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イベントもの


「あの、すみません……マッチを……」




寒くて、寒くて僕はおかしくなっていたのかもしれない。




「一本だけでもいいので……」





賑やかな街の喧騒も、もうすぐ迎える新たな年も、僕には関係ないような気がして。
ただしんしんと降り積もる雪だけが、僕にはリアルな現実だった。




「誰か、マッチを買いませんか……」




寒空の下、かじかむ手を擦りながら、僕は売れるわけのないマッチを、もう何時間もひたすらに売り続けている。





全部売るまで帰ってくるな、と言ったのは母さんの恋人だった人で、母さんが死んでから僕はその人に面倒を見られていた。
面倒、なんて言うほど何もしてもらってはいなかったけど、行くところのない僕を置いてくれていることだけは確かで。言い返せば殴られることを、すでに長い経験の中で学んでいた。


こんなみすぼらしい格好の人から、今時使いもしないマッチなんかを買ってくれる奇特な人なんて世の中にいるはずもない。



僕はこのまま死ぬんだと思う。
誰も悲しまない。


むしろ、早く死んで母さんの元に行きたかった。


いつも笑顔で明るかった、僕の母さん。





「なぁお前、そんなとこで何やってんの?」
「え?あの……マッチを……」
「マッチって火着けるマッチ?」
「そう、ですけど……?」


ひとりの男が近づいてきたかと思ったら、不思議そうにこちらを見た。


「なんでそんなの売ってんの?」
「えっと、お金がないから……」
「えぇー!どうせ売るならもっと売れるもん売れよー!ライターとかさぁ……って最近は禁煙ブームでライターも売れないって話だけどな」


電球だって売れないのにマッチなんか売れるか!とその男は大口を開けてあははと笑った。


「それよりもっと簡単に稼げる方法教えてやるよ」
「え?」
「俺の客分けてやるって言ってんの!ありがたく思え!」


ベッキョンと名乗ったその男は、まずは「身なりが悪い」と言われ、訳もわからないまま彼のアパートへ連れてかれ、シャワーを浴びせられ、おまけに服まで貸してくれた。
さっきまでの凍えきっていた身体に一気に血色が蘇る。よく分からないけど暖かくて泣きそうだ。


「だいぶマシになったな」
「ねぇ、これどういう意味?これから何をするの?」
「そんなの、ナニをするに決まってんじゃん」
「は……?」
「大丈夫だって!俺の客分けてやるって言ったじゃん!」
「いや、そうじゃなくて……!」
「マッチ売るよりよっぽど効率的だと思うけど?」
「そうだけど……」
「どうせマッチ全部売るまで帰ってくるなとか言われたんだろ?」
「うん……」


マッチも売らずにお金を稼いだなんて知れたら、きっとあの人に怒られる。いや、怒るだけでは終わらない。殴られて叩かれて、一晩中外に放り出されてしまう。
そう思うと、ベッキョンの話は魅力的だけど、何としてでもマッチを売らなければいけないような気がした。


「俺、お前のこと気に入ったからいいこと教えてやるよ」
「いいこと?」
「これから紹介する客の家、暖炉があるんだ」
「暖炉?」
「そう、だからお前の持ってるマッチ、きっと全部買い取ってくれるよ!」
「全部!?」


ベッキョンの話が信じられなくて、思わず声をあげて固まると「でかい声出るんじゃん!」と笑われた。



「なんでこんなによくしてくれたの?」


別れ際に尋ねるとベッキョンは照れくさそうに「俺も昔似たようなことしてたから」と笑った。


「売ってたのは電球だけどな!」



屈託なく笑う彼の笑顔を、僕は一生忘れないと思う。


「おい、キムジョンデ!うまくやれよ!」
「うん、ありがとう!ベッキョナ!」



ここだから、と案内された豪邸、と言って差し支えないほどの大きな屋敷の前でベッキョンとは別れた。




ついに一人になって恐る恐るインターホンを鳴らすと、「はい」と聞こえたのは男の低い声。


「あの……ベッキョンに紹介されて……」
「あぁ、聞いてる」


入ってこい、と門が自動で開かれて、そのドデカい庭に足を踏み入れた。


玄関と思しきドアを開けて「すみません……」と声をかける。奥からやって来たのは背の高い大男だった。やけに整った顔には金色の髪がよく似合っている。


「あの……ベッキョンに紹介されて……」
「あぁ、名前は?」
「えっと、キムジョンデ……です」
「ジョンデか。いい名前だな」


言って笑みを浮かべた顔は、とても優しげで一気に緊張が解れた。



奥の部屋へと通されると、ベッキョンが言っていたように大きな暖炉が鎮座していて。
ぱちぱちと音を立てて薪を燃やし、室内を暖かに彩っている。


「あの……マッチを……」
「あぁ、分かってる。いくらだ?」
「え?」
「だから、全部買い取ったらいくらになる」
「全部……いいんですか?」
「そういう約束だからな」


僕はポケットに入っていたマッチを全部差し出して金額を伝えた。その人は「分かった」と言って、軽々とそのお金を差し出した。僕は信じられない気持ちでそれを眺めた。


世の中には本当にいるんだ。
選ばれた人が……


あぁ、そうか。

これは金持ちの道楽だった。



言われる前にやらなくちゃ、と僕は慌ててベッキョンに着せてもらった綺麗な服を脱ごうとボタンに手を掛けた。


「おい!何やってる」
「何って……するんですよね?」
「は?」
「だって、ベッキョンが……」


そう言っていた。『ナニをする』って。


「あの小僧……」
「は?」


今なんか聞こえたような……?


「そんなことはしなくていい」
「え、いいんですか?」
「俺はただ、マッチを買ってくれって言われただけだ」
「うそ……!?」
「だからマッチを買ったから、もうお前の役目は終わり」
「そんなぁ……!」


驚いて声をあげるとその人は「まさかそっちがメインだったのか!?」と目を丸くしたので、僕は慌てて「まさか!」とまた声をあげるハメになった。

ベッキョンに騙されたんだ、と気づいたときには自分の勘違いが恥ずかしすぎて、顔から火が出そうになった。
なんてはしたないことをしようとしてたんだ……!


「まったく……こんな大晦日に相変わらずあいつの頭の中は煩悩まみれだな」
「いえ、僕が勘違いして……!すみません……僕帰りますから」



そう言って元来た方へ引き返そうとしたとき、「おい、ジョンデ」と声をかけられて慌てて振り向いた。



「飯は食ったのか?」
「へ……?」
「だから、飯は食ったのか?」
「あ、いえ……」
「帰ったらあるのか?」
「多分……ない?と思います……」
「その、帰る家はあるんだよな?」
「一応……?」
「そうか、一応か。じゃあ食ってかないか?」

「はぁ……?」


正月料理が山ほどあるんだ、と言って笑ったその人の笑顔はとてもキラキラと輝いて見えた。


「あの……名前……」
「え?」
「あなたの名前、まだ聞いてなかったので……」
「あぁ、クリスだ」
「クリス……ヒョン?」
「はは!そう、クリスヒョン」

「じゃあ、クリスヒョン……ごちそうになっても、いいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」


思わずにっこりと笑うと、ヒョンは戸惑ったような笑みを浮かべて……


「もっと笑え。お前は笑顔の方が似合う」


なんて言って頬を優しくつねられた。
僕はなんだか嬉しくなって、もっと笑った。





「その前に薪を足そう」


言って薪をくべると「ほら、マッチを」と大きな手を出されたので、僕は慌ててさっき売ったばかりのマッチを渡す。ヒョンはさっそく摩って、ぼぉっと火を灯した。


「お前のマッチは優しい灯りだな」
「そう、ですか?」
「あぁ、チャニョルのライターや、ベッキョンの電球とは全然違う」


クリスヒョンの笑顔は優しくて、僕は何だか自分を褒められたようでとても嬉しくなった。


こんなに幸せな年越しは、きっと初めてだ。









********


「ふははははは!」
「なに、どうしたのベッキョナ!」
「いやいや、こっちのこと」
「なんだよそれー!教えろって!」
「いやさ……今日クリスヒョンのとこに一人やったんだけど、」
「は?またやったの!?今度はなに?」
「マッチ」
「またくだらないもの買わせて」
「人のこと言えないだろ。お前もライター買ってもらったんだから」
「まぁそうだけど……」
「ま、いいんだって!」
「なんで?」
「だってあいつ、絶対ヒョンの好みのタイプだもん」
「え?どんなの!?」
「なんつーか、小柄で笑うと可愛い感じ?あ!あと健気!」
「あぁー……ベッキョニに決定的に足りないやつ……」
「うるせぇ!いやぁ~それにしても俺良いことしたなぁ!年の最後に、良いことしちゃったなぁ!」
「確かに!福もらえるといいな!」
「当たり前だろ!」






おわり
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あとがき。
先日、オバドズの佐倉様とジョンデ会をしたときに生まれた企画、らしいです←
なので私も企画者の一人なんだとか……笑
まったくもってすべてを佐倉様にお任せしてたので、完全に名ばかり企画者ですみません(^_^;)))
そして、こんな短い駄作を提出してしまったことを、どうかお許しくださいませませ!!!(ここ重要!)


最初、もっと真面目にマッチ売りを書くつもりだったのですが、気づいたらギャグ路線になってました(о´∀`о)まさかのクリチェン!笑
無邪気なジョンデにデレデレとしてるクリスが堪らなく大好物です(〃ω〃)

あ、最後のチャンベクは完全に蛇足チックです笑


そんなわけで、初めて共同企画に参加させていただきましたが、とてもとても光栄でした^ω^
最後に。
佐倉様、何から何までありがとうございました\(^o^)/
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