ナチュラルボーン
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朝起きて調子が悪かったので、メンテナンスルームに来た。対応したライフセーバーから淡々と『風邪』ですね、と言われ、数秒理解できずに固まった。遅れて脳内がその言葉の意味を噛み砕いて、そうですか、と鈍った返答をどうにか捻り出した。
この場合の風邪というものは、当然ながら生身の人間が掛かるそれではなく、『ウイルス感染ののち、疲労やエラー等の様々な要因が重なりすぎた結果、内部のセキュリティがそれをブロックしきれず、認識機能の低下や機体の発熱、平衡感覚の狂いといった機能不全の症状として現れる』ことを端的に表現したものだった。いわゆるスラングだ。
ちなみにこのウイルスは、定期的に出没するシグマのそれとは全く無関係の、ごくありふれた一般的なコンピュータウイルスのことを指す。
「ワクチンプログラムをインストールしましたので、あとは時間が経てば問題ないでしょう。……珍しいですね、あなたがこういうものに掛かるとは」
「あはは……ですね、わたしも驚いてます」
苦笑された言葉にまた自身も同じく苦笑で返す。風邪なんてそういうものもあったなぁ、とナオトはぼんやりと思考した。
「今日はしっかり休まれた方が良いですよ。メンテナンスベッドは利用されますか?」
「……いえ、自室で休みます」
「解りました」
しばらく適当に一言二言を交わす。司令部にはこちらから連絡しておきますよという言葉に甘えつつ、ついでに診てもらおうとアーマー類も全て預け、ようやくメンテナンスルームを後にする。
ただひたすら、鈍る思考を会話に費やすのが億劫だったし、なるべく早く自室へ戻って寝てしまいたかった。ぽつぽつと視界の内に表示されるエラーを鬱陶しく感じ、一纏めに非表示にしてしまった。
自室へ向かう道すがら、すれ違うレプリロイド達から心配そうな顔を向けられる。
「おや?ナオトちゃん、私服なの?あらら、顔色が……」
「大丈夫ですかね?エックス隊長呼びます?」
どうして今ここでエックスの名前が出てくるんだろうかと考えて、また億劫になってそれを止めてしまった。思考放棄ではあるが、とにかく今は眠りたい。
「……ちょっと風邪でお休みを頂きまして。一人で部屋に戻れますから、大丈夫ですよ~」
「風邪かぁ。気を付けて帰ってね」
「おぉう、お大事にー」
「はあい、ありがとうございます~」
このあと何人かに話し掛けられた気もするが、以降は頭痛が強くて何を話したのかが曖昧になってしまっている。これは本当に人間が風邪をひいたときのようではないか。自分にはそんな経験も記憶も無い……はずなのだが。
純粋なレプリロイドならこの症状も自分とは異なる症状で現れるのだろうか? 生粋のレプリロイドなら、自室の柔らかい布のベッドよりメンテナンスルームのポッドやベッドを選ぶのだろうか? 結論のない考えに脳内が揺さぶられる。
無意識のうちに居住区画の自室にたどり着いていて、部屋の中を見渡した途端に安堵する。小一時間前、朝に目を覚ました時と大差ない景色だった。
「……うーん、暑くなってきたような」
頭痛に加えて、おまけに発熱もしてきた気がする。ワクチンは入れたが、ラグだろうか。クールダウンが上手くいかない。
いつもよりもはるかにゆったりとした動きで移動して、すぐ側のソファに座ろうとする。それよりも先に、平衡感覚に嫌なズレが生じた。
「わあー」
視線が振れ、音が遠くなり、視界の中を色とりどりのノイズが埋める。深刻なエラーが発生しました。身体が床に倒れたであろう衝撃と揺らぐ音が頭痛に上書きされて、たまらず顔を顰めた。深刻なエラーが発生しました。床が冷たくて気持ち良い。
周りに誰かが居たら驚かせてしまっていたかもしれない、ここが自室であって良かった。と、そう思いながら気力を振り絞ってソファへ這い上がる。深刻なエラーが発生しました。何処かからの通信が入ったような気がしたが、それを確認する余裕もなく視界は完全に暗くなってしまった。
ナオトは風邪で休みだ、とエイリアから言われて、そのまま反射的に『風邪?』と返答していた。
「ええ、今朝連絡かあったのよ。珍しいわよね。大した事はないと言われてはいたけれど、少し心配だって言ってる人もいるし、後であの子の様子を見てきてもらえないかしら。ちょうど休暇も溜まっているでしょう?こちらでスケジュールは調整しておくから、あなたも安心して休んで頂戴。大丈夫、問題無いわ。……よろしくね、エックス」
特に意見を述べる間も無く畳み掛けるように告げられ、流されるままにオペレータールームを後にしてしまった。エイリアが妙に穏やかに微笑んでいたのはなぜなのだろうか。見舞いにかまけて、半ば強引に休まされたような気もする。
エックスはよく解らないまま、とりあえずは一旦自分の部屋に戻ろうと考えた。他のハンターやスタッフ達が忙しなく行き交う通路を歩き出す。その横には、いつの間にか現れて話を聞いていたアクセルが真剣に首を傾げていた。
彼は休みではないはずだが、当たり前のように後を付いてきている。
「うーん……もしかしてエイリアってあのスレ見てたりするのかな?」
「え?あのすれ?」
想定とはやや外れた発言内容に思わず聞き返す。すれ、とは何かの単語、略称だろうか。あまり聞き慣れない言葉の意味を問うが、なんでもなーいと軽く返されて終わる。
何事もなかったかのように眼前の緑色のアイカメラが瞬いて、その表情に少し楽しげな感情が乗ったことに気づいた。
「それよりさ、エックスはこれからナオトのとこ行くんでしょ?」
「ああ。とりあえずはね。休暇ということになったし」
「しっかり休んでるか見張っといてよ。『平気だよー』なんて言ってさ、呑気に部屋の掃除とかやってそうじゃん?」
「はは、彼女ならやりそうだ」
「だよねー!」
エックスが少し苦笑して見せると、アクセルも同じように笑う。ふと、この後輩に対して随分と落ち着いた態度を取れるようになってきたものだと今更ながらに思った。
「あ、そっか。そしたら午後は別のヒトと行くことになるのかなぁ。ゼロは今日は別任務だし」
午後からはアクセルと共に郊外の巡回の予定だったのだが、おそらくは別のハンターが同伴することになるだろう。
「でもこっちは任せといて!イレギュラー出てもちゃあんと対処するからさ!」
「また調子に乗って……。おれ達の時みたいに他のハンターがきちんとフォローしてくれるとは限らないだろ。普段の任務でもしっかり気を引き締めていかないと、」
「大丈夫!これでもみんなと連携取るの上手くなってるんだからね!エックスだって解ってるでしょ?」
それはもちろん解っている。小さく溜め息をついた。
ハンターベースへ転がり込んできたあの時、入隊したてのあの時期よりも着実に実力を伸ばしているのは解っている。新米だった頃の自分よりも、彼の成長ぶりは目を見張るものがあるわけなのだが、しかしそれはそれとして。
「だからこそ油断は禁物だって言ってるんだ。不必要な戦闘はなるべく避けて、一人で先走るのはやめるように。始末書が増えるような行動もするなよ。後が大変だぞ」
などと、どうしても小言のようになってしまうのだが、良くも悪くもこの手のやりとりに慣れてきてしまっているのか、アクセルが楽しげな顔を崩すことはない。この雰囲気を見ていると、やはり不安になってしまう。
「心配してくれてるのは凄く嬉しいけどー!……そんなことよりさ、こういうシチュエーションってアレだよアレ!!」
にんまりとした笑いのような、悪戯っぽい含みが強くなったことに気づいた。これは彼が何か厄介なことを思い付いた時に作る面持ちだということは、短い付き合いの間に把握している。
一瞬、彼の視線が、周りの目を伺うようにサッと周囲を巡るのが見えた。何だろうと怪訝に考えた直後に、とっておきの内緒話でもするように通信回線に飛び込んでくる、眼前の少年の弾んだ声。
(チャンスじゃん!!)
(えっ……な、何だよチャンスって)
キラキラ、というよりは爛々と輝くアイカメラが、真面目なのかそうでないのか判断に困る表情を作り始めた。……いや、もしかしたら真面目ではないのかもしれないが、声音ばかりが真剣味を帯びている。
(看病のドサクサに紛れてキスしてみるとか?)
何を言い出すかと思えばこれである。さっと自分の顔に熱が集まる感覚がして、慌てて声を荒げた。
「はあ!?な、なんでだよ!!するわけ無いだろ!!」
「あっはっは!声に出てるんですけどー!?」
「こ、こら!!アクセル!!」
「じゃあねー!僕、これから出るからー!エックスも頑張ってねー!!」
何を頑張れというのか。ぶんぶんと片手を振りつつ笑いながら去っていく逃げ足の速さに半ば呆れ、何事かとこちらを見てくる周囲の視線に更に気まずくなり……とりあえずはこの場から離脱することを選択する。
「あー、もう……まったく……!」
まだ何もしていないというのに、ただひたすらに恥ずかしさと脱力感だけが残っていたのだった。
「今の見た?なんか知らないけどエックスさんがからかわれてる風景が見られるなんて……!あとで例のスレに報告しとこ」
「てぇてぇですね……ほんまに仲良くなれて……自分、泣けてくるっす。隊長があんな当たり厳しくて、一時はどうなるかと思ってたし」
「ホントね~。あれはアクセル君の入隊するタイミングが悪かったのよ。もうちょいエックスさんのメンタルが安定してるときに来てればまた違ってたんじゃない?」
「ですなぁ。今となっては丸く収まって良かったですよ。しっかし、隊長が口煩いオカンみたいになってきてるのはマジ面白いすわ」
「ね。何だかんだ言って面倒見てるし。あの三人の輪の中に入っていって仲良くなりつつあるし。……今日も推し達が輝いてて眼福だわ!」
「ついでにアクセルのやつ、このまま隊長とナオトさんがくっつくように上手く仕向けてくんないですかねー……」
「それは……難しいわねえ……本人達次第かなー……」
「……まー、そっすよね……」
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