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ラブミーライト!

ギョンス(♂)の話




人間は恋をする生き物だ。
そこに生物学的区別は関係ない。


チェニがあの先輩を選んだのは意外でもなんでもなかった。
ベクは驚いてそして酷く嫉妬していたけど、僕はもうチェニとはただの友達だったから別になんてことはなかった。

その昔、出会った頃僕は、確かにチェニが好きだった。それから、なんでそうじゃなくなったのかと言えば、これはベクにも話していないことで、実は一時期、本当に短い期間だったけど、チェニと僕は付き合っていたんだ。



学祭の準備期間中だったか、たまたま二人になったときに、チェニが「ねぇ私たち付き合ってみない?」と目尻を細めて冗談混じりに言って。僕は心の中で舞い上がって、でもそんな事は顔には出さずに「いいよ」って一言返したんだ。何度かこっそり二人で帰って、手なんかも繋いだような気はするけど、学祭が始まる頃には別れていた。
理由は、チェニがあの先輩を選んだことと重なる。


チェニは「ギョンスなら平気だと思ったんだ」と言った。僕なら、そんなに男らしくない僕なら、友達の延長として付き合えると思ったと。


「でもやっぱり無理だったみたい、利用したみたいで最低だね」


涙を堪えて申し訳なさそうに告げる彼女を、僕は責めることができなかった。

「そっか」とだけ呟いて僕の恋は呆気なく幕を閉じた。
それは、どう頑張っても仕方のない宣告だったんだ。



「ヒョン!」
「ジョンイナ、お待たせ」


そして今、僕はもうひとつベクに隠し事をしている。ベクだけじゃなくみんなにだけど。
それこそチェニになら言えるんじゃないかと考えて、最低だなって思い止まった。そんな繋がりを彼女はきっと求めてない。


「ヒョン、ゲーセン寄ってこうよ」
「いいけど僕はやらないよ」
「いいよ、隣で見てて」


嬉しそうに大口を開けて笑うこの後輩と、僕は付き合っている。男同士だって笑う?それとも引く?別にそんな事はどうでもいいんだ。この、大人びた風貌のわりに意外と子供染みたジョンインが、僕は好きだから。



「ねぇ、キムジョンインじゃない?」


プリクラコーナーという女子の巣窟から出てきた子たちがこそこそと囁いたのが聞こえて思わず眉を寄せた。


「ホント格好いいよねぇ!」
「彼女とかいないのかなぁ」
「えー、聞いたことないけど」
「どんな人と付き合うんだろう……めっちゃ気になる!」



答えは、隣にいるこんなのだ。


ジョンインは1年だというのに、有名人だった。すらりとした手足に褐色の肌、ダンス部のエースで、あのジュニ先輩の弟とくれば有名にならないはずがない。

そんなジョンインが僕に好きだと言ったんだ。
雨の日で、二人で傘をシェアしていたとき。


「おかしいと思うかもしれないけど、ヒョンのことが好きなんだ」


可哀想に、そんなに不安そうな顔をして……

僕は「そう」と答えた。そう、と呟いてそれから、「僕とキスとかしたいと思うの?」と尋ねた。
ジョンインは急に立ち止まって、僕が持っていた傘からはみ出して雨に当たっていた。慌てて引き戻って傘の中に入れると、まっすぐな視線で「思うよ」と呟いた。


「キスだってなんだって、ヒョンとしたい」


しとどに濡れる前髪の間、ジョンインの瞳は酷く真剣で、あぁ、熱に浮かされた瞳ってのはこんなのを言うのかって思った。思って、目が離せなかった。


結局、キスをしたのは僕からだった。
少し背伸びをして、肩に手をついて、唇を重ねた。ジョンインは驚いて目を真ん丸にしていて、僕は可笑しくて笑った。



「僕も思うよ。ジョンイナと全部したい」




そうして僕とジョンインは付き合い始めた。




付き合い初めて、そろそろ3ヶ月が過ぎようとしてる頃だった。
いい加減みんなに話さないとベク辺りは怒って口も利いてくれなくなるかもしれない、なんて苦笑する。


「ヒョン、どうしたの?」


ゲーセンの帰り、ジョンインの部屋に寄って怠惰な時間を過ごしていると、不思議そうに尋ねられた。


「あぁー、うん。そろそろみんなに言った方がいいのかなぁって」
「みんなって?」
「チャニョルとベクとチェニ」
「あー、ヒョンの友達ね」


紹介してくれるの?と笑うから、君がいいなら、と言うと「良いに決まってるじゃん」とまた笑った。


「で、ヒョンの元カノはどっちでしたっけ?」
「どっちも違うよ」
「えー?ホントに?」
「ホントに」


小さな嘘は、僕とチェニの二人だけの秘密だ。彼女はそんなことを願ってないかもしれないから、とても身勝手に聞こえるかもしれないけれど。
僕はジョンインが本当に好きだけど、チェニはきっと、ずっと僕の特別な人で有り続けると思う。叶わなかった恋はそんなもんなのかもしれないと言ってしまえばそれまでだけど、心の奥底に閉まっておくくらいは許してほしい。
ジョンインを裏切ってるとかそんな話ではないのだから。





階下から「ただいまー」と声が聞こえて、ジョンインはドアを少し開けると顔を覗かせて「おかえり」と返した。


「ギョンスくん来てるの?」
「あぁ、うん」
「あ、おじゃましてます」
「いらっしゃい」


ジョンインの姉であるジュニ先輩は相変わらず帰りが遅い。生徒会の引き継ぎで忙しいのだと前にジョンインが言っていた。


「ねぇ、ヌナ。ヒョンが友達に言うっていうんだけど、なんか注意点ある?」
「あんたたちの関係を?」
「うん」
「へぇ、言うんだ。意外」
「なんで?」
「ギョンスくんってそういうの嫌がるタイプかと思ってたから」


視線を向けられて思わず「あぁー」と苦笑した。自分でもそう思う。だけど今まで言えなかったのは秘密主義とかそんなことではなくて、単純にこの関係が続くのか不安だったからときう理由だ。3ヶ月が過ぎようとして、もう大丈夫かもしれないと少しだけ自信がついたのだ。それだけ同性同士の関係が危うい自覚はある。


「本当に仲のいい友人にだけです」
「そっか。いいんじゃない?そりゃ驚くかもしれないけど、きっとみんな受け入れてくれるわよ」


ジョンイナも反対されないようにしっかりしなさい。

そう言って先輩は自室へと戻っていった。


「なんか今でも不思議」
「なにが?」
「ジョンイナと先輩が姉弟ってのが」
「はは、今さらじゃん」


ジョンインは甘えるように触れるから、僕らは小さく重ねるだけのキスをした。




そうして僕は、次の日の昼休み、みんなに打ち明けることにした。



***




「あのさ、実はみんなに隠してることがあって」

「なに?今さら」


ベクだけが言葉を返して、チャニョルとチェニはじっとこちらを見ていた。


「うん、実はさ。付き合ってる人がいるんだ」


やや間があいて「うそー!!だれ?いつから!?聞いてないんだけど!!」と言ったのはやっぱりベクだった。


「だれ?だれ?俺らの知ってる人??」
「あー、うん。多分知ってると思う」
「え?うそ!誰だろう」
「1年、のさ……」


意を決して、その名前を口にする。


「───キムジョンイン」



「え……」


皆一斉に固まったのが分かった。

それから、ガタンと音がしてチェニが教室から駆け出した。僕は「ごめん」と言って彼女を追いかけた。



「チェナ……!」


追いついて腕を掴んで、渡り廊下の方まで引っ張った。


「ギョンス……痛いよ」
「あ、ごめん」
「ねぇ、それってさ……私への当て付け?」
「え……?」
「女の人が好きだからって振った私への当て付けなのかなぁって……」
「まさか!」


そんなこと、微塵も考えたことがなかったというのに。


「僕らが付き合ったの、いつの話だと思ってるんだよ」
「そっか……そうだよね」


ごめんね、とチェニは眉を下げて苦笑した。


「なんだか気が動転しちゃって……」
「僕もさ、なんでこんなことになっちゃったのか分からないんだけど……でもジョンイナが好きなんだ」
「そっか……お互い面倒くさいね」
「うん、確かに。チェニは?先輩とうまくいってる?」
「よく分からない。遊ばれてるのかもしれないし……」


チェニは最近綺麗になったと専らの噂だった。僕もそう思う。そしてそれは、きっとあの先輩によるもので……


「ねぇ、チェナ。僕はさ、もちろんアイツが好きだけど、女子の中では今でも君が一番好きだよ」
「なにそれ……変な括り」
「ほんと、馬鹿げた話だけどね」


くつくつと笑って、僕らは教室へと引き返した。


来世では、君と付き合える人生が良いなって思う僕はやっぱり懲りてないのかもしれない。僕らのピースは決定的に噛み合わないというのに。



教室に戻ると、チャニョルとベクが心配顔で待っていた。


「ごめん……ちょっとビックリしちゃって」


チェニが呟くと、ベクは「そうだよね、私もすごいビックリしたし」とチェニに抱きついていた。


「あんまりビビって、二人ってワケアリだっけ?ってベクと言ってたんだよ」
「なんだよそれ」
「だってほら、二人お似合いだったから」
「そんなわけあるか。君たちの方こそ、そろそろくっついたらどうなんだよ」



「やー!!!ドギョンスー!!!」




真っ赤になって叫ぶベクと、ポカン口を開けて不思議そうにするチャニョルと、あははと楽しそうに笑うチェニと、それから悪戯が成功したような気分の僕。




歯車は今日も正しく回る。





おわり
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