電子の申し子
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「エックス、どうしたの?何かあったの?」
驚きに揺れるその問いかけにはとてもではないが答えきれなかった。背後から付いてくるナオトの様子を意識しながら、エックスはとにかく一緒に来てくれと言うしかない。
見慣れた通路を進んでいる今現在。朝のハンターベースはまだ人影が疎らであった。業務開始には少し早く、夜勤明けのハンターやオペレーター、その他のスタッフたちが仕事終わり直前の時間をそれぞれに過ごしている。ナオトも同じく夜間の任務から戻った後のはずだ。
「君も夜勤の直後で疲れてるとは思うんだけど……、その……シグナス達が君を呼んでる」
「? 総監が?」
「……エイリアとゼロもね」
「え?えぇ?! な、なぁに?なにかミスしちゃったかな?報告書の不備とか?もしくは新しい任務のお知らせとか?」
「そういう話にはならないよ」
至極当たり前の受け答えに言葉を濁した。エックスは立ち止まって振り返り、ナオトと目線を合わせる。
少し幼気な雰囲気の、きょとんとしたいつもの顔がそこにある。出会った頃から変わらない、少女の形をした小柄なレプリロイドの姿。明るく穏やかで、いつもにこにこと自分を励まし応援してくれる。ずっと守っていたいものだと密かに思っている彼女が。
その中身が、見た目そのままのものでないとしたら。そしてその事実を知っていて隠しているのならば。
「な、何かわたしの顔に付いてる……?」
ぺたぺたと頬を触り、少し不安げに髪をいじる仕草は本当の少女のようだった。
……今までそんな行動に違和感を抱いたことは無かった。人間のようだと散々言われるエックスだからこそ、ナオトの細かな仕草を普通のことだと捉えていたのかもしれない。何らおかしなものではないのだと。
「いいや、何でもない」
「んん……?」
疑問符を浮かべる表情に背を向け、また歩き出す。
進む先は司令室ではなく、往来のある区画から外れた場所にある。ベース内でも更に他者の目に付きにくく使用頻度の低い会議室だった。
滅多に使われず、会議室としては若干手狭なその場所はハンターベースの中でも機密性の高い場所だ。オンライン回線は敷かれておらず、防犯カメラやマイク類も存在しない。外からのあらゆる電波と音を遮断し、内側からも漏れないよう特殊な処理が施された個室。そのように設計された室内は、外部に洩らせない話をするための場所であった。
がこん、とロックが解除されドアが開くと、室内に居た三対の視線を浴びる。
「……連れて来たよ」
「ご苦労だったな、エックス」
士官服を模した濃紺のアーマーに身を包む、男性型レプリロイドが落ち着いた声音を発する。
彼こそ、数多くのハンターやオペレーター、スタッフ達を統括、指揮するハンターベース総監のシグナスだ。やや険しいながらも精悍な顔付きをした彼は、ミーティングテーブルの奥に掛けている。その脇に日頃からオペレーターを務めるエイリアが座る。少し離れた場所で壁際に背を預けて腕を組むゼロが立つ。
世辞でも明るいとは言い難い三者の空気を眼の前にして、ナオトがひるんだような気配を漂わせた。背後からおずおずとした声が聞こえてくる。
「……お、おはようございます……」
「ああ、おはよう。……早くから呼び出してすまないな。ナオト、実はお前に確認を取らなければならない話がある」
「まずは掛けて頂戴。少し込み入った話になるかもしれないわ」
エイリアが微笑んで着席を促すと、頷いたナオトは素直にイスへ掛ける。
エックスはそのままゼロの真横へ移動した。全員の顔が見渡せる位置だ。
視線をテーブルへと向ければ、エイリアの手元に置かれているファイルに自然と視線が吸い寄せられていく。
「早速なのだけど、これを見て欲しいの」
それなりに量のある紙束が一枚ずつ丁寧に綴じられ、厚みのあるポリプロピレンのカバーが覆っている。少し古いもののようではあるが、ごく普通の事務用ファイルだ。
そのファイルがナオトの手へ渡っていく。
「これは昨日、ハンターベースの私宛に届いたものだ」
「総監宛に? と、届いた……とは?」
「信じられないでしょうけれど、本物のペーパーよ。それがパッキングされた状態で『郵送』されてきたのよ」
「ゆ、郵送……?」
「ああ。郵送だ。差出人は無記名だったがな」
情報のやりとりはほぼ電子で行われる。それは今の時代かつレプリロイドであるならば当然のことだ。
ネットワークが張り巡らされ、個体同士の相互通信機能が標準化され、さらには各々で携帯端末を所持することもできる。都市の至る所に整備されたデータバンクはあらゆる非常事態に備えた設計がされており、半永久的に大量の情報を保管できる。
それ故に、紙媒体が使われる場面は少ない。代替品は数多く存在するが、資源が限られている以上こうしてふんだんに使われることはないのだ。―――レプリロイドであるならば。
紙を好んで使用するのは主に人間達だ。紙の書籍、手帳、日常的なメモ、それから重要書類に至るまで。古来より慣れ親しんだそれで、たくさんのものを記す。データという見えないものよりも、物理的に手元にある方が安心できるのかもしれない。
ナオトは困惑しきった顔で、のっぺりとしたファイルの表紙に視線を落としている。
「妙だとは思ったが、このような物が直接送られてきた以上は無視することもできまい。虚偽である可能性は充分にあるが……。お前に関係する内容だ」
「全て読むのは大変でしょう。ざっとでいいから目を通してみて」
「は、はい……」
恐る恐るゆっくりとした動作で紙が捲られる。微かに息を呑む声が聞こえてきたような気がした。
エックスは、アイカメラを動かすナオトの表情をじっと見詰める。シグナスの言う通り、あのファイルの内容は彼女に関係したものだった。
―――もしかしたらナオトはレプリロイドではなくて、本当は人間なのかもしれない。
エックスとゼロは今回の件に関して、一部を既に知らされていた。それは二人が最も長く彼女と接してきたレプリロイドであり、彼女のパーソナリティや思考の傾向を誰よりも心得ているためだった。
ナオトに関して、今までの言動に違和感はあったか?初期から現在までのメンテナンスで異常はみられなかったのか?等々、いくつかの質疑もされている。エイリアにより、現時点でベース内に保管されている過去のデータも洗いざらい調べられたはずだ。
―――もし本当なら……人である自覚があったのなら、一体どんな気持ちで生きてきたんだろう。
あのファイルは、実に淡々と事実だけを並べていた。内容を知らされて青ざめたエックスの横で、ゼロですら渋面を作っていたのだ。
あれはいわゆる結果報告書だ。それもおそらく、複数あるうちの一つ。
人体の基幹部分の『加工』から始まり、電子頭脳への適合方法、レプリロイドの機体を流用した構造の大まかな概要。人の精神をプログラムとして構築する方法、記憶のデータ化と消去、上書き。
顔が隠された幼い子供と思われる写真が添付され、さも当然であるかのように『対象者』と淡白な文字が記される。
良く見知った造作の少女型レプリロイドの全身図と共に、対象模倣型擬似レプリロイドver14.1.15.20と仰々しく銘打たれていた。
―――彼女は、おれ達と今まで通りの関係で居てくれるだろうか。それとも、やはり違う存在だからと距離を取られてしまうのか。
異質な者がここに居るという事態が何を招くのか予想もできなかった。いや、予想したくなかったというのが本音だ。
エックスが小さく、しかし深く息を吐いたとき、隣の青いアイカメラがこちらを一瞥した。
(どう思う?)
ゼロが通信回線越しにそう言ってきた。主語の無いその台詞でも言わんとしたことはすぐに理解できる。エックスはぎゅっとアイカメラを眇め、返答に少し悩んでしまった。
(……彼女の話を聞いてみないことには、真偽の程も解らないよ)
(そうだな。ナオトに自覚があるのなら、だが)
(君は冷静だね。ゼロ)
(それなりに驚いたがな。事実だとすれば、こいつの隠し事はこれだったのかと合点がいった)
(……隠し事)
組まれた赤い腕の上で、手持ち無沙汰に白い指が動く。逸らされた青い視線はちらりとナオトを見る。
(誰にでもあるだろう。その一つが表に出てきただけだ)
(だとしてもあんまりだ。これが本当なら、ナオトはずっと普通のレプリロイドのふりをして活動してきたことになる)
(普通のふり、か。……そうだろうな)
(おれ達にとってもつらい戦いが多かったのに)
立て続けに起こるイレギュラーの発生や度重なるシグマの出現も、簡単に言い表せる経験ではない。もしも彼女に自覚があって、こんなに大きな隠し事を抱えつつ困難な戦いに挑んでいたとしたら、その胸の内は穏やかではいられなかったのではないか。
ゼロのアイカメラがどこか遠いところを見詰める。考え込んでいるようで、しばらく双方に無言が流れていく。
誰も何も発言しなかった。紙を捲る音と微かな空調の音、表現し難い重苦しさだけが狭い空間に広がる。
あのファイルをナオト本人に見せることは、正解なのだろうか。もっと違うやり方があったのではないかと考えてしまう。しかし、これ以外の具体的で的確な代案は思い付けない。結局は本人に確認を取り、情報をすり合わせるしか無いのだから。
(……エックス、お前はお前の思うように動けば良い。こいつにはそれが一番効くだろうからな)
(……)
何も返せないまま黙り込んでしまった。視線が下がり、自分の青いつま先を見詰める。
―――おれの、思うように。
しかし実際のところ、どんな態度を取ればいいのか、どんな言葉を掛ければいいのかなど見当もつかなかった。
あのファイルの内容が、どうしても冷静な判断を妨害してくる。あれを読んだ時の感情が胸騒ぎのように煩いまま、思考がちっとも纏まってくれない。
嘘であればいいのにと思ってしまった。たかが紙束ひとつで関係性が崩れるなんてことは起きてほしくないと、そんなことをずっと悩み続けている。
「……あの……なんですか? これ?」
『!』
数分経った頃、ナオトが沈黙を破った。
その場に居た全員の表情が素早く動く。エックスは内心驚きながら、すぐそこの少女の顔を見つめる。同じようにゼロも視線を向けているのが解った。
「すごい書類ですね。びっくりです」
ナオトは先程までとはうって変わって、困惑も驚きもしていなかった。ショックを受けた様子は見られず、どことなく冷淡だった。眉根を寄せ、何らかのふざけた奇怪な物でも見るような視線で紙面を追っている。時偶、記載された内容に首を傾げているようにも見えた。
「だがこんなものが出てきてしまっては、事実確認をせざるを得ない。悪戯にしてはあまりにも手が込んでいるからな。……本題に入るが……内容に心当たりは?」
「いいえ」
シグナスの静かな言葉に、ナオトは首を振る。はっきりと告げられた否定の言葉に、エックスは幾分か安堵していた。
「初めて見ました。こんな物をわざわざ紙にプリントアウトして送ってくる暇なひとが居るんですね。そちらのほうが驚きです」
そう言いながら、気が抜けた調子でぱらぱらと紙を捲る。困ったような、鼻で笑っているような見慣れない表情をしている。
「えっと……た、対象、なんとかレプリロイド?初めて聞きました。丁寧にバージョンまで……14.1.15.20って……どう読むんですか?なんだか恥ずかしい空想設定みたいじゃないですか。映画にしたほうがウケが良いかもしれませんね」
半笑いで読み上げる声音は冷たく、珍しく苛立っているようだ。
「そんなものがあるなら、もっと世間に情報が出てるんじゃないでしょうか?聞いたこともないですよね。……わたしに向けた嫌がらせのように思えました。誹謗中傷ですよ」
ナオトはずいぶんと饒舌だった。鼻で笑うような表情も畳み掛けてくるような口調も、あまりにも彼女らしくない。本当に冷静なのだろうか。
そんな様子を観察しながらエックスは内心で首を傾げる。隣のゼロが僅かにアイカメラを細めたような気がした。
「そうか、ならば質問を変えよう。……お前は、人間だったのか?」
「……本気にするんですか?この内容。こんなところに普通の人間なんて居るはずないのに」
やはり淡々とした声が、静かな室内に響いた。僅かな空調の音だけが、聴覚をやけに刺激してくる。
―――いや、違う。
エックスにとって、それは彼女なりの拒絶のように思えた。肯定か否定か、どちらかと言うと否定。しかしこれはどうにも様子がおかしい。
一歩引いてみれば、焦って言い訳を並べ立てる子供のように思えて、しかし反ってファイルの信憑性を高めてしまったような気がした。動揺を押し殺して何事もないように装い、大人のふりをしているだけの子供のようではないか。……確証はない。ただそう感じただけだ。
ほとんど黙ったままナオトの言い分を受け止めていたシグナスは、ひとつ頷いて口を開く。
「成程、お前の考えは把握した。……だがしかし、このような形で情報が出てきてしまった以上、放置するわけにはいかない。後日、お前のボディの精密検査を行う予定だ」
「精密、検査……」
これは当たり前の判断といえるだろう。そして拒否権のない、有無を言わせぬ上から下への通達でもある。
そのときエックスは、ほんの一瞬だけナオトの表情が強張ったのを見てしまった。一秒にも満たないおびえた顔付きが、思考に強くこびり付く。
静かに会話を聞いていたエイリアが、眉を下げて会話に加わる。
「心当たりが無いのなら、貴方はいつも通りでいいのよ。このファイルの内容と貴方のボディの状態を照らし合わせるだけだから」
「う、うん、……はい、了解しました……」
困惑した様子がまた戻ってきた。冷淡さも苛立ちも薄れて見えなくなったが、違和感ばかりがこびり付いている。行き場のない陰鬱な気持ちが強く残る。
この重苦しく不穏な空気は、おそらく誰もが感じているものだろう。エックスは無言で隣のゼロに視線を投げたが、今度は通信回線からの発言が届くことはなかった。海のように沈んだ青の視線とかち合った後、小さく肩を竦められただけで終わった。
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