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ラブミーライト!


初めて左耳にピアスを開けた日、私は初めてオンニと寝た。


隠れてした行為は、震えそうになるほど怖かったし、ずっと不安に包まれていた。オンニが私に触れる手は酷く滑らかで、それがまた怖さを増した。



だって私たちは、付き合ってなんかないから。





ずっと、男の人よりは女の人の方が好きだった。というより男の人は苦手だった。でもそれは恋愛対象としてのどうとかよりも、ただ個体としての嫌悪であって。自分とは違うカタチの体は、なんでかとても気持ち悪いように思ってたし、怖かったから。
そしてそれは大きくなっても変わらなくて、あのゴツゴツと骨ばった体も、低い声も、大きな手足も、恐怖でしかなかった。それよりは、しなやかで柔らかな体や、きゃっきゃとはしゃぐ高い声や、小さくすべすべの手足の方が好きだった。


もしかしたらとは思っていた。
もしかしたら、違うのかもしれないって。


あぁ、やっぱりそうだったんだって思ったのはベクと出会ったときだった。同じような背格好で、それでいて私よりも柔らかで少しだけ膨よかな体は、じゃれて抱きつくには酷く心地が良くて。心臓に甘酸っぱさが弾けて、とても幸せに思えた。笑うとふにゃりと垂れる目尻も、抱きつくたび少しだけ恥ずかしそうに照れる仕草も、おしゃべりのときクルクル変わる表情も、全部が好きだと思ったし、彼女は私のものだと思っていた。



だけど───だけど私は気付いたんだ。
ベクはチャニョルが好きなんだなって。
多分だけど、きっとそう。彼女は言わないけど私にはわかるんだ。だってチャニョルが隣に座ると、ベクは落ち着きなく耳の縁を赤く染るんだもん。あぁ、そうなんだ。って現実を突き付けられた気がした。


彼女の好きと私の好きは、決定的に違うんだ。
苦しいというよりはただ悲しくて、受け止めるには重たすぎた。





そんな時だった。オンニと出会ったのは。


オンニは「可愛い」と言っては私に触れた。
その手は酷く熱が籠っていて、戸惑う私を嘲笑うかのように綺麗な笑みを浮かべていて。熱に侵されるように、私はオンニに嵌まった。
健全だった音楽室がいつの間にか不健全に思えるほど、深く綺麗な二重の瞳に見つめられると動けなくなった。


『チェナ、私の可愛いチェナ』


オンニはいつも私をそう呼ぶ。
あの、高く柔らかな声で呼ばれると心臓が痛いくらいに内側をノックする。


オンニが好き────


その言葉は怖くてまだ言えたことがない。






「あ、チェナ!今日帰りにアイス食べに行こーよ!」


暑くて死にそう!と夏期講習の休み時間、ベクが夏服のブラウスをパタパタと扇ぎながら振り向いた。彼女はいつも健康で健全だと思う。


「あ……えっと……」
「あー、もしかして、先輩?」
「……うん」
「なんだ、そっか」


わかったよ、と笑った彼女の笑顔が曇っていたことに私は本当は気づいていたのに、気づかない振りしかできなかった。
ごめんね、ベク。って心の中で謝った回数なんてもう片手で納まらないくらい。ベクがオンニのことをよく思っていないことは知っている。




オンニの待つ音楽室に駆けていって、呼吸を整えるとガラリとドアを引いた。オンニは「お疲れさま」と笑顔を浮かべて、私の心臓は正直に飛び跳ねた。だけどこんなことは毎回で。開けた先で今日もオンニにキスされるかもしれない、なんて思うと一瞬躊躇ってしまうくせに、結局私はドアを開けるんだ。


「おいで」


オンニのいい匂いに釣られるように、私は鞄を置くとオンニの隣に座った。
夏服のブラウスの襟ぐりは大きく開けられていて、シルバーの小振りのネックレスが鎖骨の間でキラリと光った。ふくよかな胸や括れたウエスト。透けそうに白い肌はひんやりと冷たそうに見えるのに、その手が私に触れるとしっとりと温かいことを知っている。
まるで、ベクとは正反対な大人の色気。


あぁ、どうしてこうなっちゃったんだろう……


そんなことを思いながらオンニのキスを甘んじて受け止めていると、いつものように「私の可愛いチェナ」って言ってゆるりと抱き締められた。背中にまわっていた手がゆっくりと下へ下がっていき、馴れた手つきでスカートの中へ浸食する。


「オンニ……」


ここじゃ嫌です、と眉を下げて見つめれば、オンニはするりと手を抜いて、くすりと笑った。


「チェニがあんまり可愛くはにかむから」
「…………もー、なんですかそれ」


それよりピアノ弾いてください!なんてはしゃげばさっきまでの空気はぴしゃりと切り替わって、やがて優しい音色が広がる。
鍵盤の上を踊るように飛び跳ねる指先を見つめて、それが私に触れるんだと思うと急に恥ずかしさが込み上げた。


オンニが私のことをどう思っているのかとか、オンニにとって私はどういう存在なのかとか、そういう面倒くさいことは考えないようにしている。
この間ギョンスに言った「遊ばれているのかもしれない」という言葉は、本当に本心から出たもので。ギョンスがジュニ先輩の弟と付き合っているからって、私もオンニとそうなれるという証拠にはならない。


不確定で不安定な関係を繋ぐものは、左耳につけたお揃いのピアスだけだから。



「ねぇ、オンニ……」
「なぁに?」
「受験勉強しなくていいんですか?」


こうして毎日のようにオンニと会っているけど、少しだけ気になっていた。オンニは3年生だから。


「私、邪魔じゃないですか?」
「邪魔……?」
「だってオンニ受験生じゃないですかぁ」


言うとオンニは「あはは!」と声をあげて笑いだした。


「チェニもそんな事気にするのね?」
「当たり前です!受験生には気を使うんですよ?」


平気よ、とオンニは笑う。


「それよりチェニと会えない方がきっと死んじゃうわ」
「……なんですかそれ」
「ふふ、いいのよ分からなくて」


オンニは狡い。
いつも私の前を颯爽と歩いてしまうから。私はいつも訳が分からなくて、気付いたときには全て奪われているの。オンニとすることに後先なんて考えたことがないほど、私はオンニに溺れている。






「ベク!ねぇ、ベクってば!」


今日もまた私たちは飽きもせずに夏期講習で。ベクは最近なんだか冷たい。

「なに……?」

腕に抱きついて、しつこく揺すって。ベクはやっと振り向いて返事をした。

「何か最近冷たいね」
「そう?」

そんなことないけど、と呟いたときにはもう目線がそっぽを向いていて。

───そんなことなくない!


叫べない私は、なんて弱虫なんだろう。

彼女の柔らかな二の腕も、ふわりと揺れる細く茶色い髪も、オンニとはまた別の……私の好きなもの。それなのに、時に耳障りに思うほど動き続けていたあの口が、最近は妙に鈍くなっている。
それから。お揃いで買ったペンがペンケースの底で眠っていることや、暑くなったからと理由をつけて着なくなったカーディガンや、彼女の髪を結わせてくれなくなったことなんかに、私はちゃんと気づいていた。


そして今日、ついに鞄につけていた犬のマスコットも外されていた。


それは私たちが一番大事にしていたもの。





ねぇ、ベク。


私が本気であんたを選んだら、あんたは私を選んでくれるの?




ありもしないことを考えて、私は小さく溜め息をついた。




おわり
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