オッズアンドエンズ
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人気がない休憩スペースのベンチ。その上に座り込んでいる人影が視界に入った時、どう考えても厄介事に変わっていく展開しか思い描けず、ゼロは心底辟易してしまった。声をかけるかかけまいかを数秒迷って、結局は一度無視をする。
しかしふと下へ視線を向ければ、その足はあろうことかフットパーツの無い素脚を晒したままだった。
「……ナオト」
「んん?あ、ゼロ~」
能天気でいて、普段よりも五割ほど気の抜けた笑顔と聞き慣れないハイトーンの声がこちらへ向けられる。
「お前……ここで何してやがる」
「んーとね、お腹すいたから!」
「その格好、メンテ中だったんじゃないのか?」
「うん!もうちょっとしたら戻る!」
―――「お腹すいた」?「うん」?……何だその返答は。
この様子からすると、途中で抜け出してここまで来てしまったようだ。
メンテナンスの際には、アーマーを解除したレプリロイドの為に素体を保護する検査着があてがわれる場合がある。
その薄い衣類に身を包んだナオトはあまりにも目立ち過ぎている。小柄な身体が更に子供のように小さく見え、違和感ばかりがまとわり付く。
仕方が無いと溜息を吐いてから、その横に腰を下ろした。しばらく様子を見てからメンテナンスルームへ引き摺っていくことにする。これ以上何処かへ徘徊しないよう、首根っこを押さえておいたほうがいいだろう。
そんなことを考えつつも見てみれば、当の本人は膝の上に乗せた小さな箱を開封しようと悪戦苦闘していた。どうということもないただの紙箱を相手に、もたついている理由が理解できない。何をやっているんだと呆れながら箱を奪い取る。乾いた音を立てて封を切る。
「……開いたぞ」
「やったー!ありがとー!」
「それはどこから持ってきた?」
「さっき自販機で買った!……はい、ゼロにもあげる!」
「……」
ずいっと眼の前に突き出されたのはスティック状に成型されたチョコレートだった。比較的どこにでも売っているし、ベース内の自動販売機にも並んでいる。
日常的に食している平凡な味のそれを無言で受け取ってから、パッケージを剥ぎ取る。おかしな部分は見受けられない。齧る。甘苦い味と香りはどちらかといえば好意的に感じた。数回咀嚼して嚥下する。特に異常はない。
……しかしこの場で最も異常があるとすれば、眼の前で同じく焦茶の菓子を頬張る少女のほうだった。どう贔屓目に考えても、いつも通りのナオトの様子とは言えない。
ゼロは何も言わないまま真横の『子供』を観察する。にこにこと無邪気に笑いながら素脚を揺らしている。両手で握ったチョコレートを心底幸せそうに食べている雰囲気は、強烈な違和感と不信感を煽っていた。
じろりと睥睨しながら、ゼロは背にある自らの得物を少し意識する。
「…………お前、誰だ?」
「んえ?」
むぐむぐと動かしていた口元を止めて、丸く見開かれた双眸がこちらを見詰めてきた。ごくん、と飲み込む微かな音を拾う。考える仕草と同時に、視線が宙を彷徨うのが見えた。
「わかんない」
「……あぁ?」
「誰かなんてわかんないよ。どこで作られたとかも知らないし」
想定外のレスポンスに面食らった。
どうやら、全く意図していない方向で台詞の意味を汲み取られたらしい。そういう意味ではないと否定しかけて、しかし別の言葉を選択する……これは、ほんの些細な好奇心だ。
「……お前も、知らないんだったな。自分の過去ってやつを」
「うん。ぜんぜん」
「知りたいと思うか?」
「思わない。わたしが悪いやつだったら恐い」
楽しげに揺らしていた両足が止まる。ベンチの縁まで足を上げ、両膝を抱える。そんな姿勢のままで残りの菓子を淡々と口へ放り込む。眼差しは、どこか空虚だ。
今までで見た記憶がない顔付きをしている、とゼロは思った。違和感に塗れたその様子が、更に異質さを帯びてくる。先程まで見せていた能天気な表情はどこにも見当たらない。
これは本当に、『誰』だ?
「仮にお前が『悪いやつ』だったとしても、……常に一線を引いていれば、多少は気が楽になる」
「ゼロは、前のエックスみたいに
まただ。また、想定外の意味で取られた。引く、を退く、と捉えられてしまった。おそらく言わんとするのは、アクセルが転がり込んできたあの時の事だろう。
横目だけで見下ろすと、そらされたままの目線は宙を見詰めている。
「…………さあ、どうだろうな」
肩をすくめる。適度に濁して、本心と本題を曖昧にする。答える必要はない。理解されるつもりもない。
「退いても意味がないよ」
「どうしてそう思う?」
「たくさんの中のうち一人が居なくなったくらいで、そんなに変わんないよ。悪い人も良い人も代わりはいっぱいいる」
「……元凶が消えれば変化があるだろう。それほど難しいことにはならない」
「ほんとに何が悪いのかなんて、それこそ誰にもわかんないと思う。今までのこととかも」
「……、」
呟くような平坦で淡泊な声音。ゼロは内心の動揺を圧し殺して、言葉の代わりに沈黙を返した。
悪いもの、その元凶。世に出たそれを排除しても意味がない、何も変わらないと、そう言いたいのか?
今まで自分たちがやってきた事、これから起こりうる事、過去の出来事、それらを含めてもか?
その考えがどういう意味をもつのか、解っていて言っているのか?問い掛けを口に出さずに飲み込んだ。
「…………喋りすぎたな。考え過ぎだ。らしくない」
否、これは考え足らずのたわ言、子供を相手にしたしょうもないただのお喋り。誤解と解釈違いと無意味な論理の飛躍だ。
そういう事にして、全てを聞かなかったことにしておこう。ゼロはそう決め込んて、会話を打ち切った。
真横の子供がぼそぼそと囁く。
「ときどきね、こうなっちゃう。頭がぼわーっとして、へんなこと考えてる」
「自覚があるのか。……そうだな、いつものお前ならこんなことは言わないだろうな」
「そんなにへん?」
「ああ」
「うーーん……困ったなあ……」
―――何が困っただ。こちらの気も知らないで。
内心だけで溜息を吐き捨てたその直後、己の通信回線に聞き慣れた声が飛び込んできた。
(ゼロ。ナオトを見かけなかったかい?)
(エックスか。目の前に居るぞ)
(あぁ良かった……。いつの間にか居なくなってしまって、呼び掛けにも応じてくれなかったんだ。すぐ向かうから、捕まえておいてくれ)
(解った。相手をするのが面倒だ。さっさと回収しに来い)
苦笑混じりの了承の後、回線が閉じられる。
「困ったなんて言うくらいなら早く戻って診てもらえ。良かったな、エックスがもうじき捕まえに来るぞ」
「うあー、まだ全部食べ終わってないのにー」
言葉の調子が緩いものに戻っている。箱から残りの菓子二本を取り出して、片方をゼロに押し付けてきた。無言で受け取る。
「これでおしまい!」
けろりと言い放って中身を開く。また齧る。ゼロも同じようにそれを開いて、同じように齧る。言葉の無い間に咀嚼の音だけが響く。
それに混じって、離れた所から駆けてくるブースターの稼働音がした。数秒とかからずに、青い機体が視界に飛び込んでくる。ゼロは悠々と脚を組み直しながら、相手を出迎えた。
「早かったな、エックス」
「ゼロ!……っと、ナオト!駄目じゃないか!メンテ中に抜け出すなんて!」
「うわ!見つかっちゃったー!」
何でもない様子で、再びナオトがにこにこと笑顔を作る。それを見詰めて、エックスは口をへの字にしながら顔をしかめた。
「うわ、じゃない。その様子じゃ、またスリープできてなかったんだろ。だからきちんと検査して原因を、」
「まって、まだ食べ終わってないから!」
「待たないよ!」
ナオトが握っていたチョコレートを、青い手が素早く取り上げた。あ、と間抜けな高い声がする。
「チョコがぁー!?」
そのまま説教でも続けるのかと思いきや、ごく自然な動作で食べ掛けの菓子を自らの口へ放り込んだ。噛んで飲み込む。何事もなかったかのように、キッと吊り上げたまなじりをナオトへ向ける。エックスはいつの間にかしっかりと、眼前の子供の手を握っていた。
「ほら、行くよ。もう逃さないからな」
「そんなのありー?」
……こいつ、なかなか堂々とやるようになったな、とゼロは感心しながら一連の流れを傍観する。あまりにあっさりし過ぎて、突っ込むタイミングを逃してしまった。
今のあの、ごく自然な行動はいわゆる間接……いや、これ以上は野暮か。惜しむべくは今のナオトが『そういう方向』に捉えきれていないところだろう。
口を出すことはせず、生暖かい視線で二人を眺めるだけにする。とりあえずそのまま真顔で親指を立てて見せると、やや引きつった表情と緑のアイカメラが向けられた。
「な、なんだいゼロ……?」
「いいや?良いぞ、エックス。俺に構わず続けろ。その調子だ」
「なな、何を??」
「エックス~落ち着いてー。だいじょうぶ?」
「いや君のせいだよ!」
騒ぎながら通路を歩き出す二人の後ろを追い掛ける。こうなった以上、もうナオトが逃げることはないだろうが、確認しておきたいことはある。
以前、『スリープ中なのに生体脳が起きた状態で、そのまま話しかけてきた。少し様子か妙だった』と、担当していたゲイトが言ったのを思い出していた。
ゼロはエックスへ向けて通信回線を開く。
(で?こいつはどうしてこうなってる?)
前を向いて進む後ろ姿が、ぴくりと小さく反応する。
(いや、それが……原因がよく解らないらしくて。再現性が無いとか、こうなる条件が掴めないとか。ナオトも困惑していたよ)
(は……何の為のメンテナンスだ。ここで解らないなら、またジジイにでも診せるか?)
(ケイン博士は……どうだろう。生体パーツに関しては専門外だろうし、)
(それが擦り減っている可能性も、あるんじゃないのか)
(―――)
思わずこぼしてしまった言葉に青い背中が立ち止まった。
失言だったかもしれない。これは、現時点で言うべき事柄では無かった。
しかし、充分あり得ることだ。考慮せざるを得ない。大人しくついてきている少女に視線を遣る。
いかに強固な外殻に包まれていても、元は生身の人体であったパーツだ。丁寧に丹念に加工されて詰め込まれているそれは開けることもできない。最も重要な部位が現状ではメンテナンス不可である故に、どんな不具合か出てもおかしくはない。
……二度の大破とその度に修復されてきたゼロのボディ。事あるごとに現れるあの博士のカプセルに、定期的に入っているエックス。度重なる改修とアップグレードにより、機能は改良されていく。
しかしナオトは一度もふれられていない。唯一の手掛かりは以前シグナスの元へ送られてきた例のファイルのみ。
製作者はおろか関係者の影すらも現れず、レプリロイド向けの標準的なメンテナンスしか受けられない。
そもそも本当に稼働し始めたのはいつからだ?人間だった頃の年齢は?
自分たちとは条件があまりにも違う。
(……解っているよ。その可能性も)
陰鬱さを含んだ返事が戻ってくる。
(ナオト本人は、自分の体のことをもう諦めているみたいだ)
(諦めている?こいつが?)
(ああ。仕方が無いってね、……今まで停まらなかったこと自体が幸運だからと―――)
「ふたりとも、どうしたの?」
ナオトが疑問符を浮かべながら、赤と青を交互に見ていた。音声を介さないやり取りが、言葉に詰まったように途中で止まる。ゼロは何も言わずに視線を外し、エックスは微笑の形を作ってナオトを見る。その微笑みに対して、少しばつの悪いものを感じてしまった。
「いいや、何でもないよ」
「ん~、そう?」
また、歩き出す。前を向いたエックスが話を続ける。
「でも相談事があるから、メンテが終わるまでに君が元に戻っていてくれたら良いんだけど」
「解った、がんばる」
「が、頑張らないといけないのか……」
「…………そこは素直に肯定しておけ」
苦笑いと呆れを同時に向けられて、それでもこの子供は楽しげに笑っている。緩い笑顔は諦観の裏返しなのか、本当に何も考えきれていないのか、判別は付かない。
ふと、ナオトの視線が一瞬だけこちらを向いた。直後にゼロの通信回線が、ざらついたノイズ混じりの音を拾い上げる。
(―――■■くならないでね、ゼ■。わたしが■■くなっても)
その発信源は確かにナオトのものだと認識したはずなのに、何か別のもののような錯覚を受けた。眼の前を歩く少女に、変わった様子は無い。
(?……どうした?)
咄嗟に問いかけを返しても、それに応答が戻ってくることは無かった。
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