オッズアンドエンズ
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最近ナオトが、おれの知らない誰かと話をしているのを見かける。
一度目は任務終わりの事後処理の最中、二度目はハンターベースのロビーの中で、三度目は巡回の帰り間際。ベース内では見たことのない顔だったから、外部のレプリロイドなのだろう。
彼女だって一人の個人なのだから、おれが知らない誰かとの交流があって当然のことだ。それは普通のことで、当たり前のこと。
そのはずなのに、よく解らないおかしい感覚が思考の隙間から湧き上がってきて、感情の振れ幅を大きく動かしていく。メインシステムのセルフチェックをしてみても不具合は見当たらない。ボディにも電脳にも異常はない。
このことに思考のリソースを費やす時はいつもこうだ。考えなければ良いだけのはずなのに、どうしても引き摺られてしまう。
今だって。
「……」
現在、日も暮れかけた時間。任務後の息抜きに、最寄りのコンビニにでも行こうと私服でベースの外へと出ていた。
人混みに紛れ込んだその向こう。道路の先で立ち話をしている二人組の姿が視界に飛び込んできて、少し動揺して立ち止まる。
いつも通りにアーマー姿のナオトが何か話をしている。相手は件の見知らぬレプリロイドだ。身長はゼロより高くて、成人男性の形をしている。シックなカラーリングとシンプルなアーマーを見る限り、おそらく事務用だろう。どこかのホワイトカラーかもしれない。
また、あのおかしい感覚が滲み出てきた。嫌なざわつき。知らないもの、感じたことのないものだ。思わず眉根を寄せで、上着の胸元を握ってしまう。
「……何だよこれ」
離れたところでナオトは微笑んでいる。おれや皆の前で見せてくるにこにことしたものではなく、薄く控え目な笑顔。そういう見慣れない顔で見知らぬ相手と会話をしている。
もやもやする。この感覚の正体を掴みたいと思った。
これはナオトに向けられたものか、それともあのレプリロイドに向けられたものなのか区別が付けられない。おれの中の、参考にできそうな情報が少なすぎる。何か判断材料が欲しい。
そう思って、おかしい感覚を抑えながら二人にゆっくり近付いていく。聴覚のリソースを増やして集中すると、聞き慣れた柔らかい声と妙に弾んだ男の声が聞こえてくる。
「……そうかもしれませんね」
「だろう? オレ達やっぱり気が合うね!」
「……はぁ」
「こうしてキミと何度も会えるなんてびっくりだし、なかなか無いことだよね。すごい嬉しい。なにか運命めいたものを感じない?なんてね!」
「……はは」
―――何が運命だ、デタラメを言うな。
反射的に飛び出しそうになった文句を慌てて飲み込んだ。
相手のレプリロイドの言葉に、なぜかおれが腹を立ててしまっている。これは本当におかしい。この程度の冗談なんて真に受けず流せばいいだけなのに。
「でさ、ナオトちゃん。今から時間ある?一緒に食事なんてどう?お兄さんが奢るよ」
「……すみません、まだ仕事が残っていますので。そろそろわたしも引き上げなければならないのでこの辺で、」
「あー、イレギュラーハンターは多忙だもんね。ちょっと待って待って。そろそろ通信回線のID教えてよ。いいよね?」
「……申し訳ありません。連絡不精ですので……」
食事?ID?どういうことなんだ? ただの交友関係ではない気がする。否が応でも興味が惹かれてしまうのに、しかし聞こえないふりをしたくなった。曖昧で嫌な気分を抱える。
それでも二人の背後、死角側からゆっくり近付くと、ナオトの視線が相手から外れてすぐにおれを捉えた。ぱっと表情が明るいものに変わるのを見て……少し、ほっとしたような気持ちになる。
「あっ。あー!た、隊長!遅いです!待ってたんですよ!」
隊長。彼女からその呼び方をされたのは久々だなと場違いなタイミングでそう思った。何か問い返すよりも早く、ナオトがこちらに駆け寄ってくる。
控え目な微笑みが安堵の笑みに切り替わるのを見てしまった。
(ナオト、これは……)
(ごめんねエックス、話合わせてー!)
言い訳のような言葉が通信回線から届く。なるほど、つまり彼女としてもこの状況は不本意だったということか。
いつものアーマー姿であればもう少し格好もついた気がするのだけど、仕方がない。だったらと気を取り直して口を開いた。出来るだけフラットに、落ち着いた声音を心掛ける。
「遅れてごめん。行こうか。……それでは失礼します」
「えぇッ? あ、ちょ、キミら、」
相手は突然登場したおれに戸惑っているようだった。本当にすみませんでしたとナオトが早口で付け足して、会釈をしながら会話を切り上げた。
きゅっと手を握られて、相手を残したまま速歩きでその場を離れ始める。周囲の人混みの目を集めたくないのか、追い掛けてくる気配はなかった。
しばらく無言で進んでからコンビニの前までたどり着く。入り口を通り過ぎ、他者から逃げるように大通りから外れた狭い路地の方へ入った。
きょろきょろと辺りを見回して、ナオトが深いため息をつく。自然と離れていった手の感触が名残惜しい。
「ふあ、良かったあ。助かったよー、ありがとうね」
「…………今の、誰?」
なぜだか素っ気ない言い方になってしまった。たぶん眉間には皺が寄ったままだし、きっとアイカメラは不機嫌な色を映している。このおかしい感覚は彼女に向けるべきものではないはずなのに、なかなか収まらない。
一方で、ナオトはずいぶんと困った顔をしていた。
「うーん……知らないひと」
「話し込んでいるように見えたんだけど」
「前にね、任務の時に一度助けただけ。……それ以来やたらと会いに来るの」
「助けただけ?他に心当たりは無いのかい?」
困り顔のまま彼女は頭を振った。変な話だ。一体相手は何がしたいんだろうと思わず首を傾げる。
ナオトはなんとも言えない微妙な表情をしたまま、ぼそぼそと歯切れ悪く言う。
「現在出張中で、もうすぐ元の街に帰らなきゃならないからーって連絡先知りたがるし、一緒にご飯がどうこうとか、自分の宿泊先に来てみないかとか。強引な感じがして、本当は嫌……」
「……し、宿泊先に来いだって?」
それを聞いた途端、すっと思考が冷えた気がした。
なんだそれ。あまりにも無遠慮というか、男が安易に言うことではないと思う。殴られても仕方ないだろ。というか、ナオトにそんなことを言うなとおれが殴りたい。いや、殴るよりチャージショットで。ノヴァストライクでもいい。
おかしい感覚に拍車が掛かっていって、ますます顔をしかめてしまう。
「何か変な勘違いされてるように思えるよ。気を付けた方がいい」
「うん、そうする。悪気はないみたいだから穏便にしたいんだけどなあ……」
彼女ならば、いざとなれば実力行使で片付けられる。しかし相手は非戦闘タイプだ。いくら迷惑を被っていても、これと言った実害が無いのならどうすることもできない。
ナオトがイレギュラーハンターだと知っているのなら、なおさらギリギリのラインで留まるだろう。逸脱行為が無ければ、それは守るべき者の範囲内だ。……などと考えているはずだったのに、あのレプリロイドはおれの中ではすっかり要注意人物になってしまった。
規律も規程も解っている。でも自分の気持ちが納得してくれない。もやもやとする。嫌な気分がまた出てくる。
「しばらく君がベースの外に出掛ける時はついて行く。任務のときはさすがに無理だけど」
「え!いいの?」
「き、君が良いなら……というかその、嫌じゃなければ」
もう少し引き締まった言い方もあっただろ、と内心で自分に叱咤する。その間にナオトの表情は少しずつ晴れていく。
「嫌なわけ無いよ!すっごく有難い。申し訳ないけど、しばらくお願いしようかな。……これがイレギュラーだったら自分で何とかできたと思うんだけど」
「色々あるせいで、ベースの皆もグレーゾーンの扱いに一番頭を悩ませるしね」
「そうだよね。まさかわたしがこういうタイプのひとに目を付けられちゃうとは思わなかったよー」
「気を付けないと。こんな街中で危険な目には遭ってほしくない」
「はぁい。了解です隊長」
しばらくナオトの顔をじっと見詰めてしまっていると、彼女が何かに気付いたように声を上げた。
「そ、そうだ。エックスはどこかに行こうとしていたんだよね?引き止めちゃってごめんね」
「ああ、ただの息抜きだよ。それに、どうせ目的地はここだったから」
直ぐ側のコンビニを差すと、ナオトは合点がいったとばかりに頷く。楽しそうに笑いながら、おれの服の端をくいっと引っ張って店の方を見る。
「だったらお礼に何か奢らせて!ご飯でも甘い物でも」
「それなら買って帰って一緒に食べたい。どうかな?」
「うん、食べよ!わたしの部屋使っていいからね!」
にこにことしたナオトの笑顔が、おれに向いている。あのレプリロイドと話をしている時に浮かべていた控え目な笑顔はやはり、本心ではなかったのだと思う。今思い出してみれば、あれは警戒していたのだろう。
「……良かった」
入り口へ足を向けるナオトの背を追いながら、小声で呟いた。いつも通りの笑顔が戻ってきたようで、自分の気持ちも解されていく。釣られるように口元が綻ぶのが解る。
―――?
ナオトの声を聞いて、話をして、笑顔を見て……そうしている間に、自分の内側のおかしい感覚が消えていることに気がついた。羨むような、胸騒ぎに似ているような、目を背けたいような。そういう諸々のものも綺麗に消滅している。思考の状態が平常に戻って、何事もなく落ち着いている。
―――なんだったんだろう?
結局、あの感覚の正体は解らないままになってしまった。自分の中だけでは解決できそうにもなくて、仕方なく誰か判断できそうなひとは居ないだろうかと考える。判断……いや、これは相談の方がいいのか?
ゼロやアクセルは……なぜか期待できる答えをくれるイメージができない。エイリア達はちょっと気まずい。他のレプリロイド達は……というか、ハンターベースの皆に相談するのはかなり恥ずかしい。
ああ、そうだ。だったらケイン博士に聞いてみよう。長く生きている人間であるあの人なら、きっと答えを知っているはずだ。もしタイミングが合えばライト博士にも聞いてみたい。
「好きなもの選んで……って、エックス?どうしたの?」
振り返ったナオトが怪訝そうにそう言った。
没頭しかけた思考をすぐに現実に戻して、今は取り敢えずこれでいいかと考える。
足を踏み入れた店内を見渡しながら、おれは笑顔で何でもないよと返すのだった。
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