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1、プロローグ

ウーイーファンの場合



行くつもりなんてない。

そもそも、あの時だってどうして行ったのか分かんないくらいなのに。今更再会したって、哀れなだけだ。


中国とカナダを行ったり来たりしていた子供の頃、どこにも馴染めずにいる自分が、酷く惨めに思えた。
今だってそうだ。

両親の離婚を期に、俺は母親と二人、中国に基点を置くようになった。
病気がちの母を養うために、様々な仕事をしてきた。唯一執着していたバスケは肩を壊して諦めた。高校なんかは途中で意味がなくなって中退した。成人した頃、容姿のお陰か夜の世界に入り、以降はどっぷりと浸かっている。
お陰でお金に苦労はしなくなったが、どの面下げてアイツらに会うっていうんだ。
あの頃すでに眩しく光輝いていたアイツらは、きっと今も真っ直ぐに育ってるに違いない。

置かれた状況を嘆くことなんてないが、昼間の光は俺には眩しすぎる気がした。
特にあいつの光は。


慣れない英語で懸命に話しかけてきた幼い瞳を思い出す。
その瞳は責任感に輝いていた。
流れで中国班の班長を任された俺は、問題を起こさない程度に適当にこなした。
あの数日で、賑やかなのも悪くないと思ったが、帰ってくるなり母が電話で父と揉めているのを目の当たりにして、酷く寂しくなったのを覚えている。親権だの養育費だの。着いたと思っていた決着は、まだだったらしい。

何者にもなれない自分。
どこにも属せない、半端な存在。

自分の母国がどこで、自分が何人なのかも分からなかった。カナダでは中国人と蔑まされ、中国ではカナダ人と線を引かれた。

少しは強くなれたような気もする。
いや、慣れただけなのかもしれない。
もしくは諦めただけ。

考えたって答えの出ないことを考えるのは、昔から得意じゃなかった。
それよりは今を。
くだらない今をそれなりに生きる方が合っている。



行く予定もないのに、その約束を忘れられないでいる俺は、やっぱりどこか中途半端な気がした。


行くつもりなんてない。
行けるはずがない。
行けるわけがない。
行けない。

いや、行かない。


鏡の前の自分に言い聞かせて、俺はきらびやかな戦闘服に身を包んだ。




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