ヘヴンリーブルー:逃避
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野鳥の鳴き声と風が葉を揺らす音、虫のざわめき。それらの間を切り裂いて、響き渡った銃声を五回カウントした後。
施設内を索敵する。ぐるりとセンサーを巡らせると、先程まで確かに存在していたはずのエネルギー反応が全て消滅していた。本当に片付けてしまったようだった。時間にして三十分も経っていないはずだ。
しばらくして、エントランスホール横のエレベーターのランプが点灯し、ぽーんと音を立てながらドアがスライドした。さっとカメラを向けると、上階から降りてきた少年が何食わぬ顔で出てくる。
服も髪も一切の乱れがなく、変わった様子はない。少年の手の中にあるものは物騒な物ばかりだというのに、まるで今しがた夕食の買い物でも済ませてきたような気軽な姿だった。
「終わったよ」
―――……確認しました。エネルギー、動体反応共に消滅しています。この施設内に居るのは我々だけとなりました。
「よし、上がろう」
少年はカウンターへと駆け寄りながら、あっさりとした調子でそう言った。
二人と一機が、エレベーターを降りて古びた通路を進んでいく。
目的の部屋へ案内する途中、五つのエネルギー反応のうちの一体であったレプリロイドが、通路の端で物言わぬ鉄屑と化していた。動力炉のある場所へ弾痕がひとつ。途中で滑らかな切断面を晒したまま、頭部が床に落ちていた。少量の変色した循環液が床に垂れている。
ウイルス汚染や経年劣化による異常により、このレプリロイドの電脳は正気を失って久しい。無意味に徘徊し、朽ち果てるのを待つばかりの物。もはや手遅れとなっていた人型の機械が、そこで息絶えている。手を下したのは言うまでもなく。
「あれはもう死んでいるから心配いらないよ」
「……」
少年が優しくそう口にした直後に、掠れた吐息のようなものを拾う。
何一つ反応しないままだった希薄な少女が、息絶えた機械の方へ顔を向けていた。古い循環液の濁った錆色を見つめ、僅かに後退る。
少年がすぐに動いてその視界を遮り、両手を少女の頬に添えた。フードの下の髪が、小さく揺れたのが見えた。
くい、と顔の向きが動かされる。少女の視線は恐らく少年のアイカメラへ合わされたことだろう。二人の視線が交わって、少年は少女の耳元で何かを囁いていた。
「……」
「……」
「ん、良い子だ」
両手が離れると、フードの頭がすとんと俯いた。顔の向きは残骸から引き剥がされ、少年の方を向いている。
何をしていたのか、良くわからない。外野の自分には何も聞こえてこなかった。
戸惑いと疑問を感じ取ったのか、少年はこちらを横目で見ながら何事もない様子で言う。
「……この子も、おれが少し壊してしまったんだ」
なるほど、この規模の崩壊であっても、『少し』と表現することができるようだ。自分の認識を改めておく。
―――メンテナンスが必要でしょうか?現在でも利用可能な施設が残っています。
「いいや。もう直せないし、直す必要はない。この子は特別製だから、このままでも問題はない」
―――……。
少年の言葉にまた困惑してしまった。ずっと少年がフォローしているとはいえ、これでは不便なのではないだろうか。せめて何らかの検査でも、と思いつつ、しかし出過ぎた行動かもしれないと考え直す。
重なっていく疑問符を察知されたのだろう。少年は顔色一つ変えることなくこちらを一瞥する。
「電脳の方は確かにもう手遅れだけど、彼女はそれだけで動いているわけではないんだ。……それで、部屋はこの先で良いのかい?」
どうやら、少女の話題をこれ以上続けるつもりはないようだった。
お客様を部屋へと案内し終え、彼らが必要としている物資……携帯用エネルギー補給缶や緊急用メディカルキットを譲り渡す相談をした。使う者などもう居ないのだから、遠慮なく持って行って欲しいと伝えると、少年は感謝の言葉を述べた。
―――では後ほど、承った品をお届けに参ります。ごゆっくりお過ごし下さい。
その後、自分は部屋の外、入り口の扉の前で待機状態へ移行する。それと同時に、別所に保管してある小型メカニロイドを遠隔で起動させ、地下の物資保管倉庫へ向かわせた。一時間程度でこちらに到着するはずだ。
手配を済ませた後、室内カメラへと視界を切り替える。誓ってやましい気持ちなどない。滞在者の生存状況の確認と、侵入者への迅速な対応の為には必要なことだ。
ここは元々仮眠室か、宿直のための個室だったはずだ。照明と空調は止まっている。薄暗い室内は狭く、古びたスリープ用ポッドと椅子、テーブルが並ぶ。黄ばんだ壁には大型モニターが据え付けられているが、こちらはさすがに故障している。
奇跡的に無傷のガラスが嵌まった窓の向こうには、緑に埋もれたこの街の景色が見えていた。時刻は夕方に差し掛かり、傾きかけた陽光が赤色を帯び始めている。
バックパックを開いた少年が、壁際の床に取り出したシートを広げる。窓の外からは死角になる位置で、おそらく外で徘徊するイレギュラー達を警戒してのことだろう。ミネラルウォーターのボトル、アルミブランケット、清潔そうなタオル、小型ランタン…等が次々に取り出される。荷物を端へ置き、少女を座らせた。その真横に少年も腰掛ける。少女はひとりでに膝を抱える姿勢を取った。
一連の行動はとてもスムーズに見え、そして一体いつからこんな生活をしているんだろうと疑問が浮かんだ。
「寒くはない?」
「……」
「なら良かった」
少年はボトルのキャップを捻って中身を数口飲む。ボトルを置いて隣へ向く。
「こっちを向いて」
「……」
すうっと少女が動いた。少年はそのフードをゆっくり下ろしていく。前髪が目元と表情を覆い隠していて、相変わらず言葉も発しない。
少年は俯く少女の髪を手櫛で軽く梳いて、柔らかく顔を綻ばせる。先程までこちらと会話を交わしていた時の顔付きとは全く違うものだった。その表情が意味する感情が何なのか、正しいものが自分には解らない。
友情にしては鮮烈で、愛情にしては暗鬱だ。
「傷を見るよ」
少女の上着のファスナーが下げられる。白いブラウスが見え、そのボタンが外される。首筋、鎖骨、胸元が外気に晒された。そこにあったものは想定の範囲を越えたものだった。
少女の胸部には、裂け目や風穴のような奇妙な傷口があった。あれはちょうど、レプリロイドにとっては動力炉がある辺りではないだろうか。
不自然に丸く抉られた人工皮膚の隙間に、補助用と思われるパーツが収まっている。……と言うより、埋め込まれている。まるで大口径の銃器で撃ち抜かれた後、応急処置として施されたかのようだ。凄惨な有様なのに、少女はまだ動いている。
「問題は……無さそうだ」
少年の白い指先が境目をなぞっていく。
あの損傷でまともに動いていられるとは思えなかった。人形のように希薄だったことにも頷ける。あるいは無理矢理に稼働させられているようにも見えてくる。
一方の少年は顔色ひとつ変えることなく平然としていた。……自分が壊してしまったと告げた言葉は、どうやら本当なのかもしれない。
少年は少女の傷口を服で隠し、今度は自らのイヤーパーツを開く。内側からケーブルを引っ張り出した。
「もう日も暮れてきたし、補給を済ませてしまおう」
「……」
「君もお腹が空いているだろ?」
少女のうなじに掛かる髪がそっと退けられると、その下には無機質なコネクタが並んでいた。その一つに、イヤーパーツから伸びるケーブルの先端が差し込まれる。かちり、と硬い音。
繋がったケーブルを中継して、少年のボディのエネルギー反応が少女へと少しずつ流入していくのが確認できた。どうやら、エネルギーを分け与えているらしい。
「ぁ」
その瞬間小さな高い声がほんの僅かに聞こえ、ぶるぶると少女が身震いをしたのが解った。前髪の間から片方のアイカメラが覗き見える。大きく開いた目蓋と瞳孔が怯えたように揺れ動いて、定まらない焦点を右往左往させている。視線が何かを捉えたようには見えない。ゆっくり動いた両腕が肩を抱き、少女は小さく縮こまる。―――怖がっている、ように思えた。
それを気にした様子もない少年は、少女の頭を丁寧にゆっくりと撫でる。その口元に浮かんでいる微笑みは、どこか嫣然としていた。
「おいしい?」
「……ぅ」
ある程度の言葉は理解できているのかもしれないが、少女が明確に答える様子は見られない。
少年はアルミブランケットを広げ、彼ら二人分の体を丁寧に包み込んだ。かさかさと乾いた音が鳴り、止まる。……やがて室内の音は全て消え、静寂に包まれた。
3へ。