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ラブミーライト!


私は、見てしまったのだ。


親友のキスシーンを。





夏期講習が終わって先輩の待つ音楽室へ行ってしまったチェニが、宿題のプリントを忘れていったことに気づいて、私は後を追いかけた。

多分音楽室だろうな、なんて思って行ってみたら、ドアに嵌め込まれたガラスの向こうでチェニと先輩の姿が見えて……やがて二人の距離は近づいて────キスしていた。


秘密めいたそれは、私なんかの前では見たこともないほど色っぽい姿で。急に知らない人に見えて怖くなった私は、気付いたときには猛ダッシュで教室に戻っていた。


「チェニいた?」
「……え?あ、ううん!いなかった!」


待っていてくれたのかチャニョルが教室にいて、慌てて戻ってきた私の様子をうかがう。顔赤いよ?と心配顔を向けるチャニョルに、私はぎこちない笑顔を浮かべるので精一杯だった。


その日、家に帰ると私はバッグにつけていた犬のマスコットを外した。
お揃いの中でも、特に気に入っていたやつ。





今日もチェニは「おはよう」といつもの懐っこい笑顔でやって来て「ねぇ、ベクってばぁ!」と声をあげる。


「うん……あぁ、」


私は幾分か素っ気なく返してしまったかもしれない、と少し落ち込んだ。だってチェニが悲しそうに眉を下げるから。

チェニが、私より先輩を選ぶなんて絶対に嫌だった。私がチェニに選ばれないなら、私が先にチェニを選ばない。手を離す。そうしないと私は平気でいられなくて、それはもうほとんど意地みたいなものだった。


チェニと双子に生まれたかった。

私の人生から絶対にいなくならない存在。

永遠の特別席。



「チェニとケンカでもした?」と放課後の教室で、チャニョルは心配してか声をかけてくれた。
ギョンスにはジュニ先輩の弟という恋人がいて、チェニにはあの先輩がいて。最近ではこうしてチャニョルと二人で時間を過ごすことが多くなってきた。最初のうちは嬉しかったのに、最近はチェニのことが頭から離れなくてそれどころじゃない。


「ねぇチャニョラ、私ね、あの先輩嫌い……」
「チェニの先輩?」
「うん……」
「なんで?」
「……だって、私のチェニを取ったから」


チェニが知らない人になっていくみたいで許せないの、と呟くと、チャニョルは「あはは」と笑った。


「もー!本気で言ってるんだからね!」
「ベクはホントにチェニが好きなんだな」
「そうよ、悪い?」
「いや。つーか、ベクもあの先輩みたいにチェニと付き合いたいの?」
「そうじゃないけど……」


そうじゃない。

落ち込む私の頭を、チャニョルは大きな手で撫でてくれて、びくりと心臓が飛び跳ねた。

不意打ちは狡いよ……


「うちらってさ、チャニョリも知ってる通りたくさんお揃い持ってるじゃん?」
「うん」
「バッグとか、ペンとかカーディガンとかバインダーとかスマホカバーとか……」
「うん」
「そういうの特別みたいで楽しかったんだ。仲良しですってアピールしてるみたいで」
「うん、実際仲良かったじゃん?」
「そうなんだけど、なんか全部無意味に思えて使うのやめちゃった。それで昨日、バッグに付けてた犬のマスコットも外しちゃったの」
「え?あれお前ら大事にしてなかった?」
「うん……だってさぁー、だって……あのピアスには勝てないんだもん」


無意味じゃん、と呟くのと同時にじわりと涙が溢れて、私は慌てて俯いて手の甲で擦った。自慢のアイラインが伸びたかもしれない。手の甲には黒く滲んだ線が伸びて。よりにもよってチャニョルの前で、失敗したな、と思ったけど、もうどうでもよかった。


「ねぇ、余り物同士、私たちも付き合っちゃう?」


アイラインの伸びたところを拭き取りながら、必死におどけて言うと、チャニョルは眉間にシワを寄せた。

あ、怒らせたかも。

チャニョルは存外に真面目で、そういうことはギャグでも言っちゃいけなかったんだ。あぁ、失敗した。もう今日はダメだし、今日じゃなくてもダメかもしれない。


「そんな風に言うのは好きじゃない」
「分かってるわよ!冗談だって!それに私なんかがチャニョルと付き合ったら大変なことになっちゃうし」
「大変なこと?」
「ほら、トイレに呼び出されて水かけられたりとか!『あんたなんかがチャニョルくんと釣り合う分けないんだからー!!』とか言われてさ!女子は怖いんだから」


なんちゃってー、と笑って立ち上がった窓の外は、だいぶ日が沈みかけていた。


「さ、私たちも帰ろう?」


バッグを掴んで振り返る。
スカートの裾がぱさりと音を立てて揺れた。


私の腕はチャニョルに掴まれて、抱え込まれるようにあの広い胸の中に納まっていて、目の前にはチャニョルのワイシャツの白い海が広がっていた。


「もし……もしもさ、俺たちが40になってもお互いに独り身で、恋愛するのも疲れていい人もいなくてこのまま独りで寂しく年取ってくのかなぁーとか考えてたら、その時は結婚しちゃうってのはどう?」

「……なにそれ」

「本当の意味で余り者同士になったらってこと。だって独りの老後は辛いじゃん?」
「なに言ってんの……チャニョリモテるくせに」
「モテるのと幸せな結婚ができるかは別じゃん?」


遠い未来を想像して私の心臓はバクバクと動いた。それからクスクスと笑いながら話すチャニョルの肩は揺れていたのに、やがて勘違いしそうになるほど沈黙が続いて。

そしてチャニョルはいつもの低い声で笑った。


「あはー!なんちゃって!ベクに涙は似合わないってこと!……でも、泣きたくなったらいつでも言えよ?」
「ありがと……」


ぎゅっと抱き締められて、頭をポンポンと撫でられて。あぁ、私はやっぱりチャニョルが好きだと思った。
欲張りだってまたギョンスに怒られるかもしれない。知ってるよ、自覚あるもん。それでも……チェニという親友も、チャニョルという好きな人も諦めたくなんかないんだから仕方ないじゃん。
二人とも、私の周りにいなきゃいけない人なんだから。





───あなたなら、恋と友情、どちらを取りますか?




なんてバカげた設問の答えは、簡単だ。



『そもそも天秤にかけるもんじゃない』





おわり
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