電子の申し子
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ばれた。
わたしの正体に気付かれてしまってから数日経った。
今日の夕方。いつもはあまり使われていない部屋に呼ばれて行くと、関係者以外立ち入り禁止のプレートが張り出されていた。部屋のドアのところにエックスとゼロが立っていた。
こわくてこわくて、でも不自然に見えたらもっとおかしいと思われるだろうから、頑張って笑顔を作った。
「大丈夫かい?」とエックスに聞かれた。いつもの声色を作って「平気だよ」と返した。……ゼロはわたしをじっと見ているだけだった。青色のアイカメラが冷たいように見えてこわかった。
そうしていたら、急にゼロが動いてわたしの頭の上に手を乗せてきた。「俺は、別に気にしない」突然そう言いながら、少し雑に撫でられた。……冷たいと思ったのは気のせいだったみたいで、少しだけ安心した。それを見ていたエックスは何か言いたそうに口を開いて、でも黙ってしまった。わたしは、どんな顔をするのが正しかったのか解らなかった。
その部屋にはメンテナンスルームからの機材が運び込まれていて、少し狭くなっていた。真ん中にメンテナンスベッドと、それ専用の装置がずらり。中に居たスタッフさんから、ベッドへ横になってスリープモードへ入るよう促されて従った。逃げたくても逃げられなかった。
すぐにシグナス総監とライフセーバーと、最後にケイン博士が入ってきた。製造元がどうとか身元確認がどうとか、みんな深刻そうに話し込んでいた。あのファイルはケイン博士が持っていた。「知り合いに探りを入れてみようか」とか「この件は内密に」と言っているのが聞こえた。
とても嫌だった。こわくて目を閉じた。眠っている間に全部終わっていれば良い。この検査だって、スリープモード中に体を開かれて、じろじろ見られて、また元どおりに閉じられるだけ。体感ではあっという間だ。何も見つからなければ一件落着だし、わたしが人であることなんて間違いだったと考えてくれればいいと思った。
明るく照らされた室内。薄れていく意識と、わたしを見下ろしてくる大人たちのシルエット。
みんな知っているひとたちなのに、知らない誰かに見えた。すごくこわかった。でも、こわいなんて言えなかった。
「……ただいま」
返事なんてあるわけがないのに、なんとなく口に出してしまう。
検査がついさっき終わって見慣れた自室に帰ってきた。部屋は暗くて、窓のブラインドから外の街明かりが少しだけ入り込んでいる。すっかり夜になっていた。
ドアをしっかりと施錠する。暗い部屋の中を静かに進んで、いつものソファの上に座った。息を殺して膝を抱える。
「……これから、どうなるのかなあ」
やっぱり、ハンターを辞めさせられてしまうんだろうか。人間だから?偽っていたから?……どんな処分が下されるんだろう。まさか、始末書ひとつで終わらせてもらえるとは思えない。知らなかった、では済まされない。
スリープモードが解除されて意識が戻った時、その場に居た全員の表情が曇っていたことは確かだった。
人間の証拠がわたしの中にある、という話は事実だった。自分では絶対に見つけられないところに、レプリロイドには本来無いはずの異物が収まっているらしい。今も当たり前のように動いていて、こうしてわたしを形成している。あのファイルの中身は、何も間違っていなかった。
悪戯か嫌がらせだと突き放して拒絶したものは、正しいものだった。そして、あの場に居たみんなに知られてしまった。
誰が、あんなものを。
「ああ……」
どうしよう、どうして?どうして、誰が、誰が? ぐるぐると、その言葉が頭の中を回り始める。
ばれた。知られてしまった。曝された。暴露された。誰が、誰が伝えた?誰が情報を洩らしたの?
『誰が?』わたしの秘密を知っている相手は、わたしが知る限りでは一人しか居ない。にやにやと歪んだ笑みをずっと浮かべて、何度も何度もエックスとゼロを殺そうと追い掛けてくるあの人しか。でもあの人は、シグマ隊長は……今は、居ないはずなのに。
「な、なんで、」
秘密だった。誰にも言わなかった。……違う。言えなかった。わたしが、わたしだけが人間だって。だって。
「どうしよう、どうしようどうしよう、」
だって自分はこんなにも、レプリロイドだったから。人だなんて有り得ないでしょうって。そんな技術も研究も聞いたことが無いでしょって、思っていたのに。
「やだやだやだやだあ……」
心当たりは?と聞かれて、いいえと答えた。
本当に知らなかった。擬似レプリロイドなんて、生身のわたしなんてそんなのは知らない。元々の体がどこにあるかなんて、解らなかった。知らなかったものを、知らなかったと証明することはすごく難しい。
わたしは嘘付きだ。ずっと誤魔化してばかりだった。レプリロイドは人を模して作られたものなのに、人であるわたしはそのレプリロイドを真似していた。それをずっと隠していた。
「人間です」と、最初からちゃんと言ってしまえば良かったのかな。でもきっと信じてくれない。自分で証拠なんて出せない。意識がある状態では頭の中は開けない。
いつもメンテナンスを受けてるんだから、そんなのがあったらもうとっくに見つかってるはずなんだ。すぐにバレてたはずでしょ?
今までだって何事もなく上手くできていたのに、どうして今更そんなものが出てきてしまうの。どうして。
いや。怖いよ。嫌。嫌だよう。
もうこっちを見ないで欲しい。見て見ぬふりでもしていて欲しい。どうか、そこらのレプリロイドと同じだと思って。たくさん居るうちのありきたりな機械だと思っていて。お願いしますから。
特別なもの、変わったものなんて何も無い。期待されるようなものは無い。わたしは初めから何も持っていない。元々の自分なんて知らない。
だからどうか、見ないで下さい。探らないで下さい。
気持ちが重たい。周りの視線がとてもこわい。何もないふりをして。何も気づかないはずにして。していたくて。
足元の草と大差ないものだと認識していて。目を離したらいつの間にか居なくなっているような、そういうよくあるものだと思っていてほしい。わたしだけが違うものだと、偽物だと気付かないままで居て欲しい。仲間外れにされたくない。みんなとおんなじだと思っていたいのに。
どうかお願いですから、わたしを、
(……ナオト? 今いいかな?)
「ひっ!?」
突然、通信回線から聞こえてきた声に驚いてしまった。早鐘のように鳴る胸の内と、重たく鈍った思考をすぐに切り替えられなくて、思わず悲鳴が飛び出した。
「はっ、はぁっ、はぁっ……」
変な呼吸が出てきてしまう。大丈夫、大丈夫。大丈夫だから。
面と向かって話をしているわけではないから、どうにでも誤魔化せる。これは顔の見えないただの通信回線なのだから。
いつもといっしょ。いつも通りの口調と声色を作ればいい。震える手足を抑え込む。緊張感で喉の奥が締まる。目眩みたいに大きく揺れる視界を意識しないようにする。いつも通り、いつも通り。ふつうに。
(……どうしたの?エックス)
(今回の件なんだけど、)
(あ、うん。……こんなことって、有り得るんだね。何が何だかわけが分からなくて混乱してるよ。自分でも信じられないし、何かの間違いなんじゃないかってまだ疑っちゃってるくらいだから、本当に―――)
(ナオト、すまない。聞いてくれ)
(え、ぁ、)
今はここに居ないはずの深緑色のアイカメラに、思考を見抜かれたような気がした。気のせいだってことくらいは解っている。作っていた『いつも通り』が剥がれてしまいそうになって、慌てて言葉を飲み込む。誰も居ないのに周りを見回してしまった。静かで暗い部屋があるだけなのに。
(聞いたこともない話だったから、今回の件は驚いたよ。君を作った所がどんな組織だったのかはまだ解らないけど、あのデータは……君に施された工程は、とても酷いものだと思った。……でも君が人だということに抵抗感があるわけではないんだ)
返ってきた言葉は、イメージしていた悪いものとは違っていた。
けれど、エックス自身も考え込んで言い方に迷っているような調子だった。わたし個人のことで、彼を……みんなを不必要に悩ませてしまっている。本当に申し訳ないと思う。
(おれは君のことを、大事な……その、仲間……だと思っているよ。ゼロも同じように感じているはずだ)
(……う、ん)
(だから、君がどんな者であっても信じていたい。今までもそうだったし、これからも……)
(……)
わたしは唇を噛んで、エックスの言葉に聞き入る。
(気持ちが落ち着いて、伝えられるようになった頃でいい。いつでもいいから、今までどう感じて生きてきたのかを聞かせてくれないか。……君の、本心が知りたい)
本心。ほんとうのこと……いろいろなものに邪魔されて、わたしですらよく解らない部分が多いのに、ちゃんと言葉で言い表すなんてできるんだろうか。言い訳みたいに思ってしまって、でも流されるように頷いてしまった。見ている相手なんて居ないのに、こくこくと頭を縦に動かす。
(あ……。わ、わかった)
(い、いつかでいいから。その時は、……いや、これはまた別の機会に言うよ)
(……う、うん)
(すまない、さっきのことはどうしても伝えておきたくて。……それじゃあ、また明日)
(うん、おやすみなさい……)
回線が閉じられた。また静かな部屋に戻ってしまった。わたしはひっそりと、今の短い会話を頭の中で再生する。
同情ではなかった。人であることを厭うものでもなかった。信じてくれる。でもたぶん、信用はするが信頼はできないということを言いたいのかもしれない……後ろ向きな気持ちが湧いてくる。
わたしの気持ちが知りたいだなんて、これは本当にどうしたらいいのか解らない。何を感じて生きてきたか……? ただ憧れているものを追い掛けていただけで、考えたくないものには見て見ぬふりをしていただけ。
こんなことを言ったら笑われるか、幻滅されてしまうかもしれない。
……けれど、いつもと変わらずに「また明日」と言ってもらえたことは少し嬉しかった。
さっきまでの、重苦しく押し潰されそうな緊張感が薄れていることに気が付く。混乱と不安と恐怖と、いろんなものから少しだけ遠ざかり、慌ただしい思考が落ち着いていた。息をゆっくり吸って、そのまま吐き出す。
きっと彼のお陰だ。やっぱり、凄いなぁと思う。
―――なんで、エックスはそこまで言ってくれるんだろう。ゼロだって、『気にしない』って言ってた。
疑問に思って首を傾げる。暗い中で、ぽつんと小さい暖かみが灯ったみたいだ。これが何というものなのか知らないけれど、不思議と手放したくないこの感じ。
「あ、……ありがとう」
ひとりでは意味がないのに、勝手に口から飛び出してしまった。わたしはまた首を傾げる。
理解出来無いことだらけで、けれど嫌だとは感じなかった。
(続)
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