電子の申し子
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つい先程行われたナオトの精密検査は、大した時間も掛からずに終了した。端的に述べるならば、結果は黒だった。
結果は黒。すなわち、あのファイルに記されたデータは、紛れもない真実であったということだ。
これはエックスも含め、場に居た全員を苦慮させるには充分なものだった。電子頭脳の中と脊柱の一部に、人体から摘出され、処理・調整した部位が収められている。あれは本人ですら自覚出来ないほど、完璧に偽装された巧妙な造りをしている……検査に立ち会ったケインは驚嘆混じりにそう口にしていた。
その一方で、ナオトのメインシステムそのものは一般的なレプリロイドと大差ない動作をしている。備わっている機能やメンテナンスの工程も、量産型と同等によくあるものだ。だからこそ、そういうものであると解っている上でボディを開かない限り、異物が収まっている状態に気が付けなかった。加えて、ナオトは現在に至るまで、頭部や背部に重大な損傷を負ったことがない。今の今まで誰も疑わず、何も起きなかったのはそのためでもあるだろう。
これはつまり、機械に扮した人間が一人、この中に紛れ込んでいたということになる。まさしく『疑似レプリロイド』という呼び名に相応しい存在だった。
得られた情報と検査結果に関して、すぐさまシグナスによって箝口令が敷かれることとなった。
エックスは、いまだにナオトの様子を思い返す。先日、ファイルについての聴き取りが行われた時のことだ。
思考の内であのシーンを再生し、浮かび上がった違和感の正体を探る。彼女を疑っているわけではなかった。ただ本当に漠然と、もっと知りたいと考えているだけだった。理由は不明瞭だ。
例のファイルに記されたデータに関して、心当たりは無い。端的な彼女の否定は事実のようであった。
だが、『人間
仮にあの時『人間
こんなところに普通の人間なんて居るはずがない。確かに彼女はそう言った。まさにその通りなのだろう。
彼女はもはや『普通の』人とは呼べない。あれほどまで細かく小さく身体を削ぎ落とされ、まさにパーツの如く機械の中へ組み入れられてしまえば、人間である証明も困難だ。
おおよその人間達が持ち合わせる共通の外見をした状態であったなら、話はこうも拗れなかっただろう。
しかしエックスが気を揉む以上に、シグナス達は事態を重く見ているようだった。
精密検査を終えた直後、エックスはゼロと共に再び先日の会議室へと召集された。
日は落ち、閉じたブラインドが窓の外の景色を遮断している。真っ白なダイオードの明かりが冷たく室内を照らす。空調の音と、ベース内の様々な機械が稼働する音が重く響いている。
前回同様、テーブルに掛けたシグナスが重々しく口を開いた。
「お前達二人は、この件の対応について知っておいたほうが良いだろう。……結論から言えば、現状維持にせざるを得ない」
それを聞き、エックスは小さく安堵の溜息をつく。
「これは停滞という意味ではない。引き続きナオトの出自の調査は行われる。エイリアが担当だ」
以降新たな情報が見つかり次第、報告されるだろう。落ち着き払った声音がそう締めくくった。二人はそれぞれに了解の言葉を返す。
若干躊躇いながら、エックスは懸念している事柄の一つを口に出した。
「……彼女のはっきりとした身元は探せないだろうか? 人間であったなら、どこかに血族が居るはずだと思うんだが……」
シグナスはひとつ頷いて、顎に手を当てる。
「例のファイルには、それに関する情報は含まれていなかった。新たな何かが見つからない限りは望みは薄いだろうな」
「……そう、か。解った」
エックスは、自然と自分の視線が下がっていくのを自覚した。
仮に運良く血族を見つけられたとしても、どう対応すべきかは考えあぐねてしまう。面会させるべきか否か、これはそれ以前の問題だ。
本当に、第三者から与えられたあのファイルの情報以外に何も無い。あまりにも手掛かりが無さすぎて、事態の全容を掴める気がしない。氷山の一角のようでいて、雲をつかむような話にも感じられる。
そんなやり取りがされる中、唐突に部屋のドアが開かれた。三対のアイカメラが向けられた先。現れたのは、この場で唯一の人間、かつ熟年の技術者であるケインだった。
「ふーむ……あのこは何も知らんようじゃ」
検査に参加していた老齢の博士は、薄い業務用端末を片手に三人へと歩み寄ってきた。眉間に皺を寄せ、しかめっ面をしたまま画面へ目を遣っている。
ドアが閉じる。再度ロックされる音を確認し、シグナスは話を促す。
「Dr.ケイン、解析の方は?」
「うむ。ナオトの電脳の記憶情報はおおかた洗ったが、目ぼしいものは出てこんかった。本当に何も与えられておらん」
「……そうでしたか。貴方が診てもそうであるなら、間違いはないのでしょう」
「むう。しかしどうにも……否、今はよいな」
などと呟きながら、ケインの目は相変わらず画面を追っている。このような状況であっても、その卓越した思考力や聡明さはしっかりと発揮されているようだった。
束の間の無言が流れる。思案する様子のシグナス。いまだ端末を操作するケイン。エックスのかたわらのゼロは、以前のように腕を組んで壁に背を預けている。
重い空気に飲まれているエックスが戸惑っている間に、沈黙していたゼロが「いいか?」と一言声を発した。
シグナスは視線を動かし、静かに頷く。
「どうした?ゼロ」
「……これはそこまで重大な話か? 今まで通りで済ませるつもりなら、過去の事は放っておけばいいだろう。今更あいつの素性をほじくり返して何になる?」
「……そうか。……そう考えるのも仕方あるまい」
言葉が区切られる。ゼロは怪訝な態度をアイカメラに乗せ、腕を組み直した。
「お前達には説明をしておくほうがいいな。……これは、我々レプリロイドの手に余る話になる」
イレギュラーハンターの総監たるシグナスは、粛々とした所作を保ったまま、再度思案顔を作る。
しばしの後、実に厄介なことだ、と彼はそう切り出した。
―――外見がレプリロイドそのまま、人間の肉体を加工しパーツとして組み込まれて動く者。
初めは単に驚かれるだけかもしれない。人間のサイボーグ化、電脳化……レプリロイド化への道が切り拓かれたと歓迎する者も多いだろう。人体の延命にも関わってくる。
だが世間の議論は際限なく拡散し、変質し、歪んでいくものだ。下手を打てば、間違いなく手に負えぬ方向へ転がる。
『生体パーツを作る技術を確立させるために、その実験に使われた人間が大量に居たのではないか?』
『人の脳と電脳、肉体とボディ。本来ならば相容れないものを適応させるための実験の内容は?』
『そもそも生体パーツを人間と定めるべきなのか?』
次はそういった倫理的な疑問が持ち上がるはずだ。それだけならば、まだ人間達の中のみで話は終わる。だがしかし、そのうち誰かが必ずこう言い出すだろう。
『今までイレギュラー化して処分されてきたレプリロイドの中にも、このような元人間が紛れ込んでいた可能性があるのではないか? その場合はどう調査する?誰が責任を取る?』と。
ひやりとした感覚が電脳を駆け巡り、エックスは思わず声を荒げてしまった。
「っ、そんなことまで……!?」
「そいつはまた、ずいぶんと話が飛躍したもんだな」
話題を振ったゼロでさえも煩雑な表情を浮かべている。自分と同じく、予期せぬ内容だったようだ。
機械に扮した人間、それを確認する手段もはっきりとしていない。そもそも自分達はそんな者が実在することなど考えてすらいなかった。現時点においては他の誰も、想定すらしていないはずだ。
「しかし、考える者は出てくるじゃろうな。人というものは、時としてそういった最悪の想定で議論をしてしまう。今更確認しようもない想像の話で責任を問いたがる……残念ながら、な」
苦渋混じりにケインが補足し、再びシグナスは話を続ける。彼ら二人は、既にこの想定で意見を交わしていたのかもしれない。
「ドクターの言う通りだ。……そして我々以外にも、世界中のあらゆる国や組織でイレギュラーへの対応は日夜行われている。これは人とレプリロイドの関係、安全を守るために欠かせない仕事だ。それが、こんな形で滞ることがあってはならない。地上の平穏のためにはな」
ナオトの存在が明るみに出るということは、そんな世の中の取り組みに、不都合な切っ掛けを与えることになりかねない。
この件を更に上層部へ報告するか否か、今の判断そのものは小さなものかもしれないが、これが公にされれば将来的にコントロール不能なほど大きな事態へ波及するかもしれない。
レプリロイドの組織のトップに立つシグナスと、人間社会の中で功績を築き上げてきたケイン。両者による説明は、
「なるほどな。……理解した。確かにこれは面倒なこった」
ゼロはそう言いながら、鬱陶しげに舌打ちをする。それを横目で見詰めながら、エックスは深く息を吐き出した。
世界の平和、守るべきもの。そういったものが揺らぐような感覚がして、強く目蓋を閉じる。思考の中のわだかまりは重く伸し掛かったまま、簡単には外れそうにない。
だがナオトはこのまま、今後ともイレギュラーハンターの一員として属することができる。まだそばに居られる。居てくれる。彼女には聞きたいことも言いたいこともある。知りたいこともだ。けれどもこの状況ではまだ、正面切って話題には出しきれない。
しかし、これだけで事態が済んだのは良かったのかもしれない。などと、エックスは思考の奥底で密やかに思ってしまった。
「もう暗い話は済んだかの?解散でよいかな? 総監殿」
「ええ。御足労頂きありがとうございました。ドクター」
「なに、構わんよ。儂の方でも探りを入れておこう。……お、エックスや。ちょいとよいか? 個別に話しておきたいことがある」
「? 何でしょうか、ケイン博士」
「なら俺は一足先に帰るぜ。じゃあな、爺さん」
「ゼロ、お前もたまには儂のところに顔を見せに……って、なんじゃあの足の速さは……!?」
「あはは……さすがゼロだ……」
「ま、まぁよいわ。さて本題、ナオトの件の続きじゃ」
「……はっ、はい」
「あのこの記憶を洗う中で、かなりの範囲を占めていた感情があってな」
「はい」
「『怯え』じゃ。酷く怯えておった。ついさっきは平静を装っておったようだがなぁ……どうにも隠すのが上手い」
「この件が問題になってから、彼女の様子に違和感がありました。……もしかするとそれだったのかもしれません」
「否、違うんじゃよ。程度の差があれど、あのこは常に怯えている。己の正体を隠しているゆえの不安ではない。もっと違うもののようでな」
「違うもの、ですか?」
「うむ。その理由までは解らないがなあ。だから、後で何かしら声を掛けてやるといい。単純な励ましでもなんでも、あのこには効果があるはずじゃよ」
「……おれの言葉で、なにか変わるでしょうか。どうすればいいかも解らないのに」
「なんというかな……。あー、まったく、なかなか羨ましい男になりおってからに……」
「え? なっ、ど、どういう意味ですか?」
「いや儂の口からは言えん。いやいや、お前もナオトもいつの間にやら成長してなあ……嬉しいやら寂しいやら……」
「は、博士? 何の話ですか?」
「いつか本人に聞いてみるとよいだろうよ」
「ほ、本人に……!?」
「それはそれとして、悩んでおるなら、飾らないそのままを伝えればよい。直球で撃ち抜くほうが案外効き目があるかもしれんぞ? 儂も若い頃はなぁ、例えば、」
「博士……」
「ん? なんじゃい」
「その、……ナオトにバスター向けるなんて、おれにはできません……」
「……いやそうではなくてだな…。って、お前さんそういうところじゃぞ」
次へ。