだが、その結果があまりにも気になりすぎて無愛想な態度をしてしまったのを覚えている。
それ以降、同じ部隊員としていろいろと手助けをしてくれているし、もう一人の先輩とともにそれなりに良好な間を築けていると思う。
……そしてそんな彼女の、ナオトの部屋を訪れたのは今回が初めてだった。先程までの任務ののち、破損したアーマーを修理に出して報告書を仕上げた後だ。
最初、彼女のきょとんとした表情に出迎えられた。アーマーは全解除、シャツとショートパンツという実にラフな服装だった。……その左袖は空っぽなままだ。
彼女の部屋のソファに招かれて、小さなローテーブルに飲み物が置かれた。ゆらゆらと奇妙に歩みを進める彼女は傍らのベッドにぼすんと腰かける。アイカメラの内に入る、左足。膝から下は明らかに代替用パーツだ。
「……どうしたの?そんな顔して」
「ナオト先輩、」
どうしたの、とこの状況で疑問を持つほど彼女は短慮ではないはずなのだが。おれは左足と空の袖口を視界に入れないように俯いた。
「なんてね、これのことだよね。ごめんね」
自分の左側を指差して彼女はふにゃりとした苦笑を浮かべる。千切れた左腕と左足。
どうして、どうしてなんだ。
「……なんで、先輩が…謝るんですか」
どうしてなんだ?
おれがあの時ちゃんと周囲に気を配れていれば、彼女がこんな疵を負ってしまうこともなかった。おれの、おれのせいなのに。
「……エックス、」
「いちばんつらいのは先輩でしょう……おれの不手際だったんです、」
メットの変わりに額にかかる前髪の下から半ば睨むように彼女を見詰める。彼女はゆっくりとまばたきをして、じっとおれを覗き込んできた。
「あのね、わたしが生身の人間だったら、この怪我で死んでいたと思う」
手足千切れても修復できるだけマシだよね。
薄く笑いかけられたことに耐えられなくて、おれは自ら視線をそらした。単に謝罪をしたいだけなのに、もやもやと収集がつかない気持ちの端が思考の内側に溜まっていく。
彼女は困った顔をして言葉を続ける。
「これからももしかしたら色んなひとが死ぬかもしれないじゃない?人でもレプリロイドでも」
死。機体大破。機能停止。
そういうものを、間近で見てしまうかもしれない仕事なのは解っている。理解はしていても、それは酷く恐ろしいものだ。
「次はエックスかもしれないし、ゼロかもしれないし、あのVAVA先輩かもしれないし……わたしかもしれないし」
だから、もし今回の任務でわたしに怪我をさせちゃったことに後悔しているんなら、その後悔の分これから危険な目に遭うかもしれないひとたちを生きて助けられるようになってほしいなあ。
彼女は静かに、幾分かばかり小声で続ける。迷っているようで、また彼女自身も悩んでいるようで。囁く柔らかな声は空調の音に紛れてノイズが混ざった。
「……、」
言うはずだった何かの言葉は無音の中に溶けて消えていく。今まで積み上げていたの幾ばくかの決意はあっさり手の中から消えてしまった。何者かを守ることは難しく、それはイレギュラーを処分する以上にはるかに困難だ。
「ごめん、言い過ぎちゃった」
彼女が唐突に沈黙を裂いた。またあの不安定な歩行で近付いて来て、おれの左横に腰を下ろす。……きっと気を使ってくれたんだろう。反対側に腰掛ければ、またあの袖口と片足が視界に入ってしまうから。
「いえ、……先輩の言いたいことは解っています」
「ううん、ごめんね。わたしにもそんなこときっと出来ないんだろうなって思っちゃった。たぶんこれからも助けられないひとはたくさん居ると思うから」
そうだ。結局はそうなのだろう。このちっぽけな手で救えるものなどたかが知れている。けれど、せめて、と思う自分も居る。
「だけど、周りの誰かが死ぬのは嫌です」
ナオトが死ぬのを見るのは嫌です、と通信回線で囁きかけた。彼女の顔すらまともに見れないまま、なんて小さな視野なのだろうと内心で自分を笑う。でも周りの誰かを助けることすらできないなら、おそらくは何も救うことは出来ないのだろうとも思った。
だからせめて、近くの者だけでも守りとおせるように強くなりたい。
(わたしも、エックスが死んじゃったら嫌だから、庇ったんだよ)
ふわりと回線から届く甘い声に視界を閉ざす。思考と感情が音声の邪魔をして目頭が熱を持つ。強くまぶたを下ろして、間からじわりと温い雫が落ちていった。ぱたり、と乾いた音がした。
「ナオト、先輩……っ…」
おれの意図しない領域で声が震える。情けなさと至らなさにくちびるを噛んだ。どうしておれはこんなに情けないんだろう。どうすれば、先輩達みたいになれるんだろう。問いかけは音声にもならず、回線にも乗らない。
無言と空調の音のすき間に、震えた息を吐き出した。
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