2、掬った上澄み ~再会の日~
sideチャニョル
40分前に着いた広場には、当然誰もいなかった。
一番乗りを狙ったんだから当たり前だ。
みんなが集まるのを迎えてやろう、なんて俺は何日も前から意気込んでいたんだから。
変わった自覚はある。
背も伸びたし、痩せたし、眼鏡もやめた。
みんなきっと驚くだろうなぁ、なんてわくわくが止まらない。
鞄をおろして時計塔に寄りかかった。
ポケットから電話を取り出して、暇潰しのゲームを起動させる。どうせまだまだ誰も来やしない。
と、思ったのに。
視線を感じて顔を上げれば、向こうから二人組が歩いてきた。
誰だっけ?なんて、疑問符が浮かぶ。
明らかに重なる視線。
当たり前に向こうも俺だということに気づいちゃいない。
「あの……星の学校の?」
問いかけられた俺は、慌てて返事をした。
「あ、はい!」
「あぁやっぱり!えっと……僕中国班だったんですけど……」
分かんないですよね、なんて苦笑して垂れた眉を見て思い出した。
「あ!えっと……あぁー!出てこない!」
キム兄弟の弟だ!
「キム……ジョンイン、じゃなくて……」
「ジョンデ!キムジョンデです」
「そうそう!ジョンデだ!同い年の弟ジョンデ!俺チャニョル!覚えてる!?」
ビーグルラインだったじゃん?なんて言えば「えっ!?」と大声を上げたジョンデを見て、俺はしめしめと笑った。
「ホントにチャニョル!?」
「そ。ホントにチャニョル!」
「あの、デブでメガネの!?」
「失礼だな、おい!」
まぁ当たってるけど、なんて笑うとジョンデは申し訳なさそうに笑った。
「だって、全然違うから」
「だしょ?中学くらいから急に背伸びてさ」
「へぇー。いいなぁ」
「あはは!」
ひとしきり笑って視線をずらすと、もう一人もニコニコと笑っている。
「ん?てことは、ミンソギヒョン……?じゃないよな?」
なんか印象が……
「違うよ!イシンヒョン。中国から来てた……」
「……あぁ!」
さっき会ったんだ、とジョンデは笑顔を向けた。そうか、中国のヒョンか。イシンヒョン……うん、確かにいたような気がする。
「ニーハオ!」なんておどけて手を出せば、ヒョンも笑顔で「コンニチハ!」と片言の韓国語と一緒に手を出して、握手をしてブンブンと手を振ってついでにハグをした。
「早く着きすぎちゃって、あそこの喫茶店で広場見ながら時間潰してたらイシンヒョンも来て。それで二人で時間潰してたら誰か来たのが見えたから、きっとそうだよね?って言って出てきたんだ」
「そっか!てっきり一番乗りだと思ったのにな」
「あはは!残念だったね」
「まぁな。って、じゃあミンソギヒョンは?」
兄弟だからてっきり一緒に来るんだろうなって思ってたんだけど、そうではなかったらしい。
「一応メールはしたんだけどね」
「メールって。来ないの?」
「わかんない。来ればいいけど……僕も久しぶりに会いたいし……」
今、北京の大学に行ってるんだ。と呟いたジョンデの声は何だか妙に寂しそうだった。
「へー、北京か。やっぱ向こうなんだな」
「うん、みたいだね……」
「ジョンデは?」
「僕は実家だよ。ソウルの大学だけど実家から通ってる」
「そっか。ま、色々あるよな!」
ニッと笑顔を向ければ、ジョンデも、あははと笑った。
人間、触れられたくないことくらいたくさんあるよなぁ、なんて自分の人生を思った。
しばらく三人で、ジョンデが通訳しながら韓国語やら中国語やらで話していると、向こうからまたひとりやって来た。
「よ!」と手を上げた人物を見て、俺は瞬時に分かった。
「ベッキョナーーーー!!!!」
何も変わっていないベッキョンを見て嬉しくなる。俺は思いきり抱き締めた。
「痛ぇよ!!誰だテメェは!!」
「……っ!!」
脇腹を思いっきり殴られて、思わずうずくまる。
「暴力反対……」
「そっちが急に抱きついてきたんだろ」
「そうだけど……」
相変わらずうずくまってる俺をよそに、頭上では「お?ジョンデか?」「そうそう!」「おー!!」なんて、再会の歓喜が繰り広げられている。
「それに……イシンヒョン?」
「正解!」
「えへへ。コンニチハ」
「うわ!変わってないなぁ!」
「ベッキョニもね!」
あはは!と笑う三人に、ようやく立ち上がった俺は「おい!」なんて声を上げた。
「俺は!?」
「だから、お前誰だよ」
「ははは!分かるわけないって!全然違うもん!」
「はぁ?いたか?こんなデカいの」
ほらね?とジョンデは可笑しそうに笑うと、ベッキョンに向かって「チャニョルだよ」と告げる。
「はぁ!?チャニョルってあのチャニョル!?」
「そうそう」
「だってデブでメガネで……」
「おい!!」
「声だって低いし……」
「声変わり!!」
「……キモっ!なにその成長期!」
さすがにそれは傷つくっつの!
「俺達一番仲良かったじゃん!気づけよー!」
「あははははは!」
同い年の俺達は、三人集まれば騒がしくて。引率のヒョンたちにはよくまとめて"ビーグル"なんて呼ばれていた。
懐かしさが込み上げる。
「つーか、暑くない?ここ」と言ったのはベッキョンで。
「みんな遅ぇよ!」
「僕らが早かったんだって!」
「あと何分?」
「うーん、30分くらい?」
「うわ、無理!」
帽子被ってくりゃよかった!なんて叫ぶベッキョンは日差しが暑いのか脳天を押さえている。
「俺、どっか店で待ってるわ」
「はぁ!?」
「みんな揃ったら教えて」
「ちょ!狡いじゃん!」
「じゃあ、あそこの店がいいよ。窓から見えるし」
「あー、じゃああそこにいる!」
「いやいやいや!」
イシンヒョンは相変わらずニコニコしていて、ベッキョンはブツブツ文句を言って、ジョンデはあははと笑っている。
俺は、はぁ、とため息をついた。
「じゃあ、みんなであの店行けばいいじゃん!」
「いや、それはさすがに……」
「じゃあ、じゃんけんでもする?」
ジョンデの案に「のった!」と声を掛けたのに、ベッキョンにそれはあっさりと否定された。
「うーん、貼り紙でもするか?」
なんてな、とおどけたベッキョンにジョンデは「いいねぇ!」と声を上げた。
「あ、でも紙ないわ。ペンも」
「あー残念」
ぎゃあぎゃあと話してる俺らに(正確にはジョンデに)、イシンヒョンが不思議そうに顔を傾げて。釣られるようにみんなして首をかしげた視線の先、イシンヒョンの大きな旅行鞄が目に入った。
「あ!」
「なに!?」
「ヒョン持ってないかなぁ?」
「え?」
「ペンと紙。だってほら、」
視線を促して大きな鞄に目をやる。
「いや、いくらなんでもないでしょ」
「いやいや。一応聞いてみって!」
ジョンデをせっついて通訳させると、ヒョンは笑顔を見せて鞄を開いた。
出されたそれは、真っ更な五線紙だった。
俺達はみんな見事に間抜けな顔をしていたんだと思う。なんたって予想もしていなかったものが出てきたから。精々スケッチブックとかノートとか、そんなのだろうって。
「使っていいの?」と聞くとジョンデがそれを通訳して、ヒョンは笑顔でどうぞという仕草をした。
「ヒョン、音楽やってんだ?すげぇ!格好いいなぁ!」
騒ぐベッキョンの言葉をまた訳して。ジョンデは「少しだけだって」と恥ずかしそうに顔を赤らめたヒョンの言葉を訳した。
そういえば、イシンヒョンは絶対音感だっけ?それを持っていたような気がする。集まればいろんな事を思い出してくるもんだなぁ、なんて。
「じゃあ、勿体ないけど有り難く使わせてもらうか!」
俺は借りたペンのキャップを外すと、大きく『星の学校のみなさん、ムーンライトカフェでお待ちしてます』と書いた。その下に今度はジョンデが訳した言葉をヒョンが中国語で書いて。俺は仕上げに矢印を引っ張った。
「オッケー!」
俺達が出会ったのは星明かりの下だったけど、今日は月明かりの下か。
うん、いいかもしれない。
さ、貼るか!と手にすると、今度はテープがないことに気づいた。
「あぁー……さすがにないよな」
「うーん」
あらら、なんて苦笑してるとベッキョンがにやけながら声をあげる。
「ジョンデ、店からテープ借りてこい」って。
「なんで僕なんだよー!」
「いいじゃん、ほら!」
なんて追い立てられたジョンデは結局テープを借りに店まで走った。
40分前に着いた広場には、当然誰もいなかった。
一番乗りを狙ったんだから当たり前だ。
みんなが集まるのを迎えてやろう、なんて俺は何日も前から意気込んでいたんだから。
変わった自覚はある。
背も伸びたし、痩せたし、眼鏡もやめた。
みんなきっと驚くだろうなぁ、なんてわくわくが止まらない。
鞄をおろして時計塔に寄りかかった。
ポケットから電話を取り出して、暇潰しのゲームを起動させる。どうせまだまだ誰も来やしない。
と、思ったのに。
視線を感じて顔を上げれば、向こうから二人組が歩いてきた。
誰だっけ?なんて、疑問符が浮かぶ。
明らかに重なる視線。
当たり前に向こうも俺だということに気づいちゃいない。
「あの……星の学校の?」
問いかけられた俺は、慌てて返事をした。
「あ、はい!」
「あぁやっぱり!えっと……僕中国班だったんですけど……」
分かんないですよね、なんて苦笑して垂れた眉を見て思い出した。
「あ!えっと……あぁー!出てこない!」
キム兄弟の弟だ!
「キム……ジョンイン、じゃなくて……」
「ジョンデ!キムジョンデです」
「そうそう!ジョンデだ!同い年の弟ジョンデ!俺チャニョル!覚えてる!?」
ビーグルラインだったじゃん?なんて言えば「えっ!?」と大声を上げたジョンデを見て、俺はしめしめと笑った。
「ホントにチャニョル!?」
「そ。ホントにチャニョル!」
「あの、デブでメガネの!?」
「失礼だな、おい!」
まぁ当たってるけど、なんて笑うとジョンデは申し訳なさそうに笑った。
「だって、全然違うから」
「だしょ?中学くらいから急に背伸びてさ」
「へぇー。いいなぁ」
「あはは!」
ひとしきり笑って視線をずらすと、もう一人もニコニコと笑っている。
「ん?てことは、ミンソギヒョン……?じゃないよな?」
なんか印象が……
「違うよ!イシンヒョン。中国から来てた……」
「……あぁ!」
さっき会ったんだ、とジョンデは笑顔を向けた。そうか、中国のヒョンか。イシンヒョン……うん、確かにいたような気がする。
「ニーハオ!」なんておどけて手を出せば、ヒョンも笑顔で「コンニチハ!」と片言の韓国語と一緒に手を出して、握手をしてブンブンと手を振ってついでにハグをした。
「早く着きすぎちゃって、あそこの喫茶店で広場見ながら時間潰してたらイシンヒョンも来て。それで二人で時間潰してたら誰か来たのが見えたから、きっとそうだよね?って言って出てきたんだ」
「そっか!てっきり一番乗りだと思ったのにな」
「あはは!残念だったね」
「まぁな。って、じゃあミンソギヒョンは?」
兄弟だからてっきり一緒に来るんだろうなって思ってたんだけど、そうではなかったらしい。
「一応メールはしたんだけどね」
「メールって。来ないの?」
「わかんない。来ればいいけど……僕も久しぶりに会いたいし……」
今、北京の大学に行ってるんだ。と呟いたジョンデの声は何だか妙に寂しそうだった。
「へー、北京か。やっぱ向こうなんだな」
「うん、みたいだね……」
「ジョンデは?」
「僕は実家だよ。ソウルの大学だけど実家から通ってる」
「そっか。ま、色々あるよな!」
ニッと笑顔を向ければ、ジョンデも、あははと笑った。
人間、触れられたくないことくらいたくさんあるよなぁ、なんて自分の人生を思った。
しばらく三人で、ジョンデが通訳しながら韓国語やら中国語やらで話していると、向こうからまたひとりやって来た。
「よ!」と手を上げた人物を見て、俺は瞬時に分かった。
「ベッキョナーーーー!!!!」
何も変わっていないベッキョンを見て嬉しくなる。俺は思いきり抱き締めた。
「痛ぇよ!!誰だテメェは!!」
「……っ!!」
脇腹を思いっきり殴られて、思わずうずくまる。
「暴力反対……」
「そっちが急に抱きついてきたんだろ」
「そうだけど……」
相変わらずうずくまってる俺をよそに、頭上では「お?ジョンデか?」「そうそう!」「おー!!」なんて、再会の歓喜が繰り広げられている。
「それに……イシンヒョン?」
「正解!」
「えへへ。コンニチハ」
「うわ!変わってないなぁ!」
「ベッキョニもね!」
あはは!と笑う三人に、ようやく立ち上がった俺は「おい!」なんて声を上げた。
「俺は!?」
「だから、お前誰だよ」
「ははは!分かるわけないって!全然違うもん!」
「はぁ?いたか?こんなデカいの」
ほらね?とジョンデは可笑しそうに笑うと、ベッキョンに向かって「チャニョルだよ」と告げる。
「はぁ!?チャニョルってあのチャニョル!?」
「そうそう」
「だってデブでメガネで……」
「おい!!」
「声だって低いし……」
「声変わり!!」
「……キモっ!なにその成長期!」
さすがにそれは傷つくっつの!
「俺達一番仲良かったじゃん!気づけよー!」
「あははははは!」
同い年の俺達は、三人集まれば騒がしくて。引率のヒョンたちにはよくまとめて"ビーグル"なんて呼ばれていた。
懐かしさが込み上げる。
「つーか、暑くない?ここ」と言ったのはベッキョンで。
「みんな遅ぇよ!」
「僕らが早かったんだって!」
「あと何分?」
「うーん、30分くらい?」
「うわ、無理!」
帽子被ってくりゃよかった!なんて叫ぶベッキョンは日差しが暑いのか脳天を押さえている。
「俺、どっか店で待ってるわ」
「はぁ!?」
「みんな揃ったら教えて」
「ちょ!狡いじゃん!」
「じゃあ、あそこの店がいいよ。窓から見えるし」
「あー、じゃああそこにいる!」
「いやいやいや!」
イシンヒョンは相変わらずニコニコしていて、ベッキョンはブツブツ文句を言って、ジョンデはあははと笑っている。
俺は、はぁ、とため息をついた。
「じゃあ、みんなであの店行けばいいじゃん!」
「いや、それはさすがに……」
「じゃあ、じゃんけんでもする?」
ジョンデの案に「のった!」と声を掛けたのに、ベッキョンにそれはあっさりと否定された。
「うーん、貼り紙でもするか?」
なんてな、とおどけたベッキョンにジョンデは「いいねぇ!」と声を上げた。
「あ、でも紙ないわ。ペンも」
「あー残念」
ぎゃあぎゃあと話してる俺らに(正確にはジョンデに)、イシンヒョンが不思議そうに顔を傾げて。釣られるようにみんなして首をかしげた視線の先、イシンヒョンの大きな旅行鞄が目に入った。
「あ!」
「なに!?」
「ヒョン持ってないかなぁ?」
「え?」
「ペンと紙。だってほら、」
視線を促して大きな鞄に目をやる。
「いや、いくらなんでもないでしょ」
「いやいや。一応聞いてみって!」
ジョンデをせっついて通訳させると、ヒョンは笑顔を見せて鞄を開いた。
出されたそれは、真っ更な五線紙だった。
俺達はみんな見事に間抜けな顔をしていたんだと思う。なんたって予想もしていなかったものが出てきたから。精々スケッチブックとかノートとか、そんなのだろうって。
「使っていいの?」と聞くとジョンデがそれを通訳して、ヒョンは笑顔でどうぞという仕草をした。
「ヒョン、音楽やってんだ?すげぇ!格好いいなぁ!」
騒ぐベッキョンの言葉をまた訳して。ジョンデは「少しだけだって」と恥ずかしそうに顔を赤らめたヒョンの言葉を訳した。
そういえば、イシンヒョンは絶対音感だっけ?それを持っていたような気がする。集まればいろんな事を思い出してくるもんだなぁ、なんて。
「じゃあ、勿体ないけど有り難く使わせてもらうか!」
俺は借りたペンのキャップを外すと、大きく『星の学校のみなさん、ムーンライトカフェでお待ちしてます』と書いた。その下に今度はジョンデが訳した言葉をヒョンが中国語で書いて。俺は仕上げに矢印を引っ張った。
「オッケー!」
俺達が出会ったのは星明かりの下だったけど、今日は月明かりの下か。
うん、いいかもしれない。
さ、貼るか!と手にすると、今度はテープがないことに気づいた。
「あぁー……さすがにないよな」
「うーん」
あらら、なんて苦笑してるとベッキョンがにやけながら声をあげる。
「ジョンデ、店からテープ借りてこい」って。
「なんで僕なんだよー!」
「いいじゃん、ほら!」
なんて追い立てられたジョンデは結局テープを借りに店まで走った。