ラブミーライト!
お前男だったらよかったのになぁ───
夏期講習の帰り、照りつける太陽の下。
2つでひとつのアイスを割り分けてそう言ったのは、親友のミンソクだった。
「なんで?」
ほら、と差し出されたアイスをくわえながら、突拍子もない言葉に疑問を返す。
「だって、男同士だったらきっと一生の親友になれたと思うから」
「ふーん、女じゃダメなんだ?」
「男女だとさ、なんとなく難しそうじゃん?」
「そう?」
変なミンソク、と呟く私にミンソクは尚も続けた。
「だって俺、お前に彼氏できたらやっぱり少し遠慮すると思うもん」
「ふーん」
じゃあ私と付き合えばいいじゃん。
平然と言ってのけたけど、心臓は少しだけ大きく跳ねていた。なのに……
「それはないだろ」とミンソクは笑う。
「なんでよー!?私じゃ不満?」
「だって俺、デカい女が好きだもん」
「なにそれ、変なの……」
溶け掛けたアイスを頬張りながら一生懸命笑った1年前の夏────
いつかの会話を思い出したのは、ミンソギがモデルをしてると有名な1年の女の子と歩いているのを見かけたから。
小柄なミンソクの横には、すらりと伸びた手足の長い大人びた顔の1年が、年相応に笑っていたんだ。
私だって決して小柄な方ではない。
それでもミンソクにとっては足りなかったのか、並んだ彼女の身長はミンソクよりも大きかった。
それなのに背筋を伸ばして歩く彼女が羨ましくも妬ましくも思えて。
私に足りなかったのは、身長だけじゃなかったのだと思い知った。
コンビニに寄って、目についた雑誌を開く。
目についた、なんて嘘。
それは意図的だったのだ。彼女を見るために。
冷たそうな目もと。真っ白い肌。
私は友達なんかじゃ嫌だった。
本当は、恋人になりたかった。
一生の親友なんてクソ食らえよ!
私が欲しかったポジションはそこじゃない。
ミンソクのバカ!
勢いよく雑誌を閉じて棚に戻すと、振り切るようにコンビニを出た。
「あ、ルル!」
コンビニの外で出くわしたのはクラスメイトのレイだった。夏休みも明け、暑さもだいぶ翳りを見せて涼しげな風がすり抜ける。受験戦争が、いよいよ真実味を持って迫ってくる勢いだ。
「今日は音楽室じゃないの?」
「うん。あの子、友達と約束があるからって」
「そっか」
あの子、とはレイが最近可愛がっている後輩の子だ。レイははっきり言わないけれど、そういう関係なんじゃないかと、ジュニと二人でよく話している。女同士とかよく分かんないけど、男女だって友達にしかなれない関係があるんなら、女同士で恋人になれる関係があったっておかしくないと思う。
レイもジュニも、私の周りは幸せそうな人たちばっかりだ。
「ルルは?今日はミンソクと一緒じゃないのね」
「ミンソク?なんで?」
「だって、」
あなたたちよく一緒にいるじゃない、とレイは笑う。私は「あぁ、」と見るからに嫌そうに顔をしかめた。
「別に。たまたまよ。彼女とデートでもしてるんじゃない?」
「彼女……あぁ、1年生だっけ?モデルの……」
「そ。モデルのセヒって子」
そうそう、とレイはおっとりと笑った。
「すごいよねぇ、モデルの彼女とか」
「そう?私は自分よりちっちゃい男なんて嫌だけどね」
「あはは!そんな意地張るくらいなら告っちゃえばよかったじゃない」
「そ、そうだけど……」
「ルルはプライド高いから」
「大きなお世話よ!」
ミンソクは、私が男だったら良かったと言っていた。一生の友達になれたのにって。
だけど私はミンソクと恋愛がしたかったから、女の子で良かったと思っている。
でも……でも本当に、私とじゃ恋愛できないっていうなら、やっぱり男の方が良かったのかなぁ、なんて少しだけ思ったりもして。優柔不断な自分が情けなく思えた。
ミンソクの隣は私の席だと思っていた。
くだらないことを話ながら隣に並んで。
そうやってずっと過ごしたかった。
だけど私は、恋愛という土俵にすら上がれていない。
これだけの美女を目の前に、なんて思えればどれだけ楽だったことか。どれだけ周りに「本当は付き合ってるんじゃないの?」ってからかわれたって、それは本当に真実ではないのだから。
ミンソクが彼女に向ける眼差しを思い出して、哀しくなった。
ミンソクに彼女が出来てから、私に告白してくる男が増えた。私が本当にフリーだって気づいたのかもしれない。
でも、どんな男に告られたって、ミンソクじゃないなら意味がないと思った。
私の心は相当イカれてる。
告白する勇気もなかったくせに。
適当な男と付き合ってみようかとも思ったけど、情けなく思えてやっぱりやめた。
いつか忘れていく想いだっていうなら、今すぐにでも忘れさせて欲しいくらいよ。
バカみたい……
「大学行ったらさぁ、いーっぱい合コンするんだー!」
「あはは!いいんじゃない?ルルならモテモテよ」
「当たり前でしょ!誰だと思ってるのよ」
私たちの受験戦争はいよいよ幕を切って迫ってきた。来年の夏は大学でミンソクよりも何倍もいい男を見つけるんだ。
でも、そんな男がそうそう現れないことも、きっと私は分かっていて。
現れないようにしているのは、他でもなく自分なんだということも分かっている。
私は、ただミンソクと恋愛がしたかった。
おわり