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クリスマスパラレル小話





俺には秘密がある。


誰に打ち明けたらいいのかよく分からない秘密。
誰に言っても信じてもらえないような秘密。
夢のようなホントの話。
いや、夢であってほしかった話───




今年もあの日が近づいている。
テーブルの上に並ぶおもちゃのガラクタを眺めて、俺はひとつ溜め息をついた。

いつまでこんなことが続くんだろう。
気づいてないはずがないだろうが!


子供の頃から夢見がちな両親は、増え続けるクリスマスプレゼントに何の疑問もなく『いい子にしてたからきっとサンタさんが来てくれたのね』と笑顔をこぼした。

そんなわけでもあるか!
俺はもう今年で25だ!


なんの嫌がらせかと思うほど、俺の枕元には毎年クリスマスプレゼントが置かれていくのだ。ぬいぐるみから始まり、サッカーボール、色鉛筆のセット、辞書なんて年もあった。
10代も半ばになった頃から、さすがにコレはおかしいと思って両親に「もうそろそろサンタはいいよ」って言ったのに、それは自分達じゃないと言われ、さっきの言葉を言われたのだ。
そして結局その後もプレゼントは増え続けた。不気味なプレゼント。
どうにか正体を突き止めてやろうと必死に目を擦りながら起きていたけど、いつもプレゼントが置かれる頃には眠気に負けてその姿を見ることは叶わなかった。

そうして、どうにか正体を確認できたのは20歳の時だ。
さすがにもう成人したんだから来ないだろうと思っていたけど僅かな可能性を捨てきれずに寝た振りをして過ごしていると、静かに窓が開いて冷たい風が吹き込んできて誰かが入ってきたのに気づいた。ちなみに窓の鍵なら閉めたのをちゃんと確認していた。
さぁ、お前の正体は何者だ!?と突き止めてやろうとした時、男の声が小さく聞こえて、耳元で「メリークリスマス」と優しく囁かれた。
俺は、ドキンと心臓が跳ねて、結局目を開けることが出来なかった。


二人いたのか、もう一人の男が「行きますよ」と小声で言っているのが聞こえた。その男は「もうちょっと」と言って俺の頭を撫でて。そして、「また来年ね」って名残惜しそうに呟くと窓の方へと歩いていったんだ。本当に足音が静かだったのを覚えている。

俺はその時どうにか姿を見てやろうとこっそり薄目を開けた。


窓の向こうへ消えていく後ろ姿。

それから、
トナカイへと変化していく───



俺はその姿に呆気にとられた。


サンタじゃないのかよ……



そう、俺の元に来ていたのは、サンタではなくトナカイだったのだ。

美しい角を持つトナカイ───






「どうしたんですか、ヒョン」
「いや……」


可愛がっている後輩のジョンデとベッキョンを誘って喫茶店でお茶していると、いつものお店はクリスマス仕様に姿を変えていて、トナカイを見るとあいつを思い出していた。

どうしたものか……と。


「そういえばお前ら今年のクリスマスはデートでもすんの?」


二人とも去年の今頃恋人ができたと言っていて、遠距離なのか、忙しい人なのか、あまり会うことが出来ないと言っていた。


「いえ、クリスマスは特に忙しい人なんで」とジョンデが苦笑すると、「俺んとこも」とベッキョンも同意した。


「じゃあ今年もみんなで鍋でもするか!」
「わぁ!やったー!」


ジョンデが一人暮らしをしてるアパートでみんなでクリスマス鍋パーティーをするのは、もはや毎年の恒例だ。


「じゃあ材料準備しときますね」
「あ!じゃあ俺酒買ってく~!」
「えっと、じゃあ俺は……あ、ケーキ買ってくよ」
「わぁー!丸いやつにしてくださいね!」
「はは!分かったよ」






そして12月24日、
俺は予約していたケーキを取ってジョンデのアパートへと向かった。


「いらっしゃ~い!雪降ってました?」
「うん、さっき降りだしてきて」
「ホワイトクリスマスですね」
「はは!ベッキョンは?」
「今向かってるってさっき連絡ありましたから、ヒョンも座って待っててください」


奥へと通されると、ジョンデ渾身のクリスマス飾りがされていて、部屋中賑やかだ。


「これ、お前やったの?」
「はい、手伝ってもらってですけど」
「ベッキョナ?」
「いえ、恋人です……」


恥ずかしそうにジョンデはもごとごと口にする。クリスマス前に一日だけ休みが取れるのでその時に、と言っていた。
ジョンデの恋人もベッキョンの恋人も何の仕事をしているのか触れてはいけないみたいで聞いてないが、クリスマス前にしっかり二人でお祝いをしたのならよかった、とこちらまで幸せになった。


「メリークリスマス!」とベッキョンが大量の酒を持って入ってきたところで、俺たちのクリスマスパーティーは始まった。


「酒重かっただろ?」
「はい、腕ちぎれるかと思いましたよ!ヒョン手伝ってくれてもよかったのに」
「はは!俺もさっき着いたところだったんだ」


みんなでジョンデ特製のキムチチゲをつついてヒーヒーと火を吹く。ジョンデの料理はいつも辛いのだ。文句があるなら僕に作らせないで、とジョンデは満足そうにその激辛のチゲを口に頬張っていた。

とにもかくにも、辛い料理は酒によく合う。
酒に弱いベッキョンは、ケーキを食べたところで早々に眠りこけてしまい、俺は後片付けをしようとするジョンデを捕まえて、「だからさぁ」と何度も同じ話を繰り返した。

何の話かって?

それはほら、二人の恋人の話。
酒でも入ってないと、俺には聞き出せないから。

「怪しい人じゃないんだよな?」
「だから何度も言ってるじゃないですか、大丈夫ですって」
「だってクリスマスに会えないなんて、二股か!?既婚者か!?」
「違いますって。クリスマスが忙しい仕事の人なんです!」
「デパートとか?」
「まぁ、そんなところ」


ジョンデは苦笑を浮かべながらもテーブルの上を片付けていく。


「それよりヒョンっていつまで実家にいるんですか?もう25でしょ?」


社会人なんだしそろそろ出ればいいのに、とジョンデは俺の話にすり替えた。すり替えられたな、とは気づいたけど、もうだいぶ酔っぱらってる俺にはうまくかわせるはずもない。


「そうなんだよなぁ……そろそろ出たいんだけどさぁ」
「なんかあるんですか?親とか?」
「いや、親は別に……」


俺の気がかりはあのトナカイだけだ。
もし俺が引っ越したら、あのトナカイはどうするだろう、って。それだけが俺を実家に留まらせている理由だ。
だけどこんなことジョンデに言えるはずもなく……

今夜も来るのかなぁ、と思って時計を見ると、もうとっくに0時を過ぎていて、丑三つ時を迎える頃だった。


「あ……ヤバいっ!帰るわ俺」
「え?」
「いや、俺帰らなきゃ」
「そんなに酔っぱらって、こんな時間に帰るんですか?」
「うん、悪い」
「ダメですよ!危ないですから!」
「いや帰る!」


帰らなきゃいけないんだ。
今年もあのトナカイが来るかもしれないから。一年に一度しか会えないんだ。だから俺は帰らなきゃ。早く帰らなきゃ間に合わなくなってしまう。


「本当に大丈夫ですか?泊まってってもいいんですよ?ベッキョナもどうせこのまま泊まってくし」
「いや、ゴメン。途中でタクシー拾うから大丈夫」

そう言って帰る支度をして、心配そうに眉を下げるジョンデの肩をひとつ叩いて、俺は玄関へと向かった。
下駄箱の上に飾られたユニコーンがこちらを見て笑ったような気がした。




外に出るとだいぶ降ったのか、うっすらと雪が積もっていた。アルコールで火照った身体から吐き出した息が白く広がる。ぎゅっぎゅと雪が鳴く音を聞きながら転ばないようにと急ぎながらも慎重に歩いた。通りへ出ると宣言通りタクシーを拾って帰路へついた。


両親はもうとっくに寝てるだろうからと、ひっそりと階段を上る。
例年の時間なら、ここへ来るのは明け方前だ。ギリギリ間に合うはず。早く布団に潜らなくては。



俺は……本当は、いつの間にか待ち望むようになっていたんだ。

何歳まで来てくれるんだろうかと、最近は毎年不安に思っている。今年こそはもう来ないんじゃないか、って。
いつも後ろ姿とトナカイの姿しか見たことがない。気づいてない振り。帰り際の頭を撫でる優しい手。柔らかな声。
俺が気づいていることに向こうも気づいてしまえば来なくなるんじゃないかと思って、ずっと気づかない振りをしてきた。
気づいてないから、だから今年も来てほしい。なんてそこまで思ってる自分に少しだけ驚いた。


階段を上りきって、自室のドアをゆっくりと開ける。暗闇の中、すぐにベッドへと目をやるとプレゼントがなくて、間に合ったかとホッと息を吐いた。


さて早く着替えて布団に入らなきゃ、と上着を脱ぎかけたとき……ガチャガチャと小さく音が鳴って、えっ……と窓の方を見やるとガラッと開かれた窓から侵入してくる男の姿。



あ、え……ど、どうしよう……!



咄嗟のことに頭が回らない。


真っ暗な室内にカーテンの隙間から光が差した。




「あ……」






初めて、その人の顔を見たんだ。


とても綺麗で、清んだ瞳をしたその人を───




向こうも俺に気づいたのか固まっていて、その大きな瞳をぱちりとひとつ瞬けば、暗闇の中にキラキラと星が舞ったような気がした。


「…………ごめんなさいっ!」


背を向けたその人の腕を、俺は咄嗟に掴んでいた。


「待って……!」
「いや、あの……!」


ゴトン、とその人の掌からスノードームが落ちた。
キラキラと球体の中で金粉が舞ったそれは、どうやら今年のプレゼントらしい。



「ごめん気付いてたんだ、本当は……」
「え……」
「毎年、プレゼントを運んでくるトナカイのこと……でも気づいちゃダメなのかなぁと思って寝たフリしてた。ごめん、」


それからありがとう、と照れながらも言うと、「ミンソガっ!」と言って勢いよく抱きついてきたトナカイ男。


「わぁっ!」
「あぁー!どうしよう!可愛い!起きてる姿も喋ってる声も全部可愛い!!もー!なんでもっと早く声かけてくれなかったの!?」
「えぇ!?あの、ちょっと!」
「あーもー!可愛い!食べちゃいたい!」


俺の話を無視して、そのトナカイ男はぎゅうぎゅうと抱きついてくる。
なんかちょっとイメージと違うんだけど……
ていうか、トナカイのくせに俺より背が高いってどうなんだよ。




「あの~……」

「……!」


窓の向こうにサンタの格好をした男が立っていて、俺は咄嗟にトナカイ男をべりっと剥がした。


「お取り込み中のところ悪いんだけど、そろそろ行かないと夜が明けちゃうんで……」
「えー!もう!?せっかくいいところだったのに!ねぇチャニョラちょっと聞いてよ!」


ミンソガ僕のこと気付いてたんだって!とその人はサンタに向かって興奮ぎみに話し出した。俺は床に転がっていたスノードームを拾い上げてそれを転がした。キラキラと光る金粉の中にトナカイが立っていて可笑しくて小さく笑った。



なんだ、このクリスマスは!


「分かりましたから!そろそろ行かないとホントに怒られますよ?俺まだクビになりたくないですから」


あ、それから!とそのサンタは俺に向かって口を開く。


「俺たちのこと、絶対口外しないでくださいね!クビになったら困るんで!」
「うん、あ、あぁ……」


早く行きますよ!とサンタに急かされて、トナカイ男は「じゃあまたね」と笑顔を向けた。


え、もう行くの……?


俺、完全においてけぼりなんですけど……




「ちょっと待って!」と咄嗟に俺はトナカイ男の手を掴んでいた。


「なぁに?」
「あんたの名前は?」
「ルハン、夜明けの鹿って書くんだ」


ピッタリでしょ?とキラキラと輝く瞳を三日月のように細めて笑うと、やっぱり星が散らばったような気がした。


「……あの、また来年まで会えない?」


俺は何を口にしてるんだろう。

だって何となく、このまままた来年のクリスマスまで会えないんじゃ淋しいかなぁーって。
せっかくこうして話せたのに……


「えっと、来てもいいならまた来るけど、っていうか、いいの……?」


不安げに揺れる丸い瞳に「いいよ」と呟く。


「嬉しい!」と言って抱き締められて。俺はクリスマスの夜、トナカイ男に唇を奪われた。




今年のプレゼントはとんでもないな、なんて火照った身体はきっと飲み過ぎ酒のせいだ。




おわり
MerryChristmas!!2016
コメントお礼文
161218~170119
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