1、プロローグ
キムミンソクの場合
見上げた北京の空は、今日も鈍く光っている。
単身で北京に来て、もう3年以上が過ぎた。
進学先に北京を選んだ俺を、両親も弟も"やっぱり"って顔で見ていた。そんな顔をされるほど俺は家族に心配かけていたのかと、その時初めて気づいたんだ。
1才の時、親の仕事の都合で北京に渡り、小学校五年までの約十年を北京で過ごした。弟は北京で生まれたし、俺はこのまま北京で過ごすのだと思っていた。韓国は祖父母が暮らす街で、俺の住むところではない、と。
それなのに急に帰国が決まり、一家は韓国へと帰ることになった。
それは小学校6年生に上がるときだった。
家では韓国語を話していたから言葉に不自由はなかったけど、やっぱり俺には北京語の方が合っているような気がして。
人も街も、北京の方が好きだった。
いつまで経っても馴染めない、いや、馴染まない俺を両親はとても心配していたのを知っている。
そんなときだった。
大使館の知り合いを通じて『星の学校』に参加しないか、と誘いが来たんだ。
今年から中国の子供達も数名参加するから、言葉の分かる子がいると助かるって理由で。
俺はその時北京語に飢えていて、人見知りな癖に二つ返事で頷いて両親は酷く驚いていた。
そうして弟のジョンデと一緒に参加したそれで、俺とルーハンは出会った。
そいつが話す少し巻き舌の北京語に、酷く心が踊ったのを覚えている。
見上げた空に大きく掲げられていた広告写真を見て、懐かしさを覚えた。
『ミンソガ』と覚えたての韓国語で話しかけてきたルーハンの笑顔を思い出す。
こっそりと抜け出し、久しぶりに聞く北京語で今の北京のことをたくさん聞いた。
ルーハンは楽しそうに話してくれて、俺はやっぱり北京に戻りたいと思った。
雑多な空気も、きらびやかな電飾も、捲し立てるような人々の会話も、どこまでも続く広大な国土も。
俺はそっちの方が好きだった。
久しぶりにルーハンを見たのは、北京に渡った年のことで。四角いブラウン管の中で歌うそいつを見て、俺は思い切り目を見開いた。
ルーハンという名前も、キラキラ光る丸い瞳も、俺が知っているルーハンで間違いないと思った。
"期待の新人アイドル"なんてキャッチフレーズを付けたルーハンは、瞬く間にスターダムへと伸し上がっていった。
テレビも街もあっという間にルーハンで溢れて、否が応にも目に入った。目に入れば、自分との違いを感じて、10年前にした約束を思い出す。
あの頃は何も考えずに、ただルーハンとの再会を夢見ていた。再会して、また楽しく話をできれば、なんて。
だけど今のルーハンは俺の手の届かないところにいて。自分との立場の違いに、虚しさが胸を覆う。
北京に来ればルーハンに会えるかも知れない、と考えなかったと言えば嘘になる。
どこかで偶然出会って、驚くルーハンに『こっちの大学にいるんだ』って言って悪戯に笑い合うことを夢見なかったとは言えない。
だけどもう、その夢も叶わないだろうとため息を溢した。
ピロリンと鳴って携帯がメールの受信を知らせた。
弟からのそれは、開かなくても分かるような気がした。
『8月8日帰ってくるよね?』
ため息をひとつこぼしてメールを閉じた。
重い重い腰を上げて返事を返せたのは、半日が経ってからだ。
『どうするかなぁ』
『えー!一緒に行こうよ!』
ルーハンが来るとは思えなかった。
ルーハンが来ないなら意味がないと思った。
俺はまだ、迷っている。
通りがかった店先からはルーハンの歌声が流れていた。
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見上げた北京の空は、今日も鈍く光っている。
単身で北京に来て、もう3年以上が過ぎた。
進学先に北京を選んだ俺を、両親も弟も"やっぱり"って顔で見ていた。そんな顔をされるほど俺は家族に心配かけていたのかと、その時初めて気づいたんだ。
1才の時、親の仕事の都合で北京に渡り、小学校五年までの約十年を北京で過ごした。弟は北京で生まれたし、俺はこのまま北京で過ごすのだと思っていた。韓国は祖父母が暮らす街で、俺の住むところではない、と。
それなのに急に帰国が決まり、一家は韓国へと帰ることになった。
それは小学校6年生に上がるときだった。
家では韓国語を話していたから言葉に不自由はなかったけど、やっぱり俺には北京語の方が合っているような気がして。
人も街も、北京の方が好きだった。
いつまで経っても馴染めない、いや、馴染まない俺を両親はとても心配していたのを知っている。
そんなときだった。
大使館の知り合いを通じて『星の学校』に参加しないか、と誘いが来たんだ。
今年から中国の子供達も数名参加するから、言葉の分かる子がいると助かるって理由で。
俺はその時北京語に飢えていて、人見知りな癖に二つ返事で頷いて両親は酷く驚いていた。
そうして弟のジョンデと一緒に参加したそれで、俺とルーハンは出会った。
そいつが話す少し巻き舌の北京語に、酷く心が踊ったのを覚えている。
見上げた空に大きく掲げられていた広告写真を見て、懐かしさを覚えた。
『ミンソガ』と覚えたての韓国語で話しかけてきたルーハンの笑顔を思い出す。
こっそりと抜け出し、久しぶりに聞く北京語で今の北京のことをたくさん聞いた。
ルーハンは楽しそうに話してくれて、俺はやっぱり北京に戻りたいと思った。
雑多な空気も、きらびやかな電飾も、捲し立てるような人々の会話も、どこまでも続く広大な国土も。
俺はそっちの方が好きだった。
久しぶりにルーハンを見たのは、北京に渡った年のことで。四角いブラウン管の中で歌うそいつを見て、俺は思い切り目を見開いた。
ルーハンという名前も、キラキラ光る丸い瞳も、俺が知っているルーハンで間違いないと思った。
"期待の新人アイドル"なんてキャッチフレーズを付けたルーハンは、瞬く間にスターダムへと伸し上がっていった。
テレビも街もあっという間にルーハンで溢れて、否が応にも目に入った。目に入れば、自分との違いを感じて、10年前にした約束を思い出す。
あの頃は何も考えずに、ただルーハンとの再会を夢見ていた。再会して、また楽しく話をできれば、なんて。
だけど今のルーハンは俺の手の届かないところにいて。自分との立場の違いに、虚しさが胸を覆う。
北京に来ればルーハンに会えるかも知れない、と考えなかったと言えば嘘になる。
どこかで偶然出会って、驚くルーハンに『こっちの大学にいるんだ』って言って悪戯に笑い合うことを夢見なかったとは言えない。
だけどもう、その夢も叶わないだろうとため息を溢した。
ピロリンと鳴って携帯がメールの受信を知らせた。
弟からのそれは、開かなくても分かるような気がした。
『8月8日帰ってくるよね?』
ため息をひとつこぼしてメールを閉じた。
重い重い腰を上げて返事を返せたのは、半日が経ってからだ。
『どうするかなぁ』
『えー!一緒に行こうよ!』
ルーハンが来るとは思えなかった。
ルーハンが来ないなら意味がないと思った。
俺はまだ、迷っている。
通りがかった店先からはルーハンの歌声が流れていた。
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