4、かき混ぜた塊
sideルーハン
ミンソクと電話して、違和感を拭えなかった。
ジョンデもそう。あの兄弟にあったはずの、優しく朗らかな空気。僕の記憶が正しければ、あの兄弟の纏う空気は、とても優しかったはずだ。なのに、ジョンデが現したあの拒絶感も、ミンソクが現したあの虚無感も。なんだか妙な感覚だった。
僕だってもういい大人で。成長とともに人が変わることなんて分かってるけど。それでもあの二人には変わらないで居て欲しかったのかもしれない。僕の勝手な我儘で言えば。
そう思うくらいには、兄弟というものを知らない僕にとって、あの二人の関係は羨ましかったんだ。
そんなことを思いながら、ようやくできた少しのオフ時間、僕はイーシンにメッセージを飛ばした。
『まだソウルにいるなら少し会わない?』
『いいけど……』
直ぐ様返って来た返事に、場所を指定して会う約束を取り付けた。
「よ!」
スタジオ近くの喫茶店、「おまたせ」と言ってイーシンは向かいの席に腰を下ろした。
「迷わなかった?」
「うん、地図見ながらなんとか」
「いつまでいるの?」
「うーん、そろそろ帰ろうかなぁと思ってる」
あの日からもうすでに4日が経っている。
「ジョンデとはあれから?」
「うん……」
あの時イーシンはジョンデを追いかけて行ったので、あのあと何か聞いてるなら教えてほしいと思っていた。だのに……
「すぐに別れたから」
「えっ……」
「多分、怒らせたのかな……」
そう呟くイーシンは、言葉も返せないほど淋しげに見えた。
「ルーハンは?今休憩?」
「あ、あぁ。うん」
「そっか、忙しいんだねぇ」
「まぁ……」
「ねぇ、ルーハン」
イーシンが声をあげたので、なに?と顔を上げる。
「どうしてアイドルになろうと思ったの?」
真っ直ぐに突き刺さる視線は、真実を言うことしか許さないとでも言っているように見えた。
そのくらい鋭くこちらに刺さってくる。
「いや、まぁ……昔から歌も踊りも好きだったし……そしたら丁度スカウトされて……」
その答えは真実なはずなのに、なんだか妙に薄っぺらに思えた。今までだって散々インタビューで答えてきたはずなのに。
「そっか」
にこりと笑ったイーシンに、背筋がぞわりと震えた。
「今楽しい?」
「え……?」
「楽しいに決まってるかぁ!すごい人気だもんねぇ。僕も会えるなんて思ってなかったからビックリだったよ」
有名人の友達できちゃった、なんておどけて笑うイーシンに他意なんかないんだと思う。
だけど今の僕には素直になんか笑えなくて。
笑おうとして失敗した。
「楽しい、のかな……?もうよく分かんないや。確かに楽しいことはたくさんあるけど、自分がやりたかったのってこういうことだったのかなぁなんてさ、考え出すと止まらないし……」
操り人形みたいに扱われる僕は、スタッフはたまに人間であることを忘れてるんじゃないかなぁ、なんて思うときもある。
生身の。ルーハンという人間であることを。
「……贅沢だね」
ぼそりと呟かれたイーシンらしからぬ言葉に、思わず目を見開いた。
「え……?」
「ん?なに?」
さもあり顔でイーシンは笑う。
「あ、いや……なんでもない!そういえばさ、」
妙な空気を変えるべく、僕は慌てて話題をすり替えた。
「こないだミンソクに電話したんだ」
「へぇ。北京だっけ?元気だった?」
「まぁ、うん。でもなんか……ちょっと冷たくて、こんなやつだったっけ?って思って……」
「ふーん」
「お前どういう印象だった?」
「うーん、印象って言われても……年上だったからか面倒見はよかったよね。いつもジョンデが後くっついて歩いててさぁ。兄弟って羨ましかったなぁ」
「あぁ、うん。俺も。……お前ジョンデからなんか聞いてる?」
「いや、別に」
アイスコーヒーを一口煤ってイーシンは言葉を続けた。
「ていうかさぁ、あの日ジョンデに何言ったの?ルーハンが怒らせたんだよね?」
「何って僕はただ……」
そう、僕はただ、ミンソクの住所を教えてくれって言っただけだ。
そしたらジョンデは急に怒ったんだ。
「ミンソクの住所?」
「あぁ、同じ北京にいるなら訪ねていって驚かせようかと思って……」
「ふーん。なるほどねぇ」
ミンソクかぁ、とイーシンは呟いた。
昼下がりの眠たげな午後にイーシンはやたらと似合う。
僕も本当はそんな時間が好きな奴だった。今はもう手に入れるのが簡単ではないけれど。
「僕、やっぱりもう少しこっちにいることにする」
「は?」
「ジョンデのことも気になるし」
「そっか、いいんじゃない?」
ちらりと時計を見るそろそろだと思った。
そしたらやっぱりマネージャーから電話がかかってきて。
こんなことだけ得意になっていく自分に呆れた。
「仕事?」
「あぁ、ピエロはまたサーカス小屋に帰らなきゃいけないみたい」
「なにそれ……」
「異国でさ、古くからの友人に会うと心のネジがゆるんじゃうのかな。何もかも投げ出してただのルーハンに戻りたくなる……なんてね!確かにこんなのただの贅沢だ」
じゃあね、と言って"ただのルーハン"を振り切るように席を立った。
自由時間は終わりみたいだ。
本当は、"ただのルーハン"なんてもうとっくにいないことを僕は知っているのに。
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ミンソクと電話して、違和感を拭えなかった。
ジョンデもそう。あの兄弟にあったはずの、優しく朗らかな空気。僕の記憶が正しければ、あの兄弟の纏う空気は、とても優しかったはずだ。なのに、ジョンデが現したあの拒絶感も、ミンソクが現したあの虚無感も。なんだか妙な感覚だった。
僕だってもういい大人で。成長とともに人が変わることなんて分かってるけど。それでもあの二人には変わらないで居て欲しかったのかもしれない。僕の勝手な我儘で言えば。
そう思うくらいには、兄弟というものを知らない僕にとって、あの二人の関係は羨ましかったんだ。
そんなことを思いながら、ようやくできた少しのオフ時間、僕はイーシンにメッセージを飛ばした。
『まだソウルにいるなら少し会わない?』
『いいけど……』
直ぐ様返って来た返事に、場所を指定して会う約束を取り付けた。
「よ!」
スタジオ近くの喫茶店、「おまたせ」と言ってイーシンは向かいの席に腰を下ろした。
「迷わなかった?」
「うん、地図見ながらなんとか」
「いつまでいるの?」
「うーん、そろそろ帰ろうかなぁと思ってる」
あの日からもうすでに4日が経っている。
「ジョンデとはあれから?」
「うん……」
あの時イーシンはジョンデを追いかけて行ったので、あのあと何か聞いてるなら教えてほしいと思っていた。だのに……
「すぐに別れたから」
「えっ……」
「多分、怒らせたのかな……」
そう呟くイーシンは、言葉も返せないほど淋しげに見えた。
「ルーハンは?今休憩?」
「あ、あぁ。うん」
「そっか、忙しいんだねぇ」
「まぁ……」
「ねぇ、ルーハン」
イーシンが声をあげたので、なに?と顔を上げる。
「どうしてアイドルになろうと思ったの?」
真っ直ぐに突き刺さる視線は、真実を言うことしか許さないとでも言っているように見えた。
そのくらい鋭くこちらに刺さってくる。
「いや、まぁ……昔から歌も踊りも好きだったし……そしたら丁度スカウトされて……」
その答えは真実なはずなのに、なんだか妙に薄っぺらに思えた。今までだって散々インタビューで答えてきたはずなのに。
「そっか」
にこりと笑ったイーシンに、背筋がぞわりと震えた。
「今楽しい?」
「え……?」
「楽しいに決まってるかぁ!すごい人気だもんねぇ。僕も会えるなんて思ってなかったからビックリだったよ」
有名人の友達できちゃった、なんておどけて笑うイーシンに他意なんかないんだと思う。
だけど今の僕には素直になんか笑えなくて。
笑おうとして失敗した。
「楽しい、のかな……?もうよく分かんないや。確かに楽しいことはたくさんあるけど、自分がやりたかったのってこういうことだったのかなぁなんてさ、考え出すと止まらないし……」
操り人形みたいに扱われる僕は、スタッフはたまに人間であることを忘れてるんじゃないかなぁ、なんて思うときもある。
生身の。ルーハンという人間であることを。
「……贅沢だね」
ぼそりと呟かれたイーシンらしからぬ言葉に、思わず目を見開いた。
「え……?」
「ん?なに?」
さもあり顔でイーシンは笑う。
「あ、いや……なんでもない!そういえばさ、」
妙な空気を変えるべく、僕は慌てて話題をすり替えた。
「こないだミンソクに電話したんだ」
「へぇ。北京だっけ?元気だった?」
「まぁ、うん。でもなんか……ちょっと冷たくて、こんなやつだったっけ?って思って……」
「ふーん」
「お前どういう印象だった?」
「うーん、印象って言われても……年上だったからか面倒見はよかったよね。いつもジョンデが後くっついて歩いててさぁ。兄弟って羨ましかったなぁ」
「あぁ、うん。俺も。……お前ジョンデからなんか聞いてる?」
「いや、別に」
アイスコーヒーを一口煤ってイーシンは言葉を続けた。
「ていうかさぁ、あの日ジョンデに何言ったの?ルーハンが怒らせたんだよね?」
「何って僕はただ……」
そう、僕はただ、ミンソクの住所を教えてくれって言っただけだ。
そしたらジョンデは急に怒ったんだ。
「ミンソクの住所?」
「あぁ、同じ北京にいるなら訪ねていって驚かせようかと思って……」
「ふーん。なるほどねぇ」
ミンソクかぁ、とイーシンは呟いた。
昼下がりの眠たげな午後にイーシンはやたらと似合う。
僕も本当はそんな時間が好きな奴だった。今はもう手に入れるのが簡単ではないけれど。
「僕、やっぱりもう少しこっちにいることにする」
「は?」
「ジョンデのことも気になるし」
「そっか、いいんじゃない?」
ちらりと時計を見るそろそろだと思った。
そしたらやっぱりマネージャーから電話がかかってきて。
こんなことだけ得意になっていく自分に呆れた。
「仕事?」
「あぁ、ピエロはまたサーカス小屋に帰らなきゃいけないみたい」
「なにそれ……」
「異国でさ、古くからの友人に会うと心のネジがゆるんじゃうのかな。何もかも投げ出してただのルーハンに戻りたくなる……なんてね!確かにこんなのただの贅沢だ」
じゃあね、と言って"ただのルーハン"を振り切るように席を立った。
自由時間は終わりみたいだ。
本当は、"ただのルーハン"なんてもうとっくにいないことを僕は知っているのに。
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