オッズアンドエンズ
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心地良い微睡みからふと目が覚めた。
静かではなかった。揺れていて、小さくざわついていて、空調の音とエンジンの音が微かに聞こえていた。
わたしは目を開いた。眩しい陽射しが飛び込んできて、少し顔をしかめる。
―――ここはどこ?
辺りを見回すと、ここがバスの中である事に気がついた。わたしは窓際の一番後ろの座席に座っていた。立っている者は居ないけれど、全ての席が埋まっている。人間とレプリロイド、半々くらいの割合でみんなそれぞれの時間を過ごしている。
天井の近くで吊革が揺れている。壁際や窓ガラスに映し出されたホログラムの画面が、明るい雰囲気の広告を流している。……レプリロイド向けのエネルギー飲料のCMだった。
次は窓の外に視線を向ける。雲ひとつ無い真っ青に晴れ渡った朝の空と、たくさんの高層ビル。その間を縫うように張り巡らされた幹線道路の上を、様々な浮遊車両が行ったり来たりしている。かくいうこのバスも、そんな浮遊車両の群れの中の一つだ。
状況を一つ一つ見ながら、ようやく気が付く。
……どうしてここに居るのかが解らなかった。でもそれよりもまず、自分の名前が解らない。思い出せない。
傍らの窓ガラスがまた視界に入った。その表面に、少女型レプリロイドの姿が映り込んでいる。わたしが少し首を傾げると、そのレプリロイドも首を傾げる。髪をいじると、その女の子も髪を触る。ああなんだ、これがわたしの姿か。
―――こんな形をしているんだ。
他人の顔でも見ているみたいに現実味が薄い。どこにでも居そうな、普通の型のレプリロイドに見える。……色々なことを思い出せないのに、『普通』が何なのかとかレプリロイドが何なのかとか、そういうことは自然と解っていた。
―――んん?
そこでまた、大きな違和感を拾った。自分の腕を見る。足元を見る。
当然ながら、外殻と言っても差し障りない程度の厚い
―――違う。わたしは、ちがう。これじゃない。
違和感が大きくなった。
自分の頬を触る。すべすべした肌がある。たぶん人工皮膚。自分の手のひらを見下ろす。厚めのグローブに包まれていて、肌の色は見えない。
ふと気が付けば、視界の片隅には現在時刻が表示されていた。位置情報やオンラインであることを表すマーク、ボディの状態を示すメッセージが見える。これでは本当に機械みたい。
緊張と一緒にどくどくと胸の内が嫌な音を立てていって、けれどそれが生身の心臓などではなくて動力炉のものだと悟ったとき。全身に理解の及ばない怖気が走った。
―――わたしは人間。なのに。どうして?
それに気が付いた途端、なんだか急に、全部のものに実感が湧かなくなった。何か夢でも見ているみたいに現実感が無い。薄っぺらでくらくらとした不気味な感覚。
わたしは人間なのに、なんでレプリロイドみたいな形をしているんだろう?
―――どうして、バスに乗っているの?これはどこに行くの……そもそもどこから来たの……?
自分の頭の中からは何も出てこない。なのにその疑問に答えるように、もしくは文字通りストレージの底から引っ張り出すように、無機質な情報の羅列だけが視界の中に映し出された。
―――い、いれぎゅらー、はんたー。じゅうなな、ぶたい……。
辞令交付の電子文書だった。どうやらわたしはイレギュラーハンターという組織の、第十七精鋭部隊に所属している……しているというか、所属が決まったレプリロイド……ということらしい。事務用ではなく戦闘用として。人間ではなくて、レプリロイドとして。
今が初出勤で、そのハンターの集う基地へ向かっている最中……のよう。事務的な話が羅列され、更に読み進めていくと、戦闘能力に関する情報も載せられていた。
―――わたし、本当に戦えるんだ。
他人事みたいな気持ちになる。薄ら寒い感覚を我慢しながらただ現状だけを飲み込んでいく。それしかできなかった。
―――なまえ、ナオトって言うんだ。
知らなかった。そういう個体名で登録されている。どういう意図があって、どんな意味を持った文字列なんだろうと少しだけ興味を引いた。でもそれだけだった。……今はそれが問題ではない。とにかく、少しでもいいから今置かれた状況を掴むための情報が欲しかった。でないと、でないと……不安で不安で仕方がない。
現実味が無いのに、現状に圧し潰されそうだった。怖くて逃げ出したい。どこに?何も解らないのに?
逃げ出す余地は充分にあっても、それを選択する勇気はどうしても出てこない。胸の中は嫌な緊張感でいっぱいのまま。怖くて混乱していて、何も考えられなくなっていく。
あまりにも淡々とした文書の記述をずっと見詰めていると、これに従わないければいけないという気分だけが広がる。
―――それでも……別にいいのかなあ。
迷っているその間にも、バスは目的地に近付いていく。逃げ出す選択肢が無くなっていく。
イレギュラーハンター、第十七精鋭部隊。精鋭……誰かと戦うことに覚悟はなくて、意味の分からない状況を押し付けられただけで、知らない内に精鋭部隊だなんて。
どうしてここに居るのか解らない戸惑いと、ハンターベースへ向かえば何かが解るかもしれないという微かな期待を感じながら、それでも途方に暮れている。
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