オッズアンドエンズ
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
現在地/ハンターベース(ルーフ)
現在日時/21XX.10.03/14:32
備考/14時より、第四資料室にて資料・報告書作成。合同作業。
聴き覚えのある稼働音を微弱ながら聴覚が拾い上げて、スリープモードに移行しかけていた全システムをスタンダードへ復帰させた。
瞼はまだ閉じたままだ。所詮開いてもその先には飽きるほどの平和的な空と何の規律もセンスも無く出鱈目に林立したビルとハイウェイしかないのだから、それは無駄な行為に終わる。
聴覚センサー以外の受信系機能をネットワークから一時的にカットし、センサーの感度を上げた。稼働音に混じってフットパーツのダッシュ用ブースターが起動する音と特徴的な息づかいが聞こえた。生命維持の為、もしくは内部冷却の為に呼吸を常に行っている奴はそうそう居ない。
扉が開く音。そして、
「なにやってるのー?ゼロ」
少しばかり低音のソプラノが聞こえ、既知……いや、むしろそれ以上の存在として、始めから識別しやすいカテゴリーに分類されている声音が、センサーを刺激した。
「ナオトか」
そこでようやく瞼を上げた。
空の青を破るように、ナオトが僅かにピントのずれた俺のアイカメラに映り込む。いつも通りの大きい眼がやけに輝かしく感じた。
「ねえちょっと!何でこんなとこで寝転がってるのー!しかもわざわざ屋上なんかで…2時からの予定忘れてないよね?」
「……資料と報告書作成。俺とエックスとお前で」
感覚としての気だるさを隠さずに、緩慢とした口調で低い音声を発した。それを聞き取ったナオトは大袈裟に肩を竦める。どう見てもその行動は無駄に無意味に人間くさいもので…あぁ、そういえばこいつは人間だったなと今更のように思い出す。華奢で小柄な身体はどう見ても戦闘型には見えやしない。どうしてだか、こいつを戦闘型に作り替えた奴はこういった仕草や考え方も人格プログラムにインプットしておいたらしい。人間の複雑極まりない人格回路がそっくりそのままシステムに移されている…如何なるスペックを用いた結果なのか、予測も検討も付かない。その点ではエックスにも俺自身にも酷似している。
「覚えてるんじゃないのー……って、何?」
無言のまましばらくナオトを見上げ眺めていれば、唐突に上擦った声を発し──少しだけ後退ったように見える。
「……いや?面白いヤツだと思っただけだ」
「わたしのどこが面白いんだ……。それはいいから、30分も待たせといてサボってないでよー!ほんと、デスクワークがやりたがらないんだから」
「面倒だからな」
もう少し、この些細な会話を楽しむことにする。……つまり、もう少しこいつをからかってみる。
「むう……」
軽くあしらえば、ナオトは酷く不服そうな顔をした。いちいちそんなレスポンスをしてくるのが面白さの要因の一つになっていることに、こいつは微塵も気づかない。
「ほら、早く行こう。エックスがキレちゃうよ?」
ナオトがこちらに向かって手を差し出した。細くしなやかな、あどけない指が緩い角度で伸びている。その手が、その身体が、実は血にまみれていることを知っている。その手に握られたセイバーが、いったいどれほどのイレギュラーを処分してきたのだろう。何百或いは何千何万か、もしくはそれ以上か。だがそのくせに、そんな素振りは微塵も見せない。他者の為に目を瞑り、他者の為に微笑む。常に他者を気遣い、自分はそのあと。立派なアルトルイズム。そんなヤツなのだ、こいつは。
「……どうしたの?」
ナオトの声が再度聴覚を刺激し、ほとんど無意識のうちに、アイカメラの視野が狭まった。他人から見れば目を細めていることだろう。相変わらずそいつは莫迦げたほどに無垢な眼を向けてくる。苦笑のようなものが声帯の奥から漏れた。
ややあって、ようやくその手を握り返した。小さい手だ。
苦もなく立ち上がって、軽くボディのチェックを行う。エラーは無い。身体にまとわり付いてきた鬱陶しい髪を払い除ける。
その間にも、あいつの目線は出入口に向かっていた。全く落ち着きの無いやつだ。
「行こ!」
思わず出かけた苦笑をひっこめながら、俺はゆっくりとその小さい背を追いかける。
18/32ページ