ヘヴンリーブルー
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『お姉さん、どこに行くの?』
突然、通信領域に届いた知らない声に、わたしはその場で停止した。
自立型のメカニロイドは残っているかもしれないが、ここは無人であったはずだ。少し考えてから、わたしはそっと地面に降り立った。赤色の夕陽が差し込んで、ビルの間に黒く長い影を落とす。肌寒く埃っぽい風が吹き抜けて髪が煽られる。
他者の気配は案外近くにあるようだった。わたしはゆっくりと辺りを見回して、慎重に声を上げる。
「誰ですか?…ここは立ち入り禁止のはずですよ」
「それはこっちのセリフ!!ここは危ないって、避難勧告出てたでしょ!」
この場にどこまでもそぐわない幼げな少年の声がまた飛び込んできて、わたしは素直に驚いた。
近くのビルの合間、何もないところから滲むようにレプリロイドが飛び出してきて、わたしの目の前のアスファルトに着地する。これは…ステルスか。
濃紺と赤のアーマー、栗色の跳ねた髪、額と胸元の半球状のクリスタル。あまり見かけるタイプのレプリロイドではない。
…………わたしをじっと見つめてくる明るい緑色のアイカメラが、どうしようもなく彼を連想させた。その瞳に乗っているのは別の人格であるのは解りきっているのに、わたしはそれとなく視線を外す。
少年はしばらく黙り込んでいたあと、何度か瞬きをして口を開いた。
「って、お姉さんイレギュラーハンター…?!」
げっ、とでも言いたげな顔を向けられて、思わず憮然となる。
……ハンターとして今まで活動してきた分、どうやら顔はそれなりに知られているらしい。
「はい、わたしはイレギュラーハンターです。きみの言う通り、一般人はもう避難済みのはずですが?」
そう、この少年はここに居てはいけないのだ。彼とゼロが派手に争っていた間に、この街の人間とレプリロイドはみんな郊外に退避したはず。
……暗にそう言ってみれば案の定、少年は焦った表情でこちらを見た。おおかた、始めに話しかけてきたときはわたしがイレギュラーハンターであることに気づかなかったのだろう。
「あぁっええと…その…!見逃してくれたらいいなぁーなんて……いやあの、僕は悪いことしにきたわけじゃないんだよ?!ただ避難したあとの残されてる物資とか?もったいないなーって思ってて、再利用しようとしてただけだから!」
「……つまり、火事場泥棒ってことですね」
「い、いや、ちがっ……だってレッドが…!」
歯切れ悪く口ごもったその様子を見ながら小さく溜め息をつく。
特に咎めようという気にはなれなかった。この少年型レプリロイドがこの場で何かをすることより、今は別のことに集中したいという気持ちが大きい。
わたしの無言を批難と受け取ったのか、少年は慌てたようすで口を開いた。
「えっと、あの…そ、そんなことより、お姉さんこそなにをしに来たの?ここから先は、あのイレギュラー以外にはほとんど誰も居ないのにさ。さすがの僕だってここから先には近づかないよ?」
「―――――、」
あのイレギュラー。
話題を無理矢理変えようとしたのが丸わかりな発言だったけれど、不意に吐き出されたその単語が心に毒を垂らす。
使い慣れていたはずの六文字なのに、彼を指すには酷く不自然に感じた。もはや総意にとって、彼は故障者であり犯罪者であり異常者なのだ。そう、実感させられる。
「お姉さんはロックマンX………あの青いイレギュラーを倒すために来た…とか?」
緑色に発光するアイカメラがわたしを静かに見詰めてくる。
無言の間に吹き抜けた風。肌寒く感じていたのに今は生温く気持ち悪い何かに思える。
彼の何気ない一言は、わたしにとっては重くのし掛かる圧力だ。倒す?壊す?殺す?わたしはそれを実行しないといけない?
庇うこともできないほどに彼は壊しすぎてしまったのに、どうしてもそう思う。
「さあ。たぶん……今それをできるなら、わたしだけかなとは思いますが」
内心とは真逆な台詞が自然と出てきて自分でも驚いた。気が進む進まないじゃなくて、やらなきゃならないことだから。誰かがやらないと。
思考を表情には出さないように気をつけていると、少年はまなじりを下げて視線を逸らす。
「……イレギュラーハンターのゼロがあいつと戦ってたところ、お姉さんは見てないの?冗談みたいな戦いだったよ?僕もけっこう戦えるけど、まるで次元が違うっていうかさ…、」
「ええ、そうでしょう」
そうでしょうね。
彼とゼロの戦いは二度目。あの時とは状況が違えどゼロの怪我を見れば、あれ以上の惨事になったことは簡単に想像がつく。この街だって、今通ってきたところは比較的綺麗なかたちを保っていた場所だったんだろう。もっと奥まで行けば、彼らが戦った痕跡が…瓦礫の山が積み上がっているに違いない。
「お姉さんの顔はニュースとかで時々見てるから、強いんだってのは解るよ…。今は悪いやつになっちゃったけど、相手はあのロックマンXだよ?………………死んじゃうよ?」
死んじゃう、か。
つまり彼がわたしを殺すのか、これほど現実離れした結末もなかなかないだろう。
「……優しいんですね、心配して頂けるなんて」
言葉は薄っぺらく、それでいてごく自然と微笑みたいなものが浮かんできた。
ずいぶんと久々にこんな顔をした気がする。おかしいな。ちょっと前までは、もっとちゃんと笑えていたはずなのに。
少年が泣きそうな顔をしたのが解った。彼と戦うわけではないと否定をして欲しかったのか、それとも忠告を素直に受け入れてそのまま戻ることを期待したのか。通りすがりなだけの相手にここまで情をかけるのは、見た目通りに幼い故なのか。
どう言ってもわたしが退かないことを察したのか、少年はやや躊躇うような視線を向けてきた。
「あの、さ、僕はイレギュラーハンターに憧れてたんだ。エックスとゼロと、お姉さんみたいな強いハンターに。だから、正直驚いてる。憧れてたのにこんなふうになっちゃうなんて」
もし何かが変わってたら僕だってイレギュラーハンターになってたかもしれないのにな。
ひとつずつ、考えながらそう口に出しているようだった。子供っぽく…本当に子供みたいに素直な子。そんな感想をもった。
少年の小さな微笑みにつられて、わたしも笑う。きっとさっきよりはまともな笑顔になっているような気がした。
「ありがとう、気持ちは受け取っておく。…………そろそろいかないと。きみも、危ないめに遭う前に早く帰りなさい」
「あ、」
なぜだか、少年の眉が寂しげに下がったのが解った気がした。メットの下に隠れて見えないはずなのに。どうしてだろう?
何も言わずにいると、少年はしばらく黙ってくるりときびすを返した。
「えっとね……何て言ったらいいか解んないんだけどね、お姉さんには死なないで欲しいなって思う……」
最後に投げられた台詞はなぜだかある程度の重みを感じた。さっき感じた圧力とは違う、さらりと思考の底を掬う。一瞬、心の澱が払われるような感覚。
死相でも出ているように見えたんだろうか。戦って処分するか、もしくは連れ戻して上からの采配を見守るか。……彼に会ったとして、わたしに何ができるのかなんてここまで来てもまだ解らないのに。
離れていく小さな背中をしばらくぼうっと見詰めながら、わたしはそう考えた。
3へ。