オッズアンドエンズ
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ここまで乗ってきたチェバルを研究所入口の横に適当に停めて、その門扉の大きさに不釣り合いな小さいインターホンを押した。ナオトは小さく息を吐いて、居住まいを正す。
その書類をケイン博士に届けるように、と、隊長であるシグマに頼まれたのは今まさに帰宅しようとしていたときだった。今日は非番で、他のハンター達に引き継ぎをした後の、さあ帰るぞと言わんばかりの気持ちだっただけに少し肩透かしを食らった気分になった。適当に他の隊員に言ったって良いじゃないと考えながらていのいい金髪碧眼を探したが、どうやら出払っているようだった。そうなれば引き受けるしか無いわけで。顔には出さずにしぶしぶ受け取って、帰宅間際の人装状態でここまで来たのだ。
インターホンを押してしばらくの後、はい、と耳慣れない少年の声が聞こえた。……ケイン博士の研究所には度々訪れているが、この声に聞き覚えがない。あの博士は今度はお手伝い用レプリロイドでも作ったのかと想像しながら口を開く。
「あ、えっと…こんにちわ。イレギュラーハンター第17部隊所属のナオトです。…シグマ隊長からの書類をお届けに参りました」
『ああ、はい。聞いています。今開けますので…どうぞ』
声が静かにそう答えると門が自動でゆっくりと開いていき、ナオトは足を踏み入れる。片手で服の襟元を少し直しながら、相変わらず大きい建物だなぁ、とひとり呟いた。
***
「ナオトか!久しぶりじゃのう!」
建物に入ってすぐ出迎えたのは、この研究所の主であるDr.ケインだった。禿頭と立派な白髭、しかし伸びた背筋が年齢を感じさせない雰囲気を持つ人間の博士だ。
レプリロイドの生みの親として名高い彼は、イレギュラーハンターを設立した後も度々ベースを訪れ、ハンター達のメンテナンスやイレギュラー発生要因の研究など、精力的に活動している。しかし、ナオトの先輩であるゼロの、あの長くて綺麗な金髪を勝手に三つ編みにしていたり、リボンをかけてみたりといった博士のイタズラを目撃してしまっているこちらにとっては、尊敬こそしても『近所のお茶目なおじいさん』といった印象が抜けない。
応接間のソファに向かい合って、ナオトは笑顔でぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです、博士。お元気そうで何よりです」
「ほっほ、若いのには負けてられんからの~。この通りじゃよ!」
朗らかにガッツポーズを取ってみせる老人に、にやにやとからかい半分に笑って見せる。
ナオトは博士のこの茶目っ気ぶりがけっこう気に入っていた。この博士の手であのお堅いシグマ隊長が作られたのが、なんだか信じられなくなるのだが。
「なんでそこでわたしみたいなのに対抗心燃やしちゃうんですか~。博士はもっとご自分の年齢に自覚を持つべきですよ?」
「なんじゃと!?…まったく、初対面ではあんなにしおらしかったお前さんが、口ばかり達者になりおってからに……。老い先短い爺にこの仕打ち…わしは悲しいぞい!」
「いえ、わたしは変わってません。あと、博士ならあと100年くらい余裕でご健在していそうなので、大丈夫だと思います」
大袈裟な動作で腕を組み、悲嘆にくれるふりをするケインにまたいたずらっぽく笑い返してから、ナオトはバックパックから書類を取り出した。わざわざ紙媒体に印刷された数十枚の束を差し出す。
「冗談はさておき……。隊長からの書類です。どうぞ」
「ほほ、すまんすまん。これを待っておったんじゃよ」
そしてこの切り換えの早さである。シワの刻まれた目元を緩ませて、ケインはそのまま書類に目を通し始めた。ここで読むのかとナオトは突っ込みたくなったが、なんとなくその場を離れにくい空気が流れ始める。自分の用事はこれで終わりのはずなのになんだか帰りづらい。
なんとなく手持ち無沙汰になって片手で髪をいじっていると、ふと目線を感じて部屋の奥に顔を向ける。
「……あ、」
「!」
目があった。
柔らかそうな髪と、深い緑色の瞳の少年だった。緑が少し発光しているところを見ると、おそらくはレプリロイドだろう。カジュアルなシャツとパンツを着た細身のその姿はやはり家庭用のようだ。(家庭用のレプリロイドに人間の衣服を着せることは珍しくない)
ナオトと外見の年齢設定が同じくらいのその少年が、丁度部屋に入ってこようとしていた。手にはトレイに乗ったグラスがある。
「あの、お話し中失礼します。…飲み物を、」
「おお、エックスか」
様子を伺うような顔つきでこちらに歩み寄り、ケインとナオトの前にグラスを置いていく。エックス…という名前なのだろうか、彼とまた目があった。
「ありがとうございます」
ナオトがにこりと笑って言うと、どういたしましてと小声で返答が戻ってきた。
……表情が妙に硬い。どうしたんだろう、と疑問が脳内を掠めるが、すぐに思い至った。先に17部隊員であることは伝えたし、相手は家庭用で自分は戦闘用だ。それにイレギュラーハンターには荒くれ者が多いことはけっこう知られているから、緊張しているのだろう。…少し寂しい気分になる。
「ではおれは隣の部屋に居ますので。何かあれば」
「すまんのう、わざわざ」
「いえ…」
彼が不安げな表情で去っていってから、ナオトはなんだかいたたまれなくなってグラスを手に取った。澄んだ琥珀色の紅茶が、穏やかな良い香りを振り撒いている。中の氷がカランと鳴った。ひとくちふたくち飲んで、小さく息を吐く。清涼なハーブのフレーバーが喉に滑り落ちた。美味しい。
「あやつも緊張していたようじゃの…妙に口調が固かった。ゆくゆくは先輩となる者が目の前におったんじゃ…仕方あるまいよ。気にせんでやってくれ」
「え?」
書面から目をそらさずに告げられたケインの言葉に首を捻る。よくわからないまま生返事を返すと、代わりに手元の書類から一枚を引っ張り出してこちらに寄越してきた。
「これはハンターの…新入隊員のプロフィールですか?」
「そうじゃよ。よく見てみぃ」
「ええと……」
手元の個人情報の塊を見下ろして一瞬ためらったものの、博士が許可するなら良いかと文章を読む。
戦闘能力や判断力、反射神経や耐久性などの様々なテストに対する評価が記された紙。その一番上。
試験番号/10223。
機体名称/RockmanX。
八文字のアルファベットの下、四角い枠組みの中に青いアーマーを装備した少年型レプリロイドが写り込んでいる。ハンターによく居る量産型ではない、完全なユニークタイプ。綺麗な緑色のアイカメラが無表情にこちらを見つめていた。……この顔は、
「えっ…あれ?!さっきのレプリロイド…?!」
「そうじゃ。エックス、と呼んどる」
「新入隊員……家庭用ではなかったんですね。彼」
場違いだと思いつつも、彼が淹れたのだろう目の前のアイスティーの味を思い出す。美味しかった。戦闘用にああいうお茶汲みの知識なんて備わっているものなのだろうか。
もっともなナオトの反応に、ケインは苦笑する。
「ほっほ、あやつは特別製じゃからな。ああ見えても戦闘におけるセンスは抜群じゃよ。基本的にはな」
「基本的…には?」
「根が優しいやつだからの……うむ、ここのあたりは…そのうちお前さんにも解る事じゃ」
「?」
苦笑したケインに少し、疑問を持ちつつもまた紙面に目を落とす。総合ハンターランクはBと出ているが、確かに基礎戦闘の評価は抜きん出ている。これはナオトより上かもしれない。
ならなぜここまで高い能力を持ち合わせているのにB級などという結果なのだろうと考えた。
そして、ケインの「根が優しい」という言葉を思い出す。……この評価は、その性格がわざわいしてるということだろうか。ハンターに似合わない性格、ということか。
「……でもわたしは、優しい性格も悪くないと思います。普通の戦闘用よりも…きっと違う物事の見方をすることができるんじゃないでしょうか」
小さく声に出すとケインは穏やかに笑いながら視線をこちらに向けた。まるで孫に話しかけるような表情だ。……まぁ、ケインからの扱いを見ると、そういう感覚なのだろう。
「ああ、わしも同じ意見じゃよ。エックスなら…ハンター達の指向も上手く変えてくれるやもしれん」
今のハンターはイレギュラーに対して破壊の措置しか取らないからの、とレプリロイドの開発者は憂える表情を作った。
「そう、ですね。彼なら何かしてくれそうかも……ベースで会うのが楽しみです」
本心からそう思って、青いレプリロイドのその瞳を顔をもう一度見つめてから、ナオトはその紙をケインに手渡した。
なんだかんだ言って、ケインと話し込んでしまっていた。話上手なあの老人は重い会話を早々に切り上げて、ベースの雰囲気はどうだの部隊の様子だのゼロの調子だのを聞いてきた。博士に届く報告の数々は事務的な物ばかりのはずだ…たぶん、普通のハンターであるナオトの意見を知りたかったのだろう。……まさかその為にシグマ隊長に根回しして自分を寄越したんじゃないだろうかとまで邪推する。
応接間で別れて、そのまま出入口へ。門扉を出て自分のチェバルを視界に入れたところで、後ろからぱたぱたと駆けてくる足音が届いた。
「ナオト先輩!」
「!!?」
まさか自分が先輩と呼ばれるとは考えてもおらず、ナオトは吹きそうになる。……先輩などという大層な呼び方をされるほど長くハンターを勤めているわけでもない。そもそもつい最近新人のレッテルが剥がれてきたところだっただけに、驚きと照れ臭さが込み上げてくる。それから吹き出しそうになった表情を押さえつけて、何事もなかったかのように振り返った。
翡翠みたいな色をした、いやに人間味のある表情が浮かぶ瞳。機体名称、RockmanX。アーマーが無いだけで、まるで人間の少年のようだった。
「ええと、エックスさん、でしたよね」
躊躇いがちに視線が揺れてから、日の下で翡翠が明滅した。
「はい、17部隊に配属予定のロックマンXです。…あの、よろしくお願いします」
すっ、と至極自然な動作で一礼される。髪が微風に揺れて、また何度かまばたきを繰り返す。
「こちらこそよろしくです。実は、わたしもこの前まで新人だったんだ。だから、そんなに畏まらないでくれると嬉しいな」
初めての後輩。少し照れ臭い気分になりながら、ナオトは彼の緊張をほぐすように穏やかな声音を発する。
「それに、初めての任務やら事務やら、いろいろ大変なこともあると思うから、何か困ったことがあったら遠慮無く聞いてね。うちの部隊は少し…けっこう変…というか変人みたいな隊員居て、質問しにくいと思うから」
悪戯っぽく笑いながら言って見せると、少し緊張が解れたのか、釣られるようにエックスが笑った。……笑うとなかなか、愛嬌がある。年相応を通り越して少し幼さすら感じられた。
「はい!わかりました、ありがとうございます。実際に配属されるのは来週からですので…またそのときに、…先輩に会いたいです」
ふわりとした笑顔にナオトも笑顔を向けて、頷く。
「ええ、じゃあその時に。いっしょに頑張ろうね」
「はい」
それじゃあまた、と会釈を返してから、今度こそチェバルに乗り込む。ゆっくりと門扉をくぐってから振り返ると、先程のエックスが見送るように立っていた。ナオトが片手をぶんぶん振ると、少し恥ずかしそうに手を振り返してきた。
(仲良くできれば良いなぁ。楽しみだ)
優しい性格の戦闘型レプリロイド。彼は今のイレギュラーハンターにどんな影響をもたらすのだろうか。それとも、周りの荒くれ者どもに圧倒されてしまうのだろうか?一抹の不安と期待を感じながら、ナオトはチェバルのスピードを上げた。
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