オッズアンドエンズ
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この任務…軌道エレベーター・ヤコブの管理局にイレギュラーハンターとして常駐し、ヤコブの警備についているハンター達からの報告書をまとめる仕事についてから、それほど経っていない。
ハンターとして出撃することもなく、文書を扱うだけの職場に早くも辟易していた。もしこれがゼロなら、そもそもこんな任務じたい断っていたんじゃないだろうか。
わたしからしても、この任務が期間限定で良かったと実に思うわけで。ヤコブの管理官殿の直々のご指名とはいえ、ずっと事務仕事をするのは妙な気分だ。
「これが最後かな…」
わたしの呟きは大勢のレプリロイド達のざわめきの中に掻き消えた。
軌道エレベーターの広すぎるオペレーションルームにはたくさんのレプリロイドが勤務していて、それぞれエレベーターの運行状態の監視やら貨物の管理やら発着状況の把握やらに忙しくしている。ざっとみて70~80人は居るように見える。
そんな大部屋のすみっこでひとりぽつねんと、妙に広いデスクの前に腰かけて報告書を読んでいた。
「……エックスのだ」
目の前のモニターに流れる文書には「X」のサイン。書き手の真面目さがよくわかる丁寧な作りの文章を目で追う。警備は滞りなく、特に異常は無い旨が書かれていた。読みながら思わず笑みが浮かんでしまう。…会いたいなぁ。
エックスは毎晩、ゼロは二日おきくらい、アクセルに至っては一日に何回も、わたし個人の携帯端末にメッセージが入る。だいたいはこんな任務だったとか、ベースの様子とか、この前入った新人オペレーターさん達の話とか、そういうのが多い。(……わたしが居ないことを寂しく感じてくれているのだろうか。なんだか悪いな)
気がつけばハンターベースのみんなと顔を合わせないまま1週間はたっているのだから、慣れって怖い。こんなことを考えてしまうのも仕方ないよね、と考えて、またモニターに集中する。
いくつかの報告書を確認しつつ、纏めてディスクに保存した。あとはこれを管理官に提出して、今日のお仕事はおしまい。ハンター業務と違って夜勤は無いし、緊急の呼び出しも無い。至って楽な仕事だった。自分で言うのもなんだけど、なんという給料泥棒。あまりのデスクワークっぷりに体が鈍りそうだ。
モニターの電源を落として席を立つ。封筒に入れたディスクをしっかり持って部屋を後にした。途中、顔見知りのレプリロイド達に挨拶するのを忘れない。
真新しいリノリウムの床が天井からの光を反射していた。たくさんのレプリロイドが忙しなく行き交う廊下を進んで、いくつかの角を曲がった先に目的の部屋…管理官の執務室がある。
扉の前で立ち止まって一呼吸。忘れ物が無いかまた確認して、扉横のボタンをぽちり………押す前に、中から出てきた人影にぶつかりそうになって後ずさる。
「わっ」
「ああ、貴女でしたか。ナオト」
柔らかい声が聞こえて、わたしは顔を上げた。そこには白と紫のレプリロイドがいて、わたしは慌てて一礼をする。
「る、ルミネ管理官!お取り込み中でしたか…!」
「ええ、これから休憩です」
「申し訳ありません、出直してきます!」
「いえ。…そうですね、ちょうど…気分転換に周辺を散策しに出掛けようとしていたところです。ご一緒しませんか?」
綺麗な微笑を向けられて、言おうとした言葉を飲み込んでしまった。上品で優雅なその佇まいに、なんだか照れ臭さすら感じてしまう。いやいや、冷静になれ。
「わ、わたしで良いのでしたら…」
「良いですよ、全く構いません」
では行きましょうか。
にこにこと上機嫌に、彼はまた笑顔を浮かべる。………それを見て、なんだかハメられたような気分になった。
・
今回の任務の暫定的な上司が、軌道エレベーター・ヤコブの管理官である彼。紫色の髪と白いアーマーが特徴的な新世代型レプリロイドだ。その彼が、今まさに密林の地平線に沈もうとする夕日を見つめながら、橙色の隻眼を柔和に細めている。
ちなみに現在地は施設の周りに設けられている自然公園の休憩所だ。
「美しい夕焼けですね。執務室からの風景も素晴らしいですが、こうして地上から見上げる夕日も格別です」
「そ、そうですね管理官。周りにビルもそれほど無いですし…」
この微妙に緊張感のある空気にいつまで堪えなければならないのか。彼の言動は全く読めないけれど、かといって不快に感じるほど自己中心的ではない。男性型のはずなのに中性的で、どちらともつかない。とても不思議なひとだ。ただ今まで周りにこんなタイプのひとが居なかったから、対処に困って無駄に緊張してしまう。
わたしがもやもやと考えていると、彼が思い出したように顔を上げた。そのアイカメラにイタズラっぽい光が写る。……これは困らせる気満々な気配。
「ああ、そうだ。私のことはルミネと呼んでください。できれば敬語も使わずに接してくだされば嬉しいのですが」
少し警戒してみれば案の定、にこにこと楽しそうに笑ってそんなことを言ってきた。いや、無理ですってば。そう表情に出してみても、このひとはどこ吹く風な状態だ。
「……いえ、あの…上司ですし…、さすがにそれは、」
「……」
にこにこ。
「敬語も…外すわけには、」
「……」
にこにこ。
「……うぅ、」
「……」
にこにこ。
なんという笑顔のゴリ押し。これは勝てない。勝てる気がしない。勝てる方法があるなら教えてほしい。
「せ、せめてルミネさん、で勘弁してください。少し砕けた敬語で勘弁してください」
負けた。予想外の強敵だわ。
半ば折れた形で白旗を上げると、しぶしぶ納得したのか、ルミネ…さん…は、仕方ないですねと少し口を尖らせていた。
「まぁ、今日のところはそれで妥協しましょう。さてそれより………、今日もご苦労様でしたね。こちらでの勤務はもう慣れましたか?」
「あ、はい。……最初は戸惑いましたけど、今ではすっかり」
ようやく解放された気分になって内心ほっと息を吐く。い、いや、状況としては何も変わっていないのだけど。……思わず苦笑いをする。
「それは良かったです。私としては、このままこの施設に居て頂きたいところですが」
ちらりと伺うような目線を投げられた。つまり、それは…ハンターから移籍しないか、ということだろうか。ぱちぱちと瞬きをする。
「それはイレギュラーハンターを辞めてこちらで働かないか、という意味ですか?」
「ええ、そうでもあります。貴女はなかなかの逸材ですからね。ハンターに留め置くのは勿体無い」
それに、とルミネさんは言葉を区切って、まっすぐわたしを見詰めてきた。隻眼のアイカメラがじっとこちらを見ている。どこか思考の奥を見透かされているような不思議な感覚になった。
「新世代型の私達と人間からレプリロイドになった貴女。進化した者同士、解り合えると思うのですが」
一瞬だけ空気が張り詰めて、なにか薄ら冷たいものに変わった気がした。進化したとはどういう意味合いなのだろう。違和感を感じる。何かが根本的にずれているような、隠しようのない違和。戸惑って閉口する。このひとは何を言いたいんだろう。
違和感を抑えて、何か言わなければならないとなんとか口を開く。
「わたし、は―――――――――……っ!?」
言葉を続けようとしたその時、なんの前触れもなく、夕闇を破るようにとんでもない爆発音が辺りに響き渡った。どかーんとばきーんが混ざった耳障りな爆音だ。……或いは何かが落下したような音にも聞こえる。
「今の音はいったい………!?オペレーションルーム、応答しなさい!」
ルミネさんが目をまん丸くしながら辺りを見回して、通信回線を開く。さっきの違和感とは違う、嫌な緊張感が漂い始める。
『ルミネ管理官!こちらオペレーションです!』
「何事ですか?」
『報告いたします!軌道エレベーター下り四番コンテナにて事故が発生いたしました!現在、周辺警備を行なっていた最寄りのイレギュラーハンターが現場に向かっております。こちらからも救護班を手配しました』
「事故が……解りました。下り四番ですね、私も現場へ向かいますので」
凛とした声音で言い放ってルミネさんは回線を閉じる。それからわたしに視線を移して、表情を険しくした。
「ルミネさん、」
「ナオト、話は聞きましたね?現場はすぐ近くです。私たちも向かいましょう!」
「は、はい!」
険しい表情でそう言ってから、迷い無く駆け出した。思考の片隅に嫌な違和感と緊張感を残したまま、できるだけ考えないようにして彼の後を追いかける。
……これから始まる戦いを予想すらできないまま、わたし達は走る。
27/32ページ