ヘヴンリーブルー:逃避
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自分が管理するこの都市[−−−−−]が放棄されてから、かなりの時間が経った。本当は正確な年数何もかもを覚えているのだが、思い出しても嫌な気分になってしまうから深く考えるのを止めている。いつまでも取り残されて、出ていくことも消えることも許されない。管理用AIである自分は都市に縛られ続け、都市といっしょに朽ちていくのだと思う。
廃墟の群れを、たくさんの野外カメラを使って見渡す。
縦に階層が積み重ねられているビルが連なっていて、空へ伸びている。年々少しずつ、寂れて錆びれて緑に飲み込まれていくそれを何となく撮影していた。冷たいガラス窓の合間を飛んでいく沢山の鳥、建物のあいだを真っ直ぐにすり抜けてくる薄黄色い陽の光、地面の亀裂から漏れてくる青くて透明な地下水。そういうのを見て回って過ごしていた。
観察と監視と、それからただの暇つぶしだ。自分はただのAIでボディすら与えられていないし、中枢のメインコンピュータから外を覗き見する程度で暇つぶしが済んでしまう。リモート操作の小型メカニロイドを出す時もあったけど、なんとなく面倒くさいときもあった。
今はもうサポートするべき人間達がみんな他の場所へ移り住んでしまったから、かなり気楽なものだ。適当に、どこかから入り込んできたイカれたレプリロイドやボロボロのメカニロイド、小さい動物が動き回っているくらい。
本来なら地上に張り巡らされたネットワークの海がここまで繋がっていたけれど、外界との通信が途絶して長く経つ。要するにオフライン。申し訳御座いませんが、今後も復旧の目処は立っておりません。……きっと本当の本当にここは捨てられてしまったんだろう。
ある時、街の外れに何かが居るのが見えた。人の形をしているものが、ふたつ。個体識別信号は感知できない。
距離があったのでしばらく静観することにした。ここの近くで見掛ける人型の者はだいたい明確な意志を持っていなくて、ただうろついて物を壊したり、淡々と動き回ったりしているだけだった。だからこのふたつの人型もそういうたぐいなのだろうと思っていた。
しかし、そのふたりは思いの外しっかりとした足取りで草の生えた地面を踏み締め、迷いなくこの街の方へ進んでいた。
ここでやっと、彼らは本当のお客様なのだという認識へ切り替えて、案内をするための小型メカニロイドを起動した。浮遊する小さな鳥の姿を模した機械が、自分の目となり耳となりお客様を誘導すべく飛び立っていく。
カメラを鳥の機体のものに切り替え、彼らの元へ向かう。野生の鳥達の後ろを進み、蔦が絡まる標識を越え、距離が縮まっていく。
ふたつの人型は、少年と少女の形をしていた。大人とは言えない身体つきと背丈がふたつ。小綺麗な服装にバックパックを背負い、ゆっくりと歩いている。
着地地点を定める。お客様の三メートル程度手前の位置へ、羽根を畳んで降り立とうとした寸前、少年がこちらへ真っ直ぐに右手を差し伸べる姿が映り込む。それから、ばしゅん!と乾いた音が静寂を裂いて、光の筋が一直線に伸びる。
それはおそらく銃声だった。映像が大きく乱れ、鳥の機体が地面へ落下する。撃墜された、と感じた。
飛行不可。エラー。機体損傷率三十パーセント。傾いだ視界の向こうから近付く足元が見え、カメラが上向きに動かされる。
「ああ、敵かと思った。違ったみたいだね」
穏やかではあるが冷淡な声を拾う。濃い色の髪と整った造形、緑の眼の少年が、無表情でじっとこちらを覗き込んでいる。髪の隙間から、無機質なイヤーパーツが垣間見えた。アーマーを纏ってはいないものの、彼は人間ではなくレプリロイドのようだ。
―――ようこそ御出で下さいました。お客様。こちらは[−−−−−]の都市管理AIです。[−−−−−]とお呼びください。
合成音声で出迎えの言葉を告げるが、削除された固有名詞を発することができず、ノイズの嵐が時折飛び出す。
どうやらこのレプリロイドの少年は、自分のこの機体の動きを敵対行動だと認識したらしい。確かに急激に距離を詰めすぎたかもしれない。反省点として、今後の行動パターンを修正する。
「質問なんだが、いいかい?」
―――構いません。どうぞ。
「現時点で、この街に滞在する正常なレプリロイドの数は?」
―――零です。現在、こちらに居る機械達は、
「では、イレギュラーハンターが来たことは?」
―――外部とのあらゆる連絡が途絶されてから[−−−−−]時間余経過しており、以降公安の方々はお見えになっておりません。
「そうか、じゃあ安心だ。あの子も一緒に数日滞在したい。どこか手頃な建物はあるかな?案内を頼む」
―――承りました。ご案内致します。新しい機体が参りますので、しばらくの間お待ち下さい。
すぐに別の個体を起動させて、お客様の元へ向かう。次は先程よりもゆっくりと近付き、着地はせずに空中で静止する。
久々の出番だ。これ以上なにか失礼があってはならない。快適な滞在となるようできるだけ力を尽くそう。
二人が歩み寄ってくるところを観察しながら、目的地への誘導を開始した。
空は澄んでいて、たくさんの野鳥の声がしていた。舗装が剥がれ、木の根が飛び出た幹線道路の脇を進む。あちこちに草が生え、小さな花が咲いている。緑が青々と生い茂る様は美しいけれど、街並みが飲み込まれていく姿は寂しさを煽る。
「足元に気をつけて。アスファルトが崩れているから」
「……」
少年は同行者へ柔らかな声を掛けた。
反応を示さないその少女は、上着のフードを目深に被っていて、その隙間から滑り落ちる髪が更に表情を隠している。少年が手を引いていなければ人形か何かかと錯覚しそうなほど静かで希薄だ。レプリロイドではあるようだが、エネルギー反応が小さく弱々しい。動力炉の不具合だろうか、後で改めてメンテナンスの提案をしてみよう。生きている施設がまだあったはずだ。
自分が鳥の機体を操り、その後ろから付いて来るふたりを意識しつつ、周りの警戒も怠らない。
―――到着まであと三分です。危険性のあるイレギュラー反応は現在ありません。
「了解。このまま進もう」
たどり着いた目的地は、過去にとある公安の組織が拠点の一つとして利用していた事務所跡だった。外観と内部は他のビルのように緑の植物に覆われつつあるものの、造りが頑丈なお陰で崩落もしておらず、最低限のエネルギーが通っている建物。三つの階層、地下には避難用シェルターと緊急用物資が残された倉庫もある。どちらも辛うじて無傷ではあるが、ここは少し問題があった。けれども残念ながら、これでも他のビルよりはマシなのだ。
「驚いたな。こんな施設、まだ残っている場所があったのか」
エントランスホールへ足を踏み入れた少年がそう言った。割れたガラスの天井から陽光が差し込んでいて、照明が無くとも明るかった。
少年の視線は足下に向いている。ひび割れて煤けた床材には、アルファベットをあしらった特徴的なエンブレムが描かれている。経年劣化のため掠れが酷い。
ホールのすぐ横、来客用受付カウンターの前で、自分は機体の動きを止める。少年も立ち止まり、手を引かれる少女も無音で停止する。
―――この場所は、かつて[−−−−−−]が所有していました。大戦終了後、組織が解体された際に管理者が変更され、再利用されることとなりました。
「なるほど、そういうことか」
―――しかし、年月を経て現在、二体のレプリロイドと三体のメカニロイドが徘徊しています。いずれも攻撃性は有りません。上階の、問題無く施錠できる部屋へご案内します。
自分がこの街全ての警備システムを問題なく機能させることができたのなら、すぐに機械達を排除できただろう。けれどあいにく、老朽化と機能不全で動かせる物は限られてしまっている。今使用しているこの鳥型の機体か、せいぜい荷運び用の小型メカニロイドくらいだ。
「……ここ以外で他に使えそうな場所は?」
少年の声は淡々としていた。穏やかな声色の裏側に、何か奇妙な冷たさが見えた。
―――申し訳ありません。市内のどの建物も劣化が酷く、滞在に適した状態に有りません。
「なら仕方がない。五つ程度なら、おれが全部処分してくる」
―――…………。
処分?彼は今、処分と言ったのだろうか。簡単に告げられた二文字に困惑した。
少年の姿をまじまじと見詰める。当の本人は、カウンター横に掲示されている古びた施設の案内図を凝視している。瞬き一つしていない。
この少年はずいぶんと小柄で細身だ。おそらくは家庭用で、護衛程度の戦闘ならばこなせるかもしれないが、上に居る物たちに対してそれでは刃が立たない。先程撃ち落とされたときの武器も、銃声から察するに携帯式の銃器である可能性が高い。あれらを倒せるほどの出力があるかは疑問だ。止めなければ、彼は上の物たちに破壊されてしまう。
―――…………上階のレプリロイドやメカニロイドはフロア警備専用タイプです。加えて通路は狭く、戦闘には不向きでしょう。戦闘を回避しながら部屋に入ることを提案します。
「……、」
顎に手を当てながら少年は天井を見上げていた。視線は天井を通過して、上に居るであろう機械達の様子を伺っているようにも思えた。なにか索敵用のセンサーを備えているのか。護衛ができるのならおかしくはないが。
少年は首を振った。
「この子に危害を加えられる可能性はできるだけ排除しておきたい。すぐ済ませてくる」
―――…………ですが、
その言葉は確信に満ちていて、何も返せなくなる。人やレプリロイドで言うなら、『口ごもる』というやつ。
少年の態度の中にあるものは、排除できる『自信』ではなく、しっかりとした『確信』だった。
「君はこの子を見ていてくれないか?」
―――…………。了解しました。くれぐれも無理はなさらぬよう。手の打ちようがなければ、すぐに引き返してください。
「ああ。ありがとう」
圧されるように仕方なく頷いてしまった。
それから少年は、立ったままの少女へ向き合って再び手を引いた。受付カウンターの内側へ少女の体を押し込み、その場に座らせる。少女はやはり何も言わず従順に動く。あえてセンサー類で捜索しようとしなければ、外から一見しただけでは誰かが潜んでいるとは気付かないだろう。
「うん、そう。良い子だね」
続いて自らが背負っていたバックパックを下ろし、中から何かを取り出した。その荷物も少女の隣へ押し込む。
「大丈夫、すぐ戻るから」
「……」
フードの下から覗き込んで、微笑みながら少女の頬を撫で、そっとハグをする。一瞬、その頭部がピクリと動いたのは、気のせいだったのかもしれない。
少年はカウンターから出ると、再び天井を見上げた。その手には、やはり予想通りのハンドガンがひとつ。もう片手には、金色をした円筒状の物が握られていた。握った手よりはみ出す長さのそれは、全体が金属製のようで、片側に目印のような赤い突起が付いている。ハンディタイプのサーチライトのようだった。
「彼女を頼む」
―――了解です。
ぶぉんと低い音が鳴った。無表情へ戻った少年の横顔が、瞬時に淡いグリーンの輝きに照らされる。光が集束し、鋭い刃の形を作る。
サーチライトのように見えたそれは、少年が持つには不釣り合いな、明らかに戦闘用と思われるビームセイバーだった。
2へ。
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