ラブミーライト!
ベク(♀)の話
初めて買った香水は、フローラルだかフルーティーだかよく分からないけど、ネットで調べた一番人気のものだった。
高々香りに何千円もかける意味がわかんなかったから、今までそんなものにはまったく興味はなかったんだけど、どうして急に買おうと思ったかといえば、アイツが───チャニョルがそういう細かいアイテムにまで気を使うお洒落さんだったから。
好きな男に合わせるとかくだらなすぎて絶対にあり得ないと思っていたのに、自分で思っていたよりも遥かに、私はアイツの顔色を伺っているらしい。
「ベク!あれ?香水つけた?」
「あぁ……うん」
「いい香りだね、ベクに似合ってるよ」
何も考えずに選んだっていうのに、チャニョルはその香水を似合うと言って褒めた。それが本当に何も考えてないようで、あまりにもカチンと来たから隣にいたチェニにも付けてあげた。人気あるやつ選んだんだから、どうせ誰にだって似合うでしょと言わんばかりに。小さな小さな抵抗だ。
チェニは一番の親友で、私たちはなんでもお揃いを好んだ。カーディガンやバッグや、それにつける犬のチャームまで。色違いや形違い。二人で出掛けるときは色違いのブレスレットやワンピースを事前に打合せして身につけるのが恒例なくらい。双子になりたかったというよりは、前世では双子だったんじゃないかと思ってる。チェニの髪は私が結ってあげるし、私の髪はチェニが結ってくれる。
そんなチェニは最近恋をしている。
私じゃない女の人に。
親友のポジションを取らるんじゃないかと思ったのは、チェニが私に何も言わずにピアスを開けた時だった。左耳に開けられたそれを、チェニはあの先輩と一緒に開けたんだと恥ずかしそうに、嬉しそうに言った。
私は別にチェニと恋愛がしたいわけじゃない。あの二人の関係とは明確に違うんだ。だけど同時に、恋とか友情とか、そんな区別は無意味なんだと思う。単純に、あの先輩に嫉妬しているのだから。
「君は欲張りだね」と笑ったのは友達のギョンスだった。
私とチェニと、チャニョルとギョンスと。私たちは四人で仲良しグループだ。友達は他にもたくさんいるけど、主にこの四人で行動を共にしている。
「は?なにが?」
「別に、気づいてないならいいんだけど」
「なにそれ!気になる言い方しないでよ!」
パシン、と叩くと怪訝な瞳を向けられる。
ギョンスと私は、お互いに絶対に好きになるタイプではないという同意見の下、四人の中でも取り分け男女の友情を越えた仲だった。平たく言えば、ギョンスは昔チェニが好きだったのだ。これは私だけが知っている秘密。そして私はチャニョルが好きで、それを知っている唯一の人がギョンスということ。要するに、お互いに恋愛相談をする仲だ。
「だって君はチャニョルが好きなんでしょ?なのにチェニの先輩にまで嫉妬するなんてさ。自分で言ってて可笑しいと思わないの?」
「それは!……もちろん思うけど」
もー!ギョンスにはどうせ分からないわよ!と叫ぶと、「なら僕に相談するな」と冷たくあしらわれた。
「何やってんの、二人して」
不意に現れたチャニョルは躊躇うことなく私の隣に座った。そんな小さなことが嬉しく思うくらいには、チャニョルのことが好きだったりする。
「別に。ただの雑談」
ね、ギョンス!と話を振ると、笑う寸前みたいな顔をするから、頭に来て机の下で足を蹴飛ばした。
「チェニは?」
「先輩のとこー」
「そっか。最近いつもいないからなんか寂しいよな」
「うーん、まぁー」
「あ、今日帰りマック寄ってく?」
「いいけど奢ってくれるの?」
「はは!いいよ。バイト代入ったばっかだし」
「やった!さすが売れっ子モデルは違うね」
「ただの読モだろ」
ギョンスも行くよな?とチャニョルが尋ねると意外にも「いや、僕は寄るとこあるから」と断った。
「えー!もったいない!せっかくチャニョリが奢ってくれるって言ってるのに」
「いいよ別に。悪いけど二人で行って」
ギョンスが発した『二人で』という言葉に思わず反応して固まりかけると、チャニョルはあっさりと「じゃあたまにはそうするか」と言ってのけたもんだから、じわりじわりと耳の端から赤くなってくるのが分かった。
今日は髪の毛下ろしててよかったな。
放課後になって、じゃあ行くか、とチャニョルに声をかけられて並んで教室を出た。
校内では私たちが仲のいいグループだということがわりと知れ渡っているせいか、特に気にはしたことがなかったけど、一歩外へ出るといつも居たたまれなくなる。
こんなイケメンと私が並んでもいいんだろうかって。二人の時は尚更に。この私がそんな風に思ってしまうくらいには、あらゆる視線が突き刺さるのだ。
チャニョルは今年の春頃からスカウトされて読者モデルの仕事をしている。イケメンで背も高くて、おまけにお洒落さんだ。
そりゃモテモテだよねぇ、なんてチェニと笑い話をしていたとき、「でも私はないかな」とチェニが言ったのが不思議で仕方なかったくらいだ。その時チェニはチャニョルとギョンスだったらギョンスの方がいいかなって言ってたので、この二人がくっつくのも時間の問題かなぁって思ったのに、チェニはあの先輩を選んだ。
あぁ、思い出したらまた憂鬱だ。
「ベク?どうした?」
「別にー。そういえばチャニョリってさぁ、彼女とか作んないの?」
あ、編集部の人に禁止されてるとか?と言うとチャニョルは「まさかぁ!」と笑った。
「別にアイドルじゃないんだからそんな事いわれないよ」
「そうなの?てっきり禁止されてるかと思ってた」
「なんで??」
そう言って不思議そうにチャニョルはハンバーガーとポテトとシェイクの乗ったトレーをテーブルに乗せた。
「だって全然彼女とか作らないから」
「あぁー、だってほら、好きな人いるし」
その爆弾は、思いの外強烈だった。
「そ、うなんだ……」
うん、とチャニョルは何でもないように頷いてポテトを口に運んだ。
そのあとの話は、ほとんどが耳に入ってこなかった。せっかく、チャニョルと二人きりになれたというのに。デート気分は早々に削がれたのだ。憂鬱なことばかりが耳に入る。
チャニョルも。チェニも。
私を一番には選んでくれない。
例えばあのチェニの先輩みたいに飛び抜けた美人な訳ではない。スタイルだって良いわけじゃないし、セクシー系でもない。どちらかと言えば可愛い系だけど、それだって強いていうならって程度だ。愛嬌だけはある方だと思うけど、それを可愛いと思ってくれるかは好意によるところが大きいような気がする。
「くくくっ……はははは!」
真剣に悩んで凹んでたっていうのに、チャニョルが可笑しそうに笑い初めて、思わず「なに!?」と声をあげた。
「うそだって!」
「は……?」
「いないよ、好きな人なんて」
この男は……毎度ムカつく。
「からかっただけ。ベクどんな反応するかなって。そしたら思いの外凹んじゃったからビビったわ!」
「だ、だって……!」
「そんなに俺に彼女できるの嫌なの?」
そうだよ、当たり前じゃん!って言葉はもちろん綺麗に飲み込んだ。
「なにそれ!語弊があるんだけど!」
「そうなのかと思ったんだけど」
「ち、違うよ!ほら!彼女できたらこうやって遊んだりできなくなるのかなぁって思っただけで」
「あぁ、なーんだ」
チャニョルはつまんなそうに口にしたけど、私は、とにかく墓穴を掘らないようにするので手一杯だった。
「でも俺、彼女できてもベクたちのこと優先すると思うよ。てか、むしろそこに口出しするような子とは無理だと思うし」
なのにチャニョルはやっぱりバカみたいなことを口にするから、私は呆れてなにも言えなくなった。
そんなの、私は友達確定ってことじゃん。
この店の、なにも知らない他のお客さんたちからはカップルに見えたっておかしくないっていうのに。実情はこんなもんだ。
誰か、友達から恋人に発展する方法を教えて下さい。
わりと切実に。
おわり
初めて買った香水は、フローラルだかフルーティーだかよく分からないけど、ネットで調べた一番人気のものだった。
高々香りに何千円もかける意味がわかんなかったから、今までそんなものにはまったく興味はなかったんだけど、どうして急に買おうと思ったかといえば、アイツが───チャニョルがそういう細かいアイテムにまで気を使うお洒落さんだったから。
好きな男に合わせるとかくだらなすぎて絶対にあり得ないと思っていたのに、自分で思っていたよりも遥かに、私はアイツの顔色を伺っているらしい。
「ベク!あれ?香水つけた?」
「あぁ……うん」
「いい香りだね、ベクに似合ってるよ」
何も考えずに選んだっていうのに、チャニョルはその香水を似合うと言って褒めた。それが本当に何も考えてないようで、あまりにもカチンと来たから隣にいたチェニにも付けてあげた。人気あるやつ選んだんだから、どうせ誰にだって似合うでしょと言わんばかりに。小さな小さな抵抗だ。
チェニは一番の親友で、私たちはなんでもお揃いを好んだ。カーディガンやバッグや、それにつける犬のチャームまで。色違いや形違い。二人で出掛けるときは色違いのブレスレットやワンピースを事前に打合せして身につけるのが恒例なくらい。双子になりたかったというよりは、前世では双子だったんじゃないかと思ってる。チェニの髪は私が結ってあげるし、私の髪はチェニが結ってくれる。
そんなチェニは最近恋をしている。
私じゃない女の人に。
親友のポジションを取らるんじゃないかと思ったのは、チェニが私に何も言わずにピアスを開けた時だった。左耳に開けられたそれを、チェニはあの先輩と一緒に開けたんだと恥ずかしそうに、嬉しそうに言った。
私は別にチェニと恋愛がしたいわけじゃない。あの二人の関係とは明確に違うんだ。だけど同時に、恋とか友情とか、そんな区別は無意味なんだと思う。単純に、あの先輩に嫉妬しているのだから。
「君は欲張りだね」と笑ったのは友達のギョンスだった。
私とチェニと、チャニョルとギョンスと。私たちは四人で仲良しグループだ。友達は他にもたくさんいるけど、主にこの四人で行動を共にしている。
「は?なにが?」
「別に、気づいてないならいいんだけど」
「なにそれ!気になる言い方しないでよ!」
パシン、と叩くと怪訝な瞳を向けられる。
ギョンスと私は、お互いに絶対に好きになるタイプではないという同意見の下、四人の中でも取り分け男女の友情を越えた仲だった。平たく言えば、ギョンスは昔チェニが好きだったのだ。これは私だけが知っている秘密。そして私はチャニョルが好きで、それを知っている唯一の人がギョンスということ。要するに、お互いに恋愛相談をする仲だ。
「だって君はチャニョルが好きなんでしょ?なのにチェニの先輩にまで嫉妬するなんてさ。自分で言ってて可笑しいと思わないの?」
「それは!……もちろん思うけど」
もー!ギョンスにはどうせ分からないわよ!と叫ぶと、「なら僕に相談するな」と冷たくあしらわれた。
「何やってんの、二人して」
不意に現れたチャニョルは躊躇うことなく私の隣に座った。そんな小さなことが嬉しく思うくらいには、チャニョルのことが好きだったりする。
「別に。ただの雑談」
ね、ギョンス!と話を振ると、笑う寸前みたいな顔をするから、頭に来て机の下で足を蹴飛ばした。
「チェニは?」
「先輩のとこー」
「そっか。最近いつもいないからなんか寂しいよな」
「うーん、まぁー」
「あ、今日帰りマック寄ってく?」
「いいけど奢ってくれるの?」
「はは!いいよ。バイト代入ったばっかだし」
「やった!さすが売れっ子モデルは違うね」
「ただの読モだろ」
ギョンスも行くよな?とチャニョルが尋ねると意外にも「いや、僕は寄るとこあるから」と断った。
「えー!もったいない!せっかくチャニョリが奢ってくれるって言ってるのに」
「いいよ別に。悪いけど二人で行って」
ギョンスが発した『二人で』という言葉に思わず反応して固まりかけると、チャニョルはあっさりと「じゃあたまにはそうするか」と言ってのけたもんだから、じわりじわりと耳の端から赤くなってくるのが分かった。
今日は髪の毛下ろしててよかったな。
放課後になって、じゃあ行くか、とチャニョルに声をかけられて並んで教室を出た。
校内では私たちが仲のいいグループだということがわりと知れ渡っているせいか、特に気にはしたことがなかったけど、一歩外へ出るといつも居たたまれなくなる。
こんなイケメンと私が並んでもいいんだろうかって。二人の時は尚更に。この私がそんな風に思ってしまうくらいには、あらゆる視線が突き刺さるのだ。
チャニョルは今年の春頃からスカウトされて読者モデルの仕事をしている。イケメンで背も高くて、おまけにお洒落さんだ。
そりゃモテモテだよねぇ、なんてチェニと笑い話をしていたとき、「でも私はないかな」とチェニが言ったのが不思議で仕方なかったくらいだ。その時チェニはチャニョルとギョンスだったらギョンスの方がいいかなって言ってたので、この二人がくっつくのも時間の問題かなぁって思ったのに、チェニはあの先輩を選んだ。
あぁ、思い出したらまた憂鬱だ。
「ベク?どうした?」
「別にー。そういえばチャニョリってさぁ、彼女とか作んないの?」
あ、編集部の人に禁止されてるとか?と言うとチャニョルは「まさかぁ!」と笑った。
「別にアイドルじゃないんだからそんな事いわれないよ」
「そうなの?てっきり禁止されてるかと思ってた」
「なんで??」
そう言って不思議そうにチャニョルはハンバーガーとポテトとシェイクの乗ったトレーをテーブルに乗せた。
「だって全然彼女とか作らないから」
「あぁー、だってほら、好きな人いるし」
その爆弾は、思いの外強烈だった。
「そ、うなんだ……」
うん、とチャニョルは何でもないように頷いてポテトを口に運んだ。
そのあとの話は、ほとんどが耳に入ってこなかった。せっかく、チャニョルと二人きりになれたというのに。デート気分は早々に削がれたのだ。憂鬱なことばかりが耳に入る。
チャニョルも。チェニも。
私を一番には選んでくれない。
例えばあのチェニの先輩みたいに飛び抜けた美人な訳ではない。スタイルだって良いわけじゃないし、セクシー系でもない。どちらかと言えば可愛い系だけど、それだって強いていうならって程度だ。愛嬌だけはある方だと思うけど、それを可愛いと思ってくれるかは好意によるところが大きいような気がする。
「くくくっ……はははは!」
真剣に悩んで凹んでたっていうのに、チャニョルが可笑しそうに笑い初めて、思わず「なに!?」と声をあげた。
「うそだって!」
「は……?」
「いないよ、好きな人なんて」
この男は……毎度ムカつく。
「からかっただけ。ベクどんな反応するかなって。そしたら思いの外凹んじゃったからビビったわ!」
「だ、だって……!」
「そんなに俺に彼女できるの嫌なの?」
そうだよ、当たり前じゃん!って言葉はもちろん綺麗に飲み込んだ。
「なにそれ!語弊があるんだけど!」
「そうなのかと思ったんだけど」
「ち、違うよ!ほら!彼女できたらこうやって遊んだりできなくなるのかなぁって思っただけで」
「あぁ、なーんだ」
チャニョルはつまんなそうに口にしたけど、私は、とにかく墓穴を掘らないようにするので手一杯だった。
「でも俺、彼女できてもベクたちのこと優先すると思うよ。てか、むしろそこに口出しするような子とは無理だと思うし」
なのにチャニョルはやっぱりバカみたいなことを口にするから、私は呆れてなにも言えなくなった。
そんなの、私は友達確定ってことじゃん。
この店の、なにも知らない他のお客さんたちからはカップルに見えたっておかしくないっていうのに。実情はこんなもんだ。
誰か、友達から恋人に発展する方法を教えて下さい。
わりと切実に。
おわり