オッズアンドエンズ
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どうしようと慌てて混乱した結果、暴れてしまった。頭を冷やしたかったというかなんというか。
とにかく、身体を動かしていれば何かと考えが纏まるかもしれないと淡い期待を抱いたので、メンタルリセットのために暴れてみた。もちろん、周囲に迷惑が掛からないように、一人だけでこっそりと。
つまり、トレーニングシェルターへ引き籠もって早くも三時間が経過していた。…………えっ、三時間?もう三時間も経っていたの?というのが正直な気持ちだった。
現れる仮想エネミーを斬っては投げ斬っては投げのバーサクモーションを何も考えずに繰り返しているうちに、それでも思考はわりとスッキリしてきていた。……きっと。たぶん。さっきよりは。
「やっ!」
最後のエネミーを倒した。セイバーによってばっさりと両断されたそれがノイズを伴って消滅したあと、手元に現れたホログラムのモニターに目を向ける。
そのリザルトに記載されているのはわたしのパラメータ、戦闘経過時間、撃破数、総合評価その他詳細が諸々。それらを流し読みした後、シミュレーションを続行するかの項目に、NOを選択した。
「はあ~~~~~」
ため息。そのまま後ろに引っくり返った……というか寝転んだ。ばたーん!と、我ながら間抜けな音が響く。
さっきまでのシミュレーションの設定のせいで周囲は薄暗いし、誰も居ないから気にすることはない。
「疲れた……」
どうせこの後は特に任務も無かったはずだし、自室に戻って寝てしまおうかと考える。誰とも顔を合わせずに。……これは重要だ。
その前にお腹が空いたなと思って、でもまた昼間のカフェでの出来事を思い出してげんなりとした。思考はスッキリしたけれど、それだけで結論が出る訳がない。
だって、その、ほら……ら、らぶ?が、どーのこーのとか、すきだとか恋愛が何だとか……そういう感情って、
「よくわかんない……」
彼に対するわたしの感情はもやもやしていて掴みどころがない……ように思える。これを“そういう感情”と言えるのだろうか。
これはわたしが、物理的な意味で正常な人間ではないからそう感じているのか。混じりけのない生粋のレプリロイドならまた違った結論を出せるのかな?
と、そして思い出してしまう、青。
「エックスは……ち、違った結論を出してるかもってこと?」
違った結論って何。いや、なにっていうか……え、えぇと、その…………あの……ほら。……うん。……あばばば。
顔が熱い。でもダメだ。ここで考えるのを止めてはいけない気がする。アクセルにもああ言っちゃったし、何とかしないといけないのだ。せめていつも通りを取り繕えるくらいには。
落ち着いて、改めて考えを整理しよう。真上の天井を睨みつけながら腕を組む。
「う、うーん……」
エックスのことを、かっこいいとずっと前から思っている。例え悩んで立ち止まっていたりしても、それでも前を向いて歩んでいけるところが好き。
人の関係性で例えるなら、小さい頃からの親友とか幼馴染みたいな感覚だった。それでいて、綺麗で素敵で眩しい、手の届かないところで強く輝いている星みたいなもの。夢見がちと言われても、そう思うのだから仕方がない。
近くであっても遠くからであっても、見ていられるのなら充分だと思っていた。―――こういうものは、“そういう感情”と言えるんだろうか。同一?類似?判別は付かない。
だったら、ゼロやアクセルはどうだろう?わたしは二人をどう思っている?
ゼロだってかっこいい。色々あるけれど、それでも仲良くしてくれている。もともとは先輩だし、もしも兄が居たとしたらこういう感じなのかなと思っている。
アクセルもかっこいい。いや、かわいい……が大きいかな。本人には言えないけど。
頼りになる後輩で、慕ってもらえていると自負している。ゼロが兄ならアクセルは弟みたいな感覚かなあ。
「結局かっこいいだのなんだのって、ただのファンの感想みたいだよね……」
あれ?考えを整理しようとしても上手くいかないぞ。
ハンターとしての戦闘だとか任務だとかはそれなりにこなせても、自分の中の気持ちだけはいつまで経ってもよく解らない部分がいっぱいだ。
「うーん……」
「……」
寝返りを打つ。姿勢をうつ伏せにして肘を付く。顎を乗せて、部屋の天井辺りの、ホログラム投影用のレンズをぼーっと見上げてみる。何となく足をバタバタさせてみる。
……なにやってるんだろうわたし。他人には見せられないポーズしてる。自室で一人の時にしかやらないやつ。行儀が悪いと注意されそうだ……エックス辺りに。
せっかく暴れてちょっとスッキリした気がしたのに、ただの現実逃避で終わっただけに思える。でも何とか平常心は戻ってきたので、たぶん顔をまともに見ることはできるはず。
こんなに考え込むくらいならいっそ本人に聞いてしまうのが一番良いのかもしれない。しれない、のだけど、
「無理だなあ」
そういう勇気は全然出なかった。出るわけが無かった。人伝に聞いただけの話で『貴方はわたしが好きなのですか?』なんて聞けるわけがない。自意識過剰か勘違い女かって話だ。
「……勘違い」
「……」
けれどもどうしても記憶に引っ掛かかる。
だったら彼のあの行動は、どういう感情に基づいたものだったんだろうと思う出来事が、確かに何度かあった。今までの長い付き合いの間に、それはぽつぽつとあったはずだ。ここに来る前にだって、あった。
なんというか、……ぎゅーっとされたりとか?あったし。うをを、羞恥心ががが。
「……わ、わたしって、もしかして抱き心地が良いのかな?」
「え」
わたしはぬいぐるみじゃないし。まさかそんなお粗末な行動原理であってたまるか、と自分に突っ込みを入れる。
……そうだ。そう言えば、考えてみればというか意識してみれば、昔よりは少しずつ何となく、距離が近いことが多くなっている……ような。
「どういうことなんだろう……」
「な、何が?」
「……距離感が、」
何気なく立ってる場所や座る位置とか、ふとした会話の言い回しとか。それを嫌だと感じたことが全くなかったから、思い返してみるまで気付かなかった。
「……近いのは、嫌ではなくて、」
「悪くはない?」
そう、そうかもしれない。嫌ではなかったということは、悪くないということだ。
その時の気持ちを思い返す。なんとか、自分の中のもやもやを振り払おうとする。
「どちらかといえば、すき、なのかなあ」
彼の隣にいるというのは、好きなことかもしれない。それが凄く腑に落ちる。
「…………す、好き?」
「たぶん……」
でも、わたしはあまりにも周辺を見ていなかった。
自分の事に手一杯で、彼らに置いていかれないようにしようとか迷惑かけないように動こうとか、そんなことばかり考えていた、気がする。表面だけだったかも。今まで、彼の気持ちがどうとか、深く考えきれてなかった。
「でも、やっぱり相手に聞くのは、あとかな」
「……………………、相手?」
今はとりあえず、冷静に落ち着いていつも通りの自分に戻ることを先に考えよう。残念ながらわたしの頭では、すぐには結論までたどり着けない。
現在の長期任務に支障をきたしてはいけない。全部終えていつも通りのハンターベースへ戻ってから、改めてこういうことをゆっくり考えたい。……考えてどうなるって話だけど、様子見をするくらいの余裕は出来るだろう。
「……それは誰の事を言ってるんだい?」
「誰って、」
初めからずっとただ一人だけのことだ。目下の悩み事の中心。……うーん、よく悩んでいたひとのことに関して、わたしが悩むなんて何か妙な話だよねって……、
「エッ…………えっ?」
「え?」
「え?」
今わたし、なんか会話してなかった?
上半身を起こして、後ろを振り返る。視線がぶつかった先には、薄暗い中にぱちりと瞬く緑色のアイカメラ。
「や、やあ、ナオト」
「わああああっ!!!????」
思い切り跳び上がってしまった。えっと、なんで???
考え事に集中していた頭が一気に現実へ戻ってくる。
今まさに、悩み事の張本人が眼の前に居た。しゃがんでわたしを見てくるその距離感はやっぱり近かった。
「ご、ごめん。気付いていると思っていたんだけど……」
「い、いつから居たの……?」
「……あー、その……き、距離感の辺りかな……」
苦笑いをされた。とりあえず最初っからじゃなくて良かった。
そうだ。今のエックスはいつものアーマーではなくて、潜入任務用のアーマーだったんだ。だから部屋に入ってきていたことにも気が付けなかったんだろう。……ということにしておこう。
しかも、頭の中を整理することに熱中してしまって周囲に気を配れていなかった。いけないいけない、注意力散漫だ。
「そ、そっか……ごめんね、考え事し過ぎてて」
「い、いや、おれもちゃんと声を掛けるタイミングを逃していただけだし」
なんかぎくしゃくした空気の会話になっている気がする。
頭を軽く振って、余計な思考を追い遣った。わたしが身体を起こすと、エックスはすぐに立ち上がってこちらへ手を伸ばしてきた。何も考えること無くその手を取って立ち上がる。正面に、立つ。よし。
「あ、ありがとう。あの、……さっきはカフェで騒いじゃって、ごめんなさい」
大丈夫だ。いつも通り普通のわたしの状態を保てているし、ちゃんと謝れた。それでも気まずい気持ちで頭を下げると、先にあちらが聞きづらそうに口を開いた。
「聞いてもいいかな?……その、何か悩み事かい?」
「うっ。な、悩み事といえばそうだったんだけど」
「けど?」
あーーー!あーーーーーー、あああーーーー!ど、どうしよう。大変にまずい。
けれど、エックスが心配してくれているのは善意あってのことだというのは解っている。
「な、何ていうかね。今までわたしがどれだけ周囲の気持ちを考えていなかったかって気付いて……、」
こうなったら、どうにかこうにか肝心なところをぼかして、曖昧な表現で現状回避だ。これは戦略的撤退であって逃げているわけではない。
「ずっと自分のことがあまり知られないようにって気を張っていたし、なんとか追いついていこうと必死になってばかりだったから、表面ばっかり見てたなって」
自然と目が泳ぐ。でもこれは嘘ではない話だし、本当の事だ。核心に沿っていないだけで。
「う、うん……?」
エックスが首を傾げてきょとんとしている。意味を掴みかねている表情をしている。ああああ、どうしよう。
「わたしの過去が全部バレちゃった時点でそれも必要無いはずだったのに、そのままずるずる来てて。これからは自分のそういうところも改めていかないとと反省したんだ」
落ち着こう。いいから何となく纏めて、何となく誤魔化そう。結論を先延ばしにしているけれども、こういうことはちゃんと熟考してからにしないと相手に失礼だと思う。
「さっきのカフェでのあれはなんというか……自分の欠点に気づいてしまった故のショックというか。そう!それに、あの時聞かされた話も又聞きで、相手から直接伝えられたわけでもないから、きっと何かの誤解が積み重なっただけだと思う!!」
「……、」
「誤解してもされても仕方ない事ばかりしてしまっていたなって。相手の気持ちを汲み取れてなかったなって反省して、なんとかしようと思っている……ところ……だったのです」
ばーっと一気に早口で捲し立ててしまった。
「………………えっ、と、」
直後の困惑。眼の前の深緑色がぱちくりとまばたきを繰り返している。
「……」
「……」
再び無言と冷や汗が流れていった。変に緊張して体温も上がっていると思うけど、頼むから気づかないままでいて欲しい。あと顔が熱いので、しっかり見つめないで下さいお願いですから。
「そうか、君の気持ちは何となく解ったよ。んー、そうだな……とりあえず、おれから言えることは……」
これはなんとか上手くいったかもしれない。緊急回避成功か。結構頑ななところがあるから、あれ?と思われれば追求されてしまったに違いない。
気付かれないように細くゆっくり息を吐いた直後、不意にぱっと片手を掴まれた。我に返る。
「その、『相手』というのは誰の事かな?」
「へあっ?」
妙に真剣でいて、冷たくも感じられる声色。そのアイカメラから感じられるものは鋭かった。
今までで見たことのない雰囲気の表情を向けられて、背筋がひやりとする。
これはヘビに睨まれたカエル、ならぬバスターを突き付けられたイレギュラー……なんてそんな悠長なことを考えている場合ではない。
不機嫌?怒らせてしまった?どうして?急に?
「……だ、誰というのは……、」
「おれが知っているひと?」
「………………、」
なんて返せば良いのか、きみですなんて恥ずかしくて言えるはずもない。
そもそもこの雰囲気では、言葉を選ぼうにも上手く纏まらない。さすがにまだ覚悟が出来ていない。
前言撤回。もしや誤魔化せてなかった?現状回避はできなかった?
結局のところ、完全に元通りの自分には戻れていなかったみたい。頭の整理が追い付かなくて、ぐるぐると回る錯覚を感じ始める。
「それと君が言ったことは、何か重要な部分が抜けている気がする。そうだろ?」
「……………………」
あああ、ああああどうしよう。追求の気配。
じりじりと追い詰められている気がする。と、思っていたら、本当に物理的に少しずつ距離を詰められていた。後退る。やっぱり距離が近い。どうして?
「黙っているとわからないよ。逃げないで答えて欲しい」
「え?に、逃げ……?」
「逃げてるじゃないか、今だって」
さっきとは違う冷や汗が滲む。中身が引っ繰り返りそうな緊迫感が走ってくる。胸の内側がうるさくて堪らない。
あれだけ長々と考え事をしていたのに、いざという段階になったら何も浮かんでこなかった。
一方で、エックスの顔付きはどんどん険しくなっていって、やはり不機嫌そうなじっとりとした半眼へ変わっていく。
「……君はいつもそうだ。手が届くところに居ると思って安心していたら、少し目を逸らした隙に勝手にふらふら離れてる。そういうのはどこかの赤い誰かさんだけで十分だよ」
「ぇあ、」
掴まれた手が少し痛い。
悪意を向けれられているわけではない、のは解る。ただ、なぜそう言われてしまうのか、どうして自分がこんなに緊張しているのかが解らない。どきどきとうるさい。
「こっちの心にはいつの間にか入り込んでいるのに、君の本当の内側はなかなか見せてもらえない。ずるいよ」
「……わ、わたし、は、……あ、あの」
そんなつもりはない。ないのに、どうしても思考が停まってこれ以上考えられなくなっていく。乾いた喉はそれでも何かを返そうと必死になる。何か、言わなければならない。
「ど、うして、そう思うの……?な、なんで、そんな、顔してる、の……?」
少し、今のエックスを恐いと思ってしまった。返した言葉は不正解だったかもしれない。
「っ、」
思ったよりも震えてしまった声を聞いて、彼は目を見張っていた。驚いているようだった。
不機嫌そうな違うような形を作っていたそれが、徐々に決まりの悪いものに代わっていく。
「あ……、いや、責めたいわけではなくて……。その、何て言うか…………。……ああもう、上手く行かないな……」
見たことのないその表情が、いつもの顔付きに変わっていく。掴まれた手が離される。
エックスは胸元に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をしていた。張り詰めていた空気が少し緩む。
「……君になら、もう少し簡単で具体的で解りやすい行動の方が良いのかもしれないね」
顎に手を当てながらぽつりとそう言った。よく解らないけれど彼の中で何か腑に落ちるものがあったのだろうか。
「わ、わかりやすい……?」
「ああ。先約が居るってことを示しておかないと。知らない相手に掠め取られそうになるくらいなら、間接的なことをするのはもう辞めるよ」
控えめで穏やかな笑みがわたしに向けられる。恐くはないそれを見てようやく、鈍っていた自分の思考がどうにか動き出す。
そう、そうだ。この妙な空気をなんとかするには事の顛末を全て話さないといけない……それはちょっと待って欲しいのだけど、とにかく今は『相手』が誰のことであるかだけでも弁明しなければ。なんとか思考ができるようになって、意を決して口を開く。
「あ、あの!ごめんなさい!相手っていうのはきみの――――、
音もなくエックスが動いた。距離が無くなった。わたしの視界いっぱいに、緑色のアイカメラが映り込む。
きらきらきれい。
驚いて反射的に身を引くよりも早く、わたしの口唇に押し当てられる、冷たくて柔らかいもの。ふわりと触れられて、小さな小さなリップ音がした。すうっと離れていく。また思考が停まった。
……キスを、された。
それをしてきたのは、綺麗で素敵で眩しい、手の届かないところで強く輝いている星みたいなレプリロイドだった。
今度こそ頭の中が衝撃で真っ白になった。
さすがのわたしも、されたことの真意を理解しきれないほど愚かではない。気の所為でもなくて、自意識過剰でもないかもしれない。
「……こ、れは、わたしの……勘違い、じゃない……?」
「はは、違うよ。そんな訳ないじゃないか」
回らない頭よりも先に、どんどん顔が熱くなる。さっきとは全く別の意味合いで、胸の内がうるさくなっていく。アクセルが、マリノさん達が、ああ言っていたことは間違っていなかった。
逃げていたのはわたしのほうだった。今までは、逃避のように『まさか』なんて思ってしまっていた。申し訳無さとか、自分の考えの至らなさとか。自分の事だけで手一杯だったのに、それを全て消してしまうくらいの鮮烈さ。
手の届かないところに居るんだとばかり思っていたのに、そんなことは全然無かった。恐る恐る視線を上げる。
「やっと気づいてくれたみたいだね、ナオト」
眼の前で、青い星が微笑んでいた。
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