オッズアンドエンズ
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いつか見た気がする風景は、鈍い色合いをしている。
目を開くと見える白い天井。自分のものではないみたいに重く鈍い全身。思考とは反してわたしの身体は起き上がってふらふらと不器用に歩き出す。真白い壁と通路は病院のようなのに、何も居なかった。もやがかかっていて良くわからない。理解が及ばない思考。ここが何で、自分が何なのかが理解できない。ふわゆらと揺れる視界を無理矢理動かすと端でひらひらと動くものが目に入った。立ち止まる。
視界の上に落ちてくる髪。それと肌色の素足が床にぺたりと付いていて、簡素で薄っぺらな布を纏っていることに気付いた。なんでこんなのを着ているのか解らない。重い頭を動かして、首をかしげてみる。滑る髪。
良くわからないまま、また歩き出す。
踏み出したとき、何か重くて硬い音が聞こえてきた。特徴的な臭いも少し。
その時になってようやく、匂いと音と言う存在を思い出した。
ああ、何だろう?
それは二足で床に立っていて、わたしよりも大きい。装甲があちこちに付いている金属の塊。
「‰Ψ∮∴!!」
金属の塊が何か音を発したのが解った。でも、何の音なのかまでは解らない。
それが動いて、わたしに黒い筒を向けてくるのが見えた。また鈍くて重い音。身体に感じた強い衝撃と、何かが落ちる音。?
水音がする。元からふらふらだった身体のバランスが余計に可笑しくなったことに気がついて、視線を下ろした。左側の腕がなくなっていた。荒く削れた肩、ぐずぐずになった白い肉、間に挟まったいくつものカラフルなコードが伸びて千切れている。
あれ?
周りを見渡す。少し離れたところに落ちている腕が見えた。弱々しくすら見える、たぶんあれはわたしの腕だ。平衡感覚が狂ってぐらぐらする。
「¢&▲‰Ψ∮∴……!!」
また何か聞こえた。それから二度、三度の衝撃。為すすべも無く後ろに吹き飛ばされる。
……ああ、そうか。攻撃されていたんだ、とやっと気付いた。床に背中から落ちる衝撃とぱたぱたと遅れて聞こえる水音。どうしようもない、霞がかった頭では考えきれない。金属の塊が近づいてきて、さっきの黒い筒がこちらを向く。
四度目の衝撃が身体の真ん中を通り過ぎた。一瞬呼吸が詰まる。視界が揺れて狭まくなる。じわりと背中辺りが濡れたような感覚と、頭の中にぽつりと落ちた違和感。それはふわりと拡がる。拡がってそれから、
ぱちり、と内側で音がしたように思った。
外れていた線が繋がっていく。怒濤の勢いで感覚が拡張されていく。思考がクリアになる。
視界の中にいくつも何かの赤い表示が飛び込む。なにこれ?訳が解らない間にそれは積み上がっていく。今までには無かった機械的な赤い視界。触覚と聴覚が立ち上がる。クリアになる。
そして最後、勝手に見開く視界と詰まる息。いたい。それに気づいて、忘れていた痛覚が戻る。身体の芯を突き抜ける純粋で容赦の無い痛み。いたい。
息を吸って、喉の奥が掠れた雑音を途切れ途切れに発したのがわかった。
いたいのは、いや。
ナオトは目を醒ました。
夢と言うものに良い思い出はない。彼女にとってのそれはいつも何らかの苦痛を伴って浮かぶからだ。
起きた頃には仔細を忘れてしまっているくせに、その夢の中で感じた痛みは神経の奥にいつまでも居座っている。自室は常に適温に保たれているはずなのに、身体は冷えきっていた。
膝を抱えて考え込む。
おぼろげな夢の内の自分は、いったい何だったのだろう。武器もアーマーも無かったはず。害を成す相手に対しても、今の自分では考えられないほど無力だった。あの夢の中ではナオトという自分が薄まっているような気がした。…………あやふやな景色、いやに具体的でしっかりと残っている痛覚の残滓。
これが忘れている過去あるいは自分の出生に関わる記憶だというのなら思い出したくはない、とナオトは思う。忘れたままで良いこともある。
しかし誰かの嫌がらせのように度々夢になって現れるこの風景は、辟易するには十分すぎる。忘れてしまったなら、もう出てこないでほしいのにとナオトは静かに溜め息をついた。何とはなしに周囲を見回して、頭を軽く振る。
下がっているブラインドから朝の光が漏れ始めたのに気づいて、不意に現実に引き戻された。ああ、こんな時間だったのかと考える。
薄青い夜明けの光。その色を見ていると何となく安心できた気がして、また無理矢理に目を閉じた。
できればこの夢と痛みを忘れてしまえと静かに思った。
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