4、かき混ぜた塊
sideベッキョン
「なぁ、チャニョラー、マジでバレない?」
「うん、大丈夫だって!」
「俺ホント大学とか入るの初めてだからさぁ。緊張するんだって」
「大丈夫!大丈夫!誰も気にしてないって。とにかく手当たり次第に聞いてみようよ」
*
*
『やっぱりジョンデのこと気になるかも……』とチャニョルからメッセージが飛んできたのは、次の日のことだった。
まだ言ってんのかよ、なんて思ったくせに流せなかったのは自分も充分に気にしてたから。だってなんとなく後味悪いじゃん?
ってことで連れられてきたのはジョンデが通う大学。夏休み中じゃないの?って言ったら、バイトもしてないから自主学習とかいうやつで大学に出てるって昨日言っていたらしい。大学なんて縁のない俺にはよくわからないけど。
とにかく、ジョンデの大学に来た俺たちは、手当たり次第に声をかけることにした。
「あの、キムジョンデって知ってます?」
「え……?」
「だから、キムジョンデ!眉毛が垂れててさぁ。知らないかなぁ?あいつ地味だし」
入ってすぐに見つけた男に声をかけるも、さぁ?と微妙な顔をされて、じゃあいいやと次の狙いを探す。
やっぱり夏休み中だからか、人は少ない気がした。
次に少し歩いてベンチに腰かけていた二人組の女に近づくと、俺たちと目があった彼女達の顔が見るからに赤面して、あぁチャニョリか。って苦笑した。
「あの、キムジョンデ知りませんか?俺たち探してるんですけど」
チャニョルが警戒心を解くように笑顔で話しかける。
「キムジョンデって、あの?」
二人は怪訝そうに顔を見合わせた。
「なになに!?知ってんの?」
「知ってるっていうか……ねぇ?」
そう言って彼女たちはまた顔を見合わせた。
それからそのうちの一人が、にっこりと笑顔を浮かべてこちらを向いた。
あ、こういう顔知ってるなぁ、って。
女特有の嫌な笑み。
「それより良かったら私たちとご飯でも食べに行きません?」
「は?いやいや、だから俺らはキムジョンデ探してんの!」
ほらほら言わんこっちゃない。
次行こうぜ、なんてチャニョルの肩に手をかけたとき、もう一人の女が遠慮がちに口を開いて隣の女にこそこそと耳打ちし始めた。
「ねぇ……もしかして、ソッチとか……?」
「えー、イケメンなのに勿体なーい」
漏れ聞こえた言葉に、嫌な予感がした。
「どういう意味?」と頭を捻るチャニョルの腕を引いて、とにかく俺はその場を離れなきゃと機転を利かせてスマホを見るなり言葉を発した。
「あ、ごめんごめん!連絡ついたわ!ありがとうねー!」
「え?ベッキョナ連絡ついたの?」
「ついてるかよバカ」
「だって今……」
「いいからいいから!はい、次ー!」
いまいち納得してないチャニョルを連れて、とにかくその場を離れた。
うん、やっぱり、なんとなく嫌な予感がするんだ。この勘はハズレればいいと思いながらも、多分当たってんだろうなぁ、なんてこっそりとため息をこぼした。俺だって、伊達に色んな人間を渡り歩いてきたわけじゃない。
「あの、すみません。キムジョンデ探してるんですけど」
次に声をかけた男は、今度はじろりとチャニョルを見た。
ほら、やっぱり。
俺の勘が正しければその目はきっと……
「キムジョンデ?」
「そう!知ってます!?」
変わらず訝しげな視線を寄越すそいつに、俺は試すように声をかける。
「俺らもちょっと噂聞いてきたんだけどさぁ。やっぱそいつってそうなの?」
「え?あぁー、」
「やっぱ有名なんだ?」
「まぁ知らないやつなんて潜りじゃない?」
「そんなに?」
「まぁ。頼めば誰でもって噂だし……」
横ではチャニョルがポカンとした顔で俺たちのやり取りを見ている。
「で、おにーさんはお願いしたことあんの?」
「お、俺はないよ!」
「なぁんだ。感想とか聞きたかったのに」
「まぁー、でも一回くらいはいいかもなぁ」
にやりと笑った男を見た瞬間。
ぷつん、と音がして。
俺の足はそいつの肩にクリーンヒットしていた。一瞬の出来事に、そいつはふらふらとよろめくと目の前で尻餅をつく。
けっ。ざまぁ。
「ちょ!ベッキョナ!!」
「あー、ごめん。顔狙ったんだけど、やっぱスキニーだと足上がんねぇわ」
「行くぞ、チャニョラ」と苛立ちながら声をあげた。それなのにチャニョルは、「あ、あの、すみません!大丈夫ですか!?」なんておどおどとしながらその倒れた男にしゃがんで声をかけているもんだから、もはや俺の怒りはピークで。
そんな男庇うまでもねぇだろ!
「いいから行くぞ」
「や、でも……あの、これで病院行って下さい!」
チャニョルは財布から数枚のお札を抜くと、その男に握らせた。
俺は呆れてさっさとその場を離れた。
「……暴力反対」
「あいつが悪い」
「でも……暴力反対!」
追い付いたチャニョルはぐちぐちと俺に文句を言う。
「お前だってわかってんだろ?」
「何となく……」
「あいつ、俺達のジョンデのこと厭らしい目で見てんだぞ!?」
「そ、そうだけど……でもカマかけたのベッキョンだし、その前に暴力は何も生まない!」
「うるせぇ!」
恵まれた温室育ちのお坊ちゃんには分かんねぇ世界だろうよ。
なんて腹の中で呟く。
それからもチャニョルは少しだけ不貞腐れていたけど、俺は気にせずに何人かに声をかけて、その度に微妙な顔をされて、やっぱりかって肩を落とした。
そうしてテラスの方に向かって歩いてるのを見たという話をもとに、俺たちもテラスとやらに向かうことにした。
しかしまぁ、この学校でキムジョンデは相当な有名人らしい。
「あ、あれそうじゃない……?」
「え?どれ?」
「ほら、あれ」
「「ジョンデーーー!!」」
二人でブンブンと手を振って声を上げれば、振り向いたジョンデはギョッとしていた。
そりゃそうだ。
「え、何やってんの……?」
「なにって、お前に会いに来たんじゃん、なぁ?」
「え、あ、あぁ……うん!」
「なんで?」
「なんでって……昨日さっさと帰っちゃうし」
折角再会したのに寂しいじゃん?
なんて言って笑顔で肩を抱き込めば、遠巻きに僅かな視線を感じた。
俺たちのジョンデはお前らなんかにやんねぇよ。なんてこれは牽制なんだろうか。
「なぁ、飲み行こうぜ!」
「は?」
「そろそろ居酒屋も開くしさぁ」
「そ、そうだよ!ビーグルの再会を祝して!」
チャニョルが笑顔を向ければ、少し考えたあとジョンデは仕方ないなぁ、なんて苦笑しながら頷いた。
**
乾杯!
声をあげて、勢いよくジョッキをぶつける。
手近なチェーン店の居酒屋。
安いことでお馴染みの店だ。
最初こそ近況だったり昨日のことを話していたけど、そのうちに酒はまわってきて、くだらないことで笑いあった。チャニョルの豹変っぷりだとか、ジュンミョニヒョンの遅刻のことだとか。そうして陽気になった頃、やっぱり俺の口はいらないことを話し出す。止めときゃいいものを。
「お前すっげぇ有名なんだな!」
「えぇ?僕?何がぁ?」
「大学で。お前の名前出したらみんな知ってたぜ!ちょー人気者じゃん!」
その時俺はとうに酔っていて、俺の発言にチャニョルもジョンデも表情を強張らせたことに気づけなかったんだ。
「そ、そうかなぁ……?」
「おぉ!マジ羨ましいわ!」
「ちょ……ちょっとベッキョナ、飲みすぎだって!」
「うっせー!俺も早く有名になりたいんだよ!」
「……なにそれ、意味わかんないよー!」
「ちょっと、ベッキョナ」
ジョンデがそれとなく誤魔化して、チャニョルが隣で必至に俺を宥めていたけど、動き出した俺の口は止まらない。
「でもさージョンデ!相手は選べよ!?」
「は……?」
「キモい男がお前のケツ狙ってるとか、俺なら引くわ!俺一応ストレートだけど、お前がどうしてもってんなら頑張るし!」
「…………どういう意味?」
「だからぁー!お前が寂しいんなら、俺が相手してやるって言ってんの!」
なんてな!
って笑う前に、俺の頭はレモンサワーで濡れていた。
「ちょ、ジョンデ……?」
「ベッキョナ、安心して。いくらホモ野郎だって誰彼構わず発情する訳じゃないし、ストレートに手を出すほど困ってないから」
「や、別にそういう……」
「僕はベッキョンが誰と何をしようと構わない。だからベッキョンも、僕のことは放っといて!!」
「帰る!」って声をあげて。
キムジョンデはまた帰ってしまった……
あぁ、昨日と同じだ。
今日は俺が怒らせたのか。って、アルコールが充満した脳みそはぐるんぐるんと回っている。
あぁ、バカだなぁ俺。
このまま雲の上に行ってしまいたい。
.
「なぁ、チャニョラー、マジでバレない?」
「うん、大丈夫だって!」
「俺ホント大学とか入るの初めてだからさぁ。緊張するんだって」
「大丈夫!大丈夫!誰も気にしてないって。とにかく手当たり次第に聞いてみようよ」
*
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『やっぱりジョンデのこと気になるかも……』とチャニョルからメッセージが飛んできたのは、次の日のことだった。
まだ言ってんのかよ、なんて思ったくせに流せなかったのは自分も充分に気にしてたから。だってなんとなく後味悪いじゃん?
ってことで連れられてきたのはジョンデが通う大学。夏休み中じゃないの?って言ったら、バイトもしてないから自主学習とかいうやつで大学に出てるって昨日言っていたらしい。大学なんて縁のない俺にはよくわからないけど。
とにかく、ジョンデの大学に来た俺たちは、手当たり次第に声をかけることにした。
「あの、キムジョンデって知ってます?」
「え……?」
「だから、キムジョンデ!眉毛が垂れててさぁ。知らないかなぁ?あいつ地味だし」
入ってすぐに見つけた男に声をかけるも、さぁ?と微妙な顔をされて、じゃあいいやと次の狙いを探す。
やっぱり夏休み中だからか、人は少ない気がした。
次に少し歩いてベンチに腰かけていた二人組の女に近づくと、俺たちと目があった彼女達の顔が見るからに赤面して、あぁチャニョリか。って苦笑した。
「あの、キムジョンデ知りませんか?俺たち探してるんですけど」
チャニョルが警戒心を解くように笑顔で話しかける。
「キムジョンデって、あの?」
二人は怪訝そうに顔を見合わせた。
「なになに!?知ってんの?」
「知ってるっていうか……ねぇ?」
そう言って彼女たちはまた顔を見合わせた。
それからそのうちの一人が、にっこりと笑顔を浮かべてこちらを向いた。
あ、こういう顔知ってるなぁ、って。
女特有の嫌な笑み。
「それより良かったら私たちとご飯でも食べに行きません?」
「は?いやいや、だから俺らはキムジョンデ探してんの!」
ほらほら言わんこっちゃない。
次行こうぜ、なんてチャニョルの肩に手をかけたとき、もう一人の女が遠慮がちに口を開いて隣の女にこそこそと耳打ちし始めた。
「ねぇ……もしかして、ソッチとか……?」
「えー、イケメンなのに勿体なーい」
漏れ聞こえた言葉に、嫌な予感がした。
「どういう意味?」と頭を捻るチャニョルの腕を引いて、とにかく俺はその場を離れなきゃと機転を利かせてスマホを見るなり言葉を発した。
「あ、ごめんごめん!連絡ついたわ!ありがとうねー!」
「え?ベッキョナ連絡ついたの?」
「ついてるかよバカ」
「だって今……」
「いいからいいから!はい、次ー!」
いまいち納得してないチャニョルを連れて、とにかくその場を離れた。
うん、やっぱり、なんとなく嫌な予感がするんだ。この勘はハズレればいいと思いながらも、多分当たってんだろうなぁ、なんてこっそりとため息をこぼした。俺だって、伊達に色んな人間を渡り歩いてきたわけじゃない。
「あの、すみません。キムジョンデ探してるんですけど」
次に声をかけた男は、今度はじろりとチャニョルを見た。
ほら、やっぱり。
俺の勘が正しければその目はきっと……
「キムジョンデ?」
「そう!知ってます!?」
変わらず訝しげな視線を寄越すそいつに、俺は試すように声をかける。
「俺らもちょっと噂聞いてきたんだけどさぁ。やっぱそいつってそうなの?」
「え?あぁー、」
「やっぱ有名なんだ?」
「まぁ知らないやつなんて潜りじゃない?」
「そんなに?」
「まぁ。頼めば誰でもって噂だし……」
横ではチャニョルがポカンとした顔で俺たちのやり取りを見ている。
「で、おにーさんはお願いしたことあんの?」
「お、俺はないよ!」
「なぁんだ。感想とか聞きたかったのに」
「まぁー、でも一回くらいはいいかもなぁ」
にやりと笑った男を見た瞬間。
ぷつん、と音がして。
俺の足はそいつの肩にクリーンヒットしていた。一瞬の出来事に、そいつはふらふらとよろめくと目の前で尻餅をつく。
けっ。ざまぁ。
「ちょ!ベッキョナ!!」
「あー、ごめん。顔狙ったんだけど、やっぱスキニーだと足上がんねぇわ」
「行くぞ、チャニョラ」と苛立ちながら声をあげた。それなのにチャニョルは、「あ、あの、すみません!大丈夫ですか!?」なんておどおどとしながらその倒れた男にしゃがんで声をかけているもんだから、もはや俺の怒りはピークで。
そんな男庇うまでもねぇだろ!
「いいから行くぞ」
「や、でも……あの、これで病院行って下さい!」
チャニョルは財布から数枚のお札を抜くと、その男に握らせた。
俺は呆れてさっさとその場を離れた。
「……暴力反対」
「あいつが悪い」
「でも……暴力反対!」
追い付いたチャニョルはぐちぐちと俺に文句を言う。
「お前だってわかってんだろ?」
「何となく……」
「あいつ、俺達のジョンデのこと厭らしい目で見てんだぞ!?」
「そ、そうだけど……でもカマかけたのベッキョンだし、その前に暴力は何も生まない!」
「うるせぇ!」
恵まれた温室育ちのお坊ちゃんには分かんねぇ世界だろうよ。
なんて腹の中で呟く。
それからもチャニョルは少しだけ不貞腐れていたけど、俺は気にせずに何人かに声をかけて、その度に微妙な顔をされて、やっぱりかって肩を落とした。
そうしてテラスの方に向かって歩いてるのを見たという話をもとに、俺たちもテラスとやらに向かうことにした。
しかしまぁ、この学校でキムジョンデは相当な有名人らしい。
「あ、あれそうじゃない……?」
「え?どれ?」
「ほら、あれ」
「「ジョンデーーー!!」」
二人でブンブンと手を振って声を上げれば、振り向いたジョンデはギョッとしていた。
そりゃそうだ。
「え、何やってんの……?」
「なにって、お前に会いに来たんじゃん、なぁ?」
「え、あ、あぁ……うん!」
「なんで?」
「なんでって……昨日さっさと帰っちゃうし」
折角再会したのに寂しいじゃん?
なんて言って笑顔で肩を抱き込めば、遠巻きに僅かな視線を感じた。
俺たちのジョンデはお前らなんかにやんねぇよ。なんてこれは牽制なんだろうか。
「なぁ、飲み行こうぜ!」
「は?」
「そろそろ居酒屋も開くしさぁ」
「そ、そうだよ!ビーグルの再会を祝して!」
チャニョルが笑顔を向ければ、少し考えたあとジョンデは仕方ないなぁ、なんて苦笑しながら頷いた。
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乾杯!
声をあげて、勢いよくジョッキをぶつける。
手近なチェーン店の居酒屋。
安いことでお馴染みの店だ。
最初こそ近況だったり昨日のことを話していたけど、そのうちに酒はまわってきて、くだらないことで笑いあった。チャニョルの豹変っぷりだとか、ジュンミョニヒョンの遅刻のことだとか。そうして陽気になった頃、やっぱり俺の口はいらないことを話し出す。止めときゃいいものを。
「お前すっげぇ有名なんだな!」
「えぇ?僕?何がぁ?」
「大学で。お前の名前出したらみんな知ってたぜ!ちょー人気者じゃん!」
その時俺はとうに酔っていて、俺の発言にチャニョルもジョンデも表情を強張らせたことに気づけなかったんだ。
「そ、そうかなぁ……?」
「おぉ!マジ羨ましいわ!」
「ちょ……ちょっとベッキョナ、飲みすぎだって!」
「うっせー!俺も早く有名になりたいんだよ!」
「……なにそれ、意味わかんないよー!」
「ちょっと、ベッキョナ」
ジョンデがそれとなく誤魔化して、チャニョルが隣で必至に俺を宥めていたけど、動き出した俺の口は止まらない。
「でもさージョンデ!相手は選べよ!?」
「は……?」
「キモい男がお前のケツ狙ってるとか、俺なら引くわ!俺一応ストレートだけど、お前がどうしてもってんなら頑張るし!」
「…………どういう意味?」
「だからぁー!お前が寂しいんなら、俺が相手してやるって言ってんの!」
なんてな!
って笑う前に、俺の頭はレモンサワーで濡れていた。
「ちょ、ジョンデ……?」
「ベッキョナ、安心して。いくらホモ野郎だって誰彼構わず発情する訳じゃないし、ストレートに手を出すほど困ってないから」
「や、別にそういう……」
「僕はベッキョンが誰と何をしようと構わない。だからベッキョンも、僕のことは放っといて!!」
「帰る!」って声をあげて。
キムジョンデはまた帰ってしまった……
あぁ、昨日と同じだ。
今日は俺が怒らせたのか。って、アルコールが充満した脳みそはぐるんぐるんと回っている。
あぁ、バカだなぁ俺。
このまま雲の上に行ってしまいたい。
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