ナチュラルボーン
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優しくあやすように頭を撫でられた。思考を蝕んでいた正体不明の不安や恐怖が薄れていって、落ち着いた暖かな気持ちになる。できればもう少しそのままでいて欲しかったのだが、その手はゆっくりと遠ざかってしまった。
「……」
ナオトは目を開けて、見慣れた天井を視界に入れた。時間は昼を過ぎた頃だった。
だいぶ寝入っていたようだ。いつの間にか頭の下に敷かれていたクッションが思いのほか心地良く、幸せな気持ちで寝返りをうつ。ブランケットが体に掛けられていることに気付く。
体が揺れるような感覚が残ってはいるものの、気分はだいぶ楽になっている。エラーもほとんどが解消されていた。
緩んだ思考で体を起こそうとするが、まだ言うことを聞いてくれなかった。重たい体を制御できず、再びふかふかのクッションに沈み込んでしまう。
大人しく眠っていようと目蓋を閉じてしばし、ブランケットを首のあたりまで引っ張り上げて、蓑虫のように包まりながら身じろぎをする。
「……おはよう、具合はどうかな?」
不意に声が降ってきて薄っすらと目を開くと、私服姿のエックスが、穏やかな表情でナオトを覗き込んでいた。様子を見に来てくれていたんだったとようやく思い出す。クッションやブランケットも用意してくれたようだ。
「あ、……さっきよりは楽だよ」
「つらそうだったから心配だったよ。回復して良かった」
「ごめんね。わざわざ、こんな……」
「これはおれが好きでやってることだから、良いんだよ」
「……う、うん。ありがとう」
一方的に気まずい気分になって、なんとなく台詞が尻すぼみになってしまった。
―――自分の電脳に入ってきたエックスに、子供のような状態の、あの自分を見られてしまった。
潜入されたことよりも、そちらのほうが恥ずかしい。いつかは知られてしまうかもしれないと想像してはいたが、その『いつか』は思ったよりも早く訪れた。
自分の不用意な発言が、彼を不安にさせてしまっているようだった。ちゃんと自分で何とかすると言ったのに、気を使わせてしまった。あの状態になると、どうしても隠すことが下手になってしまう。
彼と会話をしている最中に感じた正体の判らない恐怖は、もうだいぶ薄れている。いつも通りの自分のはずだ。あんな気分はさっさと飲み込んで忘れてしまうのが一番いいし、エックスの手を煩わせる程の話ではない。大した事のない話だ。自分のことは出来るだけ誰にも言わない方がいい。これ以上のことは隠しておくべきなのだと、ナオトは改めてそう思っていた。
―――ん?
何かが思考の底の方で引っ掛かった気がして、眉を寄せる。
―――どうして、隠した方がいいんだった? 一部のひと達だけとは言え、わたしが人間であることは知られてしまっているのに。
それにあのドアのことも、本当に大した事のない話としていいものか。エックスはさっき、すぐにでも原因を探して対処を、と言っていたはずだ。この正体不明の恐怖や不安が無くなるのならそれが一番良いし、子供のような状態の根本が解れば対策もできるはずだ。
やはりこれは後できちんとメンテナンスルームで相談しようと思った。どうして今までそういう発想に至らなかったんだろうと不思議に感じる。
一人でこうして気を揉んでいるよりも、その方がもっと良い解決策が見つかっっっっっ、、っっ、、 、、っ………、、、、?
、、、、、、 、、……、
………………、
…………………………あ、
……、
「―――?」
…………あぁ、 あ、 ぁ、 ?
…………………、
……ぅ、
「ナオト?」
「……?」
エックスの怪訝な声が届いて、すうっと現実に引き戻される。知らぬうちに半開きになっていた口を閉じる。
―――あぁそうだった。いけない。ダメだ。知らないふりをして、この事に興味のないふりをしておかないとダメなのだった。誰かに相談なんてもってのほかで、悪いこと。怖いことなのだ。
聞かれたことには解らないと返して、他人事のように、できるだけ知られないように対応しなければいけない。現在はベース内のひと握りの者達にしか自分の体のことは知られていないのだから、情報が無闇に拡がらないようにするべきだ。
再び頭が茫漠としてくる。脳髄を締め付けるような痛みが湧き上がるように始まって、意識を侵食していく。対応を間違えてはならないと言い聞かせられているようだ。
視界が狭まる錯覚と、疼くような感覚に嫌気が差して、こめかみに手を当てながら緩く息を吐いた。
「……もう少し、眠っていたほうがいいみたい」
「解った。何かあったら言って。用意するから」
「……ありがとう」
どうしてか解らないが、エックスの声色や視線がいつもよりももっと優しい気がする。そんなに心配されるようなことだったのだろうか。
伸びてきた彼の手が、自然にナオトの額を撫でる。柔らかで心地良く、されるがままに目を閉じる。
またゆっくりと手が離れ、気配も遠ざかっていく。待って欲しい、もう少しそのままで、と我儘のように思う気持ちが強くなった。どうしてそう思ってしまうのかはよく解らない。
「え、エックス……」
か細く小さい声を出してしまった。ブランケットを今度は額の高さまで引っ張り上げ、咄嗟に顔を隠す。離れかけた気配が立ち止まり、また近付いてくる。
「ん?なんだい?」
「あの、ね……ち、近いところに、居て欲しくて……ご、五分だけでいいから、手を……」
口にした我儘の切れはしが少しずつ消えていく。
ぎちぎちとした疼痛が強まっていくのに、意識が妙に高揚している。心許ない足場の上で無理矢理にバランスを取ろうとしているように、気持ちのコントロールが困難になる。
口に出してから、何を言っているんだろうと猛烈な後悔が押し寄せてきた。こんなのはおかしい自分だ。まるで、仮病でも使って気を引きたがる本当の子供のようではないか。
首から上が、風邪とは違う意味で熱くなっている気がする。布地を掴む手が震える。気が滅入り、自己嫌悪に陥る。
近付いた気配がすぐそこのかたわらに腰を降ろした。苦笑するような声が降ってくる。
「うん、良いよ」
「っ!」
ブランケットに温度の無い手が差し入れられ、躊躇いなくナオトの片手に触れた。ゆるりと動いて、そっと握り締められる。
「これでいいかな?」
「…………あ、ありが、と……」
平然とした言葉にもごもごと答える。
顔を隠したままで良かった、もう仮病でもなんでもいいや、と思った。ただただ、何も聞くことなくそうしてくれることが、こそばゆく嬉しい。常に戦線で振るわれるその手が、今はいつも以上に心強く感じた。優しくて暖かで、嬉しく思うこの気持ちの正体は何なんだろう。
知らない感覚に浸っているあいだに、頭痛が遠くなっていく気がした。入れ替わるように、心地良い安心感と眠気が押し寄せてくる。細い息を吐く。後日何らかの形で礼をしなければ、とぼんやり思いつつ、穏やかな睡魔に身を委ねた。
そんなナオトの様子を見守りながら、寂しそうな視線と不満の混ざった独り言が、誰にも聞かれぬまま消えていく。
「どうして君は、そんなに……何を抑え込んでるんだよ」
―――ぎいぃ……ぱたん。
どこか遠くの方で、開いていたドアが独りでに閉じるような、そんな音が聞こえた気がした。
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