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3、沈殿するもの

sideイーシン




「ジョンデ、待って!」



ボストンバッグを抱え直して僕はジョンデを追いかけた。ジョンデの背中は怒っていて、少しだけ戸惑う。


「ねぇ、ジョンデってば……あっ……!」


声をかけたところで持っていた荷物をばらまいてしまって、ガチャガチャと音が響いた。
半開きの鞄からはスマートフォンやイヤホンや財布や、そんなものをバラバラとこぼして立ち止まると、ジョンデもようやく足を止めて振り返った。


「あ……ジョンデ……」


「もう、何やってるんですか」
「あ、いや、その……えっと……」


落ちたものを拾い集めて鞄に詰め込んで立ち上がる。


「うん……ごめん……」
「そもそも、何で付いてきたんですか」
「えっと……」


なんで、と聞かれてもよく分からない。
ただ、付いていかなければと思ったんだ。
ひとりにしてはいけないって。



「だって韓国語分かんないし……」
「そんなのタオだっていたじゃないですか」
「そうだけど……」


思わず俯いてしまった。
やっぱり僕は邪魔だったのかもしれない。






「じゃあ、シン哥」



ジョンデが急に声をあげて、僕は「なに?」と顔を上げた。


「僕と、セックスでもしますか?」



にやりと笑って真っ直ぐに見つめながら発された言葉に、僕は思わずたじろいだ。
だって、"じゃあ"の意味が分からない。



「は……?」
「……なんてウソです」



ドキン、と心臓が跳ねる。
ジョンデの、その作ったような綺麗な笑顔は、信じるにはあまりにも嘘くさかったんだ。人は心を無くすとそうやって笑うんだと思うと、なんだか無性に悲しくなった。



「ジョンデはそれで満足するの?」
「え……?」



囚われていた虚無感。
上滑りしていた会話の数々。
ルーハンに対して現した突然の拒絶。
何が彼をそうさせたのかすごく気になった。
僕が彼に言ってないことがあるように、彼にもまた僕には秘密の何かがあるんだろう。そんな想像は容易につくほどだ。




「君がそれで満足するなら僕は別に構わないけど」
「な、何言ってんですか……自分の言ってること分かってるんですか!?」


そう声をあげるジョンデは、少しだけ仮面がずれたような気がして、場違いにも嬉しくなった。


「もちろん、セックスでしょ?」
「なに本気にしてるんですか!バカですか!?」
「だってジョンデは本気で言ったでしょ?だから僕も本気で答えたんだけど」
「だからって……男同士でバカじゃないですか!それともあなたもこっちの人間だっていうんですか!?」
「こっち?」
「あ……いえ、なんでもないです……!」
「あぁ、ゲイかって?どうかな、違うとは思うけど」



たしかに僕はバカかもしれない。
だってもうジョンデのことなんてどうでもよくなっているから。それよりは、もっと個人的な欲望。たとえばそう、この出来事が僕に与える影響とか。
そんなことに、心が踊り始めている。


あぁ、曲を作りたいかも。



さっき、目の前に現れたルーハンはやっぱりすごいと思った。同じ業界にいるなんて口が裂けても言えないほど。それほどまでに、得体の知れない何かがあって。これが社長の言う"華"なのかなって。それが僕に足らないというなら、それはもう仕方ないんじゃないかと思えるほど。
だって僕にはあんなオーラ纏えない。
光の中心に立つなら、やっぱり彼みたいな人なんだろうと思った。


だから僕も、むしゃくしゃしてたのかもしれないし、新な何かを掴まなければと焦っていたのかもしれない。



これは、そんなチャンスに思えた。



僕はジョンデの腕を掴むと、近くの路地に引き込んだ。
許可もなく、勢いよく唇に噛みつく。
抵抗する彼の手を掴んで壁に押し付けた。
「んっ……!んんー!」なんて漏れる声さえ飲み込むように舌を這わす。
ねっとりと口内を弄って、捕まえた舌を吸って、歯列をなぞって。角度を変えて口づけた。



「んっ……!」


「ね?多分大丈夫だよ」



唇を解放して告げれば、ジョンデは真っ赤な顔で瞳を揺らす。



「僕は問題ない。君は?」



尋ねると、沈黙のあとやっとのことで言葉が返ってきた。



「……なにするんですか」
「え?」
「冗談みたいにからかうの、やめてください!!」


ドンと両手で肩を押されて思わず後ろへよろけた僕は、我に返ってジョンデの顔を見やれば、怒りの籠った視線が突き刺さった。



「……最低ですね」



低く呟かれたその言葉に張り付けられた僕がそこから動けないでいるうちに、ジョンデの姿は消えていた。



ずるりと座り込んだ脇道の路上は、長沙よりは幾分か綺麗かもしれない。



僕は何しにソウルまで来たんだろう。





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