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4、かき混ぜた塊

sideギョンス


その日、僕はアルバイトが早上がりの日で。早上がりっていってももう夜が近づいてる時間だったけど、深夜ではなかったので久しぶりに映画館に行こうと街の方へと出ることにした。


歓楽街に程近いこの辺りは、まだまだ活気づいている。
僕は余計なものは見ずに映画館へ直行した。



ちょうどいい上映時間の作品を調べて。
券売機に並んでチケットを買おうとした時のとこだった。


前に並んでた人。買い終わって振り返った人は───キムジョンインだった。


「「あ……」」


二人同時に呟いて固まる。


「ヒョンも映画?」
「うん」
「なに見るの?」
「これ」


画面の項目を指して言えば、ジョンインは驚いたように「俺も」と買ったばかりのチケットを見せてくる。

こいつは僕のこと苦手だろうと思っていた。


────ヒョンが気になる?


そう聞いたとき、ジョンインはひどく動揺していたから。
触れてはいけなかったんだと思った。
なのに……

「せっかくだから一緒に見よう」と言う。
じろりと見やると、不安そうに瞳を揺らしていて。


「いいよ」


くすぐったそうに笑うジョンインを、少しだけ可愛いと思った。
映画は一人で見るのが好きだったのに。


「ヒョンもこういうの見るんだね」
「こういうの?」
「恋愛ものっていうか……」
「あぁ……別にジャンルは問わないから」
「そうなんだ」


やけにフランクに話す子だと思った。
敬語とか別に気にする方じゃないけど、何となく不思議だった。


「君こそ、こういうの見るんだ?」
「いや、普段はあんまり見ないんだけど、ダンスの先輩が出てるから」

端役らしいけどね、と屈託なく笑う。
そういえば、この映画の主人公はダンサーだった気がする。


そんなことを話してればブザーは鳴って。
上映の開始を知らせた。




「あー!楽しかった!映画なんて見るの久しぶりだったけど、たまにはいいね!」


ジョンインは伸びをしながら、楽しそうに話す。周りでよく見る光景だった。映画を見終わって感想を言い合って。いつも一人で見る僕には無縁の世界だったけど、彼らは互いに同じ時間を共有していたのだと、今初めて気がついた。大して面白くない映画でも楽しそうに見えたのは、そういうことたったのか、って。


「君の先輩、出てた?」
「うん、すごいちょっとだったけどね。不思議だった」
「そう。よかったね」
「ヒョン、どっか寄らない?」
「どっかって?」
「ご飯とかさ。お腹空いたし」


お腹を押さえて言うジョンインに、僕は「いや」と返した。


「外食はしないって決めてるから」
「なんで?」
「節約」
「そう……」

今度は悲しそうに肩を落とす。
今日だけでも色んな顔を見てる気がする。多くは知らないし他人に興味なんて無いはずだったのに、気がつくと言葉を発していた。


「家に来る?」
「え……いいの?」
「お店みたいに美味しいものは作れないけど。少しだったら……」

「行く!」


あぁ、笑った。
あはは!って大きな口を開けて目を細めて、とても幼く笑うんだ。
僕は、どうしたって手を離せない気がした。


**


狭いけど。と声をかけて部屋に上げると、「おじゃまします」と言ってジョンインは不思議そうに辺りを見回していた。


「珍しいものなんて無いよ」
「うん、そうだけど。なんか不思議だと思って」

「適当に座ってて」と言って僕は使い馴れた小さなキッチンへと向かった。
誰かに料理を振る舞うなんて初めてだったから少しだけ緊張した。
簡単にチゲを作って出すと「美味しそう!」と言って、さっきまで読んでいたであろう僕の小説を放り投げてテーブルに向かった。


「お腹空いてたのに遅くなってごめん」
「いや、本読んでたし」

持ち上げて見せたのは、何てことないサスペンス小説。古本屋のワゴンで買ったような、あまり記憶に残ってないほどのものだ。

「それ、面白くないのに」
「そう?展開はありきたりだけど、そこそこ読めたよ」
「ならいいけど」


いただきます、と口にすると、「美味しい!」と笑顔をこぼしたので、胸を撫で下ろした。

ジョンインが発したそれは、丁寧な挨拶だと思った。
「いただきます」も「おじゃまします」も、「美味しい」ときちんと口にすることも。割に丁寧に思えて、いいなと思った。いいな、って。


黙々とご飯とチゲを掻き込んで底が見えそうになってきたとき、ジョンインは口を開く。


「そういえばあの日の夜、ベッキョニヒョンに会った」
「ベッキョニ?」
「うん、スタジオに行く途中に繁華街で偶然」
「へぇ」
「今日も映画館でヒョンに会ったし。そう考えると、今までも知らない間にヒョンたちとすれ違ってたのかなぁって」
「どうだろうね。生活圏内によるんじゃない?」
「生活圏内、か……」
「なに?」
「あ、いや……」


考え込んでるジョンインに視線を向ける。


「ジュンミョニヒョンとは全然違いそうだなぁって」
「ヒョン?」
「うん……」


あの時も、ジョンインはヒョンをじっと見ていた。ひたすらに。目に焼き付けるように。

恋い焦がれた目で……


「ヒョンが気になる?」
「え……?」
「この前も見てたから」
「そういうわけじゃ……」


尚も見つめると、観念したようにジョンインは口を開いた。
そうして僕は、後悔することになるんだ。



「笑わない?」
「なにを?」
「これから話すこと。笑わないって約束して」
「……笑わないよ」
「うん、じゃあ……多分さぁ、多分だけど。初恋だったんだ。ジュンミョニヒョンが」
「……」
「それを確かめたくて行った様なもんだったから」
「それで?」
「うん、やっぱり好きかもって思った……」


うつむいてモジモジと話すジョンインの頭を、僕はひたすらに見ていた。


「ダンスの先生が言うんだ。恋愛しろって。お前のダンスに足りないのはそれだって。けどさ、俺ダンスばっかやってきたからそんな暇なかったし。そう考えたらあの人だけだったんだ。俺の心を動かしたのは。それでずっと会いと思ってた……」


ぺらぺらと話している言葉を、僕の脳みそはするりとすり抜けていく。


「だから今踊るのちょっと楽しいんだ。これから俺のダンスはどんな風に変わっていくんだろうって!」

「……そう」



聞いてはいけなかったんだと思ったのは、言い知れぬ絶望が襲ってきたから。


その恥ずかしそうに笑う笑顔は、僕のじゃないんだ───って。



自分らしくもなく、手を掛けてあげたい、と思った。
庇護欲を掻き立てられたような。

何もなかった僕が初めて感じた想いは、行く宛もなく宙を舞う。


あの人が、酷く羨ましく思えた。




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