1、プロローグ
オセフンの場合
髪が、伸びたな──と思った。
いつものようにカッターを取り出して腕に当てようとしたとき。目の前にはらりと前髪が落ちてきて、鬱陶しく思った。
だから僕は、腕を切る前に髪の毛を切った。
垂れたそれを一掴みして、ジャリジャリと音をたててノコギリのようにカッターの刃を滑らせた。
皮膚のようには簡単に切れない。血も流れない。なのに髪の毛だって僕の体に付属する一部な訳で。そう考えると酷く気持ち悪く思えた。
どくどくと心臓が高鳴る。
僕は一気に髪の毛なんかどうでもよくなって、その刃を腕へと滑らせた。
流れる赤い血を見て、やっと呼吸を整える。
死にたい訳じゃない。
第一、こんなことで死ねるわけなんかないことを僕自信が一番分かっている。
幾重にも重なった白く膨れ上がった筋は、もう数えるのも面倒なほど本数を重ねていた。
僕のまわりにある空気は、とてもじめじめとしていると思う。
ほとんど日に当たらないし、外へも出ない。
学校へは、3日に1回がいいところだ。
進路はどうするの?と担任の女教師が面倒くさそうに聞いてきたのは、夏休みに入る直前のこと。「あぁ、はい……」なんて適当に返事をすれば、「夏休み中に親御さんともよく話しなさい」と言葉をかけられた。
話す親がいるなら、連れてきて欲しいくらいだ。
あの人たちはきっと、僕が夏休みに入ったことも知らない。学校に行ってないことも、もしかしたら今年で高校を卒業することも分かってないかもしれない。
随分と不良な親だと思う。
不良な親から生まれたのは、出来損ないの息子だ。
世の中なんてどうでもいい。
僕は赤い血が流れるたび思うんだ。
生きながら死んでる、って。
『今年もペルセウス座流星群が観測されました───』
テレビから流れたニュースに目をやる。
あぁ、今年もそんな季節かって。
僕が夏を認識するのは、このニュースが流れたときだけだ。僕たちがあの日見れなかったそれ。
遠い過去の思い出が蘇る。
記憶はほとんど薄れている。誰がいたとか、何をしたとか。ほとんど覚えてない。
ただ"楽しかった"という感覚だけ。僕が珍しく感じたその感覚だけが、脳の片隅にこびりついていて、毎年このニュースと共に少しだけふわりと蘇るんだ。
10年後の約束を覚えている。
僕はまだ高3で、10年経ったって変わらず親の管理下にいる。
言ってみれば、ただの甘ったれた子供で、あの頃と何も変わりないんだ。
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髪が、伸びたな──と思った。
いつものようにカッターを取り出して腕に当てようとしたとき。目の前にはらりと前髪が落ちてきて、鬱陶しく思った。
だから僕は、腕を切る前に髪の毛を切った。
垂れたそれを一掴みして、ジャリジャリと音をたててノコギリのようにカッターの刃を滑らせた。
皮膚のようには簡単に切れない。血も流れない。なのに髪の毛だって僕の体に付属する一部な訳で。そう考えると酷く気持ち悪く思えた。
どくどくと心臓が高鳴る。
僕は一気に髪の毛なんかどうでもよくなって、その刃を腕へと滑らせた。
流れる赤い血を見て、やっと呼吸を整える。
死にたい訳じゃない。
第一、こんなことで死ねるわけなんかないことを僕自信が一番分かっている。
幾重にも重なった白く膨れ上がった筋は、もう数えるのも面倒なほど本数を重ねていた。
僕のまわりにある空気は、とてもじめじめとしていると思う。
ほとんど日に当たらないし、外へも出ない。
学校へは、3日に1回がいいところだ。
進路はどうするの?と担任の女教師が面倒くさそうに聞いてきたのは、夏休みに入る直前のこと。「あぁ、はい……」なんて適当に返事をすれば、「夏休み中に親御さんともよく話しなさい」と言葉をかけられた。
話す親がいるなら、連れてきて欲しいくらいだ。
あの人たちはきっと、僕が夏休みに入ったことも知らない。学校に行ってないことも、もしかしたら今年で高校を卒業することも分かってないかもしれない。
随分と不良な親だと思う。
不良な親から生まれたのは、出来損ないの息子だ。
世の中なんてどうでもいい。
僕は赤い血が流れるたび思うんだ。
生きながら死んでる、って。
『今年もペルセウス座流星群が観測されました───』
テレビから流れたニュースに目をやる。
あぁ、今年もそんな季節かって。
僕が夏を認識するのは、このニュースが流れたときだけだ。僕たちがあの日見れなかったそれ。
遠い過去の思い出が蘇る。
記憶はほとんど薄れている。誰がいたとか、何をしたとか。ほとんど覚えてない。
ただ"楽しかった"という感覚だけ。僕が珍しく感じたその感覚だけが、脳の片隅にこびりついていて、毎年このニュースと共に少しだけふわりと蘇るんだ。
10年後の約束を覚えている。
僕はまだ高3で、10年経ったって変わらず親の管理下にいる。
言ってみれば、ただの甘ったれた子供で、あの頃と何も変わりないんだ。
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