オッズアンドエンズ
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ゼロの事を知っている、とナオトは突然言った。
ゼロは内心の驚きを顔に出さず、不安げに見上げてくる双眸を見詰め返した。まさか、などと疑問が横切るが、彼女の真剣な表情を見れば否定もできない。ただ動揺を圧し殺して、なんのことだとフラットに応答する。
照明が弱く光るベースの廊下、他者の気配は無い。エックスもアクセルも今は任務に出ているはずであり、誰の邪魔も入らないこのタイミングで言い出すとはなかなかにしたたかだと感心した。話を反らして誤魔化すことは許されない。
「全部だよ。ゼロが、今のゼロじゃなかったときのことも」
ぴくり、と無意識のうちに右手が動いた。何食わぬ顔を再び装いながら、ゼロは目線をナオトに合わせて次の言葉を待つ。恐らくはあのコロニーの事件の時、シグマの差し金だろう。予想は実に容易だ。
黙っていれば案の定、少し緊張した声音で、ユーラシアが落ちた後のあの変な空間でと口を開く。
「あの時知ったの。たぶんシグマが、わたしたちを仲違いさせる目的でわたしにあのデータを見せたんだと思う。……ゼロは凄いね、素手でもあんなに強いんだ」
「………」
ゼロはゆっくりと目を細めた。
プログラムの奥底から守秘義務を守れと警告が発せられたものの、ゼロはそれをそのまま無視する。それを知らず、ナオトは苦笑にも似た笑いを浮かべた。
「わたしが見せられたデータは……あれはシグマが集めたものなのかな…ゼロに関してだったよ。ゼロの生まれとか、凄く詳しくて」
「ハッ……全く、あの糞上司は、知らない内にひとの経歴を嗅ぎ回っていやがったのか」
無言の末、ようやく吐き出した言葉は掠れていた。鼻で笑い飛ばしながら、それでも止まらない警告にメットの下の眉をひそめる。煩い、黙れ。レプリフォースの事件での厭な記憶が脳裏をよぎって、ゼロはごく小さくため息を付いた。
「特に覚えてるのはずいぶん古い映像でね、青いロボットと黒いロボットが戦ってた。青い子はエックスにそっくりで、黒い子は目の感じがゼロに似てたなあ」
ナオトからもたらされるゼロの知り得ない情報。しかしなんとなく知っているような気がして、無駄だと解ってはいてもメモリーの底を探る。…………やはり何もない。その間にも、少し躊躇うような目線を向けられる。
「…………それから、ロボット破壊のプログラム」
ゼロは無意識の内に目を見開いた。
背伸びをした少女が緩慢に手を伸ばす。己に比べればずいぶん小さく薄い手が伸びて、額の青いクリスタルに触れてきた。ゼロは目を閉じる。温い指先で撫でられる感覚。まるで慈しむかのような手だった。
一瞬黙り込んでから、囁くような声で言う。
「もしね、ゼロがそれに負けて、レプリロイドをみんな殺してしまおうとしたら。わたしはゼロを止めるよ」
目を開く。
見つめてくる真っ直ぐな瞳と、その向こう側の意志。無垢なまでに真摯で真剣で、迷いの無いそれ。
「お前に、それが…できるのか?」
声帯の奥から言葉を絞り出す。
躊躇いにも嘲笑にも取れるようなそれは、ゼロにとって理解できない感情から溢れた言葉だった。途端にメインシステムの奥が再びざわついて、びりびりとした指令が聞こえてきた。それは自分自身の声にも似ている気がして。
今のうちにこの女を殺しておいたほうが良い。
甘い破壊衝動がふわりと軽やかに浮かんだ。いつもは戦闘中にしか感じられないそれは、勝手に確実に実際に、今目の前に居るナオトに対して一直線に向けられている。自分のような違うような誰かがこいつを殺せと囁く。赤にまみれ四肢を裂き千切り臓腑を引きずり出し双眸をあどけない硝子玉に替える。肉が、眼窩が、脳漿が、血液が、循環液が、ばら蒔かれる様を、この機械で再構築された女が死に逝く様を、それを見てみたくはないか。
(馬鹿馬鹿しい)
ゼロはそれを他人事のように無視した。当たり前のように行われる指令の遮断及び凍結。一部のシステムを強制終了、再起動。五月蝿くわめく機能を無理矢理に黙らせた。
「出来るかなんて解らないけど…本来ならこの状態は不自然なんでしょ?ゼロとエックスが親友だなんて、おかしいんでしょ?」
「…………」
肯定も否定もしきれないまま、ゼロは何度目かの沈黙を作った。創造者が自分をどのような目的で作ったのか。納得は別にして理解しているつもりではある。────純然たる破壊の為に。且つ、青を破壊する為に。
ならばなぜわざわざ人格を与えたのか?ただロボットを壊して回る為だけの機体なら、想定外の状態に……こんなに面倒なほど拗れた関係にならずに済んだのに?
誰からも答えを得られない疑問はいつまでも堂々巡りのままだ。
「でもわたし、今が好きなの。エックスとゼロとアクセルが仲良しで、こんなわたしもいっしょに居られて」
だから、死んじゃうかもしれないけどきみを止めるよ。エックスにもゼロにも、死んで欲しくないから。
真っ直ぐな言葉が聴覚野を抜けた矢先―――――ばちり、と一閃の光が脳髄を掛ける。
「……、……!」
本来の指揮系統が疼いて、一瞬だけ意識が遠退く。思考回路の底が蠢いて、自分が自分ではないような感覚が這い上がる。
ぶれた意識の間に割り込む別の何かが右腕を持ち上げる、
伸ばす、
右腕はナオトの首筋を狙う、
指先に力が籠る、
頸椎を砕く、
軽快な破砕音が、
内骨格を伝わって、
甘く陶酔、
気持ち良い、
快感。
(煩い、黙れ。いい加減にしろ)
ぎりぎりで制御を取り返す。
無意識の内に首筋へ向かっていた腕を無理矢理動かして、そのままナオトの頭を乱暴に撫でた。
極力平静を装って口を開く。
「……、お前にしては随分と利己的な考えだな」
「ごめん……」
されるがままになりながらナオトは俯く。
それを見て、ゼロは内心で深くため息をついた。珍しく自分の内側が煩い。いつもはまるで何も居ないかのように黙しているくせに、この手の話になると途端に顔を覗かせてくる。もしあのまま、衝動のままにナオトの喉を握り潰してしまっていたら……ひやりとした嫌な感覚が落ちる。振り払うように次の言葉を探した。あるいはこの少女の表情を晴らすための言葉を。
「心配はいらない。俺は俺だ。それに、」
「?」
「ナオト、お前はいつものように小生意気な顔をしていればいいんだ」
しょぼくれた顔が上がって、上目遣いがゼロを見詰めた。あからさまに不満げな表情を浮かべていて、思わず小さく苦笑をする。
「む……そ、そんな言い方しなくても…!本当に心配してるんだから、」
「ああ。そうだな、危ないときはお前のその小さい手を頼るかもな」
「もう…!ゼロってば!」
ごく薄い笑みの形に表情を歪めて、ゼロはまた冷たく光を弾く通路を歩き出した。尚も言いすがってくるナオトをからかい半分で言いくるめながら、思考を回す。
コロニーの事件。あの時戦ったゼロがどういうものだったのか。それをエックスが完全に理解しているとは思えないが(大方、ウイルスにやられたとでも考えているはずだ)、もしまたあのようなことが起きるなら、このぬるま湯のような関係は修復不可能なまでに崩れてしまうだろう。そしてゼロ自身、そうなってしまうことを望んでは居ないのだ。
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