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最後の恋シリーズ

「あれ?ギョンス?」


ガヤガヤと御一行が入店してきたと思えば、同期のチャニョルとベッキョンだった。


「チャニョラ、ベッキョナ。珍しいね、二人?」
「なにそれどういう意味?」
「合コンばっかりやってるから」
「あはは!反論できないけど!」
「ギョンスは?友達?」
「いや、うちの新人だよ」
「あぁ!例の教育係のやつ!」
「うん」


親しく話したあと二人は勝手にジョンインにも挨拶をして「詰めて」と言って同じテーブルに着いた。


「ちょっと勝手に」
「いいじゃん同じ会社なんだから。別の席に座るなんて水くさいじゃん」


「ねぇ?」なんてベッキョンに同意を促されたジョンインは戸惑いながらも頷いていた。

僕は、少しほっとした。


あーでもないこーでもないと、二人は冗談混じりにひたすら喋っている。
ジョンインと僕は圧倒されながらも二人の話に相槌を打ちながらお酒を飲んでいた。


「ジョンインくんって彼女とかいるの?」
「え……?」
「いるでしょ!モテそうだもん!世の中の女子が放っておかないだろ」
「そうだよな。あ!彼女の友達紹介してよ!」
「さすがチャニョラ!抜け目ないやつめ!」


笑いながら詰めてくる二人に戸惑うように、ジョンインは僕には視線を寄越した。


「彼女、いないんで」


この前耳を塞いで閉ざした答えを、彼は簡単にこの耳に吹き込んだ。真っ直ぐに射抜くような目線で僕を見つめて。

ドキンと心臓が音を立てた。

僕に言ってることなんて、簡単にわかる。
だけどなんで?なんで僕に言う?
期待しそうになるからやめて欲しい。都合よく変換する脳みそと心臓。僕の想いは、すでに7年物なんだ。


「マジで!?もったいない!」
「あ!一人に絞るのが面倒くさいタイプとか?」
「いやいや、チャニョリじゃないんだから」
「どういう意味だよ!俺は一途だっての!」
「はは!あり得ないし」
「ひどっ!」

「いや、別にそんなんじゃ……」

「え、じゃあなに、ジョンインくんも『忘れられない人がいるんで』とか言っちゃう系?」


チャニョルの一言に思わず心臓が飛び跳ねたのは僕の方だ。咄嗟にチャニョルを睨み返すと正面からまた視線が突き刺さった。


「はは!チャニョリ怒られた」
「あは」


あ、そういえばこないださぁ、と逃げ足の速い二人はすでに話題をすり替えて次の関心事へと話は移り変わっていた。
胸を撫で下ろしてビールを口にすると、やっぱり視線が突き刺さったままで。


こんなのきっとバレバレだ。


忘れられない人───それは正に君だって。


別にやり直したいわけじゃない。
思い出は思い出として大事に仕舞っておきたい方だし。
ずっと、何も変わらない毎日の中で、いつも少しだけ気がかりだった人。
ふとした仕草に昔を思い出して、あぁやっぱり好きだな、って思うくらい許して欲しい。




「ねぇヒョン、さっきのって俺のこと?」
「え……?」


帰りの道すがらジョンインが呟いた言葉に、心臓が飛び跳ねてじわりと嫌な汗をかく。
思わず立ち止まった僕はおいてけぼりだ。


「忘れられない人がいるって。ヒョンのことでしょ?」


数歩先で振り返った彼の背中越し、ネオンがぼんやりと光っている。


「酔った勢いで言うから、明日忘れててもいいんだけど、」


───もう一回、やり直さない?



かちりと時間が止まったようだ。

なんで君はそんなことを言えるんだ。
僕らはあんなに喧嘩ばっかりしてたっていうのに。やり直したって上手くいくわけないんだ。7年の時間は取り戻せないし、僕の時計はあの時で止まっている。


「またこうやって一緒にいるとさ、やっぱりヒョンが好きだなって思うんだ。だから、ヒョンももし同じなら……」


言いにくいことを言うときの癖。
もじもじと地面を見つめて子供みたいに地面を蹴って。



「上手くなんていかないよ」
「え?」
「たとえやり直したって、きっとまた同じことを繰り返す。しかも社内でそんなことやって。バレたら大変だよ」
「でも俺、上手くやるよ。あの頃とは違う」
「だめ」



だって、僕の心があの頃と同じだから。
時間を止めて成長を止めた、思い出にすがるだけの僕。
こんな僕を知ったら、きっと君はうんざりする。
軽くなんてないんだ。



「じゃあさ、キスしてもいい?」

「は?」


本当に酔ってるのかよ、なんて思う隙もなくジョンインの顔は目の前に迫っていて。強引に引き寄せられると唇は重なっていた。


頭が、目の前が、真っ白になっていく。
肩を押しやって抵抗するけど敵わない。


なんでジョンインとキスしてるんだろう。
7年ぶりに触れた唇は、あの頃の記憶とは重ならないほど強引で。

僕は感情の線をシャットアウトした。





「……ヒョン、……ヒョン?」


ぐらぐらと揺らされて、徐々に焦点が重なっていく。バチンと重なってジョンインが映った瞬間、僕は思い切り彼の頬を叩いていた。


「痛っ!」


うずくまる彼を置いて、僕は駅に向かった。



**



「イケメンが台無しだね」


ジュンミョニヒョンがジョンインに向かって笑っているのを僕は遠目に眺めていた。

彼の頬は微かに赤く腫れ上がっていて格好の話題だ。
もちろんつけたのは僕で。原因は彼だけど。



最悪すぎる。
ジョンインは僕の思い出を汚しようにさえ思えた。なのに心臓の鼓動は止まらなくて。ごちゃごちゃと脳内が煩くて。昨夜はほとんど眠れなかった。


そんな風に触れたかった訳じゃない。




「機嫌悪いね」
「ヒョンは機嫌良さそうですね」


休憩スペースで休んでいるとジュンミョニヒョンからつつかれて、それに嫌味で返したことに酷く落ち込んだ。
ヒョンは何も悪くない。


「ファンさんとは上手くいってますか?」
「え、なんだよ急に!」
「別に、ただ思っただけです」
「はは!別に順調だよ。友人関係が長かったから、いまさら特に変わり映えもないし。ギョンスは?相変わらず恋人もいないの?」
「えぇ、まぁ。僕はそういうの向いてないんで」


向いてるとか向いてないとかじゃないと思うよ、とヒョンは言う。


「なんかいい大人がこんな話するのもあれだけど、恋愛なんて頭でするもんじゃないだろ?って僕もあいつと付き合いはじめて気付いたことだけど。心がモヤモヤしたりさぁ。頭で整理なんてつかないことだらけだ。違う?」
「そう、ですね……でもそういう労力に費やす余裕が、僕には足りないみたいです……」
「ってことは、やっぱり好きな人いるんだ?」
「え……」


ははは、と爽やかに笑ってヒョンはわざとらしく僕をつついた。


「例の忘れられない人?それとも別の新たな人?」
「……秘密です」
「なにそれ気になるなぁ!」
「やめてくださいよ、変に勘ぐるの」
「勘ぐってるわけじゃないよ、応援してるんだ」


じろりと見やれば「相変わらず冷たいなぁ」なんて笑っていた。



"恋愛なんて頭でするものじゃないだろ?"



その心と頭がちぐはぐになる感じが苦手なんだと思う。今だってそうだ。頭では冷静に上手くいくわけなんてないって思ってるのに、心が、心臓が彼を見て跳ねるのだ。
また触れたい、また愛されたい、って。


酔った勢いってなんだよ。



「あ、ヒョン!探してたんですよ」
「ごめん、なに?」
「これ、この場合どうしたらいいですか?」

デスクに戻るとジョンインが待っていたようで早速呼び止められた。

「あぁ、こっちのデータ応用して。大筋の流れはこれと同じだから、数値入れ換えるのだけ注意してくれればいいよ」
「わかりました」



触れない距離をもどかしく思うことなんてない、はずだった。
その手も、その背中も、その髪も。僕が知っていたものとは違う。もう、7年前の彼ではないのだから。
1分1秒離れていたくなかった人。
喉から手が出そうなほど、彼を愛していた。

大分腫れの引いたその頬を見る。


「ヒョン、」
「……なにか?」


真っ直ぐに画面を見たまま彼は口を開いた。


「今日、終わったらもう一回ちゃんと話させてくれませんか?」
「え……」
「またこのまま終わりたくはないんで」


僕は何も返せなかった。




今日に限って残業もないなんて。
憂鬱に拍車がかかる。


ガチャリと古びたドアを開けて店内に入った。
ジョンインに指定されたのは一駅離れたところにある古びた喫茶店。
初老のマスターが無愛想に挨拶をした。


「あ!ヒョン!こっち!」


ジョンインが手を上げて笑顔を見せる。


「お疲れ様です」
「うん、おつかれ」


僕もコーヒーを頼んで席につくとジョンインが「昨日はすみませんでした!」と勢いよく頭を下げたので、思わず固まった。


「うん……」
「酔ってた訳じゃないんだ。あ、いや、酔ってたんだけど……その……不本意な感じで伝わってた気がして」
「どういう意味?」
「だってヒョン、今日全然目も合わせてくれなかったし」
「当たり前だろ」
「そうかもしれないけど、そうじゃないよ。もう一度やり直したいなって思ったのは本心だし。もう一回、ヒョンと恋人になりたい」


やっぱり、ジョンインの目は苦手だ。
そんな風に見つめられたら何も言えなくなってしまう。


「忘れられないし、忘れたことないよ」


重ねられた手の温度にどきりと心臓が跳ねた。


「ヒョンはどうかわかんないけど、やっぱりギョンスヒョン以上に好きだと思える人はいなかった。これが俺の答え。確かに喧嘩ばっかりだったかもしれないけど、それ以上に幸せだったんだ。今でもやっぱり嫉妬深いし、ヒョンからしたら俺は変わらず子供かもしれないけど……」


古い古い傷が、じくりと痛む。
僕は、過去にすがっていただけの臆病者だ。


そういえば僕らは友人関係が短かった。
戻れる関係性なんて、初めからなかったんだ。



『あの、俺何かしましたか?』
『は?なんで?』
『いや、だってすごい睨んでたんで……』
『あぁごめん、癖なんだ。乱視が酷くて』
『はは!なんすか、それ!』


確かそんな始まりだったような気がする。
僕らは揃いの制服を着ていて、成長期の真っ最中だった。青空を背負って笑った彼に目眩がしそうだったのを覚えている。

初めて言葉を交わしたその瞬間から、僕は彼に恋していた。


人付き合いが苦手な僕に、彼は何度もめげずに話しかけてくれた。面白いと笑ってくれた。僕の歩幅に合わせてくれた。そんな優しさが、好きだった。


今だってそうだ。
臆病な僕に合わせてくれる。
そして強引に手を引いてくれる。


変わったようでいて、何も変わってない。



「僕は……僕も、忘れたことなんてなかったよ。もう一生恋愛なんてしないと思ってた……君が現れるまで。でもまた同じことを繰り返すんじゃないかと思うと、始めちゃいけない気がする……」
「同じじゃないじゃん」
「同じだよ」
「違う。だって、俺が成長したもん。ヒョンはどうかしらないけど、俺はちゃんと7年分成長したよ。もちろんまだ足りないのはわかってるけど、少なくとも今の俺だったらあの時あのまま別れたりなんかしない」


やっぱりジョンインは眩しいと思った。
胸を張れるそのことが羨ましい。


「今でもヒョンが好きなんだ。さっきやり直したいって言ったけど、一からやり直すんじゃなくて、7年後の今から7年前の続きを始めるってのはどう?」
「7年前の続き?」
「そう、7年後の俺達が7年前の思い出を持って始めるんだ」


そしたらきっと上手くいく、って笑うジョンインの笑顔はあの日眩しいと思った笑顔と重なった気がした。


「……うん」


照れくさくて俯いた僕の顔も、あの日と同じだろうか。
止まっていた針をもう一度動かすように、僕の恋はまた動き出した。







「待ってよ……!」

「待てない、無理!」



アパートに雪崩れ込んで、唇を重ねながら早急に上着を脱がされる。
焦れったく纏わりつくものを剥いで、ベッドに押し倒された。
やっと触れたその体温に、懐かしさと戸惑いを覚えて。そういえば初めての時はどうだったかな、なんて思ったけど、思考はあっという間に閉じられた。


「ヒョン、好き……」
「……うん」
「ヒョンは?俺のこと好き?」
「うん、好きだよ」


ジョンイナ、と背中に回していた手で引き寄せて唇を塞いだ。


ずっと好きだった。
ずっとずっと。
そんな相手は生涯ひとりでいいと思うくらい、ずっと好きだった。


時折淋しく感じていた右手で、彼の髪の毛を梳く。
身体中いたるところに唇を這わされて、くすぐったくて身を捩った。


心が満たされていくという感覚。
7年前の記憶と重なる。

それはやっぱり少し怖いような気もしたけど、僕らは友人にはなれないし、ただの同僚にもなれないのだから仕方のないことだと思う。
最初で最後の恋なんだ。




心が震えるような恋、あなたはしたことありますか?



僕はこれが、正にそうです。





おわり
160113 #HappykaisooDay
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