オッズアンドエンズ
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低く唸る装置の稼働音。微かに立ち込める粉塵と薄暗い室内。動かないレプリロイドが二人、人形のようにそこにある。部屋のコンソールの前には、支配者のように静かに立つその男。
かの少女がゆっくりと入ってきたとき、その様子が至極落ち着いたものであったことに、彼は内心で驚いていた。傍らに倒れ伏す赤い機体、眼前で腹に風穴を空けて機能不全に陥っている青い機体。そして彼の右手に握られたセイバー。……この状況をみても冷静さを失わないとは。
小柄なボディ、戦闘型とは思えぬシンプルなアーマー。そもそも戦闘行動を前提とした女性型レプリロイドなどあまり存在しない。だがこの『少女』の価値はそこではない。
その険しい双眸が静かに彼を見る。彼にとって、この少女は宴の始まりを告げる為の客人でもあった。彼女で3人目…最後の招待客である。
ややあってから、彼は口を開いた。
「ふむ、少しばかり遅かったようだな。…街は壊滅しているか?ナオトよ」
「……シグマ隊長」
「くく、どうした?私を攻撃しないのか?」
抑えるような少女の高い声。何か言いたげな視線が、彼の目前の青いレプリロイドを見詰めている。その表情を見ずとも、少女…ナオトが次に発するであろう言葉は容易に予測できた。
「……今は、聞きたいことがたくさんあります。司令部撹乱と街へのミサイル発射、VAVA脱走の手引きも貴方の仕業ですね?それにエックスとゼロも……なぜ、こんなことを…」
やはり、そうだ。誰彼も口を次いで飛び出す言葉は懐疑ばかり。どの者たちも愚直に疑問をぶつけるだけだ。片手のセイバーをホルダーに戻してから、彼は青に告げたものとそう変わらない台詞を繰り返す。
「お前達は同じことばかりを問いかける…。そうだな、エックスにも投げた言葉ではあるが…、『我々』の為だと言うのが一番近いだろう」
「………?」
「我々の進化、それを成すため…そしてエックスの力を試すため」
「……そんな、」
馬鹿げている、とナオトが呟く。
ああ、違いない。なんと馬鹿な話だろうか。こんな、小さな機体にレプリロイドの可能性が託されているなど。それを試そうという己れの思考など。
「馬鹿げていると評価するか狂っていると評価するか、それは一方からの偏った見解でしかない。一時の反乱も、歴史という長い観点から見れば善行であったと評されることも多々ある。……さて、ナオトよ。なぜお前が到着するまでこの私がここに残っていたか、解るか?」
「…………いえ、想像もつきません。今の隊長が考えることなど」
「ふ、……なに、それほど難しいことでもあるまい。いくつか聞きたいことがあるのだ。…ナオト、他ならぬお前に」
その表情が少しばかり緊張するのを愉快な心持ちで眺め下ろしながら、彼は己れが得た情報を口にする。あるいは、この少女自身すら知らないやもしれない情報を。
「……奇妙なことだ。経歴の知れない者は数多く見てきたが、これほどまでにデータが揃わないレプリロイドはそうそう居なかった」
どこか遠くで、配線がショートするような音が聞こえた。
彼は内心でせせら笑う。知られてしまったと焦燥にかられるか、すぐそばの同僚達に聞かれてしまう可能性を案じるか……否、そこのレプリロイド達が機能を停止させていることを幸運に思うがいい。この会話を聞くものは我々だけだ。
「探し回るうちにいくつかの重要なプロテクトを破ることになったが………驚いたがね、ナオトという『レプリロイド』は存在しないのだよ」
ナオトの表情が遂に強張った。その目は彼から離れる事はなく、少女の片腕が得物へとゆっくり延びていく。彼はそれを涼しい目線で見届ける。
「ならば私の目前に居るお前は何者か?…その情報すら強固な障壁で守られていたのだから驚きだ」
ああ、実に驚いた。こんな者が居たのか。
彼はほんの少し口角を吊り上げ、試す目を向けた。そして、この少女を根底から揺るがしかねない言葉を静かに口にする。
「…よもや人間と機械のハイブリッドであったとは、さしもの私も驚いたぞ。ナオト」
「ッ!」
少女がびくりと反応するのが解った。
「…その様子では、自分の身体の事は理解しているようだな。だが今までのその振る舞いを見るに、全ては知らないのだろう?」
なんのためにその身はあるのか。彼の傍らに倒れ伏すレプリロイド達と同様に何も理解していないであろうことは想像に難くない。
値踏みをする視線に耐えきれなくなったのか、ナオトがとうとう声を荒げて言う。
「……、もったいぶったことを言わないで下さい…っ!隊長…貴方はわたしに、何を望むのですか!」
ゆっくりと圧迫していくような空気を振り払う。その言葉は気丈なものではあったが、おそらくそれは見せ掛けなのだろうと彼は見抜いていた。内心気が気ではあるまい。
或いは小さな動物が懸命に威嚇をするような…そんな姿にも感じられ、可笑しなものだと彼は微かに笑う。
「ふ、ならば単刀直入に言おう。……私の知り得るお前の経歴や出自、能力の使い方、その価値……本来のお前の事を教えてやろう。代わりに我々の、私の手足となり戦え」
「本来の、わたし……?」
肯定してみせると、少女の瞳に戸惑いが色濃く現れる。
戸惑い、翳り、躊躇。人間であってもレプリロイドであっても、自分という一番信頼の置けるはずの存在が、何なのかも解らないというのはさぞや恐ろしいだろう。まともな身の上では無いことも簡単に予想できるはずだ。
少女が得るものが懐かしくも優しい過去にはならないであろうことを彼は十分に理解していたが、なにも言わない。過去を知り、嘆くも絶望するもそれは個人の勝手だ。
視線を泳がせていたナオトは、やがてゆっくりと低い音声を吐き出す。
「…………今の貴方には従いません。従え、ません」
決定的であった。
氷上の巨大な溝のように割れた間は、もう行き来することはできないだろう。永遠に別たれた道だ。
「ほう。理由を聞こうか」
「……過ぎたことはどうでもいいです。どうしたって戻りませんから。わたしが、……何であっても」
それも彼の想定内のうちであった。その性格から鑑みるに、断る可能性は十分あったのだ。それに彼は元より少女の判断など当てにしてはいない。全てが敵対することを想定したうえでの戦いだ。
「ふむ、それも良かろう。これでお前の素性は永遠に明かされないままかもしれんが……それもまた個人たる者の数多の選択のひとつだ」
彼が知ったナオトの情報。その使い道などまだ他にもあるはずだ。……しかるべき時に有効に活用させてもらうこととしよう。
彼は静かに辺りを見回して、ほんの少し息を吐いた。
現時点での目的は全て達した。もうこの場に用はない。あとはこの者達の為に計画を実行するだけだ。
ナオトが睨みながらも黙り込む中、彼は悠々とした態度を崩すこともなく、ゆっくりと転送装置を起動した。行き先は当然ハンターベースではない。
「ナオトよ……私の考えが理解できないと言うならば、過ちを犯しているというのなら……私の元まで来い。止めてみせろ、エックスと共にな」
「……本気、なのですね」
「無論だ」
その身でどこまで出来るかを見極めてやろう。脆弱な人間と、強靭なレプリロイド。ふたつの本質をもったお前に何が出来るかを、見せてみろ。
転送装置の光が視界を埋めていく。睨む視線はその合間を縫って届く。視界が切り替わる寸前、聴覚野にぽつりと声が飛び込んだ。
「解りました。貴方を止めに……いえ、貴方を殺しに、行きます」
エックス、ゼロ、VAVA、ナオト。反旗を翻したレプリロイド達。
全ての者達の手筈は滞りなく完了した。後はもう、始めるだけだ。
――――『我々』の、未来を賭けた戦いを。
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