ラブミーライト!
あの弟が。
あの、人見知りで口下手でダンスバカのあの弟が、恋人だと言って私の前に彼を連れてきたのは、まだ春という季節が終わる前で。弟自身まだ入学して数ヵ月しか経ってなかった頃だ。
私は驚きのあまり固まったのを覚えているし、数日前に終えたばかりの学祭に生徒会長としての最後の山場をやりきった達成感に浸っていた時だ。
いつどこでどんな風にそんなことになったのか、とても気になったけど、弟は頑なに教えてはくれなかった。
とにかく、その時私はとても驚いて、慌てて彼氏のクリスに連絡したら、クリスは「さすがジュニの弟だな」と笑ったので「どういう意味よ!」と声をあげたのだ。
「お待たせ!ごめんね!」
「いや、俺もさっき来たところ」
夏休み、生徒会の引き継ぎの仕事のあと、クリスと図書室で待ち合わせをしていた。
私が生徒会室に行っている間、クリスは部活に顔を出してくると言っていたのだ。そんなクリスは、まさに数日前インターハイを終えたばかりで、引退するまでバスケ部の主将だった。
なので私という彼女が居ながら、異様にモテるクリスがたまにムカつくのは仕方がない。私達はこれでも校内では公認なはずなのに。
私はクリスの隣の席に座ると参考書を広げてノートとペンを取り出した。
私達の受験戦争は、まさに今、本番を迎えようとしている!
と、そこにガラリと静かに音を立てて現れたのは、
「ギョンスくん!」
その弟の彼氏だ。
「あ、こんにちは」
「ひとり?ジョンインは?」
「えっと部活で……待ってる間課題でもしてようかと……」
「そっか!偉いねぇ」
おいでよ、と手で小招くとギョンスくんは戸惑いながらも向かいの席に座った。
「あ、クリス。紹介するね!2年のドギョンスくん」
「噂の?」
「そ、噂の」
よろしくな、とクリスが微笑むとギョンスくんは大きな目をきょろきょろと動かして緊張ぎみに「あ、はい」なんて呟いていたので私はクスクスと笑った。
ジョンインから初めてギョンスくんを紹介されたとき────つまり、弟の恋人が男だと知ったとき、私はとても不思議に思った。経緯はどうであれ、あの弟が選ぶ人はこういう人なんだ、って。
それはとても意外なようにも、また、お似合いなようにも思えて。だからとても不思議だったんだ。
『あ、ヌナ。この人俺の恋人だから』
『……はっ!?』
『だからー、恋人だってば』
『ちょ、ちょっと、ジョンイナ……』
『なに?ヒョン』
『……言っちゃって大丈夫なの?』
『ダメだった?』
『いや、ダメっていうか驚かれてるから……』
『あー、そっか。ヌナ、もしかして反対とかする?』
『え?あ、いや反対っていうか……ちょっと驚いて……』
実はその時、私はすでにその後輩を知っていた。
彼が弟の恋人?
まさかこんな風に繋がるなんて……
『あ!えっと、確か2年のド……ド……』
『ドギョンスです』
落ち着いた喋り方と、深い瞳。
間違いなくあの子だ。
『そうそう!ドギョンスくん!』
『ヌナ、知ってるの?』
『そりゃあもちろん、生徒会長だからね!』
なんてホントは嘘。
何百人といる生徒。顔くらいなら大体覚えてるけど、名前までなんて無理に決まってる。しかも目立つ生徒なわけでもない彼のことなんて特に。
なのに知っていた理由はただひとつ。
レイのお気に入りの後輩の友達だったから。
レイの話で何度か登場したこともあるし、遠目に説明されたこともあった。だから少しだけ知っていたのだ。
そうして私はそのあと慌ててクリスに電話したのだ。弟が男の恋人連れてきたんだけど!って。
興奮ぎみに話す私に、クリスは前述のようにおおらかに笑っていた。
とにかく、身内ながらあの弟と恋人関係をやれるギョンスくんを私はある意味尊敬してるし、信頼しているわけで。
「そういえば、友達には言ったの?」
数日前、ギョンスくんがうちに遊びに来ていたとき、そんな話をしていたのだ。
友達──とは、すなわちレイのあの後輩とその周辺。
「あぁ、はい……」
「どうだった?」
「とても驚かれましたけど、反対とかはされなかったので……」
「そっか!よかった!」
ね、と笑顔を向けると、ギョンスくんは恥ずかしそうに笑った。
実際、私の中ではあの子だけは反対しないだろうという読みもあった。
レイがあの子と本当のところどんな関係なのかは聞いたことがなかったけど、きっとそれなりの関係なんだろうとは思っていたから。女同士だけれど……
そんなわけで(?)前途多難な弟の恋を、私はこれでも姉としてとても応援している。
ジョンインは私には何の躊躇いもなく紹介していたけど、それは私達姉弟がとても仲がいいからできたことで、当然両親にはまだ打ち明けてはいないはず。
ママに言ったら驚いて目眩を起こすかもしれないし、パパに至っては怒って家から追い出してしまうかもしれない。それは弟も分かっているのか、二人の間で暗黙の了解となっている。
それでも姉の私が見る限り二人はとてもお似合いで。だから反対する理由なんてなかったんだ。
ちなみにクリスはというと、とても上手くパパとママに取り入っていて、今では家族の食事に混ざるくらい公認の間柄だ。
きっとこのまま大学に行っても付き合い続けて、卒業して時期のいい頃になれば結婚とかもするんだろうなぁ、なんて。大学に合格したら同棲する約束もしているから、それはちょっと楽しみ。
「あ、ヒョン……っていうか、ヌナたちなにやってんの?」
弟が部活を終えてやって来て、開口一番がそれって、ちょっとどうなの?
「何って、受験生なんだから受験勉強に決まってるじゃない。ちょうどギョンスくんも来たから一緒に勉強してたのよ」
「そうなんだ」
「ギョンスくんはあんたと違って真面目だからねぇ」なんて返したら、ジョンインはそっぽを向いてしまった。
「ヒョン、大丈夫だった?」
「え?うん」
「なにそれ!失礼ね」
昔はあんなに聞き分けのいい子だったのに。
膨れっ面で抗議してると、クリスが横でくすくすと笑っていた。
「ジョンイナ、」
「なに?クリスヒョン」
「お前いい人掴まえたな」
「え?まぁ……」
「はは!困ったことあったら言えよ」
「……うん」
最近じゃあ私よりもクリスに懐いているみたいで、なんだかちょっと面白くない。
そんなこんなで、ジョンインはギョンスくんを連れてさっさと帰ってしまった。
さぁ、私たちは受験勉強再開だ!
「ジュニ、」
「んー?」
夕暮れ、駅までの道を手を繋いで歩いていると、クリスが不意に口を開いた。
「同棲のことなんだけど、」
「うん?」
「その……ご両親にはもう話したのか?」
「いや、まだだけど……?」
「そっか。ならよかった」
「なんで?まさか……やっぱりやめるとか!?」
「はは!違うよ。俺から言わせて欲しいと思って」
「なんだ、そんなこと?別にいいのに。パパもママもクリスのこと気に入ってるから反対しないし」
「それはありがたいけど、やっぱりなんていうか……男のケジメだろ?」
「ケジメ……?」
立ち止まって隣を見上げると、クリスは「そ、ケジメ」と言って笑みを浮かべた。
私たちの未来にも、娘さんをください!的な何かが待っているんだろうか。
そう思うと、なんだか少しだけワクワクした。
前途多難な弟の恋とは違って、私たちはまさに安泰だ!
いや、
私たちだけでも安泰でなくちゃいけないのだ。
大好きなパパとママと、それから弟のためにも。
終わり